しかも今回は地の文が多いです。
何故かスラスラ書けてしまったのがいけないんだ……
それでもよろしければ、どうぞ。
――あの後、セシリアの記憶が再開したのは自室のドアを閉めたところからだった。いつ、ラウラと別れたのか、どうやって自室まで移動してきたのか、そうした記憶はほとんどない。
多分、思い出そうと思えば思い出せるのだろうが、セシリア自身の脳がそれを拒んでいた。
それほど、ショックだったのだ。自分達の真実を思い知るという行為そのものが、今まで清廉潔白だと思っていた自分という存在が、かくも薄汚れているなど、誰が思うのだろうか。
私は、取り返しのつかない事をした。私達は、逃れようのない罪を犯した――セシリアの頭の中で、その二つの思考が回り続けている。誰よりも他者の模範となるべき自身の出自が、
ふらり、ふらり、と覚束無い足取りで部屋の中を歩く。今、ここにルームメイトがいたならば、余りの自身の変わりように驚き、何があったのかと詰問されていないだろう。それ故に、今この時だけはルームメイトがいないことを、セシリアは神に感謝した。
そうして、重い足取りでゆっくりと歩き、自身のベッドの横まで移動した彼女は、まるで糸が切れた人形のように、上質な素材で作られたベッドへと倒れ込んだ。
このままでは、着ている制服が皺になってしまう。それが分かっているのに、自身の体を動かそうにも、まるで力が入らず、ため息ばかりが出る。
「どうしたら、いいのでしょう」
誰に聞かせるわけでもなく、セシリアは呟く。罪悪感と、諦観と、そして少々の絶望に苛まれ、何もかも億劫になり始めている自身へ問い掛けたその言葉を起点とし、彼女は意識を保つかのように、回り続ける罪の意識を掻き分けながら考える。
まず、一夏と自身の始まりを考える。
客観的に見ればあまり良いとは言えないだろう。高飛車そのもので、自身の地位というものに胡座をかいていた女の自分。対して、少し前まで普通の生活を送り、幸か不幸かこの世界においての希少性を獲得してしまった彼。単純な比較などできるはずは無いのに、過去の視野が狭かった自分はそんな簡単なことも分からず、自分の定規で彼のことを測ってしまった。
結果、無用な諍いが生まれた。あの時のことは、何も自分だけが悪いわけではないことは分かっている。しかし、大半はそもそもの発端である自分の方に責がある筈だ。例え諍いが無ければ仲が良くなることもなくなるだろうが、彼は――織斑一夏はきっと他の方法で自分を認めさせただろう。
故に、あの諍い――クラス代表を決めるIS戦は
次に、自身と一夏の今までの交流を考える。
……自分のことながら、正直言って最悪だ。何故なら、自分の罪の意識の大半は、その今までの中に詰まっているといっても過言ではないからだ。
彼が他の専用機持ちに意識を向ければ身勝手にも不貞腐れ、自分の気持ちを理解してくれない時は暴力に訴える。彼の方からこちらのことを心配しているときは、気恥ずかしさから、良くて素っ気なく、悪くて強く当たって彼の優しさを拒絶していた。そうした態度が、まるで当たり前のようになっていたのだ。他の専用機持ちである彼女らも同じような態度を取っていたとはいえ、客観的に見れば悪い方へと染まっていると判断できるだろう。
人のふり見て我がふり直せ――そんな簡単なことが出来なかった、その結果がこの現状だ。
そこまで考えて、セシリアはため息を吐く。どうにも、思考が悪い方へと傾いてしまう。これではいけないと思っているが、サイレント・ゼフィルスのこと、自身の専用機のこと、そして射撃訓練場でのラウラとの会話と、自分にとって悪いことが重なったが故に、そうした方向に考えを巡らせてしまうのは、しょうがないのかもしれない。
だが、今のままでは駄目なのだ。もっと建設的なことを考えなくては、いずれ自身は何もかもから見捨てられてしまうだろう。
それではいけない、それだけは避けたい。
故に、強迫観念にも近いその心情を抱えながら、もう一度頭を回転させる。今度は今までのことではなく、これからのこと。自分がどうすべきなのか、どう動き、何を為すべきなのかを考える。
そうしてセシリアはゆっくりと考え出して――答えはすぐに出た。
「あやまらなくては」
出た答えを、そのままセシリアは言葉にして呟く。
「つぐなわなくては」
ベッドから、ゆっくりと起き上がる。今まで力が入らなかったのが嘘であったかのように、簡単に立ち上がることができた。
そして、一歩、また一歩と部屋の扉を目指して歩き出した。その姿は部屋に帰ってきた時と同じく、まるで幽鬼のように覚束無い足取りであり、目は虚ろで光が宿っていなかった。そんな彼女の頭にあるのは、自身が不当に傷つけてしまった
謝らなくては、償わなくては。まるでうわ言のように呟き続けながら、ふらり、ふらり、と歩を進めていた時、突如として終わりが訪れる。
――何かに躓いて、転んだのだ。
一体何があったのだ、とまるで正気に戻ったかのように思考したセシリアが、転んだ時に打ってしまった額をさすりながら、自身が躓いた場所の方へと目を向けると、そこには中身が少し散乱してしまった、小さめのトランクが置かれていた。
あれは、わたしの――
そのトランクは、セシリアが本国から細々としたものを持ってきた際に使ったものだった。そしてふと、昨晩探し物があってあのトランクの中も探したことを思い出した。
確か、探していたものは手鏡だったはずだ。手頃な大きさのもので、本国にいるときに装飾が綺麗だという理由で購入を決めた、所謂趣味の品だった。それをこの学園に持ってきたことを思い出し、探していたのだ。そして、トランクの中を探し始めてからそんなに時間が掛からずに見つかったそれを眺めながら、小さく笑ってしまったのは内緒だ。
――あの手鏡は、割れていないだろうか? そんなことを考えながら、ぼうっと床に散らばった中身を見ていたセシリアの頭に、ふとある言葉を思い出した。
何か悩んだりしているときは、自分の部屋を片付けたりするといい。
そんな、どこかで聞いたような言葉を言ったのは、射撃訓練場で別れたラウラだったはずだ。彼女が言うには意外だったその言葉を聞き、セシリアはどういうことか、と思わず聞き返してしまった。
しかしラウラは、そのことを誰から聞いたのか、そしてどこで知ったのか、ということを一切語らずに言葉を続けた。
彼女曰く、自分の部屋の散らかり具合と頭の中は同じようなものであり、色々と考えがまとまらない時に気分転換のつもりでやれば、案外いいことを閃くとのことだ。また、部屋を片付けるのではなく、机の上やカバン中身などの場所を整理整頓するだけでも効果があるらしい。
その時のセシリアは、余りにも中途半端なタイミングであり、語ったラウラも、別の人との約束がある、と言ってすぐにその場を離れてしまったので、曖昧な返事しか返すことができなかった。
それ故に、何故ラウラがあの時そのことを語ったのか、セシリアにはわからなかった。しかし、もしかしたら、自身が悩みを抱えているということを、彼女は漠然と悟っていたのかもしれない。だからあの時、自身に向けてその言葉を言ったのだ。
相も変わらず、不器用な優しさだ。そう考えながら、セシリアは苦笑した。
そして、これはいい機会なのかもしれない、とも考えた。確かに、この学園に来てから色々なことがあり、自分自身のことまで気が回らなかったことは紛れもない事実だ。それでは先程のような思考になってもしょうがないかもしれない。だから、時間が中途半端であるが、この際少しでも自身の身の回りの物を整理してみよう。もしかしたら、そうしている間に何かいいことを思いつくかも知れないし、思いつかなくても、ラウラの言う通り気分転換にはなるはずだ。
そう考えて気持ちを切り替えたセシリアは、まず散らばってしまったトランクの中身を集める為に立ち上がった。
――その目には、いつの間にか光が宿っていた。
◇◇◇◇
「――今日は良い経験をさせてもらったな、礼を言う」
「そんなにかしこまらなくてもいいよ~」
消灯時間まで残り一時間を切り、歩く生徒もほとんどいなくなった廊下に、ある生徒の寮部屋からラウラは部屋の住人に礼を言いながら出てきた。礼を言われた住人――本音も、彼女の見送りのためか、入口から顔を出していた。
「いや、本国では今回のような娯楽に触れる機会はあまりなくてな、とにかく新鮮な体験ができたよ」
そう本音に言うラウラの顔には、珍しく穏やかな笑みが浮かんでいた。
そんな彼女の様子を目ざとく見ていた本音だったが、それを指摘するような無粋な真似はせず、ただいつもの笑顔を浮かべながら口を開く。
「だからいいよ~、私としてはまた遊んでくれるだけで嬉しいからさ~」
そう言って、余った袖を振り、また明日ねぇ、と言う本音に、ラウラもまた明日、と返し、手を振りながらゆっくりと歩き出した。
――今日は本当にいい体験ができた、とラウラは笑みを浮かべて、自室に向けて寮の廊下を歩きながら、そんなことを思っていた。
今日の放課後に、本音とその友達に半ば押し切られる形で一緒に遊ぶ約束を取り付けられた時はどうなるかと思っていたが、別れ際に言ったように新鮮な体験が出来た為か、今にして思えば約束を結んでおいて良かったと素直に思えていた。
今回彼女と本音達が遊んだのは、ボードゲームの一種であった。日本でもドイツでもよく名が知られているものであり、ラウラも名前だけは知っていたが、実際に遊んだことはなかったものだ。ただ、ラウラ自身本音からそのゲームのことを話題に出されるまで、その存在を思い出すことはできなかった。
我ながら、余裕がないものだな、と少々自虐的なことを思いながら、曲がり角を曲がったラウラの目に、見慣れた人物の姿が目に入った。自身のクラスの担任であり、彼女のドイツでの教官でもあった、織斑千冬の姿だ。
彼女の姿を視認した途端、ラウラの脳裏に夕方の出来事が思い浮かぶ。射撃訓練場でのセシリアとの会話だ。
その内容を思い出していくにつれて、心臓の鼓動が早くなっていき、口の中が乾いてくる。恐らく、今のラウラはひどく緊張をしていた。それこそ、今まで軍で従事してきたどんな作戦の前よりも。
しかし、ラウラはその緊張をひと呼吸おいた後にいとも容易く押さえ込んだ。それは、いかなる時でも平常心で、という軍では当たり前の心得である。そして、その心得はこのIS学園でも役に立っていた。
そうして平静を取り戻したラウラは、しっかりと千冬の背を見据えた。
「教官」
いつも通りの態度、そしていつも通りの声色で、ラウラは千冬へと声をかけた。彼女の声が聞こえたのか、千冬は呼びかけを聞いてすぐに振り向いた。
「ボーデヴィッヒか」
いつも浮かべている真剣な表情のまま、千冬はラウラに言う。見慣れた鋭い目つきに、強い意志を感じられる瞳――ドイツ時代からそう変わらない、元教官のいつもの姿に、ラウラは一種の安心感を覚えると同時に、そんな彼女を騙している自分自身に、罪悪感を覚えた。
「こんばんは、でよろしかったでしょうか」
「うむ――と言っても、ここはドイツではないからな」
前にも言ったように、そんなにかしこまらなくてもいい。そう言った千冬に、思わず敬礼で返しそうになったラウラであったが、すんでのところで思いとどまり、わかりました、と返答するだけにとどめておいた。
そんなラウラの姿が面白かったのか、千冬はふっと小さく笑みを浮かべながら、そう固くなるな、と声を掛けた。
「あと、
その言葉を聞いたラウラは、すぐに自分がなんと言ったか思い出し、慌てたような表情を浮かべながら、申し訳ありません、織斑先生、と謝罪の言葉を述べた。そんな彼女に、千冬は別に気にしていないぞ、と言った後、何かに気が付いたような表情を浮かべ、そういえば、と口を開いた。
「お前が、この時間に廊下を歩いているのは珍しいな」
何かあったのか? と疑問を口にする千冬に、ラウラは真実を言うか否か迷った。今日のラウラは、一度もISの訓練を行っていない。セシリアと会話をし、本音達とボードゲームをして遊んでいただけだ。そんな自分を、教官はどう思うのだろう? とラウラは考え、もしかしたら怒られるかもしれないと結論付け、躊躇していたからだ。
しかし、ラウラはその感情を飲み込み、しっかりと思考した後に口を開く。このまま躊躇していた方が怪しまれることは目に見えていた。そうであるならば、怒られてもいいから今日起こったことを話してしまうのがいい。それが、ラウラが出した結論だった。
「いえ、実は――」
ゆっくりと、ラウラは今日のことを千冬に語りだす。しかし、セシリアとの会話のことは上手くぼかし、なるべく本音達とのことを長く語った。
一度語りだしてしまえば、次の言葉、また次の言葉、と不思議なほどすんなり話を続けることができた。しかし、そうして今日のことを語るラウラの頭の中では、別の考えが回っていた。
しっかりと、いつもの調子で話せているだろうか。千冬を変な気分にさせていないだろうか。自身の口では楽しいことを話しているはずなのに、何故かラウラはそんなことばかり意識してしまっていた。
しかし、そんなラウラの心配をよそに、千冬はラウラの話に聞き入っていた。それどころか、彼女の話が進んでいくに連れて、嬉しそうに、そしてどこか感慨深そうに、どんどんその顔に浮かんでいる笑みを深めていった。
そして、ラウラが語り終わるのと同時に、千冬はそうか、と穏やかな声色で呟いた。
てっきり、訓練していないことに言及があると思っていたラウラは、千冬が何も言ってこないという予想外の展開に、思わず目を丸くした。
そんな彼女の様子がおかしかったのか、千冬は苦笑を浮かべながら、すまないな、と詫びた。
「いや、お前がそうして普通の学生のように生活しているのが、少し嬉しくてな」
「嬉しい、ですか……」
その実感は、まるでない。未だに軍人である自分と、私人である自分をうまく区別できていないが故、ラウラは自身がクラスメイト達の輪に上手く溶け込めているのか、未だによくわからない状態なのだ。それは例え、尊敬している千冬から言われた言葉であっても、実感が伴わないのであれば、困惑しか浮かんでこない。
今日のように、本音達の誘いに流されるまま約束を取り付けてしまったのも、そんな中途半端な自分だったから起こってしまったのかも知れない。
軍人であるならば、冷静に予定を確認し、無理ならばしっかりと断っていただろう。逆に私人としてならば、せっかくの
しかし、自身は
「それで、いいのでしょうか」
そんな心の中の疑問が、いつの間にか口に出ていた。
ラウラの言葉を聞き、今まで笑みを浮かべていた千冬も、真剣な表情に戻る。そして、まっすぐと自身を見つめてくる教え子に、何がだ、と問うた。
「――私は、この学園の生徒である前に、ドイツの代表候補生であり、軍人です」
それ故に、いつかクラスメイト達との関係に終わりが来る。
それ故に、いつか他の専用機持ち達との絆とも離れなければならない時が来る。
――それ故に、いつか織斑一夏への想いに終止符を打たなければならない時が来る。
明けない夜が無いように、旅路に終着点があるように、人間の関係にも終わりというものがあるのだ。それがいつになるか、ということはわからない。それこそ、
「確かに、この学園で得たものはたくさんありますし、これから得るものもあるのでしょう」
別れ際の本音の笑顔が、ラウラの頭を過ぎる。こんな自分にも、彼女は変わらない笑顔を投げかけてくれる。彼女だけじゃない、セシリアも、シャルロットも、ほかのクラスメイトも――照彦も、一夏も、皆が自分の力になってくれる。生まれが普通ではないと言える自分に対して、普通の人間と同じように接してくれている。
嬉しいことだ。だが――
「しかしそれを、どのように受け取れば良いのでしょうか」
ただのIS学園の一生徒であるラウラとしてか、それともドイツの軍人であるラウラ・ボーデヴィッヒとしてか、この学園において、自分はどちらであればいいのか、未だによくわからない。
「本当に、私は
だからこそ、ラウラは迷っているのだ。これからも彼女たちと仲良くしていいのか、これ以上仲良くなっていいのか、と。
最高の兵士となるべくして生まれ、今まで軍人として育てられた彼女にとって、その価値観はもう捨てられないものだろう。
だが、このIS学園に来て、彼女は
故に、彼女は迷う。迷っているが故に、彼女は千冬に教えを乞う。
「私は、ラウラ・ボーデヴィッヒです。それだけは、確かな事実であります。しかし――」
私は、
二人以外誰もいない廊下に、ラウラの声が静かに響いた。
少しずつ、セシリアとラウラを良い方向に向かって行っているのは確かです。
が、どちらもきっかけがなければ決定打にはならないのが現状である、といったところです。
というわけで前編はここまで。
後編はゆっくり書いているので来週末までに投稿できればいいかな?
――セイレムのこともあるし、リアルの方でも少し動きがあるので、もしかしたら遅れるかもしれません。
こんな作品ですが、感想をお待ちしています。