ARIA The Extension   作:Yuki_Mar12

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Page.95「迷い風」

***

 

 

 

 歌を口ずさんでいた。

 

 何かそういうのって、時々ある。

 

 何かっていうのは、その時なぜか知らないけど、妙に頭に付いて離れない――分かりよく言えば、マイブームになっている歌があって、気が付けば、歌ってしまっているのだ。

 

 新しい流行歌とは限らない。むしろ、大昔の、わたしが幼かった頃の歌だったりするし、下手すれば、よりずっと古い、おばあちゃんが若かった頃の歌だったりする。そのチョイスには、一貫する性質はない。毎回バラバラ。

 

 けど、ある原則だけあって、誰かといっしょにいる時は、恥ずかしいからか、わたしは絶対歌うことはなくて、決まってひとりぼっちでいる時に歌う。

 

 最近わたしの気に入ったのは、昔――わたしがまだアクアでなく、マン・ホームにいた頃、家のテレビで、その放映時間になれば必ず齧り付いて視ていたあるアニメの主題歌だった。

 

 話数の多いアニメで、主題歌はいろいろあって、そのどれもがわたしは好きで、やはり時期が来れば、そうと知らずに口ずさんでいるけど、

今わたしが好きになっているのは、その内のひとつ。

 

 ラー、ラー、ラー……

 

 ベランダに出ると、乾いて涼しい風が横向きに柔らかく吹く。

 

 手には濡れた衣類でいっぱいのカゴ。

 

 わたしは洗濯物を干そうとしていた。

 

 アリシアさんは外出中。

 

 ちょうど洗濯機がピーという音で、脱水まですべて終えたことを知らせたところだった。

 

 小一時間ほど電気洗濯機は動きっぱなしだったので、その間わたしは、帳簿に向かって電卓をポチポチやろうかと思って取り掛かったけど、すぐに嫌になって、放り出してしまった。

 

 別にその時必ずやらないといけないことではなかったし、まず第一に気乗りしなかった。

 

 洗濯に対してはまだ真摯に向き合えたけど、それ以上の家事、仕事の責務に対しては、億劫だったし、投げ槍だった。

 

 ラー、ラー、ラー……

 

 わたしは洗濯機が、実に機械らしい誠実さでせっせと洗濯している音がする中、嫌気より机上に事務仕事の道具を放置して、ARIAカンパニーの最上階にある自部屋にあがっていった。

 

 空調がいらないほど落ち着いた空気の充満する、秋陽の差し込む明るい屋根裏部屋。

 

 小さい本棚より、テキトーに本を一冊取り出し、ベッドに大胆に仰向けになって、読む。

 

 その時、自覚がなかったが、何かわたしの心に、まるで穴があいたように、冷え冷えとした流れが吹き込んでいた。

 

 わたしはその流れを避けようとしたい一心で、行動を逐次変えていた。あれも違う、これも違う、そういう風に、恐らく洗濯機を回す以前よりあったであろうその虚しさを拒みたくて、迷走していた。

 

 何かそれだけに集中出来るものがあればよかったのだが、あいにくなく、わたしの意識は、対象がないところでフワフワと千切れ雲のように漂っていた。

 

 一念発起してマン・ホームの実家よりARIAカンパニーの屋根裏部屋に移り、借りぐらしを始めて、かれこれ三カ月ほど経った頃のことだった。

 

 わたしは、故郷を偲んで枕を濡らすといったホームシックの症状などなく、何となく新しい生活に順応しているようだった。父母を極端に懐かしむことはなかったし、自分で作る料理に不足はなかった。

 

 少なくとも、自分では新生活に順応出来ているのだと思ったし、周りの人たちの内、親との距離が比較的近く、定期的に甘えに行ける人たちからは、ちょっとして敬意を表明されたりした。

 

 だが、実際は問題があったのだ。

 

 自分では気が付かなかったけど、新天地に吹く導きの風に便乗していける自分がいる一方で、その風にうまく乗り切れず引きずられたり、置いてきぼりにされている自分がいて、その乖離が、心理・心情に影響を及ぼしていたのだ。

 

 順応出来る水無灯里がまずいたとして、その他にまた、順応出来ないわたしが、あるいは、順応したくないわたしが、分身として存在したのだ。

 

 その関係は、牽引していこうとする大人と、未熟さないしは心細さよりそれまでの位置に留まろうとする子どもの対立だった。

 

 革新と保守の、展望と回想の、未来と現実の、厳しい対峙だった。

 

 ラー、ラー、ラー……

 

 また、歌を口ずさんでいた。

 

 異郷を訪れた少女の歌だった。彼女は、遠い未来を夢見ると同時に、暖かかった過去を顧みる。

 

 昔視ていたアニメの主題歌。

 

 頭に付いて離れず、無意識の内に歌っている。

 

 ひょっとするとわたしは、その歌詞の主人公に、今の自分をオーバーラップさせているのかも知れない。甘いメロディーに乗せて、センチメンタルに、気持ちよくなっているのかも知れない。

 

 洗濯物でいっぱいのカゴを足元に置き、物干し竿に、ハンガーで一着、一着と干していく。

 

 鼻を近付けると、洗剤の香りがする。

 

 しわしわの衣類をパン!と波打たせて伸ばし、秋の陽気と乾いた風に晒す。すばらしい天気だった。

 

 手でひさしを作り、ほとんどてっぺんにある太陽を見上げようとし、クラクラと眩暈を覚える。

 

 初秋の太陽は、まだ夏の勢力を維持しており、ギラギラと照り付けるように照っている。大きかった雲が小さくなっていく中で、太陽だけは依然、大きい。

 

 ――今は、そういう時期なんだろう。過ぎてしまえば、落ち着くのだと思う。

 

 成長して大人になろうとするわたしと、子どもで留まりたいと望むわたしと、ちょっと仲違いしているのだ。

 

 お互い近いところにずっといれば、背を向けてしまうことはある。自然のことだ。空が晴れたり、雨が降ったりするのと同じ。

 

 ラー、ラー、ラー……。

 

 干し終えた洗濯物が揃って秋風になびくのを眺め、わたしは快い調和を感じて、昔の歌を口ずさんでいる。

 

 

 

(終)

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