「昔、お袋がいきなり俺に聞いてきたんだ、〝国家という枠組みを越え、惑星Ziに住む全ての人々が幸福に暮らせるような
惑星大異変の際に落下した隕石のクレーターを元に建造された、嘗て〝キマイラ要塞〟と呼ばれた施設跡地に建設されたのは、「戦争とは違う形での」戦いを行う円形闘技場であった。第一回ゾイドバトルトーナメント開催のコロシアムを来賓席から見下ろすロブ・ハーマンが呟く。
「人々が争いを捨て、互いを思いやり、持てる者は持たざる者に施しを為し、権力に頼らず自らを律して生きていく世界。そこに国家はなく個人資産もない、無政府主義的かつ共産主義的な
お袋は〝ミスターなんとか〟という変な爺さんと書簡の遣り取りをしていてね。時々俺に妙な問答を振ってきたんだ。
答えられるわけないだろう、その頃俺はまだガキだぜ」
苦笑するハーマンの表情は、言葉とは裏腹に母との思い出を懐かしむようにも見える。
「無政府主義と共産主義の間には
カテキンの爽やかな香りが室内を満たす。注がれた緑茶を嗜みながら、隣に座る二郎が応じた。
「技術者サマは相変わらず難しい言葉で煙に巻こうする。
まあいい、俺の結論を言おう。もし今お袋に同じ問答をされたなら即答してやる。
〝
二郎は無言でハーマンと視線を重ね、再度眼下のコロシアムを凝視した。
「全ての生物は〝これが自分の肉体だ〟という認識が生じた時から、常に飢えと子孫繁栄との鬩ぎ合いのなか、激しい生存競争を続けなければならない。
仮にヒトが国家の枠組みを取り去って、各地の気候風土、自然環境、種族の違いを無視して全て平等な施しを得たとして、果たしてそれを幸福と呼べるのか……なあ、ゾイドバトルの主催者さんよ」
泡立った緑茶に満たされた茶碗を持ち上げ一気に呑み干すと、ハーマンは意外な熱さに舌を振るわせた。
記念すべき大会第一試合は、西方大陸戦争にて幾度となく干戈を交えたライバル機、ブレードライガーとジェノザウラーの対決であった。凱龍輝に比べ僅かに明るい青の獅子と、凱龍輝の素体となったバーサークフューラーの更に原型となった黒の虐殺竜とのバトルは、凱龍輝開発者の二郎にとっても感慨深いものがあった。
「無慈悲で気まぐれな【自然】は、生物に恵みを与えると同時に『惑星大異変』のような
【自然】に比べてヒトは弱く、狡猾で、欲望にまみれていて、そして僅かな寿命の間に様々な苦難に苛まれ続け、悶え苦しみながら生きて死んでいきます。
どれほど穏やかな顔をしていても、無数に横たわる苦難を乗り越えずして生涯を全うする者はいません。そしてヒトは弱いからこそ、家族という枠組みを作り、種族という集団を形成し、気候風土、自然環境、種族の違いに適応した国家という契約関係を構築しました。
ゾイドは強く、朴訥で、無欲な上に長い命を持ちますが、巨大な体躯を形成する過程でヒトと同様か、或いはそれ以上の苦難を背負ってきた筈です」
猛々しい咆哮を上げながら、青い獅子と黒い竜とがバトル開始位置へ着く。
「幸か不幸か、機獣化されたゾイドは摂食と生殖という二大要求から解脱させられますが、代償として闘争本能は尖鋭化します。つまり戦闘ゾイドは、自ら闘う意志を持つことこそが生存本能に置き換えられ、戦わなければ生きていけなくなるわけです。
同様に、ヒトは国家という枠組み無しでは文明を維持できないまでに不可逆的に発達してしまったと思います。
いまさらネオゼネバス帝国、ヘリック共和国、そしてガイロス帝国の枠組みを取り払ったとして、最大公約数的な理想郷ではもはや理想とは程遠いことでしょう。
だからヒトは国家の枠組みを残したまま、ゾイドと共に戦うのです。この『ゾイドバトル』で」
コロシアム場内に試合開始を告げるコールが高らかに響く。
〝ゾイドバトル、Ready Go!〟
孤独な作業を主とするエンジニアにとって、往々にして対外的な交渉事が不得手であることは想像に難くないだろう。ゾイドの歴史上、大いなるパラダイムシフトとなる前代未聞のイベントを成立させるまでに二郎が味わった困難は筆舌に尽くし難い。だがゾイテック社代表取締役ヴワディスワフ・スクウォドフスカ、事業部門長ユルジス・バルトルシャイデス、ノヴァヤゼムリャ製作所所長N・ネフスキー、ヘリック共和国大統領R・B・ウッドワード(正式に就任)、そしてネオゼネバス帝国皇帝ヴォルフ・ムーロア等の協力、協賛者には戦後ベストセラー小説家となったマグリット・ボレル、ガイロス帝国軍武器開発局代表アドリエン・ジールマン、未だにライガーゼロに乗り続け、新たにZiファイター登録を済ませたレイ・グレッグなど、凱龍輝を通じて関わった人々の支援によって、ゾイドバトルは実現に向け加速していった。
共和国軍と両帝国軍は、停戦によってゾイド技術が散逸し、来るべき有事の際にエンジニアが新型ゾイド開発に即応できなくなることを恐れたという支援の背景がある。バトルでは火器の使用は限定され、格闘戦を主とするという制約はあるものの、ゾイドの機体性能を確認するためには絶好の機会であり、行き場を失った元ゾイド乗りの受け皿としても利用できる(皮肉なことにブロックスゾイドに依存し慢性的な人材不足に悩まされたネオゼネバス帝国軍には、停戦後の元軍人達の就労問題は皆無であった)。
企業を上げて支援したゾイテック社にしても事情は類似していた。
参加チームの立ち上げについてもゾイテック社は全面協力を行うが、その中でも嘗て二郎とゾイドの開発を競ったクヌート・ルンドマルクは率先してバトルチーム創設に名乗りを上げる。煽りを食らったのは、同じバーサークフューラー改造コンペに参加したバラクリシュナンとタケオであり、ルンドマルクの強引な誘いにより新チームの立ち上げに奔走させられる。既に共和国軍戦略技術部に所属していたバラクリシュナンは全面的に共和国軍の協力を得たが、最も苦労したのはタケオであり、ウェストリバー製作所のK・静男とリョウザブロウの協力によって大会直前に漸くチーム編制をし終えたという。
戦後十年の節目となる2118年、二郎は多くの人々に支えられ、ゾイドバトルトーナメントは遂に第一回大会開催にまで漕ぎ着けた。
「おめでとうございます、二郎さん」
そして誰よりも二郎を支えたのは、共に人生を歩み始めたチューキョン・ツェリンであった。彼女はハーマンが差し出した茶碗に緑茶を注ぎ終えた後、夫の傍らに腰を降ろし寄り添う。
「やっと叶いましたね、私たちの夢が」
「君のおかげです」
彼女は軽く微笑み、目の前で繰り広げられる獅子と竜とのバトルに夢中になっていた。
現実問題として、まだ道半ばという感は有る。バトルコロシアムが完成し運用を開始したのはまだ共和国領の一か所に過ぎず、ネオゼネバス帝国領、ガイロス帝国領、そして東方大陸にも期間を開けずに完成させなければならない。
ネオゼネバス帝国領では、彼の地に送られた凱龍輝を通し、若き皇帝が計画実現に尽力してくれる確約を取り付けていた。
幸いにして、ガイロス帝国領ではデスザウラー開発工場跡地の買収に成功し、第二コロシアムの建設が開始されている(※『消された死竜』参考)。
東方大陸で開始された建設は用地買収の関係上郊外に設置され、二郎の出身地に近いことから地元の名士の功績である『蒼き龍』に因み〝ブルーシティー〟コロシアムと命名される計画書が届いていた。
面映ゆい思いで書類に目を通しながら、二郎は腕時計を見つめた。
(随分と時間はかかった。でもかけただけの成果はあった。あとは皆に任せて、僕はまた凱龍輝の元に戻るんだ!)
来賓席の後ろには、1/72縮尺の凱龍輝の精巧な模型が飾られている。ブレードライガーとジェノザウラーの激しいバトルを観戦しながら、二郎はいずれコロシアムに現れるであろう蒼き龍の雄姿に想いを馳せていた。
これは、一人のゾイド開発者と、彼によって生み出された凱龍輝の軌跡を辿った物語である。
そして全てのゾイドにも歴史があり、無数の物語を描き続けている。
ゾイドを愛し、ゾイドに夢中になる者がある限り、ゾイドの歴史は終わらない。
一つの時代が終わり、また新たなゾイドの歴史が始まる。
『凱龍輝―蒼き龍の系譜』(終)
追記
ライガーゼロ・ファルコンと共に連勝記録を更新し続けるZiファイター、レイ・グレッグの元に、その日奇妙な試合が持ち掛けられた。
相手チームは無名、使用ゾイドはイグアン3機という著しくバランスを欠いたマッチメイクである。生来の小事に拘らない性格が疑問を吹き飛ばし、レイはそのまま試合に挑んだ。
コロシアムに試合開始のコールが響き、3機のイグアンが疾走を始めた矢先、突如ゲートから乱入した機体があった。道を開けるが如く展開したイグアンの奥から、漆黒の凱龍輝・真がエヴォフライヤーとディスペロウを引き連れ現れた。レギュレーション違反でありながら運営側が何の措置も取らないことから、予め仕組まれた演出と判った。
「何処のバカだ」
毒づくレイが睨み付ける先、凱龍輝のコクピットを開け姿を現したパイロットは、変装はしているものの怒髪天を衝く独特の髪型があからさまに正体を顕示していた。
「……上等だ、もう一度実力の違いを見せつけてやる!」
旧友との再会に会心の笑みを浮かべ、凱龍輝とゼロファルコンとのエキゼビションマッチが開始された。