薪、人理を救う旅にて。   作:K.

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最近どんどん短くなっていっています。なんとかしなければならない、のかも。


恐怖に包まれる

「あれ……」

 

 

 見たことも無い景色、場所に藤丸は立っていた。

 

 確か、自分はネロ帝の厚意で部屋を与えられて、そこで寝ていたはずだけど、と考えて藤丸は手をぽん、と打った。

 成る程。マスターとなってからたまにある、サーヴァントの夢か。であれば、今回契約した三人の内の誰かの夢だろう。

 

 

 彼らの最期や苦悩を追体験するような形で視る夢は決して良いものではない。

 だが、彼らをより深く理解することが出来るのであればそれでいいと藤丸は考えている。

 そこまで考えたところで、誰かの叫び声が聞こえてきた。

 

 

 "俺は化物なんかじゃない!"

 

 

「──!」

 

 

 藤丸とそう変わらないであろう青年が必死の形相で叫んでいる。

 つい先日まで共に日常を過ごしていた隣人達の冷たい表情に震えつつも青年は叫び続ける。

 

 

 "クソッ! クソッ! 何で俺があんな場所に行かなきゃならないんだ!?"

 

 

 その声は、どこかで聞き覚えのある声だった。

 しかしてその姿は契約した英霊達のどれにも当てはまらない。

 

 あれ、これはおかしい。契約している者以外の夢を視ることなんて無い筈だけれど、と藤丸は首を傾げた。

 

 

 "やめろ、やめてくれ! やめ──ゴフッ……!"

 

 

 青年はかつての隣人達に刺されて死亡する。

 なんてことはない、現代より遥か遠くの時代では割と良くあることだ。

 藤丸にとって身近なところでいえば、フランスでのジャンヌ・ダルクのように。

 

 

「……こっちにいけ、ってことなのかな」

 

 

 唐突に流れ始め、唐突に終わった色の無い映像に少し驚きつつも藤丸は遠くに見える光に向かって歩き始める。

 歩き続ける中でもまた映像は流れていく。

 

 

 ロードラン。

 不死人、亡者。

 火継ぎの儀式。

 

 ドラングレイグ。

 渇望の玉座。

 

 ロスリック。

 火の無き灰。

 火継ぎの終わり。

 

 

 マスターとなってから神話や伝承など、英霊達について理解を深めるために書物を読み始め、ある程度の知識はつけた藤丸だったが、これらの言葉には思い当たる節がない。

 余程マイナーな神話、あるいは伝承か。

 どちらにせよ、やはり自身の契約する英霊に関するものではない。やっぱりおかしい、と藤丸は顔を顰めた。

 

 

 次に見えたのは、鮮やかな色のある映像だった。

 

 薔薇の皇帝。

 太陽の化身でもある九尾の狐。

 

 ──そして、カルデア。

 

 特に鮮やかに彩られていたのは凡そこのあたりだった。

 

 薔薇の皇帝に巫女狐。ごく身近にその二人に関連する人間が居たような。

 

 そんな疑問を抱えつつも歩き続けて、そろそろ光も大きくなってきた頃。

 見えたのは一つの篝火だった。

 

 その篝火には見覚えがある。

 太陽のように暖かく、安心するようなそれは、確か。

 

 

「──アルス、さん」

「……ああ、()()か」

 

 

 普段藤丸の事を"藤丸くん"と呼ぶ彼が、藤丸の事を立香、と名前で呼んでいた。

 夢の中だからかおかしいことだらけだ、と藤丸は内心でごちる。

 どことなく疲れたような表情をしたアルスは藤丸にこう言った。

 

 

「キミも察しているとは思うが、此処は俺の精神世界のようなものだ。夢の中と捉えてもいいだろう。此処で視たものは全て俺の過去にあたるもの、になると思う」

「じゃああの叫んでいたのはアルスさん……」

「さんはつけなくていい。まあ、なんだ。こんな夢を見せてしまっているんだ。堅苦しいのはなしでな」

 

 

 ところで、とアルスは続けた。

 疲れたような表情はそのままに、彼はぼそぼそと話し始める。

 

 

「……実は、な。キミが視てきたであろう過去だが、あまり覚えていない。特に、不死院に放り込まれた以前の事は、何も。

 

 俺は俺自身が何者なのかも分からないんだ。

 それに、本当についさっき気付いたことだが。僅かだけど、記憶の磨耗が進んでいる」

「え……」

 

 

 本当に情けない限りだが、と続けた彼の言葉に藤丸は衝撃を受けた。

 彼の言っていることが真実であるのならば、今、こうして夢の中と言えども話している彼の記憶は消え去りつつあるということになる。

 

 どうして。なんで、今になって。

 藤丸はそんな言葉を、彼の表情を見て飲み込んだ。

 

 

 篝火の光しかない視界を凝らして見てみれば、彼は震えていた。

 

 

 自分が自分でなくなる恐怖と戦っていた。

 そこでふと、藤丸は思う。

 

 そういえば、記憶の中の彼はいつも恐怖と戦っていた、と。

 隣人らに殺されて投げ入れられた牢獄で亡者となり、理性を失うのを待ち続ける日々の中で、見知らぬ騎士からの使命を果たすことのみを考えて戦い続けた。

 自らよりも圧倒的に強く、大きな敵達にたった一人で立ち向かい。

 自らを焼き尽くすであろう火に、世界を繋ぐために身を委ねた。

 

 それが、どれほど辛いことであることか。

 

 

 彼がジャンヌ・オルタに手を差し伸べたのも、藤丸には何となくではあるが理解が出来た。

 

 自分自身が何者であるのかも分からず、ただ指し示された目標に向かって歩み続ける。

 形は違えど、確かに彼らは似ていた。

 

 

「……オルタに手を差し伸べた理由が、今になって何となく分かったよ。アルスと彼女はどこか似ているんだ」

 

 

 そうかね、とアルスは力なく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 最悪だ。

 最近の夢見もマシになったと思っていたらとんでもない悪夢を見るハメになった。

 

 見覚えの無い隣人に殺され、見覚えの無い場所に放り込まれ……。

 

 そんな映像を藤丸……いや、立香と呼んでしまっているから、この際もう立香でいいか。

 兎も角、立香がその映像を見るのと同時に俺もそれをまるで他人事のように眺めていた。

 

 全く記憶に無い過去をダイジェストで見せられる。これほどの悪夢は今までに無かった。

 切欠となったのはなんだっただろうか、と考えるが、いくら考えても原因はただの一つしか思い浮かばず。

 

 

 僅かではあるが、記憶の磨耗の進行。それに何かが抜け落ちるような感覚。あの時からだ。

 

 

 間違いない。俺の理性が削られ始めている。

 所謂亡者と呼ばれる存在になりつつある、と言えば分かりやすいか。

 

 身体の見た目に変化は訪れていない。恐らく、暗い穴などによる亡者化とはまた別なのだろう。

 だが、このまま行くと間違いなく俺は本当の意味で死ぬ。

 

 

 まあ、それを恐れていても仕方が無い。何れは来る生き物として当然の死が、もう直ぐ俺にもやってくる。ただそれだけのことだ。

 

 だけど。

 

 生きた年数だけ死が恐ろしくてたまらなくなるとは何処かで聞いたが、本当にそのようだ。

 身体の震えが止まらない。自分が自分で無くなるというのが、怖くて仕方が無い。

 

 寒いわけではない。寧ろ、篝火のお陰で暖かさすら感じている。

 

 けれど、心境の影響か、心なしか小さく見える篝火が消える時が、自分の命の終わりだと言われているようで。

 普段は落ち着く篝火ですらも恐ろしく感じた。

 

 

 そんな今までに経験したことのない恐怖に震えながらも、ふと思い出したのは先程の記憶の中で彩られた映像だった。

 

 

 "余がそなたを頼るように、そなたも余を頼ってくれ。余とそなたであれば、どのような試練も乗り越えられよう"

 

 

 薔薇の皇帝が、ネロが。

 頼り、頼れと手を取った。

 

 

 "貴方様になら、このタマモ、死すら生ぬるい地獄であろうとお供いたします"

 

 

 傾国の魔性が、タマモが。

 ただ静かに、傍へ寄り添った。

 

 

 "オルガマリー・アニムスフィア。此処、カルデアの所長を務めています。カルデアへようこそ、アルス・ルトリック"

 "やあ、ようこそカルデアへ。ボクはロマニ・アーキマン。ロマンと呼んでくれ"

 "レオナルド・ダ・ヴィンチ。ダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ、アルスくん。……え? レオナルド? ノリが悪いなぁ"

 "おはようございます、アルス先輩。あ、寝癖がついていますよ?"

 "いやあ、恥ずかしながら寝てしまっていたみたいで"

 

 

 カルデアの人々が、笑顔で話しかけてきた。

 

 

 怖くて、怖くて。

 そんな恐怖からくる震えも、彼らを思い返してみれば、自然と止まっていた。

 

 


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