豚と呼ばれた提督   作:源治

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八話 女教師と相撲

早朝、豚のいる鎮守府からそう離れていない海岸の砂浜

流れ着いた流木に腰掛けて海を見ている老人の姿があった

アロハシャツに麦藁帽子という陽気そうな風体とは対照的に、偏屈そうな表情を浮かべている

そしてその老人の近くでは幼い少女が砂遊びをしていた

ごくごく平穏な砂浜の光景・・・・・・では無い

 

なぜなら今や海岸は山で熊に遭遇するよりもはるかに高い確率で、深海棲艦が襲い掛かかってくる可能性のある場所だからだ

 

海岸、ましてや砂浜などは、まともな危機感を持った人間ならまず近づかない場所であり、事実彼ら以外の人影は皆無であった

そんな彼らに近づく太く大きい人影、豚である

 

「お、お隣よろしいですかな?でゅほほ」

 

どう見ても不審者にしか見えない豚に話しかけられた老人は豚を一瞥すると「まあ座れ」といった風に隣に視線を飛ばす

 

「で、では失礼して」

 

老人にしては体格が良いとはいえ、豚との体重差がかなりあったためか豚が座った瞬間、天秤のように老人が座ってる側が一瞬宙に浮き、ドンッと音を立てて元に戻る

老人はそれに気を悪くした様子も無く、自分の腰をトントンとたたいて何も言わず海に視線を戻した

それにつられて豚も海に視線を向ける

二人が特に何を言うでもなくしばらく海を眺めていると、砂遊びをしていた少女が二人に手を振るのが見えた

それに気がついた二人はコントのようにまったく同じ動作で軽く手を振り返す

 

「あれな、この前の建造で出たんだが、『雪風』って駆逐艦らしいんだわ」

 

ぽつりと老人が言葉をこぼした

 

「ま、まだ国内では確認されておらぬ、か、艦娘ですな。さすが大湊の長老殿、幸運の女神である駆逐艦に愛されてるようで、羨ましいでゅふ・・・・・・あた」

 

ぽかり、と老人は持っていた杖で豚の頭を叩く

 

「よせやい、ケツがかゆくならぁ。金剛の奴が護衛付けろってうるさくてよ、いろいろあって付けたのがあれなんだが、ハッ!あの調子で警戒してるんだか遊んでるんだか」

 

老人が杖で指す方向を見ると、雪風は持っている双眼鏡で楽しそうに辺りを見てはしゃいでいた

口ではぶつくさと文句を言ってるようだが、その表情は孫を見つめる祖父のように緩んでいる

 

「で、この前よこしたあれ、本当なのか」

「ふ、不確定要素の存在はあ、あるでしょうが、お、大筋は間違いないかと」

 

老人は杖を地面につき、はぁ、とため息を吐く

 

「やれやれ、ようやっと落ち着いてきたと思ったらこれか。喉もと過ぎればと言うがいくらなんでも早く忘れすぎだろ、何でこんな事になったんだ?」

「ま、まぁ。す、推測でござるが・・・・・・・」

 

老人は豚の根拠と多方面からの視点を交えたわかりやすく整理された説明を黙って聞いていたが、いきなり立ち上がって持っていた杖で豚を叩き始めた

 

「何でそんだけ先が読めてんのに!お前は大本営や他の奴らに尻尾振るような真似してんだこの野郎!もうおまえ提督辞めろ!辞めてわしんとこで総督やれ!」

「でゅふふ、しょ、小学校中退のそれがしには荷が重過ぎますなぁ」

 

杖でぽかぽかと叩かれて微動だにしない豚

 

ちなみに『総督』というのは『鎮守府地域政治統括知事』と呼ばれる長ったらしいお役所名称の別称で、地方にあった政治を独自に行う権限を有した最高責任者のことである

 

ぽよんぽよんとしか手ごたえの無い豚に、やがて疲れたのか老人は杖を下ろしてまた海に視線を戻す

 

「まじめな話、艦娘含めてうちの奴らはお前さんのことは高く買っとる。・・・・・・言いたか無いがわしもな。無論お前さんが今までやって来た事を重々承知した上で、じゃ」

「・・・・・・」

「わかっとると思うがワシ等の敵は多い、じゃがおんなじくらい味方も仰山おる。特に古い艦娘はお前に望みがあるなら協力は惜しまんじゃろう・・・・・・言いたか無いがわしも、な!」

 

そう言って老人はサムズアップを決めるも、しばらくしてばつが悪そうに頭をかく

豚はその様子を見て普段のにやけた笑みとは少し違う笑みを浮かべた

 

「・・・・・・り、利益優先至上主義者の、か、烏丸提督のお言葉とは思えませんですのぅ。と、年をとってま、丸くなられましたかな?」

「ふん、利益ってのは数字や目に見えるものばかりじゃねえのさ、舞鶴のはその辺まだまだわかっちょらんがな」

「さ、佐世保の上堂薗提督は、い、いかがですかな?」

「ありゃおめぇ・・・・・・なんか別のもんだろ」(震え声)

 

過去の銀行マンとしての膨大な経験に、老獪さを併せ持った老人、大湊鎮守府の烏丸提督はそう言ってどかどかと歩き出し、砂浜に大きな円を杖で書くと持っていた杖を放り投げた

 

「おら来い!年寄り扱いしよって、わしがまだまだ現役ってのを見せたらぁ!!」

「ふ、ふひ!ま、またいきなり何を言い出しますやら・・・・・・せ、せっしゃ相手に相撲を挑むとは正気ですかなぁ?」

 

豚の挑発とも言える言葉を聞き流し、麦藁帽子を投げ捨てアロハシャツを脱ぎ捨てる烏丸提督

服の下から現れたのは老人とは思えない細身の無駄の無い、鋼の肉体だ

 

その肉体を誇るでもなく、烏丸提督は人差し指をクイクイと曲げて豚を挑発し返す

その様子を見て豚もにやりと口をゆがめて服を脱ぎながら立ち上がる

 

「よ、よろしい!スピード&ウェイトを併せ持ったせっしゃがお相手いたしますぞ!」

 

先ほどまでのまじめな話はどこへやらな勢いで相撲をとり始める二人

 

その後、烏丸提督は終始体格で圧倒する豚を見事な技で転がすも「提督をお守りします!」と乱入してきた駆逐艦雪風に腰の辺りにタックルを受け「うげぇ!!」という叫びと共になっちゃいけない音を鳴らして吹っ飛ばされる

 

その様子を護衛として隠れて監視していた『霧島』が勘違いしてかドスとチャカを抜きながら「おじきのたまぁとらせんぞ!!」と叫びながらすごい速度で走ってそれを止めようと『比叡』がヒエーしたりして、あーもうめちゃくちゃだよ。な状況になった

 

 

■□■□■

 

 

昼食の時間もすぎた、のんびりとした空気が漂う昼下がり

鎮守府にいくつか存在する野外訓練場のすみで、豚がぼうっとベンチに座りながら、暖かい日差しが降り注ぐ晴天の青空下、訓練に励む駆逐艦たちを眺めていた

 

そんな豚に気がついたのか、訓練に励んでいた駆逐艦達がわらわらと集まってくる

一番先頭に居た駆逐艦の艦娘らしき少女が、豚に向かって険しい表情で叫ぶ

 

「このクソ豚提督!!何さっきからチラチラ見てんのよ!!」

 

豚の上にクソまでつけられる提督がいるらしい

豚だった

 

そんな生意気な口の悪さを補って余りあるかわいさの少女

長い髪を片方鈴のついたゴムで束ね、セーラー服を着た小さい体の駆逐艦『曙』である

 

「ぶ、ぶひひ、そ、そうは言いますがなぼのたん。く、訓練に励む、ぶ、部下達を視察するのは、て、提督として約束された権利ですぞぉ?」

「きー!ぼのたんって言うな!それと私らがこの日差しの中、訓練に励んでるっていうのに一人えらそうに座ってるあんたが気に入らない!!」

「ぶひょひょひょひょ。て、提督は実際偉いので、ふひひひひ」

「ねーねー提督、訓練をがんばる私達にご褒美くれてもいいのよ!!」

 

ニョキッとそんな掛け合いをさえぎるように、声をかける駆逐艦の艦娘『雷』

 

「ぶひひ、そ、そうですのぅ。き、きちんと訓練をがんばったら、ま、間宮さんの所で、あ、アイスをご馳走しますぞ」

「本当!?」

「せ、せっしゃ嘘つかないでござる、ぶひゅゆ」

 

その言葉を聞いて目を輝かせて訓練に戻っていく駆逐艦たち

そんな仲間達の様子を見てあわてたように曙が口を開く

 

「ちょっとあんた達!こんな豚の口車に乗せられて・・・・・・」

 

「あらあら、訓練をサボって、さらには提督を豚呼ばわりなんて。ほほぅ・・・・・・なるほど。これは少し、厳しい躾が必要みたいですね」

 

ビクン!!

 

と、曙の体がはねるように震えたのが目に見えてわかった

 

彼女がゆっくりと振り向くと、其処にいたのはこの鎮守府で訓練教官を務める教導艦の艦娘『香取』

長い髪を後ろでアップにして束ね、品のいいめがねをかけたその姿は、彼女が軍服を着ていなければとても「鬼教官」と呼ばれる艦娘には見えないだろう

微笑を浮かべているにもかかわらず、めがねの奥の瞳は、ちいっとも笑ってるようには見えない

 

「く、駆逐艦曙!訓練に戻ります!!」

「はい、では追加で二十周、がんばりましょうね?」

「びえーーーん」

 

無慈悲な訓練追加に泣きながら訓練に戻る曙

その姿を気の毒そうに見つめている豚に香取は声をかける

 

「それで提督、今日はどんな御用でしょうか?」

 

すっと、豚の隣に腰をおろし、優しい口調で問いかける香取

豚に対してどこか、他の艦娘とは違って敬意を抱いている様子の彼女もまた、五十鈴と同じで初期に豚に建造された艦娘の一人だった

 

「ふ、ふひ、れ、隷下の艦娘の訓練を視察するのは、て、提督として・・・・・・」

 

じっと豚を見つめる優しい香取の視線に、心を見透かされたように感じた豚は、途中でいいわけじみた言葉を止め、ぽりぽりと頬を掻く

 

「・・・・・・だ、大本営から、その、しょ、召喚状が届きましてのぅ」

「あの、それは・・・・・・」

「まぁ、な、なんというか、か、彼女達の、あ、後のことをお願いしたく」

 

そういって駆逐艦たちを見つめながら豚が言う

その姿を見て察した香取は何も言わず、その景色を豚と一緒に眺める

やがてその様子を見つめていた香取が、ポツリと口を開いた

 

「私ね、今とても幸せなんですよ。こうやってあの子達に訓練をつける仕事ができて。あの頃は教導の仕事よりも実験や調査ばかりでしたから」

 

艦娘という存在について、何もわからなかった時代

豚と共にさまざまな実験と調査を行っていたのが香取である

その中にはとても世間に公表できないような事も数多くあった

 

「私はやっと、やっとこうやって、幸せな時をかみ締められるようになったのに。提督はまたつらい場所に行かれるんですね」

 

香取は目を閉じてうなだれ、懺悔する様にこぼす

しばらく、お互い何も言わない時間が過ぎた後、薄く目を開けた香取がポツリとこぼした

 

「・・・・・・あの場所は、どうされますか?」

「せ、セメントで入り口を塗り固めて、置いたから、と、当分見つからない。み、見つかるほど時間が、た、たった頃には、じゅ、重要な事でもなくなってる、かと」

「・・・・・・戻ってくるとは、言われないのですね」

「・・・・・・ふひ、ひひひ、さ、先のことなど、だ、誰にもわかりませんぞ」

 

片目を閉じて人差し指を上げるという、豚に似合わないチャーミングなしぐさにポカンと香取が驚いた表情を浮かべる

そして香取はさっきまでの暗い表情が嘘のような微笑を浮かべた

 

「・・・・・・クス・・・あきれた、よくもそんな事をぬけぬけとおっしゃいますね」

 

その香取の言葉に、豚はウッシッシと実にらしい笑みを浮かべる

そんな豚を見てふぅとため息を一つ漏らした香取は空を見上げた

つられて豚も空を見上げる

 

「い、いい天気ですのぅ」

「ええ、とても・・・・・・」

 

穏やかな昼下がり、訓練場を走り回りる駆逐艦たちを見つめる二人のそばを、そっと風が吹き抜けてゆく

 

 

大本営からの迎えの車が来たのは、その次の日だった

 

 

 




この話を書いていて自分が
『誰かと並んで静かに座っているだけ』
という風景が好きだと知りました

あと香取もヒロインじゃないです


Q、あの場所って?
A、ホルマリン漬けとかありそうな部屋


あと大湊の烏丸提督のアロハと麦藁帽子は変装のための服だった
実際は白い髪の毛ふさふさの力強い顔つきと顔をしている
決して亀仙人の姿を想像してはいけない



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■多分使われる事のない設定01

提督は艦種適性値というものがあり、その適性値が高いほど指揮下の艦娘の能力補正や特殊技能が発動する

・海軍元帥 -オール8
・舞鶴提督 -空母と重巡が10 他5
・呉提督  -軽巡と駆逐が10 他7
・佐世保提督-駆逐と軽巡と重巡が7 戦艦10 他4
・大湊提督 -戦艦と軽巡が10 他5
・豚    -潜水艦100 他2
・一般的提督-オール3くらいあれば極めて優秀

※おかしい数字がありますが、誤記入ではありません
  

■多分使われる事のない設定02

艦娘の活動範囲

鎮守府とのリンクがある場合は鎮守府の周囲三十キロ程度
提督とのリンクがある場合は提督の周囲数百キロになる(提督により距離が異なる)
出撃する艦娘は提督とリンクを結び、鎮守府の防衛などや修理の艦娘は鎮守府とリンクを結ぶ

鎮守府とのリンクは鎮守府への敵意が無ければ艦娘側の意思のみで結ぶ事が出来る
提督とのリンクは双方の意思があれば感覚で結ぶ事が出来るが、結ぶ事のできるリンクの数は提督によって大きく異なる

リンクを結んでいない艦娘は徐々に弱体化していき、最終的には練度01以下の状態になる
 
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