朝、豚が妖精炉の確認と、舞鶴への輸送用物資の確認、そして【明石への頼みごと】を終えて子供を預けている居酒屋鳳翔の扉を開けると、ちょうど朝食の準備を終えた鳳翔とカウンターに座っている子供の姿があった
「おっさん!遅いよ、朝飯が腐っちまう!」
「ふひ、ふひひひ、そ、それは一大事ですな」
二人は並んで朝食を食べる、ちなみに豚の朝食の量は子供の数倍
そしてなぜか食べ終えたのはちょうど同じタイミングだった
「それでおっさん、おれ何したらいいんだ?」
「そ、そうですなぁ、まず・・・・・・と、とりあえず名前を教えていただけますかな?」
豚がそう子供に聞くと、子供はばつが悪そうな顔をして
「実はさ、名前無いんだ」
と、ショッキングな事をさらっと口にした
事情を聞くとどうも早くに両親と死別して、それ以来あちこち転々としながら何とか一人で生き延びてきたらしい
事情を聞いて豚はふーむと少し考え口を開く
「と、とりあえず便宜上チビ殿とよ、呼ばせていただきましょうかのぅ」
「いや、そりゃおっさんに比べたら大体の人間はちびだろ・・・・・・」
そのやり取りをみて鳳翔がクスクスとわらっている
「ま、まぁ、きゅ、急では有りますが明日の朝にはて、提督として訓練を付けてくれるば、場所の所に行けるよう手配出来ましたので。そ、それまでにな、何か考えておいてくだされ、れ、ヒッヒフー」
速報:豚、あまり長い台詞を話すと息切れする模様
「なんだよー、おれそういうのよくわかんねえからさ、おっさんなんか付けてくれよ!」
「ぶ、ぶひぃ・・・・・・、ま、まあ考えておくでござる。げ、げろしゃぶとか・・・・・・」
「うわ~ん!そんな名前いやだぁ~!?」(隼鷹大破ボイス感)
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そんなやり取りをし、鳳翔に見送られて豚とチビは外に出た
豚は今日一日休みを取り、チビに鎮守府内を軽く案内する予定だと言った
そうしてしばらく二人がぶらぶらと歩いていると、カコン、カコンと何か音が聞こえてきた
「なあおっさん、あの人も艦娘なのか!?なんかすげー事してる!」
そう指差す方向を見ると、比較的広い訓練場で一人で訓練をする五十鈴の姿があった
五十鈴は山積みにされた形も大きさも重さも異なる石ころや金属などを、百メートルほど先にある間隔をあけて置かれた四つのかごに投げ込んでいた
何度も投げているにも拘らず、一回もかごを外す事が無い
そしてある一定数を投げると、隣の簡易机の上に置かれたトランプを一枚めくる、そしてマークと数字を確認するとまた投げ始めた
「き、基本的に鎮守府内にいるのはて、提督か艦娘だけですのぅ。く、訓練の邪魔になるので・・・・・・フヒィ!」
豚が止めるのも聞かずにチビは五十鈴に駆け寄り、目を輝かせて何をやってるのかと早口で聞いた
五十鈴は突然やってきたチビに特に驚く様子も無かったが、チビを無視し、迷惑そうな表情をして豚のほうを見る
五十鈴の視線を受けて豚はばつが悪そうに頭をかく
その様子を見て五十鈴はため息を吐くと、めんどくさそうに訓練について説明を始めた
「これは対潜水艦の武器、爆雷を投げる訓練よ。投げるものの形が全部違うのは、波で揺れる海の上の代わり。普通は投射機使ったり走りながら後ろにまいて使うんだけど、いざという時にはこうやって使うの」
「そのトランプは?」
「一枚めくってみなさい」
チビが一枚めくる、書かれているのはダイヤの2
五十鈴はダイヤのマークが貼ってあるかごに向かって二回石を投げる
石は放物線をえがいて、二つともカコンカコンと音を立てて、ダイヤのマークが貼られたかごの中に納まった
「めくったマークの所にめくった数字の数だけ投げ込むんだな!すげえ!すげえ!俺もこれ出来たら提督になれるかな!」
興奮気味にチビは声をあげる、それを聞いて五十鈴は口元に手を当てて
「ばかね、提督になるのに、艦娘と同じ訓練してどうするのよ」
あきれた様子で軽く微笑んだ
その後、邪魔になるからあっち行きなさいと追い払われたチビは豚の隣に戻り、そして二人はまた歩き出す
のんびりと歩きながらチビは、あの建物はなんだ、ここはどんな訓練をする所だ、あそこに飛んでるのはと好奇心旺盛に次々と質問を投げかける
そのたびに豚はヒッヒッフー、と息切れしながらも丁寧に説明した
途中で食堂により昼食を終え、腹ごなしに歩いていると軽快な快音が聞こえてくる
見ると天龍率いる駆逐艦と、龍田率いる駆逐艦とが草野球の試合をしていた
チビがうらやましそうに見ていたので、交ぜてもらう事にする
豚一人だと絶対交ぜてもらえないが、今回はチビが居たので駆逐艦や天龍龍田たちも快く許可してくれた
なぉ、豚がバッターボックスに立つとどう見てもド○ベンの人にしか見えない謎の貫禄を放っていた模様
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野球を終えて豚は野球をした艦娘全員に間宮でアイスをおごり、そこで艦娘たちと別れた
間宮を出た豚はチビと二人で堤防まで歩き、そこに並んで腰かける
しばらくボーっと海を見るという【贅沢な光景】を堪能していた二人だったが、チビはふと気になった事を豚に問いかける
「なあおっさん、聞きたいんだけどさ、艦娘って何なんだ?」
「・・・・・・ま、また中々難しい質問をされますな。に、人間とは何か、と同じで答えが無い疑問だと思われますが」
「なんというか、五十鈴さんと他の艦娘のひとらが何というか、同じ艦娘なのに違うように見えるっていうか、・・・・・・よくわかんねえ」
チビ、本能的に五十鈴をさん付け
いい嗅覚だ、長生きできるぞ
「ふーぬ、ま、まあ人間と同じで彼女らにもこ、個体差がありますからのぅ、で、ですが彼女らが『生まれながら直ぐ戦う事が出来る』という事は確かですな。ど、どんな幼い駆逐艦といえどか、彼女らは生まれながらに戦う覚悟が出来ますからのぅ」
「うーん」
「ま、まあそう悩まずともち、チビ殿には提督の素質があるのでそ、そのうち理解されるでござるよ」
「提督の素質って?妖精に愛されるって奴か?」
「ま、まあこれは拙者のじ、持論なのでござるが。よ、妖精に愛されるのが素質ではなくそ、その素質があるから妖精に愛されると、という事ですかなぁ」
「その素質って?」
「ハァハァ、そ、そうですなぁ、ま、まず前提として感覚的に彼女達を理解して、そして彼女達に正気で【戦え】と命令できる、という事でしょうかの、ッヒッヒフー」
一拍置いて呼吸をただし豚は続ける
「そ、その正気を保つ素質は提督によってち、違うとはおもいますがな。た、たとえば呉の虎瀬提督か、彼の素質は自分の背中にこびりついた血を気にせず、も、目的に向かって歩き続ける事が出来る。・・・・・・というものだと思ってるでござる。ち、チビ殿にもそ、そのうち自分の素質を理解できる日がく、来るかと」
「へー、ちなみにおっさんのその【素質】って何なんだ?」
「・・・・・・せ、拙者の素質はに、逃げ続けることですかのぅ」
「???」
豚の言葉に頭に疑問符を浮かべるチビ
それを尻目に豚は立ち上がる
そして、付いて来て下され、と言って歩き出した
チビはあわてて後を追う
やがて二人は夕焼けの帳がおりかけた鎮守府広場に到着した
そこには大勢の艦娘達がすでに集まっていた
艦娘達が見つめる先には幕の下りた大きなステージが見える
「なぁおっさん・・・これって・・・」
怪訝そうな顔をするチビを豚は、ウッシッシと笑って担ぎ上げ、肩車をする
その瞬間、明石に頼んで突貫で設置してもらった特設ステージの幕が上がった
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「みんなーーー!!それじゃあいっくよーーーー!」
那珂ちゃんのライブの幕が開ける
バックダンサーで川内と神通が踊り、高らかに歌い出す那珂ちゃん
チビはその光景を呆然と見つめている
やがて熱狂的なアイドル宣言の曲が終わり、那珂ちゃんのステージの後ろから打ち上げ花火が大量に上がった
声援を送るほかの艦娘達の後ろからその光景を、いつのまにか涙を流しながら見ていたチビは口を開く
「・・・・・・おっさん」
「ぶひ?」
チビは涙を拭き、強い覚悟を持った表情になる
「・・・・・・おれ、絶対、何を犠牲にしても提督になる。何度だって何度だって、この光景を見るために!!」
それを聞いた豚は、豚にしては珍しくぽかんとした表情を浮かべ
ぶーっしゃっしゃ!!と大声で、とても高らかに笑った
「ッヒッヒフー・・・・・・ち、チビ殿は提督に向いてますぞ」
その言葉を聞いてチビはとてもうれしそうな顔をする
那珂ちゃんのライブはまだ始まったばかりだ
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そして次の日、チビは舞鶴に送られる物資を積んだトラックに乗せられ、豚に二つの封筒を渡される
一つは舞鶴鎮守府の提督宛、そしてもう一つはチビの名前を書いた紙を入れてあると豚は言った
大勢の艦娘が見送る中、トラックは舞鶴鎮守府に向かって出発した
そのトラックをチビと関わった艦娘達は名残惜しそうに見送り、豚は表情が読めないがどこか複雑そうな顔で見送る
そしてトラックの荷台で茶封筒を開けたチビは、書かれている名前を見て
(なんて読むんだこれ?)
と、首をかしげていた
チビの名前はこれを見ている提督たちの名前さ、ぼくは決め顔でそう言った
ちなみに感想でちらほらあった子供の性別は秘密です、そのほうが色々はかどるから(悪い顔
そしてトラックはマッドマックス仕様
またこの話は『那珂ちゃんのファン増やします!』という要素が60%
なお爆雷を手で投げる、というのは危険すぎて本当に本当に『いざという時』しかしない
薄紙一枚を体と鎧の間に挟むような効果しかない訓練をひたすらし続ける五十鈴さんマジストイック、マジリスペクト
■注意書き■
明るい日常話はこの話で最後になります