Fate/Grand order 番外・六乗魔王王国シガ   作:NoN

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三幕 オークの幻蛍窟

 戦いの翌日、立香とマシュの姿は船の上にあった。

 

 彼女たちの乗る船の上には、グルリアン市で戦ったあの女性と戦士たち。

 それと、グルリアン市に住んでいた一般人の人達がいた。

 

 立香たちの戦いは、辛うじて勝利という形で終わった。

 あの軍勢は都市の中に入り込むことは無く、いくらか魔法が都市の外壁に撃ち込まれたものの、全て都市の外壁に展開されていた障壁によって受け止められたためにグルリアン市内部に大きな被害はなかった。

 けれども、何一つ問題なく終わったというわけではなかったらしい。

 この世界に来たばかりの立香たちは詳しく知らないが、なんでも都市機能を維持する魔術的な核とでも言うべきものに対し戦闘中のごたごたの中で細工をされたらしく、都市を維持できなくなったらしい。

 すぐに都市が維持できなくなるわけではないが、もって1週間というところだそうだ。

 そのため、グルリアン市に存在する船に移動の準備ができた市民を可能な限り乗せて、近くの大都市である公都へと移動している。残りは、船が公都から戻り次第順次送り出すそうだ。

 夜中の内にグルリアン市を出て、船は一直線に公都へと向かっていた。

 

 船に乗った二人は、騎士王との戦闘との最中で現れた女性に声をかける。 

 

「あの、ありがとうございました」

「いいよいいよ~、むしろこっちがお礼を言いたいくらいだしね~」

 

 手を振って、女性は軽い様子でそう応える。

 その時、女性はそこでふと何かを思い出したかのような表情を受けべて立香たちを見た。

 

「さてと、念のため確認するけど、君達は日本人ってことであってる?」

「はい、私は藤丸立香。日本人です」

「マシュ・キリエライトです」

「そういえば、自己紹介もまだしてなかったわね。私は、ミト。君と同じ日本人よ」

 

 日本人、そう言われてみれば、彼女の顔立ちは日本人に見えなくもない。

 光りを跳ね返す様な黒い髪、吸い込まれそうになる黒い瞳、どちらも日本以外ではあまり見ない特徴だ。

 ミトという名前が少し女性らしくないので気になったが、まあそんな名前の人もいるだろう。

 

「ところで、君たちはどこに召喚されたの? サガ帝国? それともシガ王国? 位置的にイタチ帝国とかパリオン神国ではないと思うんだけど」

「召喚、ですか? いえ、私たちは誰かに召喚されたりはしてないですけど」

「え、召喚魔法で呼ばれたわけじゃないの?」

「いえ、その……」

 

 立香は、ミトにカルデアとレイシフトに関して簡単に説明することにした。

 一通りレイシフトについて聞いたミトは、何か疲れたような顔をして頭を掻く。

 

「つまり、そのレイシフトっていうタイムマシンみたいなので特異点? っていうのに行こうとしたらここに来ちゃったってこと?」

「はい、その通りです」

「……魔術と科学でできたタイムマシンって、え~と、いやでも神様がいたんだからあり得ない話じゃないか」

「やっぱり、魔術とか信じられないですか」

「いや、そういうわけじゃないだけど……なんというか、異世界に来て元いた世界の隠された秘密を知るって何とも言えない気分になったんだよ。いまさらそんなこと知ってもなあ~て感じで、ちょっと微妙な気持ちにね」

 

 あはは、と苦笑するミト。

 一年前まで一般人だった立香には、なんとなく気持ちがわからなくもなかった。

 立香も、魔術に関して詳しく知る前に、人理焼却という未曾有の事態に放り込まれたのだ。ミトの立場を立香に置き換えてみれば、カルデア以外が滅んだあの世界で、魔術協会の権力の凄さを説かれたようなものだろう。

 

「ま、いいや。つまり君たちは、この世界について何も知らないってことでいいのよね」

「はい、魔法と言う魔術とは異なる技術で文明が維持されているのは理解していますが、あのグルリアン市を攻めた軍勢が何なのか、ユニークスキルとは何なのか、そういった部分に関してはよくわかっていません」

「それぐらいのことはわかってるのか。なら、この世界に関して少しと、あとは魔王と魔族に関して説明すればいいかな」

 

 

 

 

 じゃ、この世界について簡単に説明するよ。

 基本的に、歴史にそこまで詳しくない人が想像する中世のユーロッパに近い世界だと思ってくれていいよ。

 細かく言えば中世とは違うんだけど、貴族という特権階級の人達が存在しているってところは同じかな。

 この世界と、私たちが暮らしていた世界との違いは三つ。

 一つは、勇者と魔王の存在。

 この世界には、およそ600年ごとに魔王の季節っていうのが起こって、世界のどこかで魔王が出現するわ。

 この世界の人達は、その魔王に対するカウンターとして神様に選ばれた勇者を地球から召喚して、その勇者を全力でバックアップして魔王を倒してもらうの。

 まあ、どう考えても拉致だから、色々と問題はあるんだけれど……その辺は今は関係ないから後にしよっか。

 さっき言った魔族っていうのは、その魔王の従者的な存在のことだよ。下級、中級、上級の三種類の魔族が存在していて、上級の魔族だと勇者すら苦戦する力を持ってることが多いよ。

 で、二つ目は魔物の存在ね。

 ごく一般的な普通の野生動物以外にも、この世界には人間を害する動物が存在するんだ。

 それが魔物。普通では考えられない身体能力や身体的特徴を持つ生物のことだよ。ほとんどが鍛えた普通の人でも倒せるぐらいの強さしかないけれど、中には空中要塞とまで呼ばれる大怪魚みたいな、勇者でも倒せないぐらい強いのもいるから注意してね。

 そして、最後に最も大きな違いとしてあるのが魔法の存在。

 この世界は、科学の代わりに魔法が文明を支えているんだ。

 魔法が使えるかどうかは個人差があるから、科学みたいにその恩恵を大多数の人に均等に近い形で与えるみたいなことはできないけれど、一部には科学では実現できないようなことが実現できる魔法とかもあるから、見た目ほど文明が劣っているわけではないよ。

 例えば、さっきいたグルリアン市。道端に汚物が捨てられているとか、そんなことはほとんどなかったでしょ。あれは魔法によって上下水道が整備されていて、きちんと廃棄物を処理できる環境が整っているからなんだ。

 それに解析板、今はヤマト石って呼ばれてるんだっけ。ヤマト石っていう特殊な……なんて言えばいいかな、縦横それぞれ30センチ前後の長方形の液晶みたいなのがあるんだけれど、それに触れると触れた人物の名前や所属、犯罪履歴とかを洗い出すことができる。

 そういうのもあるから、部分的には科学文明を追い越してるところもあるんだよ。

 

 あとは、レベルとか神様の存在とか細かな違いはあるけれど、この世界で生きていればおいおいわかってくると思う。

 

 あ、ちなみにだけど、この世界にはファンタジー世界でよく描かれる、ドワーフとかエルフみたいなのもいるよ。獣の耳が生えたり、そもそも顔が動物のものだったりするみたいな、もっとファンタジーな人たちとかもね。

 

 

 

 

 

 

「──ま、この世界についてはそんな感じだね」

「基本的には、おとぎ話のファンタジーな世界という認識で大丈夫ですか?」

「うん、どちらかというとファンタジー系RPGの世界という方が近いんだけど、まあその認識で特に問題ないと思う」

「なるほど……」

 

 いまいち違いがよくわからないが、とりあえず頷いておく。

 ゲームシステムの様な物があるかどうか以外に、おとぎ話の世界とRPGの世界の違いが判らなかった立香には、いまいちその二つの違いがよくわからなかった。

 だが、わざわざ言及したことを考えると、ミトにとってはその二つの違いは重要なものなのだろう。日本ではゲームのプログラマーでもやっていたのかな。

 

「グルリアン市で戦ったあの騎士も、たぶん魔王だね」

「彼女が、ですか」

「そう、ユニークスキルも使ってたし、間違いないと思うよ」

 

 ユニークスキル。

 騎士王も言っていた、いや、使っていた特殊な力。

 その口ぶりからして、宝具とは違うようだけど……。

 

「ああ、そういえばユニークスキルに関しての説明はしてなかったね」

 

 ユニークスキルという表現に不思議そうな顔をしていた二人に気が付いたミトは、そのことについて教えていなかったことに気が付き、さっきの説明に付け足すように口を開いた。

 

「ユニークスキルっていうには、勇者みたいな異世界出身の存在か、もしくは魔王しかもっていない特殊な能力のこと。彼女が使ってた物理攻撃の無効化や反射、回復以外にも、物理攻撃や魔法の強化、相手の能力値の解析、変わりものなのだと、相手と仲良くなりやすくなるみたいなのもあるわ」

「なんだか、いろいろと凄そうなものばかりですね」

「そー、ユニークスキルはその名に恥じないような唯一無二の力を持ってるのが多いの。あの手ごたえからして、さっきの魔王は魔法軽減系のユニークスキルとかも持ってたんじゃないかな。神槌(ディバインハンマー)あれだけくらってほとんどダメージなしとか、そうでないと考えられないしね」

 

 つまり、ユニークスキルは宝具に近いものであるという事なんだろう。

 物理攻撃を完全に無効する障壁、瞬時に肉体を再生させる能力、受けた攻撃を跳ね返す力、どれも宝具級の力ばかりだ。

 

「ところで、君たちは公都に着いたらどうするの?」

 

 ミトの問いかけに、立香が口を開く。

 

「まずは、本拠地であるカルデアと連絡が取れるようにしようかと」

「魔術には、霊脈という特殊な大地の力の流れを表す概念が存在しています。私たちは、その場所に召喚サークルという特殊な魔術を設置することで、カルデアとの霊的な繋がりを太くすることができるんです」

 

 公都にたどり着ければ、ある程度周囲の環境が落ち着くだろう。

 そうなると、その次に必要なのはカルデアとの通信状態の確立だ。

 ただでさえ騎士王の様な強力なサーヴァントが強化されているこの世界、マシュと立香だけで戦うのはあまりにも厳しい。

 さっきはミトがいたために立香たちは生き残れたが、次にユニークスキル持ちのサーヴァントを相手にしたときに生き残れる保証はない。そもそも、ミトが二人について来てくれると決まったわけでもない。

 

「霊脈……もしかしたら、それは少し難しいかもしれない」

「どうしてですか?」

「この世界には、竜脈っていう竜神様が世界中の地脈を改変して作った特殊な魔素、魔力の流れが存在しているんだ。この竜脈をそのまま代用できるなら特に問題はないんだけど、もしできなかったら……」

「霊脈が全て竜脈に作り替えられているから、召喚サークルが設置できないかもしれない、と」

 

 立香の言葉に、ミトは「ええ」と小さく頷く。

 たしかに、もしそうなら問題だ。一部の地域限定で加工された地脈、つまりその土地の魔術師が使いやすいように整えられた程度の干渉しかされていない地脈なら問題ないとは思うけれど、世界規模で加工された地脈が召喚サークルの仕様に適した地脈であるとは限らない。

 いや、今から失敗した時のことを考えてもしょうがない。とりあえずはやってからだ。

 

「わかりました、念頭に置いておきます」

「一応、いくつか竜脈に干渉できる魔法はもってるから、もし問題があったら私に言ってね。内容次第では、どうにかできるかもしれないから」

「ありがとうございます、ミトさん」

 

 ミトの申し出に、立香は頭を下げる。

 色々と不安が多いこの状況で、ミトの存在は立香たちにとって助けになるものだった。

 

 

 立香とマシュ、二人がミトと談笑していると、船員たちが甲板に座席を並べ始めた。

 周囲の人が何事かとそれを見ていると、船員の一人が魔法の詠唱を始めた。

 何の魔法を使おうとしているのか立香は少し気になったが、魔法使いと立香の間にはそれなりに距離があったので聞き取れなかった。

 

「皆さん、そろそろオークの幻蛍窟を通過します。こんな時にと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、こんな時であるからこそ、皆さん幻蛍窟をご覧になりませんか」

 

 聞こえない筈の場所にいる魔法使いの声が、立香の耳に届く。

 クリアに聞こえるその声に、立香はさっきの魔法が声をとぽくに伝える魔法だと気が付いた。

 

「オークの幻蛍窟?」

「幻蛍窟、ミトさんは知ってますか?」

「オークの幻蛍窟……ああ、うん知ってるわよ。観光名所として有名だしね」

 

 ミト曰く、まるでプラネタリウムの様な風景が見れる洞窟らしい。

 名の知れた観光名所で、これを見るために船に乗る人間もそこそこいるそうだ。

 

 魔法使いの言葉を聞いたのか、船の中から何人かグルリアン市の住民が出てくる。

 出てきたのは、船に乗っている人たちのおよそ半数。残った人たちは、そんな気分にはなれなかったそうだ。

 

「二人はどうするの?」

「興味はあります。ですが、護衛の仕事もあるので」

「先輩が見に行かないのであれば、私だけが見に行くわけにはいきません」

 

 見たくないと言えば嘘になる。

 けれども、立香たちはこの船に護衛も兼ねて乗っているのだ。周囲の警戒を怠るわけにはいかない。

 

「つまり、二人とも興味はあるんだね。なら──」

 

 ミトが指を弾く。

 すると、ドーム状の結界が船を覆うように形作られ、次いで順々に周囲の船にも結界が展開された。

 急に発生した結界に、甲板にいた人たちが騒ぎ始める。

 周囲の戦士たちも、武器に手をかけて眼つきを鋭いものに変えた。

 

「すみませーん! 念のため結界を張りました!」

 

 ミトが、慌てて周囲の人達に自分が結界を張ったと説明する。

 それを聞いた人たちは、騒ぎそうになった自分を落ち着かせたり、小さくため息を吐いて武器から手を離したりと、各々元の様子に戻っていった。

 

 ミトは、やっちゃったとでも言いそうな顔で苦笑すると、二人に向き直る。

 

「上級の結界だから、魔王でも一瞬で破られるなんてことは無いと思うわ。探索用に別の魔法も使ってるから、二人とも見に行っていいわよ」

「え、でも」

「二人ともまだ子供でしょ。少しくらい大人に頼りなさい」

 

 そう言われると、何とも言えなくなる。

 立香としても、オークの幻蛍窟には興味があったし、なによりそういったものをマシュに見せたいと思っていた。

 結局、立香たちはミトの厚意に甘え、オークの幻蛍窟を見るために甲板の座席に付いた。

 戦士たちの分は用意されていなかったようだが、グルリアン市の住民が思ったよりも幻蛍窟を見に来なかったために、席が空いており座ることができたのだ。

 

「それでは、ここから船長に変わりまして蝙蝠人族のメロウが、本船の操舵を行わせていただきます」

 

 蝙蝠の頭部を持つ人が現れ、アナウンスを引き継ぐ。

 メロウがオークの幻蛍窟の歴史について話し始めると、周囲の人は椅子に身体を預けながら、その言葉に耳を傾けた。

 

 一通り話し終え、メロウは船の先を確認する。

 船の先には暗い洞窟が一つ。近付くにつれ、生暖かい空気が洞窟から流れ込んできた。

 

「では、目を閉じていただきますようお願いいたします」

 

 彼の指示に従い、立香とマシュは目を閉じる。

 しばらくして、瞼から太陽の光が切れたちょうどその頃に、メロウの声が立香の耳を叩いた。

 

「ではみなさん、目をゆっくりと、ゆっくりと開けてください」

 

 目を開ける。

 

「──っ!」

 

 立香の隣にいたマシュが、息を呑んだのが感じられた。

 

「……綺麗」

 

 立香の口から、思わず言葉が零れる。

 

 オークの幻蛍窟、それはまさに絶景としか言えないほどに、美しい景色だった。

 天井に張り付いた様々な種類の光苔が、淡い色で洞窟全体を照らしている。光苔一つ一つの色が異なるために、まるで世界中の夜空をかき集めたかのような光を放っていた。そしてその光苔の夜空を、壁面から所々に顔を出した水晶が乱反射させ、美しい夜空をさらに幻想的なものに変えていた。その上、それらをさらに彩る様に、辺りにはかすかに光を発する何かが宙を舞い、ゆっくりと洞窟を跳び回っていた。

 

「先輩」

 

 声を聞いた立香が振り向けば、そっと立香の手の上にマシュの手が乗せられる。

 立香は、そうして差し出された手を、ぎゅっと握り返した。

 

 二人は、洞窟を出るまでの間、ただただ無言で夜空を見上げていた。

 


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