豚と呼ばれた提督   作:源治

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三話 カツ丼、ボンレスハム、酒

「ぶ、ぶひぶひ」

 

一心不乱に巨大などんぶりに盛られたカツ丼をほおばる肉塊

豚が餌を食べている

そうとしか表現できない風景だった

 

鎮守府食堂『間宮』

妖精に認められたものしか入る事が出来ない鎮守府内に設立された施設の一つである 

 

艦娘は食料を必要としない

 

だが飢えは感じる、その飢えはストレスとなり彼女達を蝕む

初期に豚が提唱した艦娘の精神状態における戦力の変化

それらを裏付けるデータをとり論文として纏め上げ、娯楽である食の部分の改善を大本営に具申したのは豚だった(有能)

 

結果、設立された食堂『間宮』

 

その後、圧倒的な数値となって戦果の向上につながったため、この間宮は鎮守府の基本設備として必ず作られる事になる

また、当時シーレーンの破壊で手に入れるのが難しくなっていた甘味は特に大きな効果があり、鎮守府の必須物資として定期的に大本営から供給されていた

 

その結びつきを考えれば艦娘達は豚に感謝してもいい

 

が、やはり腹いっぱい餌をほおばる豚を見ると、理論をでっち上げて自分の食べたいものが食べられる環境を私情で構築したようにしか見えなかった

 

「あのー、・・・・・・提督?」

 

遠慮がちに豚に問いかけたのは洋服姿に白いフリルのついた割烹着エプロンをした美しい女性、彼女こそ食堂の名前を冠する事になった『間宮』だ

彼女もれっきとした艦娘である

 

「ごっふ、ぐふ、ぼふぉおお」

 

食ってるのか吐いてるのかよくわからない声をあげながら返事をする豚

豚の口から放たれた米粒が舞う、間宮は華麗にかわし、お茶を豚のどんぶりの横に置きながら言う

 

「いつも閉店間際に来られますけど、夜寝る前にそんなに食べられるとあまり体に・・・・・・たまには他の子達がいる早めの時に来られてはいかがですか?」

 

「せ、せっしゃ、デュフフ。も、モノを食べる時は、だ、誰にも邪魔されずに、じ、自由でなんというか・・・・・・」

 

「あー、はいはいわかりました。わかりましたからなんかそのイラッとくる感じの、遠くを見る目をやめてください」

 

「ふひ、ふひひひ」

 

豚はその巨体を維持するために大量のカロリーを摂取する必要があった

それを怠ればたちまち彼は痩せていく事になるからだ(え

相撲取りがちゃんこを食べなくなると見る見るやせていくあれと同じ原理で、実は豚は動けるデブである

伊達に那珂ちゃんの親衛隊をやっていない

 

正直どうでもいい情報なのでそれを知るものは皆無である

 

「まぁ、それだけおいしそうに食べてもらえるとこちらも作りがいがあるんですがね。うちの子達はあまり食べない子が多いですから・・・・・・」

 

と、いうのも艦娘の中で沢山食べる事に定評のある正規空母や、単純にその体格から多く食料が必要な戦艦がこの鎮守府にはほとんどいないからである

 

理由として挙げられるのが、単純にこの鎮守府が呉と横須賀、そして陸を挟んで舞鶴の間に位置する港だった事が大きい

その役割は主に戦線維持のための物資の輸送の護衛、および供給が任務である

まれに横須賀の防衛線をぬけて淡路島方面からやってくる深海棲艦にだけ気を配っていればよかった

むしろそれで浮いた資材を呉や舞鶴に送る事で防衛力の強化を図っているのが現状だ

特に海上面で見れば呉の鎮守府が抜かれればかなり厳しい戦いを強いられるといえた

 

「ご、ごちそうさま。今日のごはんも極上でありましたぞぉ」

「はいはい、またのお越しをお待ちしております」

 

おいしそうに沢山食べてくれるのはいい、だがもう少し綺麗に食べられないものかと米粒が散らばる机とどんぶりを見てため息をつく間宮

 

結局の所、今日も豚に対する間宮の好感度は増えもしない減りもしない。いつも通りであった

 

 

■□■□■

 

 

「はぁはぁ」

 

草木も眠るうしみつアワー、駆逐艦寮に忍び寄る太い影、豚だった

機敏な動作で茂みを移動し、鍵のかかってない窓からすっと進入しようと手を伸ばす

 

チャキ

 

「はーい、その手切り落とされたいのかしらぁ?」

 

所で軽巡の『龍田』に見つかった

 

 

 

 

「はぁ・・・・・・お前も懲りないよなぁ」

 

ロープでぐるぐる巻きにされて天龍の前に転がされている豚、ボンレスハムにとてもよく似ていた

 

「んほほほほ、く、駆逐艦寮を自主的に警備してくださるお二人には頭が上がりませんのぅ」

 

笑いながらビクンビクンと振動する豚

 

「そ、それではせっしゃはこれで・・・・・・」

 

と、這って逃げようとする豚を天龍が踏みつける

 

「まぁまて。せっかくだから少し話をしようじゃねえか、ああん?」

「せ、せっしゃ、ま、まだMの趣味はありませぬぞぉおおお」

「まだってなんだよ、まだって。いやそうじゃねえ」

 

そういって天龍は花壇の縁に腰をかける

龍田はその隣にたって、ぞっとする冷たい目で豚を見下ろしながらハァハァ言っていた

やめてそれ調理しちゃ駄目

 

「このまえ遠征の最中によ、佐世保の天龍、龍田と輸送護衛任務でかち合ってな。お互い護衛対象は送り届けた後の帰りだからちょっと話をしたんだわ。んでうちらの提督がお前だって話をしたら、そいつら急に涙ながらに礼を言い出してよ、理由を聞いてもお前に道を示してもらえたからってグズグズしてんだ、とても俺らと同じ艦とは思えなかったぜ」

 

言いながら、つんつんとアンテナブレードで豚をつつく天龍

 

「で、豚。お前、佐世保の俺らに何したんだ?」

 

「うーむ、な、何をしたというわけではござらんが、た、多分その佐世保の天龍殿達がいっているのは遠征運用に関して、せ、せっしゃが提唱したシステムの事でしょうなぁ」

 

「遠征運用?俺らが遠征任務に適性があるってのは当たり前の事じゃねえか」

 

天龍、龍田は軽巡としてそう高い能力を持ってるわけではない

故に、前線で運用される事はあまりない彼女達だが。駆逐艦を率いての護衛や輸送、偵察などの任務に関しては燃費、統制能力、嗅覚など、群を抜いて優秀な適性があった

 

「お、おそらく、さ、佐世保の天龍殿たちはそのあ、当たり前がか、確立する前にけ、建造された方達なんでしょうなぁ」

 

「へー、てことは俺ら昔は今と違った運用されてたって事かー、それって・・・・・・」

 

ふと天龍は豚の視線があらぬ方向に向いてることに気がつく

視線の先は天龍が大股開いて座っていたため丸見えと思われるスカートの中

 

「はぁ・・・・・・て、天龍殿はし、白以外の下着を、は、穿いてるの見た事がないでござるな」(クソデカ溜息)

 

心底残念そうなむかつく顔で、ため息を吐きながら極めて失礼な事を吐き捨てる豚

真っ赤になる天龍と絶対零度の瞳になる龍田

二人は同時に豚に向けて獲物を振り下ろす

 

「ブ、ヒョオオオオオオオ!!」

 

紙一重でそれらをかわし、さらに自分を縛っていた縄をその攻撃で切らせた豚は、機敏な動きで逃げ出した

 

「あ!こら待ちやがれ!!」

「絶対逃がさないから~ 」

 

草木も起きそうな騒がしい深夜の鬼ごっこが始まった

 

 

 

なぉ、豚が逃げ切った模様

 

 

 

■□■□■

 

 

 

鎮守府の一角にあるこぢんまりとした商業区画

ここには艦娘達が娯楽のために様々なものを買う店舗が立ち並んでいる

中には二十四時間営業のコンビニもあり、基本的にすべての店舗は持ち回りで艦娘達がアルバイトとして働いていた

いつか来る戦争の終わったとき、彼女達の社会進出などなんか色々理由はあるらしいが、今はおいておく

 

そんな商業区画の一角にある赤提灯のぶら下がった店

 

『居酒屋 鳳翔 』

 

個体差はあるものの、穏やかで面倒見がよく、歴史的に見ても艦娘的に見ても初期に建造されるため知識も豊富な軽空母の艦娘である『鳳翔』は、艦娘達の母親的存在である

そんな鳳翔に飲みニケーションの場やメンタルケアとしての相談所として居酒屋を営んでもらうのは、戦力向上の観点から見ても大変有益であるとして、全国の鎮守府や軍港に居酒屋鳳翔はチェーン展開される運びとなった

 

ちなみにデータをまとめて建前をでっち上げ、怪我が元で行き場を失っていた鳳翔を立ち直らせ、居酒屋鳳翔をチェーン化し、各鎮守府に設置の為に尽力したのはやっぱり豚だった(もうこいつわけわかんねえな)

 

 

そんな居酒屋鳳翔で、すっかり出来上がった二人の艦娘がカウンターで愚痴をこぼしていた

 

「大体!!見た目やら言動やら、もうちょっと提督らしく出来んのかあの男は!!」

「そうよ!!提督なんだから艦娘を沢山建造してこの海を支配するくらいの気概くらい持てってんだー!」

 

この鎮守府唯一の大型艦娘(戦艦と正規空母)コンビ、長門と瑞鶴だった

 

「あらあら、すっかり出来上がってしまわれて」

 

そんな二人に声をかけるあたたかな雰囲気のやさしい笑みを浮かべる女性がいた

長い黒髪を後ろで束ね、落ち着いた色合いの着物と、白い前掛けがよく似合う彼女こそ居酒屋鳳翔の主である軽空母の艦娘『鳳翔』である

 

「ヒック、だって鳳翔さん!瑞鶴みたいに寂しいってわけじゃないですけど、私、あの広い戦艦寮で一人なんですよ!ひ、と、り!いい加減この鎮守府も戦力強化のために大型艦を建造するべきでしょ!!」

「ちょっとぉ~、だれが寂しいですって~ヒック」

 

瑞鶴が焦点の定まらない目で長門の肩に手を回す

そんな瑞鶴を無視して長門は声高に叫ぶ

 

「優秀なのはわかるんですよぉ?でもだからってあの提督にあるまじき見た目と言動をぉ!」

「そうだー!はやく正規空母建造して翔鶴ねえにあわせろー!」

 

話がループしてるのは酔っ払いの証拠、はっきりわかるよね

そんなすっかり出来上がってしまった二人を尻目に、カウンターの隅で静かに飲んでいた軽巡の艦娘『五十鈴』が左右で縛った長いツインテールを揺らしながら立ち上がった

 

「ご馳走様」

「あら五十鈴さん、お粗末さまでした。あ、そうだ。帰りにこれ、提督に届けてもらえないかしら?お部屋の前に置いておくだけでいいから」

 

そういって鳳翔は日本酒の一升瓶を五十鈴に手渡す

 

「ほどほどにしてほしいんですけどね・・・・・・」

 

と心配そうにこぼしながら鳳翔から渡された一升瓶を受け取り、五十鈴は何も言わずこくんと小さくうなずいた

その五十鈴の姿を見て長門が声をあげる

 

「おい五十鈴!お前もいい加減単独での偵察任務ばかりじゃなく、駆逐艦たちを育成して水雷戦隊をだなぁ・・・・・・ヒック」

 

そんな絡みかけてきた長門を、五十鈴は凍えるような瞳で一瞥して、何も言わずに店を出て行った

 

「ヒック、なんだ・・・あいつは・・・。あれでも昔は水雷戦隊を率いて縦横無尽に敵の潜水艦や艦載機を落としたつわものだと聞いていたのに・・・・・・」

「まぁまぁ」

 

憤る長門を鳳翔が諌める

 

「五十鈴さんは、彼女はね。とびきり優秀だったから戦争初期を生き延びて、他の娘達より少しだけ長く生きてきたの。そしてその分だけ沢山いろんなことを見てきたのよ。だからね、多分単独で動いてるのは彼女なりの理由があるのよ、きっと」

 

少しさびしそうに出口を見つめながら鳳翔がそう語り終えた時

コトリと、コップの倒れる音がした

 

見ると長門と瑞鶴が仲良く酔いつぶれて静かに寝息を立てている

 

「あらあら」

 

そういって、少し困ったようにほほに手を当てる鳳翔

彼女は奥の座敷に布団を敷いて二人を運び、やさしく寝かしつけた

 

 

 




 
設定を考えれば考えるほど鎮守府の外の世界
場所によってはマッドマックスレベルの悲惨な事になっていそうです
 

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