ARIA The Extension   作:Yuki_Mar12

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サラマンダーの暁。彼にはまだ、友情と恋情の違いが分からないようだ。


Page.12「暁の憂鬱」

***

 

 

 

 何となく寝付けず、フラッとこの店へと来てしまった。夜はすっかり更けている。

 

 店には、特に来たいわけでなかった。足が自然と動いた、と言う感じだった。成り行きだったのだ。不可抗力とも言える。

 

 浪漫房という。浮島の人目に付きにくい一隅にある、こぢんまりとしたバーだ。俺は気に入っていて、ちょくちょく訪れる。

 

 ロックで頼んだ酒。グラスに詰まったそのゴツゴツした氷が解けて、カランと音を立てる。そんなにキツイ酒ではない。眠り薬にと思って飲んでいるだけで、泥酔したくはない。

 

「はぁ」、とひと口舐めるように飲んで、ため息する。

 

 店の時計を見ると、すでに日付が変わっていることが分かる。客数は、多くもなければ、少なくもなかった。

 

 何となく、後ろ暗い気持ちになってくる。

 

 明日は休みなので、こうして夜更かしするのは別に非難されることではないが、酒がどうも美味しくない。

 

「何か悩みでもあるんですか」

 

 グラスを磨くマスターが尋ねる。そのちょびヒゲが昔テレビのバラエティに出ていたある演者を思わせる。

 

「悩み? さぁ、どうだろう」

 

「成るほど、別にそういうのではないんですね」

 

「……」

 

 カウンターに腕組みする俺。

 

 俯いてグラスをじっと見下ろす。飴色のアルコールとキラリと透明な氷。細かいグラスの結露はいかにも冷たそうだ。

 

「泣く子も黙る暁さんだ。悩みに打ちしおれるなんてことは、ないですよね」

 

「……あぁ」

 

 ちょっと考えて、肯定する。

 

 実際泣く子がいたとして、俺がどうやって黙らせることが出来るだろう。むしろ余計に泣かせることになりそうだ。

 

「マスター」

 

「はい」

 

「俺の顔って、怖いか?」

 

「はぁ、暁さんのお顔……」

 

 マスターはきょとんとして、グラスを磨く手を止めると、しげしげと俺の顔を見る。

 

 そのくりくりした覗き込むような目を見返すと、何かむずがゆいような、あまり快くない感じを覚える。

 

「……魅力的ですよ」

 

「……」

 

 一品頼まざるを得なかった。マスターのリップサービス。別に褒めて貰うことで、気持ちよくなったなどということはない。しょせん、お追従だと見抜いている。

 

 文句を垂れる筋合いなどない。元はと言えば、俺の質問が悪いのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 時間が過ぎた。浪漫房もとうとう寂しくなった。

 

 汚れた皿がマスターの手に渡り、シンクで水でサッと洗われる。

 

「モミ子っていう奴が、ダチにいるんだが」

 

 と、俺は出し抜けに話を持ち掛ける。

 

「あぁ、あの……」

 

マスターは思い出す。

 

「恋人じゃ、ないんですか? 暁さん、何度もモミ子さんの話をしてくださいますけれど」

 

「恋人!?」

 

 俺は眉をひそめてブルブルと首を振る。

 

「単なるダチだって」

 

 俺はもんもんとして腕組みし、俯く。

 

 グラスには氷がまだ、すっかり小さくなってしまったものの、残っている。

 

 俺って、そんなにしょっちゅう、あいつの話、してるんだろうか――

 

 

 

***

 

 

 

「明日は雨だよ」

 

「エェー」

 

 がっかりしたように、モミ子が叫ぶ。

 

 そのあんぐりと口を開けた様を、俺はゆったりとした羽織の袖を合わせ、ぼんやり見る。

 

「今日の天気予報を見りゃ分かる」

 

「せっかく藍華ちゃんと約束してたのに」

 

 ハァとため息して、モミ子は話し出す。よっぽど残念がっているようだ。

 

「何の約束だ?」

 

「最近新しく出来た洋菓子のお店に行く予定だったんです」

 

「ほぉほぉ」

 

 テキトーに頷いて応えてやる。

 

 モミ子の着るウンディーネの制服。純白のセーラー服。とても可憐だ。

 

 そう思う俺だが、俺の目は絶えずモミ子の小さな横顔に注がれている。可憐なのは、制服のはずなのに。

 

 加えて、こうやってその意気消沈している様を見ると、もやもやとした、どういうのか、自分まで、モミ子と一緒にがっかりするような、そんな気分になってくる。ガチャペンと約束したわけでもないのに。

 

 思うに、モミ子がガチャペンと行くことになっているその洋菓子屋では、ケーキか何か売っているのだろう。モミ子は、下調べして、人気の品を目当てに、毎夜ケーキのように甘い夢で抱いて眠ったのだろう。

 

 同情が頭をもたげる。

 

「今は夏だが」、と俺。「ずっと、カンカン照りだっただろ?」

 

「はひ」、とモミ子。どうにも変わった返事の仕方だ。毎回思うが。

 

「しかし、ずっとそうじゃ、アクアの水が干上がっちまう」

 

 そういうわけで、気候制御ユニット、いわゆる浮島を操作して、降雨させる手はずになったのだと、説明してやった。

 

 そんなに大層ではなかったが、モミ子が落ち込んでいたのは間違いのないことだった。

 

 何となくその肩を叩いて励ましてやろうという気になったが、結局何もせず、俺とモミ子は別れた。

 

 別れ際。モミ子はさっぱりした笑顔で見送ってくれた。

 

 照れ臭くて、俺はその笑顔に頷いて返すことしか出来なかった……

 

 

 

***

 

 

 

 扉を開き、退店する。

 

 また来てくださいと、マスターはいんぎんに言った。何ということはない、通り一遍の挨拶だ。

 

 何とも蒸し暑い。真夜中だというのに、やっぱり夏の夜は、過ごしにくいものだ。

 

 ゆったりした袖を合わせ、その中で腕組みし、とろとろと歩く。程よくアルコールが回って、いい気持ちだ。眠たくもあり、枕が恋しい。

 

 ハァ、とため息。疲れ、憂い、眠気。

 

 島端に来ていた。手すりのすぐ先は切り立った崖だ。

 

 端まで来ると、風のお陰で蒸し暑さは和らいで快適だ。

 

 夜空を見上げると、星。満天の星。

 

 とても静かだ。聞こえるのは風のさざめきと、浮島の機関が動く音だけだった。

 

「恋人、か」

 

 マスターとの話が、モミ子のイメージと共にフッと思い出される。すると、頭の重みがズンと増し、物思いに誘われる。自然と、目が下方にARIAカンパニーを探す。しかし、眠りに付くネオ・ヴェネツィアは、すっかり陰に包まれている。モミ子も眠っていることだろう。

 

「悩み」

 

 と、呟く。

 

「悩みなんて、ねぇよ」

 

 ――本当は、嘘だ。

 

 しかし、眠たかった。心の底より眠たかった。

 

 水平線をみやると、日の出が予感される。

 

 俺はきびすを返し、帰路に付く。寄り道をやめる。

 

 残された夜は短い。だが、昼まで寝てやる。もう、うんざりするほど寝てやる。明日は非番なんだ。

 

 

 

 俺は、何だかもんもんとしていた。

 

 

 

(終)

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