あれから数分が経った。風が強くなったせいか、雲は動き、月明かりを遮る。
「ソラ!行くよ!!」
「えっ...? どこに――」
「決まってんじゃん! ケインズの皆に挨拶だよ!!」
そう言うと、モモさんは兵舎の中へ歩き出した。ソラも遅れながらそれに続く。
兵舎の広間ではケインズの戦闘員達が夕食を取っていた。現在活動中のメンバーを除く約150人がここにはいるらしい。小さな豆電球が木目の壁を照らし、暖かな雰囲気を醸し出していた。
「ちゅーもーーく!!」
モモさんの号令で、隣にいた僕に多くの視線が集まる。ある男は食事を邪魔された怒りの視線を、またある女は何が始まるのかとワクワクしながら。
「えっとぉ...ちゅーもーーk」
「――モモさん、それさっき言いました」
1つ分かったことがある。モモさんは天然だ、それも重度の。素早くツッコミを入れないと、天然のボケを延々やり続ける可能性もある。 ツッコミを喰らったモモさんは、申し訳なさそうに胸を張り、一言。
「えっとね! 新入隊員を紹介しますっ!!」
モモさんが僕を眺めた。自己紹介をしろということだろうか?
『良いのか...?新入隊員なんて入れて...』
『ボスの許可は...』
『良いんじゃねぇか? モモさんらしいし』
『お前はモモさん好きすぎるんだよ...!』
次第に辺りがボソボソ騒ぎだした。隊員たちは背を丸め、複数のグループで呟く。それを見た夜空(ソラ)は、
「えっと...夜空(ソラ)と言います。...よ、よろしくお願いします!!」
夜空(ソラ)としてはかなり頑張って自己紹介をしたのだが、反応としては、微妙だった。あー、はいはいそうですか、そんな雰囲気。まるで先程までの騒音が嘘だったかのように。
「夜空(ソラ)君は、ドラゴンとの戦いで負傷を負い、復讐の想いで煮えたぎってます。きっと力になってくれます!! えっと、どうしようかな…」
そんな空気の中、モモさんは周囲を見渡し、メンバーの一員らしき強面な男に声をかける。
「えっと...山内くん。君、夜空(ソラ)くんの面倒みて上げて」
山内、と呼ばれた男は面倒くさそうに舌打ちし、立ち上がった。皆、これを嫌がっていたのか。さっきの雰囲気との変わり様がわかった気がした。
「はぁ...俺かよ。…ちっ、わかった、わかりましたよ!おい新人、ちょっと来い」
山内さんはだるそうに僕を呼ぶ。タバコを取りだし、火をつけ、ダルそうに外へ歩き出した。
「あっ、はいっ!」
小走りで後を付け、廊下に出る。長い廊下を抜け、玄関扉を開けると、雨が降っていた。山内さんは再び舌打ちをすると、
「おい新入り! 早く来ねぇか!!」
「わ、わかりました!」
山内さんは片手であご髭を触りながら指をポキポキ鳴らしだした。結構大きな体、180㎝はあるだろう。肩幅もかなり広い。服からタバコの匂いがするから、恐らく重度のヘビースモーカー。額が見えるほど逆立った黒髪、服の上からでもわかるほどの大きな胸筋。絶対強いだろ、この人。
「おい新入り! ん?何ニヤついてんだ」
「えっ? あ、すみません! ついっ...」
「お前って銃とか使えんの?」
「いえ、全然」
「じゃあ格闘術とか」
「未経験です...」
「じゃああれか!頭賢いんだな? 剣作ったり...」
「いや、別に...」
「...お前何しに来たの」
山内さんは失望を露にし、溜め息。
「はぁ...使えねぇ。使えねぇな!お前」
「えっ...」
「モモが俺に面倒見るよう頼んだってことは、二番隊に入れろって事だろ。違うか?」
ケインズの戦闘員達は、各々所属する隊に分けられている。山内という男は恐らく二番隊の隊長か何かだろう。
「いいか?明日までに何か特技を身に付けろ。それなら二番隊に置いてやる。銃でもいいし、剣でも、勿論格闘術でもいい。 ただ出来ないようならこの山を降りろ」
「そんな...急にどうしてですか!」
「あ? お前、今どこに来てるかわかってんのか?」
そう言うと山内は、火をつけたばかりのタバコをもみ消し、「話は終わりだ」と言わんばかりに去っていった。勿論逆らうことは出来ない。鼻の中まで凍らせる冷たい空気に、自分への叱咤を続ける夜空(ソラ)。
「終わった...」
どれだけ努力しても出来ないことはあると夜空(ソラ)は知っている。悪いことを何もしてないのにこんなに避けられる訳も夜空(ソラ)は知っている。
それでも...!!
気づくと廊下を駆け抜けていた。冷たい空気を思い切り吸い込むと、すべてを吐き出し叫ぶ。
「モモさん!木刀貸してください!!」
●●●
外でひたすら木刀を振るソラを三階の窓から見ていた。不格好すぎるフォームは剣術未経験を悲しいほど物語っていて...
「山内くん、また何か言ったでしょ」
部屋の扉が開くと同時にタバコの煙が部屋に舞い込んだ。窓に近づき、
「はぁ...下手っくそじゃねぇか」
左手に持ったグラスで口元を濡らす。山内の口からは酒とタバコの入り混じった臭いが漏れていた。
「ホント、山内くんはどうしてそんなに酷いこと言うの?」
「酷いって、何が?」
「何って...。 ソラくん、頑張ってるじゃんっ!」
山内は小さく溜め息をつく。タバコの火を握りつぶし、
「頑張ってたら全てが報われるのか? だとしたら俺たちはとうにドラゴンを滅ぼせてる。なら何故滅ぼせてないか、お前にわかるか?」
「それは...」
「力が必要なんだよ!! ここにいるためには」
「だとしても...!」
「だとしても、何?」
返す言葉が見つからず、モモは黙り込んでしまう。再びグラスを揺らすと、山内はゆっくりと部屋を後にした。残っていたのは床に落ちたタバコの粕、弱々しい煙だけである。
●●●
「夜空(ソラ)…、大丈夫?」
朝、広間の扉を開けると、モモさんが心配そうに話しかけてきた。だが不安さでいったら夜空(ソラ)のほうがはるかに上だ。
「おい新入り! 少しくらいは鍛えてきたんだろうな?」
不意に現れた山内はタバコを加え、笑った。
くそ、なんてムカつくやつだ。余裕の笑みってやつですか?
「準備はしてきました、どうやってお見せすれば?」
「あ?ちと生意気な口調じゃねぇか...まぁいい、飯食い終わったら兵舎から出て、模擬室に来い」
「ちょっと待って!模擬室って...あんた」
慌ててモモが入る。すると、山内の口角は見たことないほどまで上がり、
「あぁ...模擬試験だよ」
『模擬試験』という言葉だけで概要は理解できた。モモさんは俯いたまま固まり、微動だにしない。
「ルールだが...ダウンした方の負け、殺しは無し。これでどうだ」
山内はそう言うと返事を待たず、広間を出た。その瞬間、抑えていた感情が胸の中で爆発する。
やべぇ...殺される。一夜漬けで太刀打ち出来るわけがない...
「トイレ...行ってくるね」
そう言うと、モモは席を立つ。返事も出来ないまま、夜空(ソラ)は一人きりになってしまった。
複雑な心情のまま、模擬室に向かう。右手に木刀を持ち、左手で心臓を抑える。木製の引き戸を開けると、二番隊の皆々様が観客席に座っていた。観客席があるくらいデカいのに『室』なんだろうか。
「おう、新人!まさか、やられに来たとはね」
遅れて山内とモモさんの登場。現場の熱気が急に上がる。
「では試合開始!」
開始の号令がかかった。意外と声が張っている審判。こいつも二番隊か?
「オラっ!」
開始早々、山内のジャブ。避けられない...
――バキッ
たった一撃で便りの綱、木刀が折れてしまった。木刀を持っていた右手も痺れ、夜空(ソラ)はよろめいてしまう。
「…うっ…くっ…!」
「ほれほれ」
なおもジャブ連発、手も足も出ない夜空(ソラ)はあっという間にズタボロにされる。今にも倒れてしまいそうだった。
実力差は明確。めったに出さない根性を振り絞ってもその差は埋まらないほどの一方的な攻撃。立っているのが不思議なほどのダメージを受けるが、夜空(ソラ)は倒れない。
ただの暴力に会場は沸き立ち、熱気は再上昇。何本か肋骨が折れ、夜空(ソラ)は声さえ出せずにいた。
夜空(ソラ)は白目を向き、膝をつく。そんな夜空(ソラ)の顔面に山内の蹴りが入り、夜空(ソラ)は軽く吹き飛んでしまう。溜まり混んでいたダメージが一気に爆発し、悲鳴をあげる。
そんな夜空(ソラ)の顔面を踏み、山内は高らかに笑った。
呆気ない『戦力外通告』であった。
●●●
玄関に向かうと、廊下の両端に多くの戦士たちが夜空(ソラ)の見送りのためだけに集まっていた。まだ話したこともない先輩たちの悲しげな顔、夜空(ソラ)は軽く一礼し、戦士たちの拍手の中を歩みだす。
「夜空(ソラ)!!」
扉の手前にモモさんがいた。涙を流し、既に顔は真っ赤になっている。そして包帯で巻かれた傷だらけの右手を取り、その顔を擦り付けた。
「モ、モモさん...?」
「夜空(ソラ)...ゴメンね、力になれなくて...」
「そんなことないよ、モモさん。僕の実力不足のせいだ」
後ろでは見送りをしていた戦士たちがぞろぞろと移動し始めた。どうやら昼飯の時間らしく、廊下一体に焼き魚の香ばしい匂いが広がった。
「モモさん、僕絶対帰ってくるから...」
ぐっと手を握りしめる。赤い顔のまま彼女は微笑み、手を握り返す。そして、
「夜空(ソラ)は私の彼氏ですか?」
真っ白の歯が綺麗に並ぶ。その姿に何故か焦りを感じ、口ごもってしまう。
「いや、笑ってよ!」
恥ずかしそうに赤面した彼女を見て、自然に笑みがこぼれる。久しぶりにちゃんと笑った気がした。
「じゃあ...行くね」
「行ってらっしゃい」
●●●
慣れた歩調で歩く。広大に開いた空は、どこまでも青かった。
「おい!新入り!」
突然の背後からの声に、夜空(ソラ)は声を上げて飛び上がった。振り替えると、その男は叫び声を上げながらこちらに向かい、走っている。
「山内さん...」
「お前、出発するのが早いんだよ...何で俺が走るはめに...」
文句を言いながら、山内は一枚の紙を僕に渡した。茶色い小さなメモ用紙。走り書きで無数の文字が書き込まれている。
「これは...?」
「俺の弟の住所、地図に記しておいた」
「えっ?」
「お前の実力じゃ何の戦力にもならんからな。言わばただのお邪魔虫、だから俺の弟にビッチリ指導されてこい。そのために地図を渡した」
返事をする間も与えず、山内はタバコに火をつけ
「立派な剣士になれたなら、ケインズに戻ってこい。二番隊に招待してやるよ」
捨て台詞を吐き、山内は兵舎に向かって歩き出した。
やっと二話が書けました‼不定期更新ですが週1ペースで出そうと思ってます‼
語彙力ない件は御了承下さい!