コンセプト図は二郎の設計思想に基づきクリーンナップを終え、装甲各処に可能な限りLモジュールとブロックス共通のハードポイント、及びインタークーラーを装備した完成型として集約されていた。
新たに導入されたのは甲標的(仮称)に準じ分解装着される飛行ブロックス〝スパロー(仮称)〟と、地上戦に特化したイノシシ型ブロックス〝サンダーボルト(仮称)〟である。それぞれがコアブロックスを有し分離の際はフューラー本体のマグネッサーにより射出される。分離後パーツは各機体のコアに誘導され合体、AIによって自律稼働をする。
〝スパロー〟のコンセプトデザインを任されたのは空への憧憬を抱くチューキョンであり、彼女の熱意は優美な鳥形ブロックスに収斂していた。〝サンダーボルト〟開発に関しては後述するが、結果的に二郎が担当をする。
全ブロックスユニットが装着された状態で敵から荷電粒子砲を照射された場合Lモジュールにより吸収し反撃を行うが、分離状態で自律稼働中の各ブロックスのみであっても荷電粒子をフィールドによって偏向し防御を可能とし(吸収は不能)、陸海空に分かれ立体機動を行い得る兵器として汎用性の幅も大きく拡大させた。
〝シュピーゲルフューラー〟本体のプログラムローンチをタケオに一任した二郎は、次なるステップを提案する。
それはクヌート・ルンドマルクが提示した〝ヤクトフューラー〟のコンセプトを活かし、重火器装備仕様のチェンジマイズを行う、動く武器庫として有人のサポートブロックスを随伴させるプランである。
新たにブロックスゾイドを設計する理由は、重武装化によって機体重量が増加し汎用性を失う事を避けるためで、フューラーとの連携によってよりフレキシブルな運用を目指した。
設計者は必然的にクヌートが担当となる。シンプル且つコンパクトを重視する彼の選択したベースゾイドは、製作所でグスタフ代わりに牽引作業を引き受けてきたディバイソンであった。フューラーとのチェンジマイズのみならず単独戦闘も行うため、強力な八連コアブロックスをフレームとして設計は開始される。
クヌートの手によって鋼鉄の猛牛をスケールダウンした中型ゾイド〝バッファロー(仮称)〟の設計は程なく完了し、ゾイテック本社での生産承認を待つばかりとなった。
更には〝スパロー〟だけの脆弱な空戦能力を補うため、二郎は嘗て自分が開発したウネンラギアをベースに再設計し、飛行ブロックス〝フライヤー(仮称)〟の設計に着手する。
既にこの時点で二郎はオーバーワーク気味であったが、皮肉な事に〝サンダーボルト〟の設計を担うべき貴重なスタッフをこの時期に失ってしまう。
ベルナー・バラクリシュナンの〝シュピーゲルフューラー〟開発プロジェクト離脱と中央大陸渡航が決定したのは、二郎が〝サンダーボルト〟のコンセプト図を彼に提示する直前であった。
それはバラクリシュナン本人の希望であった。
「中央山脈で胎動している新たな〝竜〟の誕生に立ち会いたいのです」
漏れ伝わってきた情報にバラクリシュナンは魅入られた。劣勢を強いられながらも共和国造兵廠で進行している新型主力機〈ZGG〉開発計画が、ジャミングウェーブをも無効化する野生体の本能の強い新たなフラッグシップゾイドであることを知ってしまったからだ。
コンソーシアムを締結しているゾイテック社に違約金を支払い退職してまで彼は〈ZGG〉建造計画への加入を熱望した。
「君を失うことはこのプロジェクトにとって大きな損失だ。だが君が〝龍〟を求めていることも知っている」
「今回の転出を認めて頂き、主任には心底感謝しています」
社交辞令などではなく、彼の心中より出た素直な感情の言葉だった。
彼の気持ちを痛いほど知る二郎には、引き留めることができなかった。プロジェクトリーダーとしては明らかに失格である。
「必ず〈ZGG〉を完成させます、皆様もお元気で」
黄金に実った麦の穂の漣に、バラクリシュナンの背中は消えた。
そして二郎のプロジェクトは大きな停滞を強いられることになる。
ナイトワイズのコクピットに一晩揺られ、二郎がミドルタウンに到着したのは早朝であった。本来であれば所長ネフスキーと共に定期のグスタフ便で出張する筈であったが、残務処理が間に合わずやむなく製作所所有の小型ブロックスを自ら操縦しての深夜移動となっていた。
「しっかり睡眠は取れているのか」
到着先で待機していたネフスキーが告げた一言目である。
その日ゾイテック本社ではヘリック共和国軍とのフレームアグリーメント交渉が持たれ、フューラー改造の進行状況説明及び〝バッファロー〟〝フライヤー〟の製造承認のためにノヴァヤゼムリャ製作所代表として招集されていた。
共和国軍にとって最も関心を寄せたのは、やはりLモジュールの性能である。
荷電粒子砲吸収実験の記録映像を筆頭にモジュールのアビオニクスの説明、実戦投入に向けての開発状況、共和国側からのバジェット提出など要所要所で二郎はコメントを求められた。
ネフスキーの事前の根回しにより、各プランニングのプレゼンテーションは事実上の事後承諾議案としてコンセンサスを得られたが、僅か数時間にして二郎はまたノヴァヤゼムリャに戻らなければならなかった。
ブロックスとは言えある程度の自律活動が可能なゾイドであればこそ、二郎は帰路の空を飛行できたといえる。しかしそれは同時に、二郎に激務を強いる手段にもなった。
また夢を見ていた。
故郷の畦道を父と歩んでいた。
道端に曼珠沙華の花が燃えるように咲き乱れている。
繋いだ父の手に巻く真鍮色の腕時計が夕日を乱反射させていた。
夢の中で父が空を指差す。見上げる先、翼を得たウネンラギアが両足を持ち上げ悠々と飛行する姿があった。それはコンセプトを纏め倦ねていた二郎にとって啓示とも言えた。
時を刻む自動巻腕時計の音が耳元で響く。
製図机の上、二郎は自分の両腕を枕に眠っていた。
遅延するタイムスケジュールに加え共和国軍との交渉に同席し、タケオの助力があるとはいえプロジェクトリーダーの重責を担いつつ〝フライヤー〟と〝サンダーボルト〟の設計を行うという狂人的作業によって、二郎は心身共に摩耗していた。
深夜の事務所に人影はなく澱んだ静寂に閉ざされている。
事務所の机上に冷えた握り飯と紙片が置かれていた。
『無理はしないでください』
恐らくチューキョンの文字だろう。塩だけのシンプルな味付けが疲れ切った身体には心地良い。腕時計を数秒見詰めると、二郎は迷わずフューラーの居る神殿へと足を向けていた。
野天の回廊に望む星空は遙かに遠く、まるでこの世界に自分一人しか存在しないような錯覚に陥る。
神殿の扉を開ける鍵の音が星空に吸い込まれた。
素体には装甲のモックアップが装着されていたが、Lモジュールが埋め込まれる部分は切り欠かれ素体地を露出していた。
「狂戦士」と呼ばれた獰猛なフォルムから大きく変化し、禍々しいバスタークローを撤去した分精悍でありながらもよりプリミティブなゾイドとして仕上がったと思えた。
コアを休眠状態にしているとはいえ新たなゾイドの躍動が伝わる。
「仮縫い姿で放置する無礼を許してくれ」
問いかけに、フューラーが答える筈もない。
「本物の花嫁衣装を着せて君を嫁に出すため、僕は全力で頑張っているつもりだ。
でも努力に見合う結果が出ないのがもどかしい。自分の力のなさを痛感したよ」
モックアップ付きの素体を見上げ頬笑んだが、それは半ば自嘲であったのかもしれない。
神殿の切妻の梁が揺れた。一瞬地震が起こったのかと思えたが、揺れているのは大地ではなく二郎の平衡感覚であった。
床が眼前に迫ってくる。咄嗟に伸ばした両腕が辛うじて床との衝突から顔面を護ったが、転倒した弾みに激しく側頭部を打ちそのまま意識を失っていた。
フューラーの前に倒れ込む二郎が発見されたのは翌朝所員が出勤してからのことになる。
プロジェクトは更に遅延した。