『凱龍輝―蒼き龍の系譜』   作:城元太

6 / 33


 腕時計の長針は停止したかのようであった。

 独身寮で悶々と過ごす時間は長い。他の所員が出勤し終えた廊下は閑散とし、自分だけが取り残されてしまったという思いが募る。

 私室で仰向けに横臥した視野に差し入れの鉢植えが映った。花の位置には本来バーサークフューラーの検討用模型が置かれていたが、ネフスキーらの配慮により回収されてしまっていた。

 

「私が気付けなかった事を許して欲しい」

 搬送された病棟の一室で、所長ネフスキーが深々と頭を垂れる姿は互いに痛々しかった。

「君の性格から判断すれば今回のトラブルは充分予測できたはずだった。いま君の仕事は休むことだ。一週間の有休を取得してくれ」

 出勤停止措置、及び事実上のバーサークフューラー改造プロジェクトのペンディングであった。

 

 幾度となく腕時計を見るが食事を摂るにもまだ早い。時間潰しを兼ね、あの時ディバイソンを迎えた道に足が向いていた。

 道沿いの土手にはいつの間にかススキの穂が揺れ、季節の感覚がすっぽりと抜け落ちていた事に気付かされる。そして抜け落ちたのは季節感に留まらないことも思い知らされた。

 ネオゼネバス帝国軍は、依然ジャミングウェーブによるダークスパイナーとキメラブロックスを主力に押し立て圧倒的攻勢を続けていた。ゼネバス軍は寡兵ゆえに無人部隊への依存度を高め有人操縦ゾイドの運用を削減した。便宜上ブロックス戦争と呼称される一連の戦闘に於いてバーサークフューラーやジェノザウラー、そしてヴァーヌ会戦以降再生産されたデスザウラーこそ一部戦線に投入されたが非常に限定的であり、荷電粒子砲装備型ゾイドとの会敵報告も激減する。必然的に帝国軍の戦術変化に合わせヘリック共和国軍側も対応を変えざるを得なかった。

 ゾイテック社・ブロックス生産事業部門を担うウェストリバー製作所に於いて建造された小型ゾイドの投入がターニングポイントとなった。

 ブロックスの拡張性を予てから模索していた設計士 K・静男は、得意とする水中戦用ゾイドとして仕上げたモサスレッジにレオレイズ、ウネンラギア、ナイトワイズをチェンジマイズさせ中型から大型ゾイドにも対抗可能な機体〝マトリクスドラゴン〟を完成させたのだ。

 状況に応じ形態を変える安価で大量生産可能なブロックスが戦線に投入されたことにより、戦略に於いても大規模なパラダイムシフトが発生した。以降両軍ではブロックスの開発と生産に主眼が置かれ、ペンディングとなっているフューラー改造プロジェクトのスタッフも各ブロックスゾイド設計へと引き抜かれていったのだ。タケオ、ルンドマルク、ツェリンがノヴァヤゼムリャを去り、二郎が倒れた事により〝サンダーボルト〟及び〝フライヤー〟の開発も停止し、所員の数も三割以下に削減された。

 ネフスキーによって敷地内に踏み入る事を厳禁とされていた二郎は、プロジェクト実施中には終日を費やした製作所を遠望しなければならなかった。間断なく響いていた工作機械の作動音は途絶え、神殿は澄み渡った蒼穹の下で静寂に包まれている。

「もうブロックスの時代になってしまったのか」

 テクノロジーはドラスティックに変化を続けている。僅か一週間のブランクさえ、技術者にとって致命的なファクターとなって二郎をディスポイズしてしまったかのような恐れを抱いた。

 唐突に、乳白色のススキの穂の波間からあの日のように鋼鉄の猛牛が現れた。

 荷台に覆われたカバーの隙間より蒼い装甲と琥珀色の輝きが零れる。

「あれは……」

 複雑な感情が重なり思わず言葉を発し、そして言葉に詰まっていた。

 ローカルコンテントによって製作されたLモジュール装備の装甲ユニットに違いない。二郎不在の間もプロジェクトを継続していたタケオたちによって最後に発注されたコンポーネントが到着したのだ。

 装甲ユニットが素体に装着される姿を想像すると、最早有休を消化していることなど出来なかった。

 ディバイソンを追って駆け付けた二郎は、ネフスキーより念入りに厳命されていた製作所の守衛によって引き留められた。若干押し問答気味に交渉したところで二郎が製作所に入る事は許されず、後ろ髪を引かれる思いで守衛の門前を去るまで数十分を要した。有休消化までの残りの日々を一日千秋の思いで過ごしたことは言うまでもない。

 

 週明けの初日に夜勤の守衛を除き最も早く出勤し神殿に現れたのが誰かは言わずもがなである。

 急激に肌寒さを感じ始めた早秋、作業用機械が移送され構内も閑散とした神殿の中、蒼く衣装替えをした龍が淑やかに佇んでいた。

 差し込む朝の陽射しが真新しいコンポジット装甲材を照らし、琥珀色のLモジュールが清々しい輝きを放つ。

 離れていたのは僅か一週間に過ぎないが、胸を焦がして待ち侘びた日々は十数年以上の星霜が巡ってしまったかのように思えた。

「やっと逢えたね」

 天井の明り取りから滴った朝露が二郎の頬を濡らす。

 輝きを纏う蒼き龍が、いま二郎の目の前に舞い降りていた。

 

                   ※

 

 嘗て傘下にありキメラブロックス生産を行っていたゾイテック社が、掌を返し有形無形にヘリック共和国軍を支援する状況をネオセネバス帝国が疎ましく思わぬわけがない。

 帝国軍は支配した旧共和国領内の工場を徴用し、ゾイテック社の設計したブロックスのデッドコピーを筆頭にフル稼働態勢でゾイドの生産を行っているものの、東方大陸より飛来するタートルシップから吐き出される共和国軍ゾイド部隊の根強い抵抗に悩まされ続けていた。

 2105年4月。皇帝であり総司令官たるヴォルフ・ムーロアの元に帝国海軍より作戦計画書が提出された。以下、作戦の概要である。

 

指揮官;オットー・シンデウォルフ少佐

作戦名;『東方大陸ゾイド製作工場奇襲作戦』

攻撃目標;ゾイテック社ゾイド製作所

動員兵力;

 海軍輸送部隊;ドラグーンネスト×2

 奇襲攻撃隊;マッカーチス×10 キラードーム×2

 無人キメラ指揮隊;ロードゲイル×2 ディアントラー×5

 無人キメラ隊;フライシザース シェルカーン ディプロガンズ デモンズヘッド(各5)

 

 海外派兵によって国力が疲弊する愚を知らぬネオゼネバス軍と賢帝ヴォルフではない(実例は既にヘリック共和国軍が証明済み)。東方大陸との全面戦争など望むところではなく、この奇襲攻撃によって東方大陸の占領が不可能なことも自明であった。シンデウォルフ少佐のスタンドプレイの意味合いが強い作戦であるが、目障りなゾイテック社のゾイド生産工場に少しでも損害を与え帝国の脅威を知らしめるには多分に示威的且つ効果的な作戦と言えた。

 特筆すべきは、嘗てゾイテック社が率いゾイテック社の帝国軍離脱後は遊軍となっていた無人キメラ指揮隊と無人キメラ隊が投入される点である。作戦結果如何を問わず人的損失の無いキメラブロックスは捨て石同然に扱える上に、元来ゾイテックス社の開発した機体なので技術流出の配慮も無視できる。

「一石三鳥」を力説する少佐を前に、総司令官ヴォルフはゾイテック憎しの感情のガス抜きの意味合いを含め作戦行動の認可を与えるのであった。

 当初の攻撃目標はミドルタウンのゾイテック本社であったが、東方大陸内陸に位置しドラグーンネストによる奇襲上陸の効果は薄いと判断され早々に却下される。

 次に目標とされたのが依然ブロックスを大量生産し続けているウェストリバー製作所であったが、上陸するための海浜に乏しく成功率も少ないと判断された。

 中央大陸南西端のオビト市に面したデルダロス海には、海上を吹くグランドフリーザー(=惑星Ziの偏西風)の影響により流れの速い暖流がゼロス海まで続き東方大陸南端まで還流していた。この海流に乗れば鈍重な海底要塞ドラグーンネストも移動は容易である。

 消去法によって攻撃目標となったのは、遠浅の海浜に近く防御網も薄いと分析された東方大陸南緯30°付近に位置する工業市、ノヴァヤゼムリャであった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。