豚と呼ばれた提督   作:源治

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七話 怒りの日

呉の虎瀬提督の元に資料が届いた一週間後

豚の執務室には朝から怒声が響き渡っていた

 

「なぜですか!!提督もこの鎮守府がどう呼ばれているか知らないわけではないでしょう!?この作戦はこの鎮守府の力を示す絶好の機会のはずです!!」

 

窓を揺らすような長門の大声が執務室中に響き渡る

 

「先日の瑞鶴の意見に賛同するというわけではありませんが。この作戦の為に戦艦や正規空母、重巡洋艦などの建造を進めるべきです!!」

 

提督の机には、南方反攻作戦に関しての書類がちりばめられていた

 

「ふ、ふひ。い、いらない、このち、鎮守府の役割はぶ、物資の輸送、補給。お、大型艦でそ、そんなことすれば、ば。しょ、消費する資材が、わ、割に合わない」

 

「ですから!その資材を確保するための本作戦でしょう!!」

 

「せ、戦艦や空母が、が使えるようになるた、ため、どれだけ資材がひ、必要か・・・・・・し、知ってのは、発言ですかな、ふひひ」

 

「提督が!私と瑞鶴の建造と強化のために、使用された資材の量は知っている。だがこの鎮守府から貴方が呉と舞鶴に送っている資材の量を減らせば十二分に可能なはずだ!!しかも舞鶴への陸上輸送に関しては、この鎮守府が費用のほとんどを持っているではないか!!今までは目をつぶってきたがこれに関してもいい加減改めるべきだろ!!」

 

「そ、それは、む、難しい。く、呉が海上から、ま、舞鶴が上空から、この鎮守府への深海棲艦の進攻を、お、抑えてる。そ、それが抜かれれば、ここはお、おしまいですぞぉ?」

 

「だからこの鎮守府の戦力が強化されればその万が一にも対応できるでしょうが!!」

 

「し、深海棲艦が、進攻に当たって、こ、この鎮守府だけを狙うのでしたら、それでもいいのかもしれませぬが、が。瀬戸内海のわ、湾岸部の街や、内陸部の、街を、す素通りすると、お、お思いですかなぁ?ひひひ、た、たくさん、死ぬでしょうなぁ、民間人が、が。ふひひ」

 

「つッ!!??」

 

「な、長門殿は、はその被害に関しては、きにするな、と?ふひひ。おっと、じ、実はそちらに関しても、な、何とかできると?そ、それならばせっしゃの代わりに、こ、ここをお、お任せしましょうかな。ふひひ」

 

豚の否定とそれに交ざったふざけた物言いに長門はカチンときたのか、さらに声を張り上げる

 

「私は!!貴方の為を思って言ってるのです!!」

 

そんな熱くなった長門に、豚は珍しく諌めるような言葉をぶつける

 

「・・・・・・じ、自分の欲望を、こ、こぎれいな言葉で飾るのは、や、やめなさい」

 

「なッ!?」

 

「ふ、ふひひひ、お、表でも走って頭を冷やしてく、くるといいかと。あ、後、今日はもう、こ、ここに来なくていいですぞ」

 

「~~~ッ!!失礼する!!」

 

バタンと大きな音を立ててドアを閉め、執務室から長門が出て行いく

その姿を見送って、豚はため息をついた

 

鎮守府の運営と、いざという時の戦力のため彼女を【呉から引き取った】のは間違いではなかったはずだ

だが、彼女は気位が高すぎ手に余るというのが豚の評価だった

 

と、豚がそんな思案に暮れていたところ、執務机に設置された電話の音が鳴る

 

「は、はい」

『やーやーやーやー、どうもどうもどうも提督、元気してるかな?』

 

やたらテンションの高い爽やかな、まさにリア充オーラ全快の声に豚は聞き覚えがあった

 

「ふ、ふひひひ、げ、元気ですぞぉ、そちらは、どどうですかな、竜崎(りゅうざき)提督?」

『元気だよー!あっ、そうだこの前送ってくれた子犬、中々筋がいいよ、根性もあるしね。あと生意気なのもポイントが高い、躾がいがあるね!』

「ぶふぉ、い、いやはや、ひ、引き取っていただいてか、感謝しておりますぞ。なにせ躾という分野に関しては、りゅ、竜崎提督にはかないませんからなぁ・・・」

『ふぬ・・・?何かあったかい?』

「ふ、ふひ」

 

僅かな声色の変化を見逃さない電話の主、舞鶴鎮守府の竜崎(りゅうざき)提督

その鋭い洞察力に油断できないなぁと思いつつ、豚は先ほど長門とあったことを竜崎提督に軽く説明した

 

ちなみに世間では呉の魔王、舞鶴の勇者、というイメージとあだ名で呼ばれている

 

『んー、まぁ彼女の気持ちもわかるけどねー』

「ふ、ふひ。じ、実際まちがいでは、な、ない」

『あー、いやいや違うよ。そうじゃなくてさ、長門型としての気持ちさ』

「ふ、ふひ?」

『なんてことはない、艦娘に総じていえることだけどね。戦艦型は特にそう、彼女達は提督の為に戦果を挙げたいのさ』

「か、彼女達が、そ、そういう存在っていうのは、し、知ってるつもりでしたがのぅ」

『おしいね、長門はもうプラスプラスプラスほどその意識を高く設定したほうがいい。うちの加賀や赤城がいい例だ。彼女達は時に、主の為にを掲げ馬鹿をする事もある』

 

内容は聞き取れないが、電話の向こう口で加賀と赤城の不満げな声が聞こえた

 

『・・・・・・え?うちの鎮守府近辺に迷い込んできた駆逐イ級一隻に、駆逐艦の子が軽い損害受けたからって、正規空母六隻で艦隊組んで出撃。全機発進させた駄目空母コンビがなんだって?『やりました。』じゃねーよ』

(ボーキ消費量の怒りのムカチャッカファイアー感)

 

赤城と加賀、ガン泣き、やめたげてよぉ!!

 

『まあそれはいいさ、それより、だ。その原因になった反攻作戦だけどね、実際の所どうだい?』

「ふ、ふひっ」

 

ずいぶんと広い意味で取れる質問に、豚は考え込む

この舞鶴鎮守府の竜崎提督にも、秘密裏に潜水艦を使って情報の共有は行っている

豚が思案したのは、にもかかわらず、おそらく盗聴されているであろうこの電話で聞いてくる意味についてだ

 

「いやはや、この作戦。せっしゃの鎮守府にはいささか荷が重過ぎですなぁ。ま、まぁ物資の補給の手配などはお手伝いできそうですが。な、なんにしても、さ、作戦実行の賛否に関しては、は、呉の魔王様と舞鶴の勇者殿にお任せするといった、き、気持ちですのぅ、ふひひ」

 

ふざけたような玉虫色全開の返事に、舞鶴の竜崎提督が苦笑した感じが伝わってくる

 

『佐世保の串刺し公と、大湊の長老はどう出ると思う?』

「さ、さすがに彼らとは、そ、それほど親交がないのでなんとも」

 

嘘だ

 

豚、呉の魔王、舞鶴の勇者、大湊の長老、佐世保の串刺し公の五人は、一期の十英雄の生き残りである五人でもある

豚は全員と連絡を取り合っていた

 

「で、ですがまぁ、お二人は軍人というより商売人の気が強いお方ですから・・・・・・利があると見れば乗りますでしょうなぁ」

 

つまり、利がなければ乗らない、ともいえた

 

『・・・・・・いやはや、僕にはそういう才があまりないから、うらやましい限りだねぇ。彼らの半分でもその辺があれば赤城や加賀におなかいっぱい食べさせて上げられるんだけど』

 

現在の日本は、鎮守府、またはそれに属する軍港付近で生存、経済圏が構成されている

四方を海に囲まれた日本ではその全土が深海棲艦の爆撃範囲だからである

もし敵の飛行体が飛んできた場合、空軍と艦娘の艦載機が対処するが、やはりそれでも基地が近いという事はそれだけ安全という事もあり、人口がその周辺に集中するのは仕方の無い事でもあった

 

結果、地方ごとで鎮守府を中心とした軍閥化が進み

その中でも絶対の戦力を保有する提督に権力が集中しつつあった

もっとも、完全に政治的にも物理的にも破壊された状態からの再生だったので、国ではなく地方ごとに政治を任せたのはそれほど悪手ではなかったのだが

 

しかし、戦況と政情が安定した近年

それらを根こそぎ統括しようとする動きが横須賀にあり

結果、各鎮守府ごとの微妙な軋轢が生まれつつあった

 

ちなみに横須賀=大本営という構図である

横須賀がこの反攻作戦を主導し、勢力を盛り返そうとするのは、そういった理由があり

実際の成功の合否は二の次であるところがあった

 

それを何よりも危惧していたのが豚である

豚は少なくとも準備にあと数年は必要であり、作戦開始後に発生する問題を考えると現在の状況で行うのは絶対に阻止しなければならないという結論を出していた

今回、舞鶴の竜崎提督は豚がどういう手を打つのかわからないが、それが彼にとって提督としての地位と引き換えにするようなものではないかと、うすうす感じていた

 

(正直彼を失うのは損得抜きにしても惜しいんだよねぇ・・・・・・)

 

自然に湧き出た感想が、普段の自分とかけ離れている事に気がつくより早く、舞鶴の竜崎提督は口を開く

 

『ねぇ提督、どうだい君さえ良ければ・・・・・・』

 

そこまで言いかけて、舞鶴の竜崎提督は自分でもそんな言葉が出かけてしまった事に驚いた

大本営の足をこちらにとってノーリスクでひっぱってくれるというのだ、舞鶴鎮守府を預かる身としては反対する理由は無いし、わざわざリスクを抱え込む必要も無い

彼は冷静に電卓をたたく自分らしくないなとかぶりを振った

 

『良ければ、今度舞鶴に遊びに来ないかい?じつは大規模な漁業を再開できそうでね、新鮮な魚介類や鍋をご馳走するよ』

「・・・・・・。うほぉ!それはいいですのぅ、ぜ、是非その際はお伺いさせていただきますぞぉ!!」

『・・・・・・だから、さ、必ず来なよ。今年は特においしいカニが獲れると思うよ』

「ええ、た、楽しみですなぁ・・・・・・お、おっと、話し込んでしまいましたなぁ。で、ではこれで」

『ん・・・』

 

空元気にも似た豚の言葉に何かを感じ、言いかけた舞鶴の竜崎提督

だが、それを聞く前に豚は電話を置いた

 

「・・・・・・・・・カニ、食べたかったですなぁ、でゅふふ」

 

少し名残惜しそうな声色で豚がつぶやく

瞬間、ドアのノックが部屋に響いた

 

「は、はいってもいいですぞぉ」

 

少し驚いた豚が、どもりつつも許可を出すのを確認したあと、ゆっくりとドアが開いた

扉をくぐって現れたのは、長い藍色の髪を左右に束ねた水兵服の女性、軽巡の艦娘である五十鈴だ

 

「失礼します・・・・・・さっき大本営の使いから書状が届いたから持ってきたわよ」

 

そんな丁寧さと気軽さが入り交じったそんな言葉遣いに、彼女の本質が垣間見えた

 

五十鈴は机越しではなく豚の隣まで歩き、書状を豚に手渡す

書状の表には【召喚状】と書かれていた

豚は無言でそれを受け取り、らしくなく口をゆがめる

 

その姿を五十鈴はじっと見ていた

 

豚の鎮守府で三年以上前に建造されて残っている艦娘は片手で数えられるほど

五十鈴はその戦争初期から付き従ってきた数少ない生き残りだった

 

五十鈴が静かに声をこぼす

 

「・・・・・・今あんたあの子が轟沈した時と同じ顔してるわよ」

「ふひ」

 

五十鈴の役割は駆逐艦と軽巡で編成された水雷戦隊を育成し、そしてその育成した駆逐艦を率いて深海棲艦を沈める事

そして三年以上前に建造された駆逐艦と軽巡は五十鈴以外この鎮守府には・・・・・・いない

 

誰よりも豚のそばで、地にはいつくばい泥を食ってでも地獄を生き延びたのがこの五十鈴だった

 

 

「七年も一緒にいれば、あんたの顔の脂肪がいくら厚くても、それくらいわかるわよ」

「・・・・・・」

「艦娘が幸せそうにご飯を食べてるのを見てると、何時間でも見てしまうからっていまだに閉店間際に食堂にいってるんでしょ」

「・・・・・・」

「この前見たわ。まだ夜中に駆逐艦寮の回りうろうろしてるのね。駆逐艦の子達が心配でしょうがないからって」

「・・・・・・」

「眠れないからって、お酒の量も増えてるんでしょ?」

「・・・・・・そ、それはほ、鳳翔さんか、から聞いただけで、ござろう」

「あら?五十鈴には全部お見通しよ」

 

実際、潜水艦の位置を聴覚を用いて見つける五十鈴の耳のよさは、生来の能力に加え長年鍛錬を重ねてきた結果、他の艦娘の比ではない

 

先ほどの電話の内容も外で待ちながら聞いていたのだろう

そしてその後の豚のつぶやきも

 

「ほら、来なさい、ギュってしてあげるから」

「うぐ」

 

豚が逃げようとするよりも先に、五十鈴が豚を抱きしめ、その大きな胸に顔をうずめさせる

お世辞でも清潔とはいえない油まみれの豚の髪や頭を、五十鈴は何一つ気にすることなく、いとおしそうに撫でた

 

「・・・・・・止めても行くし、お願いしても止めないんでしょ。それが必要でやらなくちゃいけないことだから」

 

豚がとても苦しそうに声をこぼす

 

「い、五十鈴、も、もし代わりの提督が来て、だ、だめそうな、なら、く、駆逐艦を連れて呉か舞鶴の提督を、た、頼る。ほ、他の軽巡にもそ、そう伝え・・・・・・」

「伝えはします」

 

丁寧な言い方にもかかわらず、被せるように重ねられた言葉は、拒絶を匂わせていた

 

「・・・・・・」

「でもね、他の子達の面倒は見れないわ。五十鈴は五十鈴でやる事があるの」

「・・・・・・は、早まった真似は」

「バカね。あんたの後なんて追わないわよ」

 

クスリと笑みを浮かべながら、やさしく、やさしく豚を抱きしめ撫で続ける五十鈴

 

「五十鈴は五十鈴のしたいことをするわ、だから提督は提督のしたい事をしなさい」

 

その言葉が引き金になったのか、豚は膝を折り、何も言わずに震える手で五十鈴を抱きしめた

ふと執務室の窓の外に、誰かの艦載機が飛んでいるのが見える

五十鈴はそれをちらりと見ながら、人差し指を立てて自分の唇に押し当てた

 

その深海棲艦よりも深く凍ったような瞳にみられ、艦載機越しにその様子を覗いていた誰かのおびえた気配が伝わってきた

 

 

 




おもった事を物語として形にするのは難しくも苦しい事だと学びました
でもあきらめない

ちなみにヒロインは五十鈴ではないです

あと、駆逐艦寮は開戦初期、深海棲艦の爆撃を受けました


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■本編にあんまり関係ない裏設定01 
豚以外の一期提督 紹介

・勇者様(竜崎提督) 舞鶴鎮守府所属
 男装の麗人と見せかけてやっぱり男 適性検査時は京大生だった
 人当たりのいい常識人の皮をかぶって命の電卓たたくひと、効率的に爆撃しましょうねー
 【備考 豚の事超好き】

・魔王様(虎瀬提督) 呉鎮守府所属
 ストレート長髪黒髪 冷たい風貌の美丈夫 裏側の世界で生きてきた
 相手に与えた損害も沈んだ自軍の艦娘も提督最大
 【備考 豚の事超好き】

・長老様(烏丸提督) 大湊警備府所属
 元銀行員のおじいちゃん 営業で鍛えたクソ度胸がチャームポイント
 現在こっそり深海棲艦と交渉中
 【備考 豚の事超好き】

・串刺し公様(上堂薗提督) 佐世保鎮守府所属
 提督は副業、本業はコングロマリットの総帥 奇抜な格好を好む渋めの美中年
 生きた深海棲艦を串刺しにして湾岸沿いに並べ防衛線を構築した逸話を持つ
 【備考 性転換して豚の子供生みたい程度の好き】


■本編にあんまり関係ない裏設定02
豚と五十鈴を興味本位で覗いていたとあるツインテールの正規空母の正体は今後明かされない

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