ARIA The Extension   作:Yuki_Mar12

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Page.109「現世と冥界を結ぶ光」

***

 

 

 

 また今年も、この時期がやってきた。

 

 時の流れというのは、早いものだ。頭の中で記憶を遡っても、大した隔たりが感じられない。だが、時そのものにおいては、早いも遅いもなく、わたしたち、人間の感じ方次第で変わるだけに過ぎない。

 

 盛夏。太陽は激しく燃え、日の出ている時間が長く、空に浮かぶ雲は巨大だ。スイカがおいしく、うんざりするほどの暑さでは、冷たい飲み物やアイスクリームが癒しである。

 

「灯里ちゃん」、と、名が呼ばれ、わたしはハッと我に返った。

 

 呼んだのはアリシアさんだ。ARIAカンパニーの、わたしの先輩。お出かけの予定があり、アリシアさんはすでに支度を済ましたようで、玄関でわたしを待っている。

 

 わたしたちは、予め、行き合わせる時間を決めていた。アリシアさんは外での公用があり、わたしはARIAカンパニーでの雑務があった。

 

 わたしは雑務でちょっと疲れたせいでうたた寝をしてしまい、アリシアさんの呼び声で目覚め、瞬時に今晩の約束を思い出し、にわかに焦ったというわけだ。

 

「はひ」、とわたしは外れた声調で返事した。「今行きます」

 

 わたしがテーブルに突っ伏し、机上を涎で汚していた部屋はすっかり薄暗く、気味が悪いくらいだった。

 

 日がようやく水平線の下へ落ち、バラ色の夕焼けが翳りを見せだした頃。うだるほどの暑気は和らぎ、吹いてくるそよ風には涼感がまじっている。

 

 洗面所で軽く顔を洗うと同時に意識をさっぱりとさせ、タオルでゴシゴシと拭く。コップ一杯の水を飲み干し、折り畳みの財布をセーラー服のポケットにねじ込んで速足で玄関へと向かう。

 

 

 

「まぁまぁ」、という口癖と共に、アリシアさんが柔らかい表情で迎えてくれる。「こんばんは。灯里ちゃん」

 

「こんばんは。アリシアさん」

 

 挨拶を交わした後、アリシアさんは、わたしの顔をまじまじと見、人差し指をそっと、わたしの額へと近付ける。

 

「前髪」、とアリシアさん。「濡れてるけど」

 

「あぁ」、とわたしは隠蔽し切れないと思い、苦笑をまじえて白状する。「ちょっと、居眠りしちゃいまして。アハハ」

 

「あらあら、そうだったのね。ご苦労様」、とアリシアさんは、わたしの疲れをねぎらってくれ、不安そうに眉を下げ、人差し指を口元に添える。「ひょっとして、起こしちゃったかしら?」

 

「いえいえ!」、と、アリシアさんの不安に対して、わたしは慌てて両手を振って否定する。「約束の時間まで眠りこけてたわたしが悪いんです。ごめんなさい」

 

 ――藍華ちゃんがこの場面に立ち会っていたとしたら、わたしはきっと、こっぴどく責め付けられているに違いない。藍華ちゃんは、アリシアさんの大ファンなのだ。

 

「やっぱり面白い子ね、灯里ちゃんは」

 

「それって、褒められてんでしょうか」

 

「褒めてるのよ」

 

 アリシアさんはそう言い、ポーチよりハンカチを取り出して、わたしの前髪をポンポンとやさしく叩き、水気を取ってくれる。

 

 わたしはその間、照れ臭く、間の悪い気持ちでじっと、アリシアさんに身を委ねていた。

 

「さぁ」、とアリシアさんがハンカチをポーチに戻し、言う。「行きましょう。あんまり遅くなると、『お店』が閉まっちゃうわ」

 

「そうですね。はひ」

 

 わたしもアリシアさんも、水先案内人のセーラー服を着ているものの、帽子を被っておらず、軽装だ。それぞれの持ち物といえば、わたしは財布だけだし、アリシアさんも、小さい赤色のポーチだけのようだった。

 

 わたしたちは、ARIAカンパニーの戸締りをし、出かけた。

 

 海に浮かぶARIAカンパニーの彼方には、海原と夕焼け空が見える。逆行で社屋は真っ暗であり、空は橙色で、海は残照でかろうじて明るい。目を凝らせば、夕焼け色の片雲に、星々の煌めきがうっすらと見えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 盛夏の、夕方のネオ・ヴェネツィア。肌ざわりの柔らかい風が通り、日中の熱気がウソに思えるほど、涼しく、爽快で、過ごしよかった。

 

 わたしとアリシアさんは、夕べの道を並んで歩いた。

 

 わたしたちの目的とするのは、ある市場だった。その市場は、年中通して開かれているものではなく、この盛夏の時期の内、一週間ほどだけに限り、開かれるのだった。取り扱われるものは、夏の風物詩で、アクアでしか採れない特産品だった。

 

 やがて、市場に到着する。その内に、夕が夜となり、まだ残照が微かにあったが、街路灯がポッと点灯する。

 

 露店の並ぶ市場は、すでに人々でごった返し、にぎわっていた。盛況だった。

 

 ネオ・ヴェネツィアが水上の都市であるという地理的事情より、市場には基本的に地元の住民が訪れるのだが、市場の認知度が高いことがあり、観光目的のネオ・ヴェネツィア外の者が、その中にまじっているのだった。

 

「まぁ!」、とアリシアさんが、両手を合わせ、感激の声を上げる。彼女はある露店の前で、商品棚の品物をうっとりと眺めている。

 

 商品棚に吊り下がる形で陳列されているのは、あるこぶしくらいのサイズのものだった。飾りであり、釣鐘に似た形状で、中が空洞となっており、風が吹くと、『(ぜつ)』と呼ばれる細長い金属が、鐘を打ち、リンと音色を響かせるのだった。

 

 最大の特徴は、蛍光カラーの微光を放っていることだった。

 

 その名を、『夜光鈴』といい、アクアの海で採れる夜光石を加工して作られるのだった。

 

 市場の街路灯は、夜光鈴の微光がよく見えるようにするため、あえて消灯した状態にされており、代わりに、小さいスタンドライトが各所で、迷子や、押し合いへし合いなどによって人混みがカオスにならない程度に、明るく照っている。

 

「やっぱり綺麗ね」、とアリシアさんが、水色の微光を見つめ、呟く。

 

「はひ」、とわたしは共感して言う。「音も、耳触りがよくて、すてきです」

 

「この光が、夏の間だけなんて、とっても儚いわね」

 

「そうですね。でも、だからこそ、こうやって皆に尊ばれているのではないでしょうか」

 

「そうね」、とアリシアさん。「わたしも、そう思う」

 

 わたしたちは、しばらく沈黙し、お互いに、目の前の色とりどりの夜光鈴に見惚れた。

 

 

 

 ――一定の期間だけ見ることの出来る、有限の美しい光。確かにそれは、夜光鈴が人気であり、尊ばれることのひとつの理由ではあった。

 

 

 

 だが、理由は他にもあり、それは、夜光鈴の有する宗教にまつわる役目にあった。

 

 夜光鈴は、ただのお飾りではなく、霊の依り代とされていた。この話は、語り継がれる言い伝えであり、ネオ・ヴェネツィアの文化、伝統であって、それ以上の意味合いはないことに、注意されたい。

 

 伝承では、この夜光鈴の微光と音色を(しるべ)として、黄泉の精霊たちが現世へと舞い戻ってくるという。精霊とはネオ・ヴェネツィアで亡くなった人々の魂であり、この夜光鈴の光りだす時期に帰って来、光が消える頃に、常世へと再び旅立つのだそうだ。

 

 アリシアさんが、ひとつの夜光鈴を手に取って見つめる。白く淡く光っている。

 

「神々しいですね」、とわたし。

 

「そうね」、とアリシアさんは微笑と共に共鳴する。「白は、純粋、清潔、神聖を意味する」

 

 わたしはわたしで、ひとつ選りすぐって取り、見つめる。甘酸っぱい柑橘類のフルーツと同じ色。

 

「あらあら」、とアリシアさん。「可愛らしいオレンジ色ね」

 

「この色は、どういう意味があるんですか」、とわたしはアリシアさんの方を向いて尋ねる。

 

「オレンジは暖かさ、元気、可愛さ……そういう感じね」

 

「成るほど」

 

 わたしは正面に目を戻し、自身が選んだ夜光鈴をまた見つめる。

 

「それに決める? 灯里ちゃん」

 

 アリシアさんに訊かれ、わたしは「ううん」、と唸り、ちょっと迷う。

 

「確かに、オレンジ色って綺麗だし、いいなぁ、って思うんですけど、ひょっとすると、帰ってくる精霊さんたちがこの色を見て、お腹を空かせちゃうかもって考えると、悩んじゃいます」

 

「まぁ」、と言って、アリシアさんは噴き出し、夜光鈴を持っていない方の手の人差し指を、鼻の下にやる。

 

 わたしの口走ったことは、滑稽だったに違いない。

 

「灯里ちゃんらしい発想で楽しいわ」

 

「ちょっと恥ずかしいです」、とわたしは、にわかに間が悪くなって言う。

 

「気にしないで、オレンジ色になさい」、とアリシアさんが、笑い顔で勧める。「そうして、精霊さんたちのために、たくさんフルーツを用意してあげるの」

 

 軽い笑い声が、周囲でこぞって起きた。近くにいる人たちが、わたしたちの会話を聞いていたようだ。

 

 わたしは、引っ込みが付かなくなり、オレンジ色を購入することに決める。アリシアさんは、白色。

 

 でも、後悔などなかった。ちょっぴり恥ずかしかったけれど、オレンジ色は綺麗だし、おいしそうだ。

 

 また今年も、この時期がやってきた。

 

 市場で夜光鈴を買うのは、夏の恒例行事。

 

 今年も、夜光鈴を飾って、精霊たちを迎え入れ、送り出す。

 

 そして、夜光鈴の光が消える頃、わたしは、夏の終わりと、秋の始まりを察し、時の流れを想い、しみじみとした感傷に浸るのだ。

 

 

 

 残照が消え、辺りはすっかり、暗くなっていた。

 

 

 

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