この素晴らしい世界でゆんゆんのヒモになります   作:ひびのん

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第一章
第一話


「ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神です」

「ええ……?」

 

 本当に、いつの間にか、見知らぬ場所で椅子に座ってた。

 目の前には美麗で透き通る水色の髪の女神を名乗る女性もまた、大理石の椅子に座っている。

 

「あの、なんですこれ。あなた誰です? というか死後の世界って……やっぱり死んだんですか俺は」

「はい死にました。というわけで早速ですがあなたには三つの選択肢があります。あっ、最初に言っておくけど、元の世界にそのまま戻ることはできませんから」

「あー……そうでしょうね。それは、正直覚悟してました。それより本当に死んだら神様に会えることに驚いてますよ。ええと……神様なんですよね?」

「私が神でなくてなんなのよ。もっとも、創造神様とか天使とか、あなたたちが神と呼ぶ存在はいっぱいいるけどね」

「そうですか。しかし、俺は死んだのかー……」

 

 覚えている。

 思い返せば、いまの高校に進学したのが全ての間違いだった。

 配属されたクラスがひどかった。一年生の春はそうでもなかったのに、時間が経つにつれ、いわゆる不良と呼ばれる存在が仲間を増やしていく。

 幸か不幸か、その頃はあまり人付き合いをしてこなかったせいで、絡まれることこそなかった。

 友達もいなかったけど……一人も……

 

 事件が起きたのは最後の一年のこと。 

 クラスメートであった不良に連れ出された。

 どういった経緯かは知らないが、売り言葉に買い言葉で始まった喧嘩に巻き込まれたらしい。

 意味も分からず、不良の一人から逃げ出すなよと釘を刺されていた。しかし体格の違いすぎる体育会系の不良達の残虐な争いを目の当たりにして。

 こんな所にいられるか! ……と、車道に飛び出したところまではよかった。

 その時に、こっそり逃げ出したことがばれたのだろう。背後から自分の名を叫ぶ身内の声に足が竦み。

 すぐ横で光と、クラクションが鳴り響き。

 それで轢かれて死んだ。

 

 俺の人生って一体……

 あんなことで死んだのか、という悲しさもある。

 しかし正直あのまま生きていても日陰者として隠れて生きていくだけだったから、未練が思ったほどない。なさすぎて、自分でも驚くくらいだ。

 親も冷たく、友人なんて一人もいなかった。

 大学なんて行く余裕もない。人生なんてこんなものだろうか。

 

「で、時間も押してるし説明を続けるわよ。気持ちは整理できた?」

「はぁ。お願いします」

「あなたが選べるのは、このまま元の世界に赤ん坊から生まれ変わるか、天国に行くか。それか、今まで住んでいたのとは違う世界に行くか。この三つよ!」

 

 あんな生前ではあったが、死んだ方がマシ、とまで思ったことはない。

 でも……天国、異世界かあ。もとの世界で生き返るより、そっちのほうがいいな。絶対。

 

「天国なんて本当にあるんですか。それに違う世界、異世界ってやつについて聞きたいんですが。女神様?」

「この三つの中なら、私のオススメは異世界ね。赤ちゃんになったら今までの記憶全部消えちゃうし、天国なんて自由だけどな~んの娯楽のない、あんな場所面白くもなんともないわ。

 それに比べ、異世界は記憶も引き継げるし、今なら転生特典で女神特別サービスッ!! たった一つだけ、好きなものを持っていける権利をあげちゃいます! あ、これ私手作りの死後進路ガイドブック。読む?」

 

 め、女神様が天国を”あんな場所”呼ばわりか。

 透き通るように綺麗な水色の髪の女神様に手渡された、豪華な装飾の施されたガイドブックを捲りながら考える。

 けど確かに、生まれ変わって記憶がなくなるのは……死んだ後とはいえ何かすごく嫌だ。かといって天国もそう言われた後じゃ行く気がなくなった。うわ、マジで何もねえ。ネットがないのはちょっとわかってたけど、ゲームどころかオセロみたいなボードゲームすらない。こんなところ行く奴いるのか?

 それに比べて……おおっ、異世界はすごくよさげに見える……これも、これも!! ……あれ。異世界に行くように誘導されてないか? この死後進路ガイドブック。明らかにページ数に差が……。

 

「……ちょっと、はやく決めてよね。今日、私のとこに来るの、あんただけじゃないんだから。こっちも忙しいの。あなたみたいな迷える魂がいっぱい後ろに控えてんの。このままだと残業代なしの時間外労働になっちゃうのよ、わかる?」

「あ、ああすみません。じゃあ……異世界行きで。残業代とかあるんですね」

「わかったわ、異世界ね! はぁ、これで今日の女神ノルマも終わりっ。ほんと面倒ね、異世界に送り込まなきゃいけないのは」

 

 おい待て。今面倒って言ったか、この青髪女神。

 

「さ、じゃあ次は何を持って行くかを決めましょう、もう見たと思うけど。で、何を持ってくの? 異世界は過酷だから。何でもいいからさっさと決めてちょうだい。強力な固有スキルとか、魔剣とか。別にそこに書いてあるものじゃなくても、言ってみなさい。この女神様が叶えてあげるわ!」

「なんか騙された気が……まあいいや。ちょっと悩ませてください」

「どうせ悩んでも無駄だと思うけど、いいわ。一分だけあげるから、はやく決めてちょうだい」

 

 異世界に行くことが決定してしまったらしく、女神様が「いーち、にー、さーん」とカウントが始まってしまった。

 ああ! もう後には引けない。何だ、何にする?

 魔剣がいいのだろうか。それとも固有スキル? 

 ……固有スキルって、何でもいいのか。炎を出せたり、氷を出せたり。

 あ、いや待て、異世界には魔法があるって書いてあった。

 ならもっと別のものが……いっそステータスアップとかでも……

 

「まーだー? 早くしないと、こっちで勝手にランダムに決めちゃいますけどー?」

「ちょ、待て待てちょっと待て!」

 

 この女神様がせっかちなのか、それとも本当に後がつかえているのか。

 なんか怪しい感じがする神様だが、死んだ俺に転生のチャンスをくれている以上、悪い存在ではないと思う。できるだけ女神様の意向に反することは……

 ……あっ、そうだ!

 

「あ、あの。女神さまにこんなコト言うのもあれなんですけど……ずっと叶えて欲しい願いがありまして」

「何よ。ウダウダ言ってないで、さっさと言ってくれないかしら?」

「前の世界で……その、彼女ができなかったもんで。その、異世界に行ったら彼女ができるってのは駄目ですかね?」

「はぁ? へー、ふーん。なるほど、そうきましたか。いるのよねー、あんたみたいな努力もせずに、前世で足りなかった愛情と性欲満たすために他力本願なお願いをしてくるヤツ。はぁー……」

 

 グサッ。女神の憂鬱そうなため息は心臓を一突きした。

 

「できれば魔王退治に使える能力がいいんだけど……ま、いいわ。その願いなら叶えてあげられるわ。条件はあるけどね」

「い、いや……ちょっと! なんですかその顔! 誰でも一度は考えることじゃないですか!!」

 

 女神様の言葉が、雨のようにグサグサと心に突き刺さる。

 呆れんばかりのため息と、ついでに嘲笑の笑いを吐き出し、ようやく落ち着いた女神様は若干不満げに言葉を続けた。

 ほ、ほんとに女神なのかこの人……

 

「それで。どんな風に叶える? あ、努力もせず女の子を惚れさせてハーレム作るっていうのはなしね。前にも魅了の……なんだっけ。眼? とかいうの欲しがったやつが昔いたけど、洗脳魔法は女神の名に反するからダメ。そういう外道なことがしたいなら、悪魔にでも魂を売ってくさい足でも犬のように舐めることね」

「待って、違うから。そういうんじゃなくて!!」

「何? やっぱり変えるの? ならもう面倒だしランダム特典に……」

「魔王退治ってことは冒険するんですよね? なら、女の子と冒険できたらいいなって思って。

 洗脳とかじゃなくて、出会うだけでいいんで。そのあとは俺次第だと思うんで。……お願いです、女神様!!」

「なんだ。それならぜんぜん構わないっていうか、なんていうかそれ楽でいいわね! そうね……それなら転生したあとに一人だけ、あなたが困っているところに案内してくれる、親切な女の子が来るようにしてあげる。それでどう?」

「そ、そうですか。そういうのでもいいんですね」

「むしろ無駄な力使わなくて済むから助かるわ。力与えるより簡単だし。ま、ちゃんと縁は繋げてあげるけど、その機会をうまく使えるかどうかは知らないわよ。……あ、言っておくけど、どんな関係になるかっていうのは本当にあなた次第ね。最初にしくじったら彼女どころかメンバーにすらなってもらえないわ。苦情はお断り。私は可能性のある子を導いてあげる。どう?」

「ええと、じゃあそれでもいいです」

「決まりね! さ、さっさと異世界に送るわよ」

 

 女神様は両腕を上に掲げた。すると手元のガイドブックが光の粒子になって砕け散り……あっ、面白かったからもうちょっと見ていたかったのに……チェス盤のような黒白の足元に、青く輝く魔法陣がぼんやり浮き上がる。

 ようやく重い腰を上げて、白く輝く椅子から立ち上がった。

 これが異世界転生。

 そうか、死んだと思ったけれど、まだ生きられるのか。新たな未知の世界で。

 

「というわけで……コホン。それでは伊藤翔太さん。女神アクアの名の下に祝福を与え、あなたを異世界に転送します」

 

 死ぬ前……前世では小学校以来、まともな出会いが一切無かったんだ。

 固有スキルとか魔剣とかにも興味があったけど、やっぱり女の子との出会いにかえられるものはない。

 後悔はしないぞ。

 

「ちなみに魔剣を持っていったあなたの先輩は、いま女の子二人に囲まれてハーレム生活してるわよ」

「えっ」

「てなわけで、幸運を祈ります。がんばってねー!」

 

 視界が白く染まり消えていく途中で、とんでもないこと言いやがったこの女神。

 いってらーっしゃーい、と手を振ってくる女神に声を上げようとしたが、その前にプツリと意識も白く染まって、俺は再び眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外国……いや、異世界だ。間違いなく異世界だコレ」

 

 死ぬ直前までいた日本の街並みは見る影もなく、中世風の建築物に変わり果てていた。

 壁は白、屋根は赤レンガで統一された建物が並んでいる。

 ふと横を見れば透き通る宝石のような川が下流に流れ、その上をレンガの橋が通している。さらに向こう側にも街が続いており、色とりどりの旗がはためいてる。その奥に、ビルのように高いレンガ塀も見つけた。

 さらに、ちらほらとまばらに歩いてる人の中には獣耳をつけた人も……ケモ耳っ!? 

 本物かあれ……うおっ、ピクって動いた。本物だ。

 

「はええ……ほんとに異世界だ」

 

 死んだのは理解していたつもりだけど、全く別の世界とはいえ、生きてる実感が湧いてきた。

 さて、これからどうしよう。

 あの青髪の女神様によれば、そのうち女の子が来て案内をしてくれるはず。

 どこだ、どこだ。

 

「……いない」

 

 右を見る。

 いない。

 左を見る。

 いない。

 上を見る。

 綺麗な青空。いい天気だなぁ。こんな状況じゃなきゃ、川の土手で日向ぼっこでもしたいくらいだ。いやそんな場合じゃないけどもね。

 

「とはいえ、どこに行けばいいのかね……ん?」

 

 じっとしていても仕方ない。歩き出そうとしたとき、木陰にさっきはいなかった誰かがじぃーっと顔を覗かせてた。

 

「あの……?」

「きゃぁっ!?」

 

 振り向かれるとは思っていなかった! みたいな顔で、あわあわと口を動かしている子。

 

 あっ、女の子だ。

 一応、他に人がいないか捜した。このおさげの子しか見当たらない。あの女神に魔剣や固有スキルをお願いするかわりに”お願い”をした子は、この子だろうか。橋の向こうを歩いているあの籠を持ったお婆ちゃんということはないだろうし。

 

「もしかして、君が女神さまの遣わしてくれた子?」

「は、はい? 女神さま……め、女神っ?! そ、そんな。まさか本当に願いが届いたの……?」

「あの。もしもし、もしもーし」

 

 木陰のほうに回ると、尻もちをついて倒れたまま、この子はあわわわっと口をぱくぱくさせた。

 両肩からリボンで可愛らしく結った髪をさげ、なんとも異世界っぽいラフな服装をしている黒色のローブが最高に異世界っぽい。まず服のデザイン的にあけっぴろげになっている胸の谷間と、もう少しでめくれ上がりそうなスカートから覗く、白く艶のある太ももに目がいってしまう。

 

『最初にしくじったらパーティメンバーにすらなってもらえないから。それはその子の意思だから、あとからの苦情はお断りよ?』

 

 おっといけない。

 あの口の悪い女神様の言葉が頭をよぎる。

 噂によれば、女性は男の視線に敏感だという。

 いきなり胸に眼を固定させて、逃げられたらたまったもんじゃないぞ。

 頑張れ俺。眼をそらせ俺。せっかく魔剣や固有スキルをふいにしてまでつかんだチャンスだ。まだ心の準備ができてないけど。

 

「あ、あのさっ!」

「ひゃいっ?! なんですか。感謝したいのに、どっ、どこの女神さまかわかってなくて……ごめんなさい! ごめんなさい!!」

「え、うん。それは……まあ別にいいんだけど」

 

 あの青髪の神様が頭をよぎったが、ガイドブックを見ている間にポテチをポリポリ摘んで欠伸してた姿を思い出し、その名を口にするのを躊躇った。後でいいや。

 

「ところで、きみは、もしかしてモンスターを倒す冒険者的な職業だったりしないかな?」

「は、はい。確かにわたしはギルドに登録してて……その、一応、アークウィザードやってて……あれ? なんで分かったの?」

「もしかしたら女神さまに聞いてるかもしれないけど。俺、冒険者になりたいんだ……とりあえず道わからなくてさ。ギルドまで案内してくれたら、嬉しいんだけど」

「あ、あ、あ、あっ……案内するからっ! 女神様の祝福を受けた人を放っておけないもの。え、えっとね……わたしに任せて!!」

 

 いつの間にか芝生から立ち上がって、スカートをぽんぽんはらった少女は俯き、何やら両手を合わせて親指をもじもじと動かして。

 口をきゅっと結んでから、赤い瞳の女の子は心を決めたみたいに、こくりと頷いた。

 うわ、何この子かわいい。胸おっきいし、はだけた服してるし可愛い。超かわいい。異世界バンザイ!! 

 女神さまありがとうございます。

 

「ありがとう!! よかった、いきなり親切な人に会えて助かったよ!」

「親切だなんて、そんな……あっ、行きましょう! えっと……」

「あっ、名前を言ってなかったな。伊藤翔太だ、よろしく」

「ショウタくん、ですか?」

「うん。それで、よければ君の名前も教えて欲しいんだけど……いいかな?」

「ひぁっ!? な、名前……ですか」

 

 首を傾げた。自己紹介するだけなのに、顔を真っ赤にして俯き、なぜかひどく恥ずかしがっているみたいであった。

 

「ううっ。どうしても名前、聞きたいですか」

「えっ。ごめん、俺なんか変なこと言っちゃった?」

「……わかりました、やらせてください。女神様の祝福を受けた人の頼みですもの。お願いだから、わ、笑わないで聞いてくださいね!」

 

 なにが始まるんです?

 緊張しながら立ちふさがった、女神に導かれし可憐でおっぱい大きい少女。すぅーはぁーと、大げさに深呼吸して、ぽかんとした俺に言った。

 

「わ、わっ、我が名はゆんゆんっ! アークウィザードにして、いずれ最上級魔法をも操る者! や、や、や……やがては紅魔族の長となる者……!!」

 

 …………

 

 おおー……さすが異世界。挨拶が想像以上に派手すぎて、思わず言葉を失ったじゃないか。

 軽くショッキングな出来事である。

 それはそうと、紅魔族か。知らない単語が出てきたけれど、異世界特有の種族だろうか。この子は普通の女の子っぽいけど、魔族なる種族なのか。

 

「……え、えっと。あのさ。なんか目が充血してるけど、大丈夫?」

「はひっ!? あ、ぅ、えっと……うぅ……その、ごめんなさい」

 

 可愛らしい紅い瞳が、自動車のヘッドライト並みにピカピカ輝きまくってる。しかも頰っぺたはそれ以上に真っ赤っか。

 かわいい。

 っていうか、最上級魔法ってことは、魔法使いなのか! うわ、創作でしか見たことない魔法使いだよ魔法使い。はじめて生で見た。この話がまとまったら魔法見せてくれないかな。

 

「ゆんゆん……、改めてよろしく。というか、なんか恥ずかしいことやらせちゃったみたいでごめん」

「い、いえ。これでも紅魔族の長の娘なので。ほんのちょっとだけ恥ずかしかったですけど……」

 

 ちょっと、ではなさそうだったが。

 

「あの。紅魔族って?」

「えっ……はい。紅魔の里という場所に住んでいる一族のことを紅魔族といいます。たまに知らない人から魔族と勘違いされたりしますけど、れっきとした人間です」

「あれか。紅魔って、炎の魔法みたいなの使うの? それとも、そのルビーみたいな目の色が由来?」

「るびぃ? はい、この目の色と生まれつきの高い魔力が紅魔族の名前の由来です」

「へえぇ、なんか強そう。ところで紅魔族はみんなそういう感じの服を着てるのか?」

「えっ。これはわたしの好みですけど……?」

 

 一人娘がそんな胸元をはだけさせた格好をするんじゃありません、と言いたかった。あと、そのローブちょっと格好いいな。今度買ってみよう。

 つまり紅魔族ってあれか。RPGでいう魔法使いの里みたいなところがあって、ゆんゆんはそこから旅に出てきた一人娘ということだろうか。何気にレアなのでは。ガチャならSSR。もしや危機に陥った村を助けて村長の娘を嫁にもらうパターンのあれではないか。べたべたの異世界イベント突入か。

 

「なら、ゆんゆんは修行の旅に出てきたってところか?」

「へ。あ、うん。ちょっと前に紅魔の里の学校を卒業したの。訳あってこの街まで来たんだけど。その、あとは色々……あっショウタくんはこれから冒険者になるんだよね?」

「あ、うん。そのために女神様に送られたらしいし、俺」

「だったら、きっとすごい冒険者になれると思うよっ! 冒険者で名を轟かせる人は、みんな女神さまの祝福を受けた人だから。いいなぁ、きっと、すっごく楽しい冒険ができるんだろうな……」

「ゆんゆんも冒険者なんだよな? なら、先輩冒険者なのか。新人の俺に色々教えてくれないか?」

「えっ。わ、わたし? ……わたし……で、いいの?」

「頼む。ってか、他に頼れる人もいないし、これも女神様の巡り合わせだと思ってお願いします!」

「うん。わたしでいいなら……まっ、任せて!!」

 

 とても嬉しそうに、うんうんと眩く瞳の中が輝いてる。

 かわいい。かなり下がりかけていた女神さまの評価が、グングン上がっていた。しかし、油断すると胸元に視線が吸い込まれ……揺れるなぁ。この子すごい。

 

「あっ、着いたよ! アクセルの中でも特におっきいこの建物が冒険者ギルドだよっ!」

 

 なるほど、これは冒険者ギルドだ。こんなかっこいい看板の、あからさまな施設は他にはない。建物はでかいし、なんか、こう、歴戦っぽい風格がある。俺はいま、すごく感動してる。胸からあっつい感情がこみ上げてくる。

 こんな中世の街並みで冒険者。しかもなんか周りは売店いっぱいあって、いつの間にか活気も出てきてるし。遠くにはラッパみたいなのがついた、何のために建てられたか全くわからない高い塔が見える。

 ゆんゆんに先に行ってもらい、続くように後ろについて、足を踏み入れた。

 うわ昼からテーブルでジョッキでビール丸呑みしてる人いっぱいいる。

 冒険者ギルドっぽい!

 

「さあ行きましょう! あっ、ショウタくん……あの、お金持ってる?」

「えっ。たぶん持ってないけど。なんで?」

「あっあのっ! じゃあよければお金はあげるから。つ、使って!」

「お金いるの?」

「冒険者に登録するときにはお金が必要なの。ちょうど千エリスだったかな」

「センエリス? あ、ああ。うん。一応聞くけど、これは使えないよね?」

 

 入れっぱなしだった財布を開いて見せる。全財産のたった一枚の紙幣と、数枚の硬貨を見せたのだが。

 

「……えっと、見たことない。どこの国の通貨かな……どっちにしろ外国で流通してる通貨の両替となると王都じゃないと難しいと思うし、使えないかな……」

「じゃあ、その。とりあえずお金かして……」

 

 さっそく、女神様に遣わせてもらった女の子にお金を借りる羽目になってしまった。

 大丈夫か異世界生活。

 ……ぺこぺこと頭を下げながらお金を受け取り、いずれこの恩を返さないとな。「いってらっしゃい、頑張ってね!」と見送られながら、いそいそ受付カウンターらしきところに向かう。列はすぐに消化され、ほとんど待たずに順番がやってきた。

 

「はい次の方どうぞー。今日はどうされましたか?」

 

 にこりとスマイルを受け取った俺は、とりあえず受付の金髪のお姉さんに言ってみる。

 

「冒険者になりたいんですけど。受付はここですか?」

「そうですか。登録手数料がかかりますが、大丈夫ですか?」

「千エリス……これで足りますよね」

「はい、承りました。ではまずこちらのカードに触れてください。このカードは冒険者の方の潜在能力を表しますので、そこからなりたいクラスを選んでいただきます」

「あっ。それでアークウィザードとかになれるんですよね」

「あ、あー……いえ。アークウィザードは、冒険者の中でのほんの一握り、魔法使いの中でも百人に一人と呼ばれるほど希少な上級職ですので……最初は下位職からのスタートになります。えっと、そういう期待される方は多いんですけど、あまり期待しないでくださいね」

 

 な、なんか可哀想な人を見る目で見られてないか。

 アークウィザードって魔法使いのことじゃないのか。ってことは、ゆんゆんって子。もしかして結構すごい冒険者なのでは。パーティーメンバーになってもらえれば、かなり強くなれるのでは……っと、後ろの人も待ってるんだった。

 ドキドキしながらカードに触れると、ぼんやりと文字が浮かび上がってくる。

 よ、読めん。なんだこの文字。

 

「はい、けっこうです。潜在能力は……あっ、知力や魔力が高めですね。アークウィザードはさすがに無理ですが、ウィザードになれますね! 他の専門職は難しいですね、あとは基本職の冒険者になれなくはないですが……オススメはやはりウィザードですね。どうされますか?」

「えっと。一つ質問です。友達にアークウィザードがいて、一緒にパーティ組もうと思ってるんですけど。あの、魔法使いだけだとバランス悪くならないですかね?」

「え……あっはい。え、えっと私からはなんとも。ただ世の中には魔法使いのみのパーティも普通にありますから……アークウィザードのご友人とのパーティでも大丈夫だと思いますよ、ええ」

 

 何でだろう。見る目がますます可哀想な人を見る目になってきてないか。

 いるんですよねーこういう人。

 受付が美人だからってかっこつけるために嘘を言う人。

 そんな顔されてる気がする。

 ……あっ、嘘だと思われてるのか。そんなに珍しいかアークウィザード。ゆんゆん、というか紅魔族ってすごいんだなーと感心した。さすが女神の遣い……ところで受付のお姉さん。その可哀想な人を見る目はほんとやめてほしい。辛い。

 否定しようと思ったけれど、後ろの怖そうなムキムキのオッサンが「遅え」と言わんばかりに青筋を立てた音が聞こえて、言葉が引っ込んだ。

 

「じゃ、じゃあウィザードで」

「わかりました。レベルを上げればステータスも上がりますので、えっと、いずれ高難度のクエストをこなしてレベルを上げ続ければ、アークウィザードにもなれますよ。きっと……では、冒険者ギルドへようこそ。ショウタさん、今後の活躍を期待しています!」

 

 

 

 

「ゆんゆん。ありがとう、おかげでウィザードになれたよ」

「あっウィザードを選んだんだ、えへ、なんだかちょっと嬉しいな……それならわたしも色々と力になれると思うよ! ……あの、浮かない顔して。何かあったの?」

「ううん。なんでもない。なんでもないから。そんな悲しい表情なんてしてないから」

「そう? あっ。ところでショウタくん、今日泊まる場所、もちろんないよね」

「あ、うん。お金なくて……野宿?」

「それなら、さっそくクエストを受けるといいと思うの! えっとね、そこのクエスト依頼掲示板、ちょっと見にいってみない?」

 

 と、生き生きとした瞳で掲示板のほうを指差すゆんゆん。またきらきら目が輝いてる。何がそんなに楽しいのか分からないが。

 対してこちらは心に多少の傷を負って戻ってきたせいか、落ち込んでる。うわっ掲示板でかいな。さすが噂の冒険者ギルド……ほうほう、いろんな依頼があるな。ふむふむ。

 

 

「……わからん。ぜんぜん読めない。ごめん、これ何語?」

「あっ。遠くからやってきたなら、そ、そうだよねっ! え、えとっ、最初はこれなんていいんじゃない? ”ジャイアント・トードの討伐”、報酬10万エリス!」

「カエル?」

「よくわかったね。危険度は最低だけど初心者にはぴったりの依頼だよ!」

「ならそれにするか。どんなやつなんだ?」

「うーんとね。大型のカエルで、高さはだいたいあの石像くらいかな! 人一人丸呑みできちゃうおっきな口で、ヤギとか牛とか、ひどいときは人も食べちゃうんだよ!」

 

 ……無理。

 冒険者になって最初に決意したことは、ぐっと恥を忍ぶことだった。

 

「い、いきなり一人でいくのも、その。不安だから。ついてきてくれませんか……」

「えっ? ……わ、わわわ、わっ、私でいいの!?」

「は、はい。むしろお願いします」

「ほんとに、ほんとにいいの!? ほんとに、ほんとにっ!? ほ、ほんとに」

「ほんとよろしくお願いします。ゆんゆんさん、お願いします」

「うんっ! わたしでよければっ!!」

 

 明るく返してくれた。

 ゆんゆんとしては、先輩として甲斐甲斐しく後輩に世話をやいてくれているのだろう。プライドはさっそくズタズタである。まさか、親切な女の子に護衛のようなことを頼むなんて。親切につけこんで頼りすぎている感じがなんか……というか字も読めないのか俺は。もしかして、字を覚えるところから始めなきゃいけないのか。とすると、字が読めるようになるまでこの子に頼りっぱなしになるのか。

 目が死に始めたところで、彼女は「そうだっ!」と続けた。

 

「じゃあまず武器が買える店にいかないと!」

「えっ。なんで?」

「最初は杖がないと魔法も使えないし、危ないよ。あっ、お金のことなら心配しないでいいよっ! わたしたちの出会いを祝福して、プレゼントするから!! さっそく行こう!!」

 

 ……あっダメ人間だ俺。

 とうとう目から全ての光が消えて、ゆんゆんの菩薩のような善意と正論の前に、機械のように頷くことしかできなかった。

 異世界転生でチート能力を選ばなかったことを、後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、こちらが報酬となります。お疲れ様でした……あっ、二つもレベルアップされたんですね! 初心者でこんなに早く依頼を達成される方は珍しいんですよ。もしかしたら本当にすぐにアークウィザードになれるかもしれませんね!」

「あ、はい。ありがとうございます。では失礼します、はい。すみません」

「またお願いします。頑張ってくださいねっ!」

「アリガトウゴザイマス。ほんと、ごめんなさい」

 

 にこりと手渡される20枚の札束を受け取ったあと、逃げるように受付から離れた。

 戻るとゆんゆんが後ろに手を組んで、にこにこ、うきうきと笑顔で待ってくれている。こんな儚げで可愛い子が待ってくれていると思うと嬉しい。

 

 今日はウィザードになって魔法が使えるようになった。

 

 が。

 最初のスキルポイントでとれる魔法を選ぼうとしたらゆんゆんに止められ、レベルがもっと上がるまでは待ったほうがいいと言われたのでやめた。つまりいつでも魔法はとれるが、まだ使えない。魔法使いなのに魔法が使えない。

 手元の討伐報酬10万エリス。これはカエルを倒した報酬だが、もちろん棍棒を持ってカエルを殴り殺したわけではない。あっという間に、眩い巨大な閃光がピカッと光ったと思ったら、カエルが倒れていた。そのあと、ゆんゆんはトドメを俺に譲った。

 今日やったことはそれだけだ。

 

 つまり。

 今日の討伐は全てこの子、ゆんゆんがやったものである。

 このお金を手にしていること自体に罪悪感しかない。なぜかゆんゆんは受付カウンターにきてくれなかったので、受付のお姉さんからの評価がまた変な方向に走ってしまった。主に、行ってはいけない上の方向に。女の子の笑顔がこんなにも痛いなんて。罪悪感に押しつぶされそう。

 

「あの、今日はお疲れさま! レベルは最初のほうで上がりやすいとはいえ二つも上がったし、大収穫だね!」

「あ、うん。ごめん。これ今回の報酬だってさ」

「へ? え、ショウタくん。なんで全部私に渡そうとするの?」

「……受け取れないから。今日の経験値だけでもう受け取りすぎというか、もうどう返していいかわからないっていうか。ごめんなさいマジで、ほんとにスイマセン」

「で、でも、お金がないと。泊まる場所もないんだよね、ねっ!?」

 

 確かにそうだ。もはや顔すらそらしながら、たまにへっ、へっと、肩を揺らし自嘲の笑いを出しつつ、まだ最低限、かろうじで小枝ほど残った男のプライドで、続く言葉を絞り出す。

 

「いくらパーティーメンバーとはいえ、それを受け取ったらただでさえ申し訳ないのに、本当に顔が立たなくなるというか、この世界で生きていく自信が本格的に空を飛んでいくというか……」

「ぱ、パーティメンバー? ……えへへ、ぱ、パーティー……はじめての……あ、え、えっと!

 それじゃあ友達の証に、これ受け取って……! あっ、これだけじゃ足りないよね。これも、これわたしが今までクエストで貯めたお金で……」

「ねえ、なんで財布出そうとしてるの? いらない、いらないから。今日一円でも受け取ったら、男として死ぬ気がするから」

「え、あ、あのね。じゃ、じゃあ……今日の宿代だけでも受け取ってもらえないかな? 別にか、返さなくてもいいからっ。野宿はダメだよ!」

「……ごめん。ごめん、確かに野宿はやばい。ほんとそのうち返すから、今日の報酬を半分だけ貸してください。すみません」

 

 外に出ると、満天の星空が俺たちを迎えてくれた。

 隣でゆんゆんがニコニコ、えへへと嬉しそうに笑っている。あまりの情けなさに涙が頬を伝って、きらりと光った。

 

 

 




 初めまして。不定期ながら連載頑張るので、よろしくお願いします。

 8/28追記:主人公の最初の死因を変更しました。

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