豚と呼ばれた提督   作:源治

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最終話 豚と呼ばれた提督

横須賀鎮守府に用意された一艘の船

小ぶりな快速艇にも見えるし、船を牽引するボートのようにも見え・・・・・・

 

ぶっちゃけぼろい漁船だった

 

「ぶ、ぶっちゃけこれ漁船でござるな」

「・・・・・・うるさい口を開くな」

 

とはいうものの、海軍の担当官もこれで未だ深海棲艦が現れてから、渡航の成功例の無い国であるドイツまで行けというのは、いくらなんでもひどすぎではないだろうかと思った

そもそもこれ燃料はもつのだろうかとか、食料や水はちゃんと確保されているのだろうかとか問題しか見当たらない

まぁ、海に深海棲艦がはびこる以上は軍艦だろうと安全性は変わらないのだが

 

それでもいくら何でもこれはと、海軍の担当官も思ったが、彼も自分の首は惜しい

見送りの人間がいないのも、この都合が悪い事実を見られないようにわざと時間を早めたからだ、もたもたしてはいられない

だから彼は心を無にして豚を船に叩き込んで、自動航行モードをオンにし、目的地をドイツに設定して出発させた

 

最近の大本営ではこんな事日常茶飯事だ、今夜は強い酒でも飲んでさっさと寝ようと担当官は心に決めた

遠ざかっていくエンジンの奏でるテンポが、どこか ドナドナドーナー に聞こえた

 

 

■□■□■

 

 

遠ざかっていく船

それを執務室から見つめる初期提督である元帥の姿があった

 

「あのー、提督?さすがにあれでドイツまで行くというのは・・・・・・」

 

隣で見ていた大淀が声をかける

海軍大臣と豚との取引は簡潔であった

 

現状の軍閥化に関して豚自身も思うところが無いわけではない

だからバランスをとるために元帥殿の孫を提督として自分の警備府に配置し権力のバランスをとる事は、今後の国防の観点から見ても賛成だったので、渡りに船だった

だから艦娘たちの反対も抑え、誰もが納得する建前でスムーズに自分の鎮守府の戦力を譲渡する方法があるので、それをするべき

 

見返りとして、国外追放という体で適当に新しい身元を用意して、どこか適当なセーフハウスにでも押し込めてくれ、あ、その際は潜水艦の艦娘を側女として所望しますぞデュフフ

 

とまぁ、微妙に建前と自分の欲望をブレンドさせた感じで取引を持ちかけたのである

これを飲んだ海軍大臣だったが、ふたを開ければ海軍大臣は約束を守るつもりはもうとう無く、国外追放という体の処刑を選択したのが今回の経緯であった

 

もっとも、その一番の理由が海軍大臣に元帥からの要望があったからで

 

「あの底の知れない男に、後任の孫がうらまれて裏切られたら・・・・・・」

 

なあたり、なんかもうこの元帥、孫が絡むとちょっと駄目かもしれないな、と大淀は思うのだった

 

 

■□■□■

 

 

横須賀の港を見下ろす高台の丘

 

軍服に見えなくも無い奇抜な衣装の大柄の美中年、佐世保の提督と

よれよれの軍服を肩にかけた灰色の髪の老人、大湊の提督が居た

 

「そんな泣くくらいなら止めればよかったんじゃねえか?」

「う、うるさいわよ!!」

 

少し離れた後ろのほうで、佐世保の提督の秘書艦である武蔵と大和が心配そうにおろおろしている

その二人をやたらハイテンションな大湊の提督の秘書艦である金剛四姉妹が慰めていた

 

「まー、そんな心配することもないじゃろうて」

「なによ、下手な慰めはやめてちょうだい!!」

「いやー、どうしてもワシはあの男がこれで終わるとは思えんのじゃ」

「それくらいわかってるわヨッ!もう!私が悲しんでるのは次にいつ会えるかわからないって事と、彼を追いかける事が出来ない自分の力の無さによ!」

「お、おぅ・・・」

 

沖へ向かってどんどん小さくなっていく船を、心配そうに見続ける佐世保の提督

 

「まぁ、そうめそめそしなさんな。御主に虎の子の潜水艦達を預けたってことはそれだけおぬしを信頼しての事じゃろうて」

「わかってるわ、私に出来る事はあの人の預けてくれたあの子達と資源を大事に使う事だけ」

 

やがて豚を乗せた船は見えなくなった

じーっと眺めていた二人がボソリと漏らす

 

「帰ってくるかのぅ」

「帰ってくるわっ!よっ!!」

 

 

■□■□■

 

 

洋上に出てしばらく、時限式だった手錠が外れて豚はのそりと立ち上がる

一面に広がる青い空と海、豚は目の前いっぱいに広がる世界をしばらくただボーっと眺めていた

 

豚には海軍大臣が約束を守るつもりなど無い事はわかっていた、無論その上でこの方法を選んだのである

泥をかぶる事は豚にとって呼吸をするようなものだし、むしろその予定で計画を組んだ

五十鈴に言われたとおりだった、必要だからやったに過ぎないし、最もいいと思われる手段がこの方法だっただけなのである

 

そしてその計画もこれで完了

 

少し心残りがあるとすれば、自分の秘書艦だった長門のことだが、彼女ならきっと新しい提督の下で立派にやっていけるだろうと思う

 

さて、この先は完全なノープランだ

豚にしては珍しく先のことは一切考えていなかった

 

でも、それでいいと思う、どんな立場になろうと自分がやる事は同じなのだから

 

色々なしがらみから解放された豚は、深呼吸し、どかりと船首に座る

波を切り裂き、潮風を受けながら自動航行で船は進む、幸い付近に深海棲艦の姿は無い

 

少年達が冒険に旅立つ映画のタイトルにもなった、あの歌を豚は口ずさむ

意外と流暢なテンポ、歌って踊れるのも豚の隠れた特技だったりする

 

「そばにいて」 その歌詞の内容に釣られたのか、海中から一隻の潜水艦娘が姿を現した

事の起こりとなった、執務室で水着を脱がされていた伊168である

彼女達潜水艦はあの事件の後は佐世保の提督の下に身を寄せるよう、豚から言い含められていた

 

はずだった

 

任務に忠実な、自分が絶対の信頼を置いていた潜水艦のささやかな反抗

それに少し驚いた顔をする豚

そして直ぐに佐世保に戻るよう指示を出そうとし、それを飲み込む

 

そしてうつむいて少し考え込んたが、直ぐに顔を上げいつもの気楽な口調で、暗い顔の伊168に声をかける

 

「ウッシッシ・・・・・・のっていかれますかな?」

 

不安そうな浮かない顔をしていた伊168は、その言葉を聞いて花の咲いたような笑みを浮かべる

 

 

ふと、その笑顔につられてなのか、風に紛れて散って行った彼女達が楽しげに笑う幻聴が聞こえた

 

 

少し惜しい気もしたが、豚はひとつ首を振って、まさかなと都合のいい幸せな幻聴を振り払う

 

「そ、それでは、ま、参りますかな」

 

青い空

雲ひとつない、晴れた空

 

そして二人の表情は明るい

まるで希望へと突き進むが如くに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この数日後、豚の乗った船は消息を絶った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその一年後、とあるイタリアの港町にふらりと現れたやせた大男の姿があった

ぼさぼさの長い黒髪に、どこかアジア人めいた味があるともいえなくも無い、陽に焼けた顔立ち

その姿を見て、海に近い港町という危険な場所に住むしかない者達ですら、胡散臭そうに顔をしかめた

 

男は自らをへたくそな英語でジョーと名乗り、緋色の髪をした一人の乙女を引き連れ、危険な大地をものともせずにドイツに向かって歩き始める

 

道中、その男は彼を慕う『とある素質』を秘めた多くの者たちと出会い

道連れを増やしつつも、やがて目的地のドイツに到着した

 

そしてそこから、欧州、中東、世界の教本や歴史書で絶える事なく語り継がれる伝説が始まる

 

守護聖人ジョー、艦娘国の総督、妖精を見つめる者、スエズの破壊者、深海棲艦最大の敵

約束された勝利のUボート艦隊、Sr.ジョー、ジブラルタルの壁、北海の狼、地中海の覇者

 

 

そして、提督の王

 

 

様々な異名や偉業をたたえられつつも、インタビューに応じた本人は最初に呼ばれた

 

『ジョー・ルフィアン』

 

日本語で『女衒のジョー』という呼び名が好きだと

吃音の癖が抜けないような妙な口調で答えたと言う

 

 

 

 

ウッシッシ

 

 

 

 

 

終わり




最終話にして、ついに明かされた真のヒロイン(懐疑)はイムヤでした
正解した人には居残りの潜水艦娘達の魚雷をプレゼント(八つ当たり

あと、豚とジョーは別人です
・・・・・・やせた大男って書いてあるし、別人だってっば

それはともかく

ここまで読んでくださった方、へたっぴな文章でつたない物語にも関わらず、最後まで豚と癖のある本作にお付き合いいただき本当にありがとうございました

豚がなぜこの結末を望んだのか
賛否とは別に疑問や腑に落ちないものを感じた方もいらっしゃると思います
後日投稿する設定話にその答えのようなものを書いてみましたので、それを見ても納得できない場合は豚に会いに行ってください、たぶん地中海辺りにいます

ただ正直その理由含めて、感想のお返しにも書かれていたように、自分の基準で設定の情報を出し惜しみして読者にストレスを与えてしまった事を反省しております
もっと本編に色々組み込めればこんな事にはならなかったと思うのですが、悔しい限りです

次があるかはわからないのですが、可能なら次に生かしたいところ


まあそれはともかく

イムヤ一隻で2017年夏イベ、遥かなるスエズに突入した豚のこれからの未来はご想像にお任せいたしますが、ちょいちょい書ききれてなかった事があるような気もするので、番外編を投稿させていただく予定です


とりあえず本編はこれで終わりになります


ありがとうございました


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