『凱龍輝―蒼き龍の系譜』   作:城元太

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「バスタークローを撤去した分バーサークフューラーと比べ機体の取り回しが効き易くなっています。(くせ)がなく扱いやすいゾイドだと感じました」

 

 操縦後のP・リョウザブロウの第一声である。

 遅延を重ねた〝シュピーゲルフューラー〟開発プロジェクトは、生産の主流がブロックスへ移行した後も継続されていた。

 テストパイロットのリョウザブロウは生粋の東方大陸出身者だが、惑星大異変以前に中央大陸に渡航し共和国軍の義勇兵と傭兵の中間的位置付けで様々な機体を操縦した経歴を持つベテランゾイド乗りである。暗黒大陸での戦闘経験も有し大異変後に再開した西方大陸戦争に於いて左眼の視力と左腕欠損の重傷を負い帰郷。義手の装着と義眼インプラントを済ました後は加齢による身体能力の衰えを感じ戦列より離脱し、以降ゾイテック社専属の操縦士として新型や改造機の稼働試験に従事していた。ヘリック共和国臨時政府がガイロス帝国からの技術供与を安易に破棄できないことと、ゾイテック社側としてもLモジュール実用化のテストケースとして価値を認めていたことが、ノヴァヤゼムリャ製作所への貴重な熟練パイロット派遣に繋がっていたのだ。

 

「分離後のエンボディド・コグニション(身体認知)に若干の混乱が見受けられますが〝甲標的〟と〝スパロー〟のAIに問題は無いようです。

 コンポジット材の仕上げがきつめなのでアーマー分離の際ハードポイントにクラックが入るかもしれませんから、若干のあそびを増やした方がいいと思います。

 二郎さん、あとはいよいよ集光パネル(=Lモジュール)の実験ですね」

 

 幾多の戦場を駆け抜けてきたとは思えない穏やかな口調だった。自分の父親ほどの年齢のリョウザブロウに、二郎は全幅の信頼を寄せることができた。

 

「明日もあることですし今日は終わりにしましょう」

「機体点検には立ち会いたいのでそう言って頂けると助かります。

 それにしても、荷電粒子砲を吸収してその上撃ち返すなんて……私のような古いゾイド乗りには想像もつきません」

 

 ベテラン操縦者は顔の左側の古傷に皺を刻んで穏やかに笑った。

 リョウザブロウの操縦でゆっくりと神殿に去っていくフューラーの後ろ姿を眺め、二郎は暫しの感慨に浸っていた。

 カタチとして完成はした。しかし機体の真価は未確認だ。

 二郎は手にした資料を見つめた。タケオが移籍する直前に纏めた書類である。

 荷電粒子を偏向・蓄積し撃ち返すには膨大な電磁気力が必要となる。タケオが計算した最終的な荷電粒子偏向フィールド形成及び荷電粒子封じ込めのためのコア供給エネルギー量に「一(がい)電子ボルト」という数値が記されていた。

 

「10の20乗……100Exsa(エクサ)か」

 

 タケオには漢字表記に拘る古風な一面があった。そしてクリーンアップ後の〝スパロー〟の三面図の端にもこれ見よがしに漢字が書かれた付箋が挟んであったのだ。

 

「〝飛燕〟。彼らしいネーミングセンスだ」

 

〝シュピーゲルフューラー〟のネーミングはコンペティションを勝ち抜くためのしたたかなパフォーマンスであったと今更ながら気付かされる。タケオはプロジェクトを去る間際、仮称に過ぎない〝スパロー〟の命名を二郎に託したのだろう。滑稽なまでに露骨で、思わず表情が緩む。

 二郎は〝甲標的〟と〝飛燕〟を伴った〝(がい)〟の出力を持つ龍にも、それに見劣りしない名前をつけなければならないと考えた。

 枯野に広がる蒼穹に溶け込んでいく龍の姿はどこまでも長閑であった。

 

 

 風に紛れサイレンが響く。

 緊急放送が盛んに何かを告げているが聞き取り難い。

 神殿から所員の一人が飛び出し叫んでいた。

 

「敵襲だ。市街がネオゼネバス帝国の攻撃を受けている」

 

 安穏と過ごしていた日常の裏側に潜む戦乱が鎌首を擡げた。

 敵が来る。

 現実感の薄い緊張の中、二郎は遠く市街より立ち昇る黒煙を視止めていた。

 

 

 デモンズヘッドの襲撃を間近に見る衝撃は想像を絶する。ゴジュラスやデスザウラーにも匹敵する巨大な頭部が無差別に建造物を噛み砕いていく光景は悪夢以外の何物でもない。ヒトは無意味な配列であっても本能的に〝顔〟を認識するが(=シミュラクラ現象)、地表近くを這い回る巨大なキメラゾイドの〝顔〟が迫る姿は、或る意味長大な体高を持つゴジュラスやデスザウラー以上の恐怖である。況してや今まで一度として戦火の洗礼を受けたことのない東方大陸南端の住人とって、戦場の硝煙を漂わす血生臭い戦闘ゾイドの上陸は筆舌に尽くし難い脅威となった。

 集団防衛協力の名の下にヘリック共和国軍に依存し切っていたノヴァヤゼムリャ市政側にも油断があった。攻撃目標はあくまで共和国軍総司令部の立地するロングケープか、或いはゾイテック本社のあるミドルタウンだろうという楽観的バイアスにも毒されてしまっていた。敵の意表を突くのが奇襲の定石であることを東方大陸南端の人々は完全に失念していたのだ。

 脆弱な市街地防御ラインは帝国軍にとって何ら上陸の障壁にもならず、フライトエンベロープを確保し先行したフライシザースとディプロガンズを追って、有人のロードゲイルが悠然と飛来する。ドラグーンネストに随伴していたマッカーチス部隊は部隊上陸の露払いとなり、鳥脚ブロックスのディアントラーがシェルカーン、そしてデモンズヘッドを率いて海浜地域に上陸し市街地を駆け抜けていく。

『東方大陸ゾイド製作工場奇襲作戦』の第一攻撃目標はゾイテック社の工場施設だが、示威的攻撃によって東方大陸住人に厭戦感を高め、共和国軍への協力を阻害することが第二の目的であったため、奇怪なキメラゾイド群は敢えて市街地を蹂躙しつつゾイテック社ノヴァヤゼムリャ製作所に向け進軍していった。その最後尾に見慣れた有人ゾイドを伴って。

 

 

 情報が混乱していても敵の意図は予測できた。

 

「敵は此処を襲って来ると思いますか」

「私なら間違いなくそうします」

 

 二郎は、稼働実験の際とは打って変わって険しい表情を浮かべるリョウザブロウと顔を見合わせた。

 

「まともに戦える機体はこれしかありません」

 

 その背後には純真無垢の蒼い鎧を纏った龍が佇む。貴重な試作機を傷つけたくないと思う一方、何ら抵抗せずに破壊される事だけは避けたかった。

 

「やれますか」

「二郎さんが天塩にかけたゾイドでしょ。やれますよ」

 

 リョウザブロウが力強く笑う。言葉通りゾイドを信頼していることが伝わった。

 この人物ならこの機体を託せる。

 

「お願いします」

 

 二郎は再びコクピットに向かうリョウザブロウの背中を見詰めた。

 初陣に挑む蒼き龍は黄金の輝きを放っていた。

 

 

 無人の野を征くが如くネオゼネバス軍上陸部隊は進撃する。

 指揮官のシンデウォルフ少佐はあまりの手応えのなさに、この街が攻撃するに値しない場所だったのではないかという疑念を抱くほどだった。奇襲作戦の性格上長く敵地に留まるのは得策ではなく速やかに目標を攻撃し撤収しなければならない。薄氷を踏む思いで進む先に、広大なプラント施設が現れた。

 コングロマリット・ZOITEC Industoryはゾイドのみを製造しているわけではない。ノヴァヤゼムリャ製作所は様々な化学プラントを備えた最先端テクノロジー研究の中心地で、ゾイドの研究開発など付随的なものに過ぎない。プロジェクトに使用されている木造神殿は嘗て東方大陸の古都として栄え戦禍を逃れてきた名残であるが、新機体開発の企業内での位置付けがどの程度のものかは推して知るべしであったのだ。

 

〝少佐、前方のプラントは軍事施設と確認できません。攻撃は回避すべきと思われます〟

 

 ロードゲイルのパイロットより指揮官機に通信が入る。

 民間施設への無差別攻撃は避けるのは慣例である。だが赤道を越え遙々東方大陸南端にまで達した高揚感と、何ら戦果も無く帰国する屈辱は受け入れ難かった。シンデウォルフは指揮官機のみに付与されている装置を凝視した。

 

 

〝キメラ暴走、制御下を離れました〟

 

 無人ブロックスによるプラント襲撃と同時であった。緊急通信ネットワークを利用した電文が襲撃部隊全機に通達された。

 

「諸君、あれはゾイテック社が作った欠陥品であり我が軍の制御を離れ暴走した。もはやあれを押し留めることは不可能である。不幸な事故として、帰国後私が説明することとしよう」

 

 ディアントラーのプラズマブレードアンテナが放つキメラブロックスのコントロール波を切断する装置がシンデウォルフの機体には備えられていた。撤退時に無人機による後方攪乱のための最終装置であったが、シンデウォルフは敢えてその制御を解き放ち、ノヴァヤゼムリャ製作所破壊を行わせたのだ。

 くびきから解き放たれたキメラ達は、独自のAIに従い無差別破壊を開始した。

 デモンズヘッドがパイプラインを切断し異臭を放つ化学物質を漏洩させ、ディプロガンズのレールキャノンが火を噴き緑や紫の炎を燃え上がらせる。シェルカーンの豪腕が施設の壁を崩壊させ、フライシザースの巨大な鋏が崩壊した壁を切断していく。

 小型とはいえ20ものブロックスの襲撃を放置すればプラントは壊滅する。ノヴァヤゼムリャ製作所は嘗てない危機に直面していた。

 

 

 巨大な顎を開き恍惚としてプラントを襲撃するデモンズヘッド横面に、蒼い円盤型の物体が突入し薙ぎ倒した。続いて飛来した蒼い空戦ゾイドはフライシザース二機を瞬時に叩き落とす。機体の端々を黄金に輝かせる二機が螺旋を描き後退する先に蒼き龍が姿を現した。

 

〝俺の東方大陸凱旋の初陣を飾らせてもらう〟

 

 備えられたモニターからコクピット内の様子が伝わる。

 リョウザブロウの口調が変わっていた。

 

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