豚と呼ばれた提督   作:源治

11 / 15
十一話 教科書に載った伝説

弾は発射されなかった

 

拳銃から立ち込める湿気た火薬の焼ける臭いと静寂が海軍大臣の執務室を包む

ためらい無く引き金を引いた豚

その姿に海軍大臣と秘書は【不発であると知ってはいた】が驚き、言葉が出なかった

 

「ふひ、ふひひ、ま、まあそうでしょうなぁ」

 

静寂を破ったのは豚だった

先ほどの流暢なしゃべり方が嘘だったかのようにいつもの口調に戻っている

 

「き、君は・・・・・・」

 

「ま、まあもし、じ、自分であればそうするであろうと、お、おもいまして。大臣殿の座っておられる後ろですかな?あらかじめ撃ち込まれた銃弾があるのは」

 

海軍大臣のシナリオではもし豚が命乞いをしてこちらの手駒になると誓うのであればそれはそれで使い道があると思っていたし

(もっとも、早々に切り捨てるつもりではあったが)

 

そして理想は逆上した豚が自分に向かって銃口を向け、それを護衛もかねる秘書が取り押さえ

現行犯で反逆罪を作り出すというものだった

いかに横領といえど、地方領主に近い権力を持つ提督を糾弾するには【この程度では弱すぎる】からだ

 

もちろん最初から不発では第三者への説得力が低くなるため、前もって渡した拳銃で数発

海軍大臣の座っているソファーの背もたれと、床と机に目立たぬよう銃弾を撃ち込む小細工もしてあったのだが・・・・・・

 

座ったまま立ち上がらなかった海軍大臣、そして秘書兼護衛の立ち位置としてはほんの僅か、無意識に何かを隠そうと微妙にずれた位置に立つ秘書

 

豚は読みきっていた

 

海軍大臣は豚の度胸と推察力を見せ付けられ、自分が豚という男を見誤っていた事、いや、一体何時からなのか、見誤るように誘導されていたことに気が付いた

 

愚かだった、一期の提督が「まともなわけが」ないのだ

 

普段なら直ぐに動揺から回復できたであろう海軍大臣もおのれの失策に気が付き、さすがに思考が止まる

動揺から立ち上がるようあがきながら必死にどうするか思考をまわすも

 

ごとり

 

とテーブルに置かれた銃の音に思考を停止させられる

海軍大臣の隣で秘書もまたその音にびくりと体を震わせた

 

「だ、大臣殿にとっても拙者にとっても利のある。ひ、ひとつ、もっと冴えたや、やりかたがあるのですが、が、お聞きになられますか、デュフフ?」

 

歴戦の勇である海軍大臣ですら、その豚の圧力にうなずかざるをえなかった

 

 

■□■□■

 

 

数日後

 

豚の鎮守府に憲兵の一隊が到着した

知らせを受けた長門が、執務室がある建物の前で出迎える

 

「・・・・・・憲兵がこの鎮守府になんのようだ」

「ここに所属している艦娘から通報がありまして、何でも提督に乱暴を強要されていると。我々も国家の守護者たる提督殿がそのような事とは思ったのですが。別件で彼には横領の疑惑もかかっておりまして。申し訳ございませんが、まずは聞き取りをと思い参上しました、元帥閣下の許可も取ってあります」

 

そういって憲兵隊の隊長が書類を長門に手渡す

 

「・・・・・・そのような事はないとは思うが、ふむ。いいだろう、とりあえず提督の元に案内しよう。ついて来い」

 

そういってきびすを返し提督の執務室に向かう長門と憲兵隊

その中には先日、横須賀に居た元帥の孫である提督も同行していた

査察先で艦娘の抵抗も視野に入れていたのか、その提督は後ろには何人かの艦娘を引き連れている

 

執務室に向かいながらその提督が口を開く

 

「正直・・・・・・自分もそのような事はないとは思うのですが。国家の財産でもあり恩人である艦娘の貴方達にそのような事があるなら、許しておく事はできません」

 

大神と名乗ったその若い提督の真摯で嘘のないその言葉に、長門は厳しい表情を崩しはしなかったが素直に好感を持った

だがそれとは別に、いくらあのような風体だろうとも、あの提督がそのような行為をするなどと、とてもではないが思えなかった

 

 

「きゃああああああああああ!!」

 

執務室の前に着いたときに扉の向こうから聞こえてくる悲鳴

長門と憲兵隊長は顔を見合わせ、あわてて扉を開ける

 

そこで見たのは潜水艦の艦娘である伊168の水着を半ばまで脱がしかけていた豚の姿だった

伊168は抵抗したのか、顔には殴られた痣や傷がいくつもある

 

「き、貴様ぁ!!」

 

その姿を見て頭が真っ白になって動けない長門の横をすり抜け、元帥の孫である大神提督が豚に飛び掛り殴りつける

 

「ぶひぃいいいいいいいいいいいい!!」

 

汚い悲鳴を上げて床に転がる豚

 

「艦娘への暴行容疑の現行犯だ、おとなしくしろ!!」

「せ、せっしゃはただ、た、ただぁ・・・・・・装備のか、確認ぉ」

「うるさい黙れ!このクズが!!」

 

一緒に取り押さえていた憲兵の隊長が、見苦しく抵抗する豚を殴りつける

その様子を見て、長門はとっさに自分の提督である豚を助けようとするも、豚の手から逃れた伊168が泣きながら長門に抱きついてきた

 

その瞳には涙があふれていて、顔の傷も合わせ、彼女がどれだけつらい思いをしたのか物語っている

 

『・・・・・・じ、自分の欲望を、こ、こぎれいな言葉で飾るのは、や、やめなさい』

 

そして先日の豚の言葉が彼女の脳裏をよぎり、長門は力なく腕を下ろして立ち止まった

 

(陰で自分の、自分の汚い欲望を発散している男に言われたくは・・・・・・無い!!)

 

葛藤し、耐えるようにこぶしを握り締める長門に、憲兵隊長が声をかける

 

「長門殿、大変申し訳ありませんが貴方にもご同行願います。この男がした事に関して証言を頂きたいのです」

 

その言葉を聞いてぐっと目を閉じ、しばらくして再び見開いた長門のその目は、すでに豚を提督としてみる目ではなくなっていた

 

「・・・・・・わかった、協力しよう」

 

こうして、豚は艦娘への暴行事件の容疑者として大本営に連行された

 

当初は提督のスキャンダルに鎮守や周辺の統治への影響、世間への醜聞などが危惧された

だがそれを正したのもまた提督であると大本営は大々的に広報し、自浄作用のある組織としてアピールした結果、軍も世間も大本営を支持した

また大阪警備府に関しても、元帥の孫でもあり艦娘を救った英雄である提督が後任につくという事で混乱はほとんど起こらなかった

 

その後、輝かしいニュースの陰で豚が余罪として資材の横領なども行っていた事が明らかとなり、それらの罪もあわせて軍事裁判で裁かれる事になった

 

 

■□■□■

 

 

豚逮捕から数日後

横須賀に設置された法廷

そこで異例の速度で行われた軍事裁判が結審し判決が下され、判決文が読み上げられていた

 

「野原丈治、被告の犯した ~(罪状略)~ は疑いようもない事実であり、国家の財産を私的に利用し、護国の柱である艦霊に対して行った行為は許しがたいものである。が、被告が過去積み上げた国防の実績は過小評価できないものがあり、それらの実績をに対する恩赦として極刑ではなく、軍籍を剥奪の上、奉仕活動を命じる。奉仕活動の内容は、ドイツへの情報交流の一環としての渡航とする。異議は一切認めない、以上、閉廷とする」

 

一方的に罪状と判決を読み上げられ連行されていく豚

目に力は無く、一切の反論が認められない状況下ではあったが、認められていたとしても反論を行うとは思えなかった

 

裁判が終わり、廷内の人間が外に出て行く中、舞鶴の竜崎提督は座りながら一人じっと豚が居た場所を見続けていた

ふと、後ろから独り言じみた声が聞こえる

 

「ふん、無能な臆病者のうえに卑劣とは。あのような人間のクズが提督であったとは情けない」

 

見ると、提督養成の学校を卒業したばかりらしい、真新しい軍服に身を包んだ青年が居た

階級章は少佐

すぐ後ろで誰かに聞こえるように吐き捨てたあたり、彼は舞鶴の竜崎提督に同意をしてもらいたかった様に思えた

 

「少佐、君はいくつになる?」

「はっ!二十になります」

 

憧れの提督に声をかけてもらえた事に喜びを感じながら、新人少佐は答えた

 

「そうか、では知らないかもしれないな。君が十四歳の時だ。深海棲艦の大進攻時に呉は瀬戸内海側からの奇襲を受けてね、その時呉と応援で来ていた僕のすべての水上艦は入渠中、動けるのはわずかな潜水艦だけ。その状況で君の言う人間のクズは自らを囮に快速艇を駆りながら、かき集めた潜水艦を指揮して三日間、昼夜問わずに戦い続け二百の深海棲艦を殺した。今の君よりも年下のころにね。さて、彼は無能な臆病者かな?」

 

「っつ!!??」

 

「その時彼が一人で戦線を維持してくれたおかげで呉は残り、僕と僕の艦娘達は死なずにすんだ。わかったら口を閉じてどこかへ行ってくれ、不愉快だ」

 

新人の少佐提督は、さまざまな感情を抱えながらも何も言えず、傍聴席から去っていった

竜崎はその姿を見届けて、ふぅとため息を一つ吐いて口を開いた

 

「と、言うわけだから虎瀬提督。その刀にかけている手を下ろしてもらえるかな?」

「・・・・・・ふん」

 

さっきまで新人提督がいたその少し後ろ、そこには刀に手をかけていた虎瀬が居た

もし彼がもう少しでも豚への悪態をついていれば、何のためらいも無く首をはねていたであろう気配を漂わせている

 

「やれやれ、いくら彼を侮辱されたからって。それは短慮が過ぎるんじゃないかい?」

「奴は関係ない、戦場で足を引っ張りそうな無能を間引こうとしただけだ」

「間引くのはかまわないけどね、ばれない様にやってくれって事さ」

「・・・・・・」

 

それに関しては何の返答も返さず、虎瀬は竜崎の隣の席に乱暴に腰を下ろす

舞鶴の竜崎提督はやれやれといった感じのしぐさをして問いかけた

 

「で、虎瀬少将閣下。この後の展開をどう読まれます?」

「元帥の孫が提督として豚の後釜に座り、元帥の、横須賀の影響力が大本営で増す。さらにその影響で大本営内の派閥のバランスが崩れる。四の鎮守府、二の警備府、形だけだったにしろ、うち一つの長が逮捕され国外追放だ。実際大阪警備府周辺の利権の奪い合い、足の引っ張り合いなどのごたごた含めれば一年から二年は反攻作戦どころではなかろうよ」

「そして僕ら四人は彼の残した資材と情報を基に、貴重な戦力増強のための時間を得る、か」

「とんだ茶番だ、豚めが日和よって、もっとうまい方法が有っただろうに・・・・・・」

「それはどうかなぁ、僕達が見てるよりももっと先のことを予測するのが彼だったろ?だって彼がこの事件でどこまでの影響があると読んで実行したのか、僕は読みきれる自信がないね」

「くっく、どうだかな。おれは案外奴がこの戦争から足抜けしたかっただけの可能性もあると見てるぞ?」

「それが望みなら彼はとっくの昔に引き金を自分の頭に向けて引いてただろうねぇ」

「・・・・・・引いていただろうな」

「ああ、やだやだ。こんな事ならと思う事が年をとるといくつもあるよ。まったく後悔と言うのはいつも後からやってくるね」

「なんだ?貴様は奴を見捨てるのか」

「それが彼の望みだからねぇ、下手に動いて彼の計画をつぶすわけには行かないよ」

「見捨てないと豚から資材の保管してある場所を受け取れないからだろうが」

「それもあるね」

 

一期の四人の提督には豚からの連絡で、刑が執行された後日に二年分の資材の保管場所を教えるように潜水艦たちに言付けたとの連絡が入っていた

つまり、この件に関しては一切の手出しは無用、その引き換えに資材を渡すという事だ

表と裏から回されていた豚からの資材供給を前提として、艦隊を運営していた四人はこれを飲まざるを得なかった

そしてそれほどまでに、豚にとってこの茶番がどれほど重要なものであったかを痛感してしまった

 

「・・・・・・やはり・・・・・・無理・・・か」

「ああ、無理だね」

 

ひどい痛みに耐えるような苦笑を浮かべる男と、悟ったような悲しみあきらめた微笑を浮かべる男

二人のほかに誰もいなくなった法廷を静寂が包み込む

 

三日後、異例の早さで刑は執行され、豚提督こと野原丈治は横須賀からドイツに向けて出港した

 

 

 

後年

 

艦娘に対して行ってはいけない行為の最たる事例として

豚が起こした事件は戒めの意味も兼ね必ず提督の教本に記載される事となる

 

以後、提督や軍関係者は指針として以下の言葉を必ず胸に刻み込む

 

艦娘を決して軽々しく扱う事なかれ、と

 




速報 今回も二人で並んで座っている風景があった模様


◆描写力の無力さを懺悔する場所◆
---------------------
そもそも絶大な権力を持った提督が、艦娘を手篭めだったり乱暴したくらいで罪に問えるのか?
という疑問の説明なのですが

ぶっちゃけ問えないと思われます、今までなら

もしかしたらこういうことはどこかの鎮守府でもあったかもしれないのですが、なあなあで済まされてきたあるいは、艦娘自身が特に問題に思っていなかったり

ですが、大本営は今回豚を更迭するために、この行為が重罪であるという事を認めました
そして前例が有る以上、今後はこの行為が裁かれる事になると思います
(艦娘からの訴えがあった場合に限る)

久々なのですが、つまりこれが豚が狙いだったりします(有能)
でもこれはついでで、本来の目的は別にあった模様

そしてこれが、この話での豚の最後の仕事になりますね・・・・・・
---------------------
 
あと、実際他にもっといい方法、ある思います
でも豚は超頭良いのできっとこの方法が最善だったんだと思います

悲しいかな書いてる人が凡人すぎてその理由が説明できないだけです


ごめんね

・・・・・・ほんとごめんね
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。