ARIA The Extension   作:Yuki_Mar12

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Page.97「無為の時間」

***

 

 

 

 何ともリラックスした時間だった。

 

 ギラギラと照り付ける夏の太陽。その光をいっぱい浴びる。

 

「藍華ちゃ~ん」

 

 凄まじい暑さではあったが、平気だった。

 

 なぜかと言うと……

 

「藍華ちゃ~ん」

 

「ん~?」

 

「起きてる~?」

 

「起きてる~」

 

「寝ちゃダメだよ~」

 

「は~い」

 

 やれやれ。

 

 灯里が心配して呼びかけてくれたようだ。

 

 話の続き。

 

 わたしは、海にプカプカと、ラッコ然と浮かんで漂っていた。水着姿で、浮き輪はナシで。

 

 全身の力を抜いて、ただひたすら、波に身を任せる。 

 

 成るほど、確かに傍目には奇異に映ることだろう。

 

 見る人が見れば水死体である。

 

 のんびり遊泳しているようには見えないと思う。

 

「眩しい……」

 

 目をくらませる激しい夏日を、わたしは眉をひそめ、手でひさしを作って見つめる。

 

 あぁ、夏だ。夏なのだ。夏、真っ盛り。

 

 その光輝にやがて目がしょぼしょぼと沁み始め、わたしはギュッと目を瞑ると、その勢いで、ザブンと潜水する。

 

 海の浅瀬なので、簡単に底まで潜れてしまう。

 

 厳しい暑さにあって、快い海水の冷たさ。

 

 爽快感に、快哉を叫びたくなる。

 

 プハァ。

 

 水面まで上がって、息継ぎをし、手で目元を拭う。

 

 水が塩辛い。

 

 波の音が、耳のすぐそばに聞こえる。

 

 ビーチには、『お~い』と呼び寄せるように、手を大きく降る少女の姿。

 

 灯里だ。

 

 大きいパラソルの下で、水着の上にラッシュガードのパーカを重ねている。頭には麦わら帽子。

 

 わたしも手を振り返す。

 

 泳がないのかと訊いたら、見てるだけでいいと答えた。

 

 せっかく海まで来て、もったいないと思うけど、人それぞれだ。

 

 泳がないと気が済まない人がいれば、海を眺めるだけで満足だという人がいる。

 

 思うにわたしは前者で、灯里は後者なのだろう。

 

 潮風が立ち、ビーチに並ぶヤシの木々がいっせいに揺れる。

 

 パラソルの陰で長いデッキ・チェアにゆったりと優雅に腰かけ、夢現(ゆめうつつ)の遠い目で、どこか詩情に浸る様子の灯里。

 

 そのしっとりした雰囲気を、見るともなしに、わたしは波間より窺う。

 

 ちょっと水分補給にでも行こうかと考えたけど、遠慮されてくる。

 

 邪魔しないでおこう。

 

 灯里は灯里で、わたしとは違う波に身を投じて、プカプカと浮かんで、愉悦を享受しているのだ。

 

 わたしはもう一度、息をたっぷり吸い込み、肺にため込むと、ザブンと潜水し、水中をスイスイと遊泳する。

 

 バタ足で水を蹴り、両腕を大きく使って水を掻いて進む。

 

 息がしんどくなって、水面まで上がる。

 

 深呼吸。

 

 しょっぱい海を軽く舐め、ベタベタの顔の目元を拭って視界を確保する。

 

 海水に冷やされた体に照り付ける灼熱の夏日。

 

 眩しい夏日……。

 

 わたしは目を瞑る。

 

 すると、やさしい疲れが体を覆う。

 

 眠気が頭をもたげる。

 

 水面に漂流しているにも関わらず、ウトウトしてくる。

 

『寝ちゃダメだよ~』

 

 さっき聞いた灯里の注意が蘇る。

 

 大丈夫。

 

 寝やしないよ。

 

 ただちょっと、ゆっくり休むだけ。

 

 本当に、ちょっとだけ……。

 

 

 

 夏の日脚は長い。

 

 

 

 また、ヤシの木が潮風にさんざめく。

 

 わたしはハッと目覚める。

 

 そしてすぐさま決まりの悪い気分になる。

 

 寝てしまった。

 

 寝てはダメだと言われたのに。

 

 知らない内に、波打ち際まで流されたようだ。

 

 うつ伏せになって、わたしは波が寄せて引く水際に横たわっている。

 

 顔の半分は砂まみれで、背中はヒリヒリと日焼けして痛い。やれやれ。今夜のお風呂は拷問だ。

 

 あくびを嚙み殺してゆっくりと立ち上がる。

 

 脱げてしまったサンダルを拾い上げ、パラソルがある彼女のもとへと歩いていく。

 

 何だか疲れた。体が重い。遊び過ぎたみたいだ。

 

 一歩進むたびに砂に沈む足を引き上げるのが骨だった。

 

 やがて少女のそばへと至る。

 

 灯里……?

 

 見れば、彼女は、デッキ・チェアの背もたれ一杯に体を預けて、スヤスヤと寝息を立てていた。

 

 無防備に目を瞑り、被っていた麦わら帽子を抱いて。

 

 そのすっかりくつろぎ切った様を目にすると、自然と、微笑とも苦笑とも付かない笑みが口元に浮かんだ。

 

「寝ちゃったのね」

 

 気が付けば、辺りはうっすらと翳っており、太陽は水平線まで沈もうとしている。

 

「アンタが見ててくれないから、わたし、海で寝ちゃったじゃないの」

 

 そうぼやいてみるが、彼女は依然、夢の中だ。

 

 わたしはサンダルを置いて、彼女のそばに座る。

 

 日暮れまでは、まだある。

 

 それまでは、こうしていよう。

 

 タオルを取って、首に巻く。

 

 柔らかい潮風の声に、陶然と耳を傾ける。濡れた髪が煽られ、微かに寒い気がしてくる。

 

 ヤシの木がざわめき、海の波は繰り返し、ビーチに打ち寄せては引いていく。

 

 日脚の長い、夏の午後。

 

 日暮れの手前。

 

 無為の時間。

 

 

 

(終)

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