①
ヘリック共和国、ネオゼネバス帝国の停戦協定締結後も雑務が山積し、二郎が帰郷できたのは半年後のことだった。
墓地に続く畦道にも、いちめんの菜の花が咲き誇っていた。中央大陸で春と夏を過ごし、南半球の東方大陸で再び春の訪れを味わうのは不思議な感覚であった。
二郎は一つの箱と二つの花束を携えていた。箱の中身は、花束と共に父の墓碑に供える、停戦後ようやく情報公開を許された凱龍輝の1/72縮尺の精密な模型が入っている。そしてもう一つの花束は、二人で人生を歩むと誓いながら想いを叶えられなかった女性への手向けであった。
鉄の臭いも血の臭いも混ざっていない故郷の風は、同じ菜の花であっても中央大陸とは全く違った香りを漂わせる。父の存命中に一言も洩らせなかった凱龍輝の優秀さについて、墓碑に長く語りかけることを楽しみにしていた。
海の見える墓地の駐機場に場違いなものを目にし、思わず呟く。
「エヴォフライヤー……?」
遠方からの墓参にゾイドで来訪する者もなくはない。だがまだ退役前の、それも自ら手掛けた小型飛行ブロックスを故郷の地で見るのは意外であった。
(父の墓碑からも見えるかもしれない)
二郎は凱龍輝に加え、父に誇れるゾイドに出逢えた奇遇に感慨を抱く。見れば機体のあちらこちらに傷が残り、幾多の戦場を駆け抜けてきたことが判った。所属や製造番号、製作所などを確かめたい衝動を抑え、まずは父の眠る墓碑を目指す。不謹慎ではあるが、もしそのエヴォフライヤーに触ってしまえば数十分が過ぎてしまうのを知っていたからだった。
花束を挿す器に水を注いでいると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「主任君、久しぶりだ。健勝のようだね」
軽く手を挙げ歩み寄ってきたのは、ドラグーンネスト『ルイーズ』初代艦長、ローレンス・アーベルクロンビーであった。ウェストリバー製作所からクーパーポートまでの物資輸送任務の際同行した人物で、作戦当時は少佐であったが、いまは軍服を着ていない。
「艦長さん、お久しぶりです。どうしたのですか、こんな田舎に」
狭い艦内で過ごした時間は僅かであったが、二郎にとって忘れ得ぬ一人となっていた。ローレンスは穏やかに笑う。
「エドワード少佐に艦長職を譲ったあと大統領に呼ばれてね。実はウッドワードとは兵学校時代の同窓で、自分に戦後の
今回東方大陸に来たのも、これからミドルタウンで君の会社との折衝に当たるためだ。いつも下っ端は忙しいものだよ」
「そうでしたか」
彼はフロレシオ海上の赤道祭りの際、愛した女性との婚姻の誓いを媒酌してもらった人物であった。しかしその時傍らにいた女性は亡く、懐かしい知人に再会できた喜び以上に悲しい記憶に満たされる。
感情の高まりを抑えるため、二郎は話題を変えた。
「とすると、あのエヴォフライヤーは艦長さんが乗ってきたわけですね」
互いに嘗ての役職名で呼び合う滑稽さを感じる。
「乗ってはきたのだが、あれは自分のゾイドではない。
主任君に是非とも逢わせたい人がいてね。ただしその人物は、まだネオゼネバス側との捕虜交換交渉の最中で、ここに来るにはどうしても外務官の同行が必要で、無理やりあの狭いコクピットに押し込められて飛んできたのだ」
「それは大変でした」
エヴォフライヤーのコクピットの狭さを知る二郎から、自然に労いの言葉が出ていた。体格の大きいローレンスには苦痛であったに違いない。その一方で、先ほどからのローレンスの思わせぶりな会話が気になっていた。
「どなたでしょう、こんな田舎にまで来たいという人物は」
「ほら、主任君の後ろにいるよ」
気配を感じ、花束と凱龍輝の模型の入った小箱を持っていたため身体ごと振り向こうと上体を巡らした時、二郎は背後から強く、そして柔らかく抱き留められた。
温かな感触に覚えがあった。
「二郎さん……」
「チューキョン!」
肩越しに見える腰の辺りに、キマイラ要塞攻略戦で死亡した筈のフィアンセ、チューキョン・ツェリンが抱き着いていた。
あまりの驚きに両手から花束と小箱を手放す判断が出来ず、「自分の両手を自由にするには、荷物を置けば良い」という行為に移るまで数秒かかった。
路傍に荷物を置いた後、二郎は改めてチューキョンを強く抱きしめた。
「二郎さ……私、ゼネバ……って……として、ゾイ……整備を……」
泣きじゃくるフィアンセの言葉は嗚咽で寸断され聞き取ることは難しい。
「どうやらいまの彼女には無理のようだ。自分が代わりに説明しよう」
見兼ねたローレンスが告げたが、元軍人の目元も僅かに涙が滲んでいた。
戦時中ネオゼネバス帝国が慢性的な人材不足に悩まされ、捕虜であっても極端に反抗的な場合を除き、有用な人材は積極的に利用したことは既述した。
キマイラ要塞攻略戦の際、捕虜として拘引されたチューキョンは、被っていたヘルメットから容易にゾイテック社エンジニアであることを見抜かれ、主に帝国軍ゾイドの整備や修理に動員されていた。
帝国軍に利する行為を強制されるのは不本意だが、技術者としての
「私が改造したのは、ダークスパイナーやディメトロドンのADS(アクティブ・ディナイアル・システム)でした。暴徒鎮圧用なので、戦場でバスターイーグルやフェニックス、それに凱龍輝と戦うことがないとわかっていたので開発に協力してしまいました」
高度なテクノロジーを駆使し、オペレーション・テラトカルシノーマを失敗に追い込んだ功労者は、他でもないゾイテック社の女性エンジニアであったのだ。
「でも君はゼネバス砲の直撃を受けて消滅してしまったと思っていた。どうやって助かったんだ?」
固く抱き合ったまま、二郎の問いかけは続く。チューキョンは髪に置かれた二郎の掌の隙間から見上げた。
「通信機は破壊されましたが、あの時点ではまだ全滅には至っていませんでした。
覚えていますか、フェニックスのあと、エヴォフライヤーも出撃すると話していたことを」
残された映像を何度も見直していた二郎は、そのシーンをすぐに思い浮かべる。
〝(フェニックス)29機無事発進できました。これからグレッグ少尉さんたちの部隊と合流予定です。それと時間差でエヴォフライヤーもここから離陸します〟
「あの時のエヴォフライヤーが……」
「……そう、あの時のエヴォフライヤーです」
二人は駐機場で佇む、歴戦の飛行ブロックスゾイドを見上げた。クック湾〝コムソモリスクナアムーレ沖海戦〟でのドラグーンネスト『ルイーズ』離脱の際にも、エヴォフライヤーは高い脱出性能を発揮しており納得もできる。ベースとなったウネンラギアの剛性を更に強めたことが、結果的に愛する者を救った奇蹟を、二郎はまた誇らしく感じた。
「あの子はネオゼネバス帝国にとっても貴重な技術サンプルとされ維持されました。変形機能の一部がドリアスピスに応用され、それと凱龍輝のチェンジマイズ機能をバーサークフューラーにも利用できないか、模索していたとも聞きます。
でも〝これを壊したら技術協力はしない〟と私が強く言ったこともあるでしょう。
あのエヴォフライヤーは、二郎さんの凱龍輝と繋がる唯一の絆だったから……」
チューキョンが二郎の腕に顔を埋め、再び号泣していた。
父親の墓碑に菜の花の花束と凱龍輝の模型を供え、二人は長い黙祷を捧げた。
(父さん、やっと帰ってきました。
模型ですが、これが僕の作った凱龍輝です。
あそこに見えるのは、僕が作ったエヴォフライヤーです。
そしてここにいるのが、僕と生涯を共にする女性です)
他界するまでに語れなかった諸々のことが、二郎の脳裏を駆け巡る。
目の前の墓標に名前を刻まれた肉親はもういない。しかし、もう一つの墓標に名前を刻んだ女性は、新たな家族となって戻ってきた喜びを噛み締める。
(ノヴァヤゼムリャからあれを持ってこなきゃ……)
二人のイニシャルを刻んだエンゲージリングは、もう一つの墓標の下の空虚な棺の中に詰めて埋葬してしまおうかとも考えたが、どの様にしても諦めきれず彼女のポートレートの前にペパーミントグリーンの小箱に納められたまま飾られていた。
蓋を開けて見る度に、贈られる者を失ってしまったリングの哀しみが消滅する喜びで、祈りを捧げる二郎の肩は僅かに震えてしまっていた。
祈りを終え、顔を上げた二郎にローレンスが歩み寄る。短く墓碑に黙礼すると、不自然に神妙な表情を浮かべた。
「今回自分が同行したのも、彼女にも君にも面識があったからだ。
主任君、申し訳ないが、先に言った通り彼女はまだ捕虜解放の交渉途中で中央大陸に戻らなければならない。彼女が帝国側に技術提供をした関係上、捕虜返還の手続きが煩雑化してしまったのだ」
一瞬にして冷静さは吹き飛び、二郎は感情に任せ叫んでいた。
「なぜです、戦争はもう終わったはずです。それに彼女は東方大陸の人間です、わざわざここまで連れてきてまた帰るなんて理不尽過ぎるでしょう!」
語気を強めた二郎を前に、ローレンスはまたも奇妙な笑みを浮かべた。この人物のネゴシエーターとしての才能は卓越しており、それを見抜いたウッドワード臨時大統領もまた優秀であったと言えるだろう。
「そのための捕虜交換条件を、帝国は提示してきた。主任君、それも君個人宛にだ」
「僕個人へ、ですか?」
二郎の感情が鎮まるのを待ち、ローレンスが軽く息をつく。
「ヴォルフ・ムーロア皇帝から直々に『あの時の約束を果たせ』との勅令を持ってきた」
そうしてゼネバスの紋章の入った小さな記憶媒体を差し出す。
「君が実現するのだ、戦争とは違う形での『ゾイドバトル』を」