ARIA The Extension   作:Yuki_Mar12

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Page.57「秋のいろどり、春のいぶき」

***

 

 

 

 冴えた日差しを末枯れの木々が浴びている。紅、黄の葉がとても鮮やかだ。

 

 すっかり寒くなったものだ。季節の進行を痛感する。

 

 足元を見れば、道の両脇にすっかり退色した落ち葉が降り積もっている。

 

 草木に乏しいネオ・ヴェネツィアでは見ない風景だ。

 

 わたしはとある島へと小旅行に訪れていた。ひとりだった。

 

 その背中を見られれば、哀愁を帯びていると、友達――例えば藍華ちゃんなら、(わら)うだろう。哀愁などとは無縁でいたいものだ。女子に対して哀愁は、ミスマッチに感じる。

 

 島はオリエンタルの風情があるところで、まずネオ・ヴェネツィアと違って水路は交通の主たるものではなく、単に水源より必要とされるところへ水を通すためだけのものだった。人が行き来するのは地面の道だった、家の造りも違い、ネオ・ヴェネツィアではレンガ造りであるところが、こちらでは木造なのだった。瓦葺の切妻屋根が何となくいかめしく見えたりする。

 

 ――ざっと相違点を述べれば、そういう感じで、他にも色々とあるが、全部列挙しようとすると骨なので、これくらいで割愛させて貰おうと思う。

 

 わたしはその島の内陸部に宿を取り――源泉かけ流しの温泉が気持ちよいところだ――今は、お昼ご飯を食べた後で、少し足をのばして小池の周りをブラブラ歩きしているところだ。ちょっとした丘陵で、木々が多く、紅葉狩りのしがいがあるところだ。

 

 快いひと時だった。深まっていよいよ過ぎ去るとする晩秋の空気は確かに冷たかったが、日差しにはまだほのかに温もりが残っており、叢雲のない空はスカッと青く澄み渡っている。誰かと一緒に旅に来てあっちこっち巡って感想を言い合ったりするのはもちろん愉快だが、こうして一人でしみじみとするのだって、わたしは好きだ。

 

 ふと立ち止まって、落ち葉の山をブーツのかかとでかき回してみると、秋のしっとりとした香りが立ち上がってくる。何となく微笑が漏れる。

 

 タートルネックの白いニットに、ベージュのカーディガン。下は長いキュロットスカート。暖かい格好だ。髪は普段まとめているが、今日はほどいて流している。時には別の自分を楽しみたいから。小さい黒革のバッグにはカメラをしのばせてある。すでに何枚か撮って、後で宿に帰ったらパソコンでネオ・ヴェネツィアの人たちに送ろうと思っている。

 

 アッと思う。わたしはよいと思う視点を見つけると、バッグよりカメラを取り出し、水平に構え、ファインダーを覗き込む。開けた視界の先に陽光に煌めく池の水面と、色付いた木々の葉。青空とのバランスは良好だった。わたしは撮影のボタンをおす。パシャリ。

 

 

 

 しばらく歩いて、わたしはベンチに座り込む。見渡せば池の全容が一望出来るところだった。少し暑かったので、ちょっと涼むつもりで座った。

 

 

 確かに、ひとりでする旅は気楽で、身軽で、しみじみ出来るものだった。が、わたしには抱え込む問題があった。その問題は、常にわたしに付きまとっているわけではなく、一時離れてわたしが忘れてしまっている時がある。

 

 暁さんのことだ。わたしが普段金のリングで両サイドに束ねている髪をもみあげと勘違いして、更には『もみ子』というあだ名さえ付けた火炎之番人(サラマンダー)の男性だ。

 

 彼とはさほど頻繁に会うわけではない。例えば互いに日取りを決めて待ち合わせしたりするということは全くない。ただ、同じネオ・ヴェネツィアという街に住んでいて、小さい街なので、ばったり出くわすことがあって、その時に軽く談笑する程度だ。藍華ちゃんとは、アリシアさんへの憧れで対立することがあって、犬猿の仲というわけではないけれど、何となく、ライバル同士だ。

 

 わたしと暁さんは、決まって正面から会うわけではない。向こうが後ろから歩いていて、わたしを偶然見つけて、声をかけてきたりする。そういう時、彼はわたしの背中をポンと叩いたり、肩に手を置いたりする。

 

 ――おもむろにバッグに手を伸ばし、カメラを取り、目の前にファインダーを持ってくる。遠目に覗き込むと、小さい箱の中に、風景が映り込んでいるのが分かる。

 

 わたしは目を細める。すると、暁さんに触れられた回想に、微かに胸がドキドキしていることに気付く。

 

 この感覚――昂進してくる喜びに対して、不安と苛立ちが立ち上がり、その喜びを否定しようとして、一方的に攻撃し、呵責し、揉み合いを始める。

 

 わたしは混乱し、当惑し、動揺する。この感覚が、よいものなのか、わるいものなのか、はっきりしない。その〝はっきりしなさ〟が気持ち悪く感じもする。

 

 ――という問題が、わたしが抱え込んでいるものだ。

 

 わたしはカメラを下ろし、バッグに戻す。ハァ、とため息する。冴え渡る空気の中に、シュンと青ざめた憂鬱が消えていくのが目に見えるようだった。

 

 今回の旅は、その問題についてひとりでじっくり考え、取り組みたいと思ったから、企てたのだった。

 

 この感覚は、『恋』なのだろうか?

 

 そよ風がひとつ、吹き抜ける。わたしの髪を弱弱しく煽り、わたしはやや汗ばんだタートルネックの首元に、涼感を感じる。

 

 よしんば『恋』だとすれば、どうすればよいのだろうか。その先が分からなかった。わたしは暁さんと今以上に仲良くなろうとは思わなかった――わたし自身の感想はそうだ。それに、その先へ行くのが、何となく怖い気がした。だから、わたしは現状がよかった。現状で満足したいと思った。それ以上を望まないし、それ以下にスポイルしたくなかった。

 

 だが、折に触れて猛烈に込み上げてくる嫉妬や熱情はどうすれば――どう対処すればよいのだろうか?

 

 暁さんへの『何か』はわたしに揺さぶりをかける。「やめて!」、というわたしの叫びは虚無にこだまする。

 

 秋の日差しが眩しい。冴えてほのかに温かい。わたしに宿る熱っぽいソレは、しかし秋の日差しのようにやさしいものではないようだった。

 

 わたしはわたしの中に――自分の中に――人間の中に――こういう激しくて残忍なるものがあるということが、すごく怖かった。

 

 また風が立ち、今度は多少勢いがあって、落ち葉を舞い上げた。落ち葉は翻って飛んだ。

 

 あの落ち葉のように――とわたしは思った。あの落ち葉のように身軽に、ずっと身軽になれればいいのになぁ。

 

 胸のドキドキは、依然止まなかった。

 

 

 

(終)

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