本当にありがとうございます。
アサシンと言えばその名の通り暗殺を得意とする英霊。
例外はあるにせよ姿さえ現してしまえばそこまでの強敵ではないはずだ。
それに、アサシンクラスの英霊ともなれば気配を感じさせることすらさせないで対象を葬ることすら出来るはず。
だが、カルデアで索敵していたロマンは兎も角として、いくら生前暗殺に塗れていたとはいえ、直感スキルも持っていないネロにすら看破される程度の気配遮断。
それにあの身体に纏った黒いオーラのような……嫌な感じのするモノ。
恐らくはアレが邪魔をして力を発揮できてはいないのではないだろうか。
「敵が本来の力を出せていないのならそれほど苦戦はしなさそうだな」
「サーヴァントデスラナイ人間ガソノヨウナ口ヲキクカ!」
「暗殺者の癖に敵に姿を現し、あまつさえただの人間風情を殺せない奴にそんなことを言われてもなぁ……」
「ご主人様。あまり本当の事を言ってしまうと怒られてしまいますよ?」
「怒りで自分を見失えば儲けものというものよな!」
悠長に話していられるのも今の所、タマモの防御により俺に一切攻撃は届いていないからだ。相手の攻撃が未熟とはいえ流石といったところか。
この調子でいけば相手方に合流される前に終わらせられるだろう。合流相手が余程俊足でなければだが。
「ロマン、合流まで後どれくらいだ?」
『ううん……後二分ってところかな』
「二分か……問題なく終わるな」
『キミも戦えば直ぐ終わるんじゃない?』
「この町の聖杯戦争は七騎によるサバイバル。……その内の三騎がこちらに向かっている。他の四騎も警戒しておくに越したことはない」
ロマンと話しつつ彼女達の戦いを見守る。
時折アイコンタクトを取りつつもアサシンを翻弄するネロとタマモ。
二人は性格上あまり相性が良くなさそうに見えるが実はそうでもないのだ。
召喚された時から小言を言い合うような仲だったが、戦闘になると一転、かなり息の合ったコンビネーションを見せる。
ネロが華麗な剣捌きで敵を翻弄し、タマモが敵の攻撃を自称"自身最大の宝具にして鈍器"の鏡で弾く。
攻撃と防御、両方に優れた実にバランスのいい二人組みだと言えるだろう。
普段もあれくらい仲良くしてくれればいいのだが。
等と考えている内にどうやら戦闘も終了間近のようだ。
「ふん、そのような軽い剣で余を倒そうなどと片腹痛いぞアサシンよ! 魔拳士程の力量をつけて出なおしてくるがよい!」
「グッ……キサマラッ……!! オノレ、聖杯ヲ近クニシテ……!! ダガ、キサマラノ負ケダ!」
「セイバーさん、一旦お引きくださいまし! どうやら増援のようです!」
「うむ! だが合流される前にギリギリ間に合ったようだな」
『気をつけて! さっき言ってた増援が来るよ! ……て、あっれぇ!? もう臨戦態勢ってことはボクの索敵いらない!?』
どうやら増援が来たようだ。
連戦になるといくら単体の力がそうでもないとはいえ、疲労や魔力切れ等による敗北はあり得る。
油断しないようにしなければ。とりあえず二人を回復するとしよう。
「よし、よくやった! 回復するぞ」
「うむうむ、気が利くではないか奏者よ」
「ありがとうございます、ご主人様」
「俺は全く消耗してないからこれくらいはな。さて、次は恐らく二騎だが……」
「フ、全く問題ないな! 次も余の独壇場であろう」
ふんす、と聞こえてきそうな得意げな顔をしながら言うネロ。
人が人ならイラっとさせる表情だが、不思議と似合っていて悪感情は湧かない。この皇帝の凄い所の一つ、といったところか。
「む、どうした奏者よ。そんなにニヤけた顔をして」
「いや、何。可愛らしいモノを見てな。つい見惚れただけだ」
「ほう、余に見惚れたか? この正直者め! うむうむ、愛い奴め!」
見惚れたのは事実だが何だか恥ずかしい。
こっちは女性経験など無いに等しいのだ。というかあの時代でまともに女性経験など出来るはずが無い。
最終的には生命的な意味で襲い掛かられるのがオチなのだ。実際に何度か襲われている。返り討ちにしてやったが。
「くうぅ、今すぐにでも抱きしめたいところだが、それも人目に着かぬ場所で、だな。今はこの特異点の修復を急ぐとしよう」
「セイバーさん!? 何勝手にイチャつこうとしてんですか! 私の目が黒い内はそんな羨まけしからんことさせねえですよ!!」
「何を言う。余は奏者が大好きだ。奏者も余が大好きだ。なら何も問題なかろう?」
問題ない……のだろうか。いや、問題だ。少なくとも今するべきことではないと思う。思うのだが大変魅力的な案なので何時か逆に此方から抱きしめてやることに決めた。
口に出すと一度死ぬ事態になりかねないので口には出さないが。
こういうことを口を出すと大抵ロクな事にならないのだ。
「……何か、お邪魔のようですが仕方ありませんね。敵なのですから」
収集が付かなさそうなので仕方なくそろそろ声をかけようかと思ったその時、囁くような声の人物が鎖の付いた杭のようなものを手に襲い掛かってくる。
その動きは正に蛇と言ったところだ。
二人を流れるような動きで交わし得物に牙を突き立てる。だが、そんな不意打ち程度でやられる俺ではないのだ。
杭をしっかりと防御した右手に持つはかつて深淵歩きと言われたとある騎士の得物。
その名はアルトリウス。深淵に侵食されて荒々しくは在ったが、それでも尚朽ちぬ技量の持ち主だった。
彼のソウルを練成して作られたこの剣はこの時代の魔術師が見ればその神秘の込められ具合に卒倒するのではないだろうか。
現在記録されているどの神話にも存在しない上に神代から直接持ってきたようなもの。とは言っても、特殊な能力は何もない、彼の使っていた剣というだけの代物であるのだが。
「その武器……おかしいですね。聖杯からの知識により大方の英霊や神秘について知識は得ていますが……知らないですね、そんなもの」
「そりゃそうだろうな。後ろに居るあの英霊は……恐らくランサーか。よし、セイバーは藤丸くん達の援護を頼む。キャスターはそのまま俺とだ。連戦だが頼むぞ」
「むむむ……よかろう。奏者を任せたぞキャスター」
「言われなくとも守って見せますとも。良妻ですから」
「……もうツッコむ気も失せてきたぞ……。いや、まあよい。藤丸よ、指示を!」
藤丸が指示を飛ばしているのを尻目に目の前のサーヴァントの攻撃を避ける、避ける、避ける。
女性としては大きな身長からは思いもよらぬ速度で攻撃が繰り出される。
それをひたすらに回避し続ける。
アルトリウスの大剣は文字通り剣の中では比較的大きな部類のもの。その重量故にどうしても攻撃は大振りになりがちだ。うかつに攻撃などしてはカウンターであっさりと死んでしまうだろう。
何とかして隙を見つけたいものだが。
そうタマモへとアイコンタクトを図れば、その対魔力を物理攻撃故に貫通する呪術で横から仕掛ける。
「ある程度の力量の相手が複数居ると戦いにくくて仕方がないですね……!!」
数的有利というものだから仕方ない。
存分に活用させていただく他無いだろう。今なら群れる亡者の気持ちが良く分かる。数の暴力万歳。
「はいやッ!!」
キャスターの投げる札が命中する。
そして動きが止まった所に軽く剣を叩きつける。彼女は先程の俺と同じく回避しようとするが──
「しまッ……!!」
「決める……!」
それも此処で終わりだ。
キャスターが攻撃を仕掛け始めてから防御に専念していた彼女が防御を崩す時。
そこを狙って上空からの振り下ろし。
慌てて回避を狙うも間に合わずまともに受ける。
確かな手ごたえを感じると共に、目の前がスプラッタな光景になっていると思ったが、見た目はそこまで重症でないように見える。流石は英霊、ただの人間とは違って頑丈だ。
とはいえ、霊核は確実に砕いた為、もう還るだろうが。
彼女は少し悔しそうな顔をしながら逝った。霊子虚構世界とは違う消え方に少し綺麗だな、と場違いな感想を抱く。
SE.RA.PHでは電脳の世界というだけあって機械的な消え方だったために新鮮だった。
「お疲れ様、キャスター。殆ど消耗せずに済んだな」
「私は兎も角、ご主人様は魔力あまり使わない戦い方ですし」
「呪文を唱えたりするよりはこうやって剣を振るっている方が性に合うってだけさ」
それじゃあセイバーの方に行ってみるか、と言おうとしたその時、とてつもなく嫌な予感に襲われた。
例えるなら、そう。
遠距離から狙撃手に今か今かと狙われているような。
そして今、この異常な聖杯戦争の中でその狙撃手と言えば──
「キャスターッ!!」
「え、ご主人様ッ!?」
「……マスターがサーヴァントを庇うとは愚かな真似を。──がら空きだ」
男性特有の低い声。
どこか懐かしげに呟きつつ此方に攻撃を仕掛けてくる。
慌ててタマモが護符を此方に投げる。──間に合わない。
ネロがすぐさま此方へと駈ける。──間に合わない。
誰がどうあがいてもあの矢は俺に命中するだろう。外すなどあり得ない。何故ならば彼のクラスはアーチャー。狙撃に関しては一流だ。
彼のあのどこか落ち着いた、それでいて皮肉気な、その声には聞き覚えがある。
いや、アレは未来の記録で聞いた声。
そう、あの声、は──
「無……銘……ッ!!」
「無銘……? 何を言っているか分からんが、一撃は与えたか」
そういえば、彼は霊基が不安定であり不完全でもあると言っていた。
弓の英霊としての基本は揃っているものの、肝心の真名に当たる部分が無いのだと。
成る程、ならば目の前の彼は恐らくはあの無銘の英霊の真名を得た姿なのだろう。
痛む腹を押さえながらも呼吸を整える。
「今の私は聖杯によって支配されていてね。悪く思わないでくれたまえ」
『ああ、クソ!! アーチャーまで!? 索敵には引っかからなかったのに!』
アーチャー。今回の役割的には狙撃手。
狙撃手は標的が確実に葬れるその瞬間を狙う。その瞬間までは決して気取られることなく潜み続けるのだ。
理由は簡単だ。見つかってしまえば標的には逃れられる。それ所か逆に狙撃される恐れもあるからである。
離れた距離からの狙撃という点言えば、アーチャーというクラスの英霊はアサシン以上の気配遮断能力を発揮するのだ。
まあ、そんな狙撃手がどうのはどうでもいいのだ。彼が狙撃しようが俺の知ったことではないし、そもそも感知できないのであれば後手に回るしかない。今回は運悪く対処が出来ない状況だっただけのことだ。
「ご主人様、何故私を庇ったんです!?」
それは仕方ないだろう。
身体が勝手に動いたとしか言えないのだから。
あの瞬間、目の前で彼女が消えていった月での出来事が目に浮かんだ。
それだけはいけない。
二度と失ってはいけないと俺の記録は告げたのだ。二度と、あの喪失感を味わってなるものかと。
タマモを失わずに済んだのであればそれでいい。
それにこの身は不死。この心が折れぬ限りは蘇り続けるのだ。一度や二度死ぬことなどよくあることだ。
「……存外に頑丈だな。まあいい、ランサーもライダーもやられたことだ、一時退却とさせてもらおう」
逃がさない、といいたいところなのだが、腹の痛みの所為で上手く身体が動かない。
エスト瓶から篝火の火を補給すれば治るが、流石に戦闘の真っ只中暢気に回復してる暇はない。彼には逃げられてしまうだろう。
しかし、妙だ。
彼の宝具であれば此方の数など関係なしに攻撃できるが彼はそれをしようとはしない。
よく分からないが此方にとって有利なことなので別に構わないけど。
「──おっと、逃がさねえぞアーチャー。ここいらで決着でもつけようや」
つい考え事にふけていると野性味溢れる、これまた記録にある声が聞こえる。
ランサー。クー・フーリン。ケルトの大英雄、半人半神の光の御子としてよく知られている。
そこまで考えて、俺の良く知る全身タイツのような戦闘服を着たランサーを想像して振り向いた。
そこに居たのは予想に反して何やら魔術師のような服装に杖を手にしたクー・フーリンだった。どうみてもキャスターだこれ。
「……またキミか。全く、キャスターの癖に殴りかかってくるとかクラスを間違えているんじゃないかね」
「てめえにだけは言われたくねえな」
クー・フーリンの言葉には心底同意である。
彼の戦い方を初めて見た人間は弓兵という言葉の持つ意味が分からなくなるだろう。というかなった。当然のように二刀を構えないでもらいたい。
「ん? んんん? おお! そこに居るのは赤い皇帝様のマスターじゃねえか。悪いな、俺も周りが全部敵なお陰で迂闊に動けなくてよ。さっきまで雑魚を蹴散らしてたとこだ」
どうやら彼には記憶が残っているらしい。色々面倒でなくて助かる。
「ランサーは此処で召喚された英霊だろう? ここで起きている異変について手早く説明してくれないか?」
「ああ、いいぜ。何やらワケありみたいだしな」
アーチャーを牽制しつつ、クー・フーリンは快く教えてくれた。
この時代の聖杯戦争はセイバーがクー・フーリン以外の者を倒した。しかし、彼らが還ることはなく、セイバーの配下のような存在となってしまったようなのだ。
彼もセイバーと戦ったはいいものの、反則級の宝具を持ち出され命からがら逃れてきたらしい。しかも隠れていたら町がが現在の火の海になっていたとか。
こちらの事情も説明したところ、セイバーが握っている聖杯──大聖杯が今回の特異点の肝だろうと彼は言っていた。
つまり、セイバーさえ倒せば何とかなる、と。
バーサーカーは近づかなければ出てこないから無視してよし、他のサーヴァントは今この場で倒され今やアーチャーを残すのみ。
「ふむ。……藤丸くん」
「そうですね……。キャスターさん。酷いお願いだとは分かっています。時間を稼いでもらえますか」
「おお、構わねえぞ。何、相手はなり損ないみたいなもんだ。時間稼ぎどころかさくっと倒して援護にいってやんよ」
「お願いします」
「おう、任せときな坊主。……ちょっと待て。そこの嬢ちゃん、見た感じ宝具が使えねえな? あいつを相手にするならそこの嬢ちゃんの宝具、使えるようになっといた方がいいんだが……まあ、皇帝様のマスターが居るんだ。そこはなんとかしてくれや。──準備はいいか、アーチャー」
「準備ができていなければ待ってくれるのかね?」
「んなわけねえだろ……さあて! おっぱじめるかぁ!?」
獰猛な笑みを浮かべたクー・フーリンの言葉を背に各自がその場を離れる。
アーチャーが行かせるものかと攻撃を仕掛けるも彼がそれを許すはずもない。
突破は容易に完了した。
──さて。移動しながらではあるが先程の彼の言葉を振り返るとしよう。
マシュは宝具が使えない。
マシュは看破されていたことに驚愕していた。勿論他の者は宝具が使えないということに驚愕していた。それもそのはず、英霊と宝具というのはセットのようなものなのだ。英霊であるのならば使えないというのはあり得ない。
「……サーヴァントでありながら、その象徴たる宝具が使えない……。どうしたらよいのでしょうか」
いつ強敵の攻撃に晒され宝具を使用せざるを得ない状況に陥るか分からない、そんな状況でも不安そうなそぶりを見せず戦い続けていた。
彼女のその心の強さには尊敬の念を抱かざるを得ない。
マシュは宝具が使えない不安を零していた。
宝具が使えないのは確かに英霊としては不完全なんだろう。
──だけど、ソレが何だというのか。
マシュはデミ・サーヴァントだ。彼女は英霊であってもあくまでこの時代に生きているただの少女なのである。使えなくとも不思議ではあるまい。
それに彼女は立派に藤丸を守れている。今はそれで十分なのではないだろうか。
そう伝えたところ、彼女は徐々にではあるがその表情に明るさを取り戻した。
彼女は賢い。
それは彼女の生い立ちの所為でもあるのだが、元より彼女は真面目で勤勉な性格だ。
その賢さ故に自身の至らなさに悩み、つい立ち止まってしまうのである。
彼女のような人間は大きな壁に直面した時、その壁を必ず越えようとする節がある。
壁は越えようとするから超えられないのだ。時には回り道をした方がいい時もある。
要は考えすぎなのである。
「ありがとうございます、アルス先輩。わたし、まだ自信は持てていませんが……何となく、そう、何となくですが、身体が軽くなった気がします」
「人生の後輩の相談を聞くのも先輩の仕事の内だからな」
彼女の悩みが軽くなったのであればそれでいい。
子を見守る親のような気持ちになった。
FGO本編を書いているとEXTELLAで書きたい欲求がもわもわと。