Lモジュール(レイ・エナジー・アキュムレイターモジュール)実用化に向けての実証実験成功により、バーサークフューラーの改造コンセプトの流れは一気に〝シュピーゲルフューラー〟へ傾いたかに見えていた。
退勤時間を過ぎた事務所内、タケオが新たに提出した素体への甲標的装着プランニングを確認し、二郎は製図机の上に無造作に広げられた他四つのコンセプト図を俯瞰していた。棄却されたわけではないが、あの実験の後ではどの案も色褪せてしまって見える。一番下に置かれた〝シールドフューラー〟の図面を夜通し仕上げたことが今や遠い昔に思えていた。
爽やかな覆い香が事務所に漂った。
「やっぱりここにいましたね。新茶を淹れました、主任も一番茶を召し上がってください」
カテキンの香りが鼻孔に広がる。私服に着替えたチューキョンが盆に湯飲みを乗せて事務所に入ってきていた。二郎は二週間前にノヴァヤゼムリャ製作所を囲む生け垣で、所員たちが突貫作業の気晴らしに盛んに茶摘みを行っていたことを思い出した。
微かに湯気が立ち上がる器を受け取ると、彼女は
「タケオさんは私たちにできない発想をする天才です。
でも私はやっぱり〝あの子〟が空を飛ぶのを見たかったです」
半ば諦観めいた言葉であり視線の先に大型のマグネッサーウィングを装着した図面が載っていた。
『毒をもって毒を制す』の諺の如く、荷電粒子砲をもって荷電粒子砲を制するのはフューラー以外に選択肢がなかった。
荷電粒子砲を吸収し撃ち返すためには本体にも荷電粒子砲を持つゾイドでなければモジュールを装備するメリットはない。現時点で荷電粒子砲を備える共和国軍ゾイドはカノントータスとゴドスであるが、サイクロトロン方式のアクセラレイターを無理矢理内蔵させた液冷式荷電粒子砲を装備するカノントータスの配備数は少なく(新旧機混在し大多数が旧型の突撃砲装備型)、ゴドスの小口径荷電粒子ビーム砲に至ってはカートリッジ式でありゾイドコアとの接続すらない。そして両機体とも装甲面にLモジュールを装着させるキャパシティもない。
緑茶の香りに新緑の季節への移行とタイムスケジュールの遅れを味わう。
「決定したのはLモジュールの装備だけでインテグレイトは終わっていません。彼自身も認めるようにゾイドとしてのポテンシャルはまだ残っているのですから飛行ブロックスの研究は継続してください。これはバラクリシュナン君やルンドマルク君たちも同じです」
彼女は掌に載せた湯飲みを夕日に翳しながら背を向けたまま告げた。
「ネフスキー所長から聞きました。資金が不足しているそうですね」
二郎は息を呑み、一呼吸置いて答える。
「みなさんが心配することではありませんよ」
努めて平静を装ったが彼女の言葉は正鵠を射ていた。プロジェクトリーダーとしての二郎には喫緊の課題が突き付けられていたのだ。
ゾイテック社の戦闘ゾイド開発費は、名目上はヘリック共和国臨時政府が発行する戦時公債を資金源としていた。当然ながら母国の大地を追われ財政基盤を失っている共和国政府の公債など現時点ではほぼ無価値な空手形に等しい。レオブレイズやウネンラギアに代表される一連の新型ブロックス開発など全ての軍事援助は事実上ゾイテック社の自己資本を切り崩しての施策だったのだ。
中央大陸では未だにダークスパイナーのジャミングウェーブが猛威を振るい最前線での共和国軍巻き返しは程遠い。共和国経済の信用は失墜し戦時公債は40%という莫大な利率となっている。
ヘリック亡命政府を援助するゾイテック社にとって、共和国が滅亡すれば公債は不渡りとなり全ての投資は水泡に帰しコングロマリットとしての企業形態も完全崩壊するに違いない。しかし共和国が巻き返しに成功し勝利した暁には社が保有する戦時公債は膨大なベネフィットを生み出すだけでなく、共和国政府が完全返済など不可能なことも見越し債権を理由として長く隠然たる影響力を与え中央大陸へのゾイテック社進出の足掛かりともなり得る。
つまりバーサークフューラー改造プロジェクトはゾイテック社にとって企業の存亡に関わる大きな〝賭け〟であり、プロジェクトの失敗は許さないのだ。
予想外のLモジュール開発の成功によって、予め組まれていた開発のための自社資本のほぼ五割を費やした結果、二郎はネフスキーを通じ追加資金の申請を要求していた。ミドルシティー本社にしてもLモジュール実用化によるロイヤルティーを見越し追加負担を渋々承認したが、それだけにプロジェクトマネージャーとして企業体力に余力が在る段階で結果を出さなければならない。
完璧な完成度を待っていて、ヘリック共和国が敗北した後の中央大陸に〝シュピーゲルフューラー〟を送り出すことはできない。然りとて未完成で戦力的に無力なゾイドを投入しても無意味となる(その点に限ってみればクヌートのコンセプト〝ヤクトフューラー〟こそ最良であったと言える)。
「明日は甲標的を装着しての稼働実験です。ツェリンさんも明日に備えてお早めにお帰りください」
二郎の言葉に軽く目礼すると、振り返った弾みに彼女の艶のある黒髪が西日に煌めいた。夏季を迎え沈まぬ夕日がプロジェクトの遅れを責め立てるように赤く光っていた。
陽射しがジリジリと肌を刺す。
甲標的仮装備型フューラーが蒼天の下に引き出され、傍らに待機するディバイソンと共に黒い機体部分から以前にも増して陽炎を昇らせていた。
分解された甲標的は素体の脚部と腕部の付け根にそれぞれ装着され、原型であるカブトガニ型ブロックスの印象は微塵もない。加えて急
特に
「頭部装甲のストレッチ(延長)とクロー基部に換わる装備が必要か」
異国の優美な貴婦人のドレスを剥ぎ取り襤褸切れを纏わせる辱めを与えたような罪悪感と同時に、背徳的な嗜虐心を覚える。
(もっと美しくなってほしい)
その時技術者としての二郎の脳裏に、ストレッチした装甲後部にインタークーラーを配置するイメージが浮かんだ。
『ブロックスと接合できる統一規格のハードポイントを機体各所に設け、チェンジマイズによる柔軟な運用を可能にさせる』
Lモジュールの装備により、結果的に二郎のコンセプトの一つが成立している。
『でも私はやっぱり〝あの子〟が空を飛ぶのを見たかったです』
チューキョン・ツェリンの昨日の呟きを想起した瞬間、電光の如き言葉が奔った。
『遺伝的アルゴリズムによる多目的最適設計』。父の書斎で見つけ、何度か読み込んだ技術書に記されていたレポートのタイトルである。蓄積してきた技術はトライ・アンド・エラーを繰り返して行くうちに突如臨界点を迎え偉大なイノベーションを成す。それは進化生物学に於けるパンクチュエイテッド・イクイリプリウム(断続平衡進化)にも類似した現象である。
タケオ、バラクリシュナン、ルンドマルク、ツェリン、そして自分のコンセプトも収斂したシナジー効果によって原型のバーサークフューラーの性能を遙かに超える機体が完成できるはずだ。
二郎は手にしていた記録用紙の裏面に
目の前でフューラーが稼働実験を開始した。
フレーム剥き出しの素体に僅かばかりの装甲を纏う姿は、蒼天の下に肌を露出する半裸体の如く
陽射しを眩しく照り返す白い紙面には、二郎の想いを込めた妖艶なインテグレイトコンセプトが結実しようとしている。
龍の誕生は間近であった。