ARIA The Extension   作:Yuki_Mar12

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Page.98「或るオフショット~朝焼けを見つめて」

***

 

 

 

 朝日の色に、季節の移ろいを感じるようになった。

 

 暑さは和らぎ、今は依然よりずっと気温が低くなり、寒いくらいで、出歩く人々の服装が変わった。はっきりした色よりは、ややくすんだ色の方が似合う、そういう季節だった。

 

 秋。

 

 ちょっとだけ早く起きてしまった朝のことだった。

 

 (わたし)は、目覚ましをかけずに寝た。休みだったのだ。

 

 ぱっちりと目蓋が開いた。辺りはすでに明るかった。疲れは取れていたし、意識は冴えていたし、眠気はすっかりないようだった。

 

 ただ、休みの割には、勿体ないと思うくらいには、早い目覚めだった。何となれば、仕事のある日より早いのだ。

 

 二度寝しようかとはじめは思ったが、すっかり覚醒してしまった以上、うまく行くはずはなかった。

 

 澄んで明るく、また色合いの強い朝日が、カーテンを通って部屋に差し込んでいる。青空を確信させる吉兆の陽光だった。

 

 わたしは寝床を出、顔を洗って歯を磨く。そしておつまみ程度の軽食を摂ると、寝間着を着替えてさっと身綺麗にし、部屋を出る。

 

 姫屋には、早朝なので当たり前といえば当たり前だが、人影はまばらで、半ば怖いくらいひっそりと静まり返っていて、自然と忍び足になる。無音の部屋の住人は、不在か睡眠中だろう。中には、火にかけたやかんの笛がピューと鳴る音が聞こえたり、着替えの時の衣擦れの音が聞こえたりした。

 

 少ないけれど出くわすのは、基本的にはその日に仕事のある、実直で働き者の従業員(ウンディーネ)で、わたしを見かけると、普段このように早起きしないので、いくぶん不審がる奇異の眼差しで、おはようございますと挨拶してくれる。

 

 

 

「今日はお出かけですか?」

 

 ある者が、気になったに違いない。わたしと呼び止めて尋ねてくる。

 

「まぁ、そういう感じだ」

 と、わたしは、いささか決まりの悪い気分で返す。 

 

「フフッ」、と彼女は微笑む。「あまり遠くヘはお出でにならなそうですね」

 

「そりゃ、この恰好じゃ……」

 

 だぶだぶのトレーナーに、ベージュの綿パン。靴はスニーカー。長い髪は、ほとんど起き抜けの状態で、整髪料さえ付けていない。これで遠出など出来ようものか。

 

「お気を付けて」

 

「あぁ、ありがとう。でも、気を付けるほど、出歩きはしないよ」

 

 ただの気晴らしの散歩だと、彼女にはわざわざ言わなくたって、よく分かっていることだろう。

 

 階段を下りる途中、窓より外を窺ってみた。縦に二連、横に三連の上げ下げ窓だ。光をよく取り入れ、加えて朝日が昇る方角に向いているので、これだけ晴れた朝では目に沁みるくらいだ。

 

 まばゆい光の反射にまぎれて、わたしの反映がうっすらと窓ガラスに見える。顔はほとんど見えないが、胴体より下はかろうじて見え、服装のラフさが際立つ。仮にこの恰好で酔いの覚め切っていない二日酔い(モーニング・アフター)に苦しんでフラフラ歩いていれば、きっと皆、気味悪がって近付かないことだろう。

 

 そうでなくたって、わたしのまとっている雰囲気というのは、人好きがしにくいものなのだ。目付きがまずキツく、実際物言いもキツい時がある。

 

 その辺のことが原因で、藍華とうまく行かない時がある。しかし、自分ではそれほど厳しいことを言っているつもりがないので、どう応じればいいのかと途方に暮れて、お互いにいい落としどころを見いだせず、口を利かずに一週間……なんていうことがあったり。

 

 そういう風に関係が冷え込んで、手の入れようがなくなると、よそが羨ましく思えてきたりする。アリシアと灯里。アテナとアリス。彼女等はうまくやっている。円満で、晴れやかで、和気あいあいとして。

 

 ――気が付けば、わたしは外に出て、海辺の通りを歩いていた。

 

 今は、アイツ(・・・)とは気兼ねせずやっている。だが、いずれまた……。

 

 潮風が寒いくらいに冷えている。秋なのだ。

 

 日の光はまだ色合いが強く、夕日と比べて見分けが付かないくらいだ。

 

 姫屋のある方を首だけで振り返る。朝日に照らされた社屋。

 

 アイツは、まだ寝ているだろうか。

 

 風がいたずらに髪を乱す。片手をポケットに突っ込んでいるわたしは、別の方の手で髪をさっと直す。

 

 正面に向き直り、海に対面し、ニコッと笑ってみる。ゴンドラの上で乗客にも見せない破顔だ。

 

 すると、慣れない部分の筋肉が動くのか、ぎごちない感覚がする。よく磨かれたガラスが正面にあれば、プッと噴き出してバカバカしく思ってしまうくらいには、わたしの今こころみた笑顔はひどい有様だろう。

 

 襟足の辺をポリポリと掻く。

 

 ハァ、とため息。

 

 瞑想するつもりで、目を瞑り、ゆっくりと開く。両の瞳を、鮮明なる光に晒す。

 

 風が吹き、波が岸に打ち寄せる。

 

 冴えた青空に、夕日と瓜二つの朝日。

 

 季節が、また変わる。

 

 その転変への予感が、わたしを前へ向かって突き動かそうとする。

 

 そろそろ皆、起きだす頃だろうか。

 

 アイツの部屋に、顔を出してみよう。そうして、さっきやったのと同じ笑顔で、おはようと言ってやるのだ。

 

 きっと、ギョッとするに違いない。

 

 その想像に、わたしは一人、愉快がってケラケラと笑うのだった。

 

 

 

(終)

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