ARIA The Extension 作:Yuki_Mar12
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朝、起きた時の感覚で、何となく分かる。
雪だ。
今日は、雪の日。
それも、大雪。どっさり降って、山と積もる。
カーテンが閉じた薄暗い屋根裏部屋のベッドに横になって、わたしは目を瞑り、じっと耳を澄ます。
音もなく降りしきる雪の気配に――その降り方、その粒の大きさ、小ささに――想像力を働かす。
すると、ドサッと鈍い音がし、そのすぐ後に、バシャッという水の跳ねる音が、規則的に繰り返す海の波の音に、無作法に割り込む。
わたしは想像する。
きっと、こういうことだ。
ARIAカンパニーの破風屋根に積み重なった雪が、その重みに耐えかねて、滑り落ち、一階のテラスで砕け、一部はテラスに残り、後はぜんぶ海へ散ったのだ。
さて……
わたしは、凍て付く寒さにグズる体を強いて起こし、すぐそばの外に張り出した円窓から、下を窺う。
「やっぱり」
わたしは、目下に、自然と成った雪の堆積の、石のようにカッチリとした形状を一部残した、崩れた雪塊を見た。そしてARIAカンパニーがその上に建つ海の水面には、砕けた雪片が、この低気温に溶けず、漂っていた。
ハァ、とため息を吐く。憂鬱のため息。目の前の窓がフッと白む。
「雪かきしなきゃ」
極寒と重労働を忌避したいという気持ちと、けどやらなきゃいけないという気持ちのせめぎ合い。
だが、誰かがやらなければ、ARIAカンパニーが、雪に埋もれることはないにしろ、出入口を塞がれるなり、後の陽気で溶けかけの雪が氷と化してその上で転倒するなりしてしまう。
ゆうべ見た天気予報では、この真冬の寒天、しばらく雪続きで、雪かきを怠けては、あっという間に雪に覆われてしまい、途轍もない不便と不利益を被ることになる。
――自然ではひとが住むことの出来ないアクアの天候を人智で制御しようと導入された浮島という気候制御装置のお陰で、わたしたちは日々、天気の移ろいと共に過ごすことが出来ている。
マン・ホームでは科学技術による合理化が極まって、旱魃や豪雨などの悪天候がなくされた一方、このアクアでは、昔の自然の状態を再現しようという人々の思いから、ある程度の天気の、安定しては崩れるなどのブレが許容されており、最近のように、雪続きで雪の処理に四苦八苦するということが折に触れて起こる。
いいんだか、悪いんだか、イマイチ釈然としない思いに首を傾げて、わたしはベッドを出、
顔を洗い、歯を磨き、寝衣から冬用のセーラー服に着替え、軽食を摂る。
雪は小止みなく降り続く。
その半ば寒々として、半ば美しい様を、わたしは窓に眺める。
上にコートを羽織り、マフラーを巻き、手袋を着ける。防寒はばっちり。そしてスノースコップを手に、ゴム長靴を履いて、表に出る。
――ジメッとした空気。空は満面、重々しい灰色の雪雲が垂れ込めている。
わたしは雪を防ぐべく、コートのフードを被りかけた時、ふと屋根の方を、フードの端を指で摘まんだ状態で振り返って見上げ、ウェルカム・トゥ・ARIAカンパニーの看板の上に、うずたかく積もった雪を仰ぎ見た。
まず上からやった方がいいのでは、と考える。下を最初に綺麗にしても、後でまた上から落ちてきては、意味がないのでは……
しかし、そうするのは危ういと直感が告げた。ARIAカンパニーは三角の破風屋根で、雪が自然落下する構造だし、わざわざ屋上の積雪の面倒まで見る必要はない。ただ、斜面は、さっきのように、雪が滑り落ちるので、付近で雪かきする時は、頭上は常に気を付けておかないといけない。
わたしはフードですっぽり頭を覆うと、スコップをエイと雪に力強く差し込み、なるべく底からひっくり返してすくい上げるようにして、海の方へと捨てる。
幸いARIAカンパニーのテラスの面積はそれほど広くないので、一度で費やす雪かきの労力は限られている。
近くを通る顔なじみのひとが、わたしがせっせと雪かきに励む姿を見て、「おはよう」とか「寒いね」とか、「がんばれ」などと、声をかけてくれたりする。わたしは逐一にこやかに応じた。
通りの方は、ネオ・ヴェネツィアから委託された業者のひとが早朝にやってくれたみたいで、すでにきれいさっぱりといった感じだ。
集中して雪かきに従事し、体が段々と火照ってきた。
雪かきし終えたのは、全面のだいたい7割程度というあんばいだ。
スコップを杖のように地面に突き、さてどうしようかと考える。ある程度やってしまえば、雪の害はなくなるので、全部除雪するのは、ちょっと悩んでしまう。
ボーッとしているわたしの頭上に、ドサッと何かが落ちてくる。柔らかい感触が、頭の皮膚まで衝撃を伝えると、刹那、途絶えた。わたしはびっくりするが早いか、落ちてきたのが雪だと知る。
細かく砕けた雪が、足元に散らばっている。
「……」
危ぶんでいた割には、意外と平気だ。かといって呑気に構えていては、事故になりそうだけど。ひょっとすると、小さい雪塊だったから平気だったのかも知れない。
――気を付けよう。
絶海の遥か上にある浮島に、目線を向ける。
内燃機関を有する浮島の端より絶えず流れ続ける滝を、無数の雪越しに、また、灰色一色の空を背後に見る。耳を澄ませば、ザーッという滝の音が聞こえてきそうだ……と思えば、また雪が屋根よりドサッと落ちてくる。
わたしは恨めしい目付きで油断の出来ない屋根を見上げ、そろそろアリシアさんが来る頃だろうか、と、彼女の到来を予測する。時間は分からない。時計は屋内にある。
あるいは、アリシアさんが来るまで、こうして外で待っていて、アリシアさんが落ちてくる雪を避けられるように、エスコートしてあげるのがいいかも知れない。
そういう風に考えると、わたしは、雪の残った方に向かい、手で握って作った雪玉を転がし始めた。
わたしは雪だるまを作ろうと思ったのだ。
アリシアさんが来るまでの時間潰し、遊びだ。
雪はいつまで降るのだろう。わたしは今冬、何個の雪だるまを作るのだろう。
長く続けば、雪だるまの大家族を作れる。
そう思うと、何だか愉快だった。
(終)