魔法少女ユエ~異世界探険記~   作:遁甲法

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 またしても目標を達成出来なかった。無念。

いつもiPadのメモ帳アプリで書いているんですが、2時間かけて書いてた奴がまるまる消えてしまって、それを書き直すのに時間がかかり、こんなに遅くなった次第です。もっとこまめにセーブしておけばよかった………;;

と、とりあえず第11話れっつごーです


ゼロの旅11

 やはり初めて剣を持つんですから、使いやすいものがいいですね。

と、いうわけでルイズの剣は少し短めのレイピアにしましょう。

 

 わりと軽めですし、杖を左手に、剣を右手にと持てますし、腰に吊るしていても抜きやすい。目的には十分通用するです。

 

 「どうです?これなら充分実戦にも耐えられるですよ」

 

 「綺麗な外見は気に入ったけど………やっぱり重いわね」

 

 今まで運動もそこそこ、鍛えるなんてもっての外な所謂箱入り娘であったルイズには、金属の塊である剣はどうしても重すぎる代物のようです。私も前はそんなに鍛えてなかったですが、それでも部活のお陰でそこそこ重いものを持てたので、その感覚で選んでしまったです。これは、もう一度考えて直す必要があるですね。

 

 「これでは重すぎるですか。ではこちらはどうです?」

 

 もっと軽そうなショートソードを渡します。感じとしては、少し長めのナイフといった所ですか。握りの部分が、ナイフより長くて剣として振りやすくなってます。

 

 「あら、本気で剣を買うつもりなの?ルイズ」

 

 剣を渡した所でキュルケが声をかけて来ました。何だか微妙に顔色が悪いです。

 

 「やっと起きたのね、キュルケ」

 

 「えぇ、酷い目に会ったわ。まだちょっと気持ち悪いし」

 

 胸焼けでもしたですかね?後で気分のスッキリするジュースをあげましょう。

 

 「それで?本気で買う気なの?あなたじゃ、ナイフだって微妙だと思うけど」

 

 「むっ!私だってこれ位持てるわよ!ほらっ!」

 

 そう言って持ってた剣を振って見せるルイズ。型などがある訳もなくただ勢い良く振り回しているだけですが、それなりに振れるようですね。

 

 「あっ」

 「「「うっひゃぁっ!!」」」

 

 ブンブン振っていたと思ったら、いきなり手を滑らせて剣を放り投げたです。ルイズの手から飛び出した剣はそのまま私達を掠めて棚のそばに立っていたタバサの方へと飛んでいき、彼女の頭の横に音を立てて突き刺さりました。

 タバサは軽く首を傾け剣を避けた状態のまま、ちらりと他人事のように剣を見て、

 

 「危険」

 

 多分、店の中で振り回すのは危険だと言いたいのでしょうが、こちらとしては貴方の今の状況の方がよっぽど危険です。あの一瞬で剣の軌道を見切り、首を曲げるだけで避けて見せたその度胸や観察眼は凄いですが。

 

 「た、タバサ大丈夫!?ちょっとルイズ!危ないじゃない!!」

 

 「わ、わざとじゃないわよ!タバサ、ごめんねっ?怪我してない?」

 

 「大丈夫」

 

 「こえー……心臓が止まるかと思ったぜ」

 

 私もです。

突然すぎて反応できませんでしたが、もしあれで当たっていたらと思うと、冷や汗が止まりません。まぁ、今のタバサを見ていると、仮に当たる軌道だったとしてもどうにかしてたかもしれないですが、どちらにしても心臓に悪い事には変わりがないです。

 

 「ルイズは、剣なんて持っちゃダメだと思うわ」

 

 タバサを抱き寄せ頭を撫でてたキュルケが、しみじみとそう言ったです。気持ちはよく分かるですが、なんでも初めは上手くいかないものです。最初の一回で、しかも試しに持ってみただけなのに判断するのは、ちょっと早計です。

 

 「私もそう思うわ……」

 

 しかし、ルイズも今の失敗で完全に心が折れてしまってるです。まぁ、さすがに仕方ないとは思うですが。私は突き刺さった剣を回収しルイズの元に戻りました。

 

 「まぁ、最初は誰でも失敗するものです。そう気を落とさなくてもいいですよ」

 

 回収した剣を鞘に戻しながらルイズにそう声をかけますが、やはりすぐに立ち直りはしないようです。まぁ、仕方ありません。友人の頭を割りかけた訳ですし、麻帆良の皆みたいに笑って流すのは無理ですね。

 

 「でも……」

 

 先ほどの事で持つ事自体に萎縮してしまったようです。何か起こった時の為に魔法以外での戦闘手段を持っておくべきなのですが。困りましたね。

 

 「そういえば、何でルイズの分の剣まで買う事になったんだ?」

 

 才人さんが今更な事を聞いてきます。さっき説明してた時、すぐそばに居たはずなのに聞いてなかったですか?

 

 「……あんた聞いてなかったの?私が杖を取られても対抗出来るように、何か武器を持とうって、さっき話してたでしょ?」

 

 「あ〜、さっきはデルフを慰めるのに必死で聞いてなかったんだ」

 

 慰める、ですか?剣を……?

 

 「あの、なんでそんな事を?」

 

 「さっき夕映に買い叩かれたのが相当ショックだったみたいでな」

 

 良い物を安く手に入れようとした結果なのですが、何が気に入らないんですか。

200を30に出来たのは我ながら上出来だと思うです。魔法吸収機能のある魔法剣がこの値段で手に入ったのは幸運でした。店主が仕入れを失敗してなかったらあの値切りは成功しなかったですからね。

 

 「剣なのに落ち込むって、変な剣ね」

 

 「まったくです」

 

 どうして武器に意思を持たせたのかは分かりませんが、値切られて落ち込む為の機能ではないでしょう。もしそうだったら、作った人の正気を疑うですよ。

 

 「そっちは置いといて、ルイズは杖が無ければ脅威に対抗する術がないので、とりあえず剣でも。と思って選んでたですよ」

 

 「ふ〜ん……杖を何本も持つとかじゃ、ダメなのか?」

 

 才人さんが尤もな事を聞きます。確かにそれも考えたですが、呪文を唱える余裕がないとか、そもそも魔法が使えない状況の時などに対応出来るようにという理由なので杖を複数持つと言うのは、今回の目的とは合致しないです。

 

 「ダメに決まってるじゃない。いい?杖は貴族の誇りなの。身分を示す物でもあるわ。だから、何本も持つなんて事は、どんな貴族でも絶対にしないの。それはつまり身分を偽る気ですって言ってるような物だから」

 

 なるほど、身分証の役目もあったですか。私達とはやはり魔法使いとしての役割と言うか、考え方が違うですね。私達にとって杖とは魔法を使う為の道具としてしか意味を持ちません。状況によって、杖だったり指輪だったりと持ち替えるですし、場合によっては買い替える事も良くする物です。

 しかしルイズ達にとっては唯一の物で、おいそれと変えたり増やしたり出来る物ではないようです。

 

 「めんどくせぇんだな、貴族って。まぁ、何本も持てないから剣をってのは分かったけど、ルイズに持てるのか?箸より重いものは持った事がないって言いたげな腕してるけど」

 

 「見ての通り、支え切れずに放り投げてしまったです。これは持てるくらいに鍛えるか、もっと軽い物にするかしないといけませんね」

 

 鍛えるのも一朝一夕で出来る物ではないですし、余り軽い物では効果がない気がします。

 

 「箸が何かは分からないけど、バカにされてるのは分かったわ」

 

 ルイズがこめかみをピクピクさせながら才人さんににじり寄って行くです。バカにした訳ではないですが、日本以外では微妙に通じない表現なのでしょう。どっから出したのか、乗馬用の鞭でペシペシ才人さんを叩いてるルイズにどう説明すればいいのか。

 

 「ちょ!痛っ!バカにした訳じゃないって!いいとこのお嬢様の事を言う時の表現で、イタっ!ゆ、夕映!説明してやってくれ!」

 

 狭い店内を鞭片手に走り回るルイズを見ていると、体力は充分あるようですね。無いのは剣を振れるだけの腕力ですか。つまり、腕力に頼らない方法を取る必要があるのですね。ふぅむ……

 

 「夕映ーっ!ヘルプーーッ!」

 

 「待ちなさいサイト!ご主人様をバカにするなんて、許されると思ってるの!?」

 

 「だからバカになんてしてなっ!いたっ!ごめんゆるして!」

 

 いつの間にか馬乗りになって、ペシペシやってます。腕力うんぬんは身体強化が使えれば全て解決なのですが、彼女は私達の魔法を覚える訳にはいかないと言うですし、うーむ、どうしたものか。

 

 「ルイズ、昼間っから殿方に馬乗りになるのは、ちょっとはしたないと思うわ」

 

 「何よ、キュルケ。邪魔しないで」

 

 「余りダーリンを虐めないで欲しいのよねぇ。あと、今の自分の格好を良く見なさいな。公衆の面前でしていい格好じゃないわよ?

 まぁ、私はダーリンが見られる方がいいって言うなら、恥ずかしくても我慢するんだけどっ」

 

 両手で頬を押さえて何やら口走るキュルケ。見ればルイズは才人さんを叩く事に夢中だったせいか、スカートがめくれ上がり下着が見えてしまっていますし、上着も着崩れてます。確かに人前でしていい格好じゃないですね。

 

 「んー?あ………なななっ!何してんのよっ!?」

 ドガッ!

 「ぷるりゅむっ!」

 

 自分の格好を自覚して恥ずかしさのあまりか、思いっきり才人さんを蹴り飛ばしたです。才人さんはそのまま店舗の端まで、なかなか愉快な悲鳴を上げながら転がって行きました。

 

 「ルイズ、今のは流石に理不尽だと思うわ」

 

 「叩かれてただけですしね」

 

 「う、うるさいわねっ!いいのよサイトだし!」

 

 棚の影に隠れて服を直しているルイズが、妙な理由で怒鳴り返します。

 

 「もしや、才人さんは殴られるのが好きな人なのですか?それだったら仕方ないですね」

 

 「え!?そうなのダーリン!?わ、私、上手く叩けるかしら!?」

 

 「ちげーよっ!!」

 

 その割には無抵抗でしたが。

ルイズが女の子なので手を出さないようにしてるのでしょうか?それだったら納得です。理不尽に殴られても手を出さないとはいい所もあるですね。

 

 「ふぅ。これで直ったわね。まったく、サイトのせいで酷い目にあったわ」

 

 「いや、主に自業自得だろ」

 

 どうも私には、このやり取りを二人が楽しんでいるように見えて仕方が無いです。きゃんきゃんと言い合いを続ける二人を見ていると、わざとやってるように見えるから不思議ですね。ある意味息があっていると言えるです。

 

 ルイズ達のじゃれ合いを見ていてら、タバサが寄ってきて店の一角を指差します。そこは短剣などが置かれているスペースで、刃渡り30センチ以下の物が沢山並んでいます。

 

 「あれなら大丈夫」

 

 つまりタバサは、重たい長剣などを諦めて軽い短剣などにするべきと言いたいのですね。確かに今のルイズでは、持てるようになるだけで2、3ヶ月はかかりそうですし、それではモチベーションも保てませんね。

 

 ルイズ達は三人でワイワイじゃれ合いを続けているので、タバサと二人で短剣コーナーに向かいます。そこには手の平サイズの小さなナイフや、長めですが形が珍妙な短剣などがありました。両刃片刃、針のように尖っているものといろいろな種類があるです。これならルイズでも持つ事が出来るでしょう。少しばかりリーチに不安があるですが、投げる事も視野に入れて数本持てばいいでしょう。

 

 「しかし、どれが一番使いやすいですかね?」

 

 私が使う武器はだいたいアリアドネーの支給品ですし、ナイフなどは儀式用の物しか持ってないので、ナイフや短剣を主武器とする為の選び方など分かりません。このサイズを使う楓さんの装備を参考に選ぶしかないですか。

 

 「お嬢様、ご案内しやしょうか?」

 

 難しい顔をしてたのか、店主が寄ってきて短剣の説明をして行きます。突き刺すのを目的にする物と、切る事を目的にする物では手入れの方法から使用法までかなり違ってくるようで、目的に応じていろいろな種類を持つのがいいそうです。どんな物を持つのかはルイズに決めて貰うとして、もう少し棚に飾られている短剣を見ていきましょう。

 

 店主の説明を聴きながら短剣を眺めていると、じゃれ合いを終えたルイズ達がやって来ました。

 

 「これって、ナイフ?ルイズはこれも怪しい気がするわ」

 

 「む!流石にこれ位なら持てるわよ」

 

 「また投げないでくれよ…?」

 

 いくら鍛えた事のないルイズでも、包丁程度の大きさしかない短剣が持てないと言う事はないでしょう。

 

 「これなんか、一番使われているタイプの物になりやす。両刃で肉厚、柄も握りやすいように加工してあるんで、すっぽ抜けることはないはずです、へぇ」

 

 さっきのを見てたからですかね、ちゃんと握っていられる物を勧めてきました。持ってきた短剣は、握りの中央が太くなっていて、握った時の手の形が自然な感じになるので力が入れやすくなってます。刃も頑丈そうですし、突く切る両方に使えそうです。

 

 「はぁ〜〜、なんか短剣って感じだな。イメージ通りの」

 

 漫画なんかに出てくる短剣は、だいたいこんな感じですしね。一番有名なタイプと言ってもいいでしょう。

 

 「どうですルイズ?」

 

 「うーん、確かに持ちやすいわ。けど、ちょっと地味じゃない?」

 

 「いや、ルイズ。武器に華やかさを求めてどうするのよ……」

 

 軽く振って使い易さを見ているルイズですが、少し見た目が気に入らないようです。自分で使う物ですから、一番気に入った物を選ぶのがベストですね。ちょっとでも気に入らない物だと扱いも雑になるですし、何より信頼しきれないので、戦闘時に命を預ける事が出来なくなります。どんな道具でも気に入ればその扱いも丁寧になるですし、使いこなしたいと言う気持ちも強くなるです。そうして訓練すれば、いざという時はその武器に全てを預ける事が出来る訳です。

 

 「ルイズルイズ、これなんかどうだー?」

 

 ウロウロしてた才人さんが何かを持って来ました。見れば何やらやたらと突起のついたナイフのような物を持ってます。握る所以外から、四方八方に切先が飛び出ていて、どこをどう使えばいいか分からないです。

 

 「なによそれ、絶対使いづらいわよ」

 

 「そうかー?恰好いいけどなぁ」

 

 「コレクションを探してる訳じゃないのよ?使える物を持ってきなさいよ」

 

 ちぇー、と言いながら戻しに行く才人さんですが、こればっかりはルイズの言う通りです。初めて持つのもがあんな複雑な短剣では、まず間違いなく自分を傷つけるですよ。シンプルイズベストとは良く言った物です。

 

 しかし、こうして見ていくと短剣だけでも選ぶのが大変ですね。種類的にはそこまで多くないですが、使い易く、ルイズの好みに合う物を見つけるのは難しいです。

 

 「んー?これも武器なの……?」

 

 短剣コーナーの一番端まで来たら、そこにはルイズが才人さんを折檻する時に使っていた乗馬用の鞭が置いてありました。長さや先端の大きさは違うですが、確かに乗馬用の鞭、馬上鞭と呼ばれる物が並んでました。

 

 「それも一応武器になりまさぁ。先端に棘を付けていたり、金属の部品を多用して威力を上げてあります。まぁ、これで叩かれたら肉が一瞬で抉り取られまさぁな」

 

 先端の四角くなっている部分に、五寸釘の先ぐらいの太さの棘がついていたり、鉄板と言ってもいいような物がついていたりと、もう確かに武器と言える程です。

 

 「うあぁ……ルイズ、これで俺を叩かないでくれよ。これでやられたら一発で死んじまうぞ」

 

 「さすがにこんなので叩かないわよ。あんたには、これで充分なんだから」

 

 そう言って、さっきも使っていたルイズ愛用の馬上鞭を取り出して見せます。良く使い込まれて、革も滑らかで艶やかな色合いをしています。まさか才人さんを叩く事だけで、これだけ使い込んだ訳ではないですよね?

 

 「奥様、鞭がお気に召したんで?」

 

 傍に避けていた店主が揉み手をしながら戻って来て鞭の説明を始めます。

 

 「この辺りは酒場で知り合った女からどうしてもと言われて仕入れたんですが、武器屋に来る連中は見向きもしませんで売れ残っとるんでさぁ」

 

 「その女は何でまたこんなの売りにきたのかしら?」

 

 キュルケも鞭を一つ手にとって眺めながらそんな疑問を口にします。

確かに武器屋に売る物じゃないですね。いくら武器として使えるような改造がされていてもです。

 

 「へぇ。あっしも不思議に思って聞いてみたんですがね、なんでも趣味で鞭を作ってるそうでして。しかし、材料の革は森で採れるけども金属部品は木になってる訳ではないんで、それを買う資金にするため泣く泣く売りに出す事にしたんだそうで、へぇ」

 

 「変な趣味ね。確かに馬上鞭にこんなの付けてたら馬具屋じゃ引き取ってくれないわよね」

 

 馬に使ったらすぐ死んでしまうです。一撃するだけで馬のお尻が無くなってしまいますからね。

 

 「へぇ。なんでも鞭の出す音が好きなんだそうで。普通の鞭は馬具屋に引き取って貰ったらしいんですが、こっちは見向きもされなかったそうで全然金にならなかったと言って落ち込んでましてね、なかなかの美人だったもんで、つい全部買うと言ってしまいまして。おかげで武器みたいな鞭が店の一角に並ぶ事になったしだいでさぁ」

 

 いやぁまいった。なんて言いたげな表情で頭を掻く店主ですが、もしやこの店主、商才がないんじゃないですか?飾りの剣を仕入れてみたり、売り込みに来た人が美人だったからって自分の店に合わない物を仕入れてしまうなど、余り責任者のする事じゃないです。この商売が趣味だったりするならば、まだ分かりますが。

 

 「……今までで、これ一つでも売れたの?」

 

 「一月程前に一番普通のでしたが、一つ売れまして。その後は見向きもされませんで、へぇ」

 

 「まぁ、そうよね。これ使うくらいなら剣使うものね」

 

 ですよね。でも、斬られるよりはダメージ大きそうですし、案外使えるのでは?何より剣程重くないのがいいです。剣を何本も待つ事が出来ない人が、保険として持てる程度の重さです。剣を持てないルイズにはいいかもしれません。鞭を使い慣れてるようですし。

 

 「でも軽いですよルイズ?」

 

 「まぁ、軽くて持ちやすいけど………なんか下品よ?このトゲトゲとか」

 

 なんか豚肉を叩くハンマーみたいですしね。持ち歩くのはちょっと遠慮したい見た目です。威圧感は半端ないですが。

 

 「皆そう言って買ってくれませんでさ。これを腰に下げるなら、木の棒下げてるほうがまだマシだと」

 

 「木の棒よりは使える気もするですが。確かにこれを持ってると趣味を疑われる気がするです」

 

 一般の物より禍々しいこの鞭達は、戦場で見たならばその姿のおかげで敵が逃げて行くでしょう。その位見た目が怖いです。

 

 「そうだ、奥様。実はその女から引き取った物がもう一つありまして。ご覧になりますか?ここの物よりは見た目もいいですし、武器として使えそうな代物でして」

 

 そう言って店の奥に引っ込んで行く店主。まだ見るとも言ってないですが、どうもこのまま押せば何か買うかもと思われたようです。でも、武器を買うつもりではあるですが、この手の鞭を買うつもりはないです。これを買うなら、ルイズ愛用の馬上鞭を常に持たせるほうが何倍もいいです。見た目的にも。

 

 「何持ってくる気かしら?これ以上禍々しいのだったら、ナイフとかでいいからさっさと買って帰りましょう?」

 

 「いや、買わなきゃいいじゃねーか」

 

 「そうね、流石にそろそろ出なきゃ帰るのが遅くなるわ」

 

 電車もバスもなく、馬だけが移動手段ですからね。片道三時間とかかかるようですし、確かにそろそろ帰らないと学院に着くのが夜になってしまうです。馬をどうにか出来るならば、私が箒に乗せて行けばいいのですが。

 

 「奥様方、これでございます。これも鞭の一つですが、乗馬用ではなく、しっかりとした武器として作ったと言っとりました。元の用途は家畜を追い立てるのに使われてた物だそうですが、そこから改造して武器になるようにしたらしく、上手く使えるようになれば、剣にだって負けない………と、女はいっとりました」

 

 店主は半信半疑みたいです。

そうとうその女性に入れ込んでたんですね。確信も無しにこれだけ仕入れてしまうくらいですし、かなり美人だったんでしょう。この店主、そのうち女性で失敗しそうです。主に貢いだりする方向で。

 

 「これはなんとミノタウロスの革を使って作られた物だそうで、細く切った革を編み込んで一本の紐のようにして作ってありやす。確か……ブルウィップとか言ってやしたっけ。ミノタウロスの革で出来てますんで、下手な剣では斬る事も出来ず逆に折られるほどだとか」

 

 店主がそう言いながら箱から取り出したのは、革で作られた蛇のような物でした。持つ場所らしき2,30センチくらいの真っ直ぐな部分から、2メートル程の長さの紐部分が伸びていて、先の部分には幅1,2センチの革紐が付いてます。更にそこから細い、ワイヤーのようなものが20センチほど伸びてます。その姿は鞭と言われてイメージされるそのままの形です。

 

 「この握り部分がハンドル、そこから徐々に細くなっていく紐部分がトング、そこから伸びている革紐の部分がフォール、そしてこの一番先の金属紐部分がクラッカーと言うそうです。確か」

 

 「なんで自信なさげなのよ」

 

 ルイズの疑問も最もです。商品の紹介が曖昧とか店の店主としては失格な気がするです。

 

 「へぇ、1,2回ほどしか説明を聞いてなかったんで、へぇ。一応間違えてないと思いますが」

 

 その回数ならむしろいい方でした。良く覚えてましたね、1,2回で。その鞭をルイズに差し出しながら更に説明を続けて行く店主。持ち方や振り方などを丁寧に話していくです。

 

 「なぁ、夕映。あれってサーカスとかで猛獣使いがペシーンってやってる奴だよな?あと女王様とか」

 

 「多分才人さんの思い描いている物で間違いないと思うですよ」

 

 「あれって武器だったんだな。サーカスの演出用だと思ってた。あと女王様とかの威厳と言うか、威張り用」

 

 「何でそんなに女王様を推すですか。才人さん、やっぱりそっちの趣味があるんですね。あれでルイズに叩いて貰いますか?」

 

 「そんな趣味ないよ!変な事言わないでくれ!」

 

 でも、女王様を推し過ぎです。もしかして心の奥ではそれを望んでいるのでは?いつものイタズラも、ルイズに叩かれる為にやっているとしたら辻褄が合うです。本人は違うと言ってますが、それは隠したいのか、それとも自分で気付いていないのかで、今後の付き合い方を変えなければいけません。下手にツッコミなどで手を出して、ハマられたら困りますからね。

 

 「………今、変な事考えてただろ?」

 

 「何の事です?」

 

 ジト目で見てくる才人さんに、しらっと返しルイズの方に向き直ります。さっきの説明ではハンドルと言ったですか、そこを持って軽く振っているルイズですが、失敗して自分を叩かないか心配です。

 

 「夕映、これ凄いわ。ただ紐を振り回してる訳じゃなくて、ちゃんと自分の思い通りに動かせるわ」

 

 この狭い店内であれだけ長い物を振り回してるのに、まったく余計な所に当たりません。ヒュンヒュンと音を立てながら空気を切り裂いて行く鞭を操るルイズは、まるで欲しかったオモチャを買ってもらえた子供のように目を輝かせています。もしや、気に入ったですか?改造されているとはいえ、元は家畜を追い立てる為の道具で、武器ではないのですよ?確かに気に入った物ならば……等と言いましたが、そんな色物でいいんですか?

 

 「ルイズ、それにする気なの?」

 

 「私、これ気に入ったわ。見なさいよ、こんなに思い通りに動くのよ?なんか、凄く楽しいわ!」

 

 ヒュンヒュンと言っていた物が更に鋭くなっていき、ギリギリ肉眼で見えると言う程の速さで鞭が飛び回ってます。何か表現がおかしいですが、実際見ているとそう見えるから不思議です。

 

 「うふふふふ。こんな狭い所でも、存分に振れるし、結構射程も長い。先端の方は物凄く速い!これで相手の杖を叩き落とすなんて事も出来るかも!」

 

 ルイズは振るのを止めて、両手で持った鞭をビッビッと引っ張りながらとても楽しそうな笑顔を見せます。鞭を持ってニッコリ笑う美人は得体のしれない迫力があるです。

 

 「ルイズがヤバイ顔してる」

 

 「まさか、目覚めたですか?」

 

 もしそうなら友人として、どうにか一般人の位置まで戻して上げないといけないです。せっかくの友人が、道を踏み外すのを黙って見てる訳にはいきません。

 まぁ、ルイズが望むなら否定はしませんが。でも、出来ればそっちの道には行って欲しくないです。

 

 「ユエ!私、これにするわ!使ってて楽しいし、多分他に使ってる人が居ないだろうってのがいいわ!」

 

 胸の辺りに抱き寄せ満面の笑みで、この鞭に決めたと言うルイズ。持ってるのが鞭じゃなかったらとても可愛らしい仕草なんですが、持ってる物だけでこうも恐ろしいプレッシャーを感じさせるとは………

 

 「る、ルイズが気に入ったのならそれでいいですよ」

 

 「やった。ご主人、これはおいくら?」

 

 ルイズのような美人の全力の笑顔に、良い歳したおじさんが顔を赤らめているです。笑顔だけなら、その反応も仕方ないでしょうが、持ってる物が凄まじい違和感を感じさせます。

 

 「へぇ。250で構いやせん。どうせ、他では売れねぇんで、へぇ」

 

 「良かった、ちょうどあるわね。じゃあ、これで」

 

 「ちょ、待つですルイズ!250は高すぎるです。もう少し安くなるよう交渉すべきです!」

 

 あれが剣より高いのはどう考えてもおかしいです。確かに材料が普通じゃないので、それなりに高くなるでしょうが、それでも剣より高くなるとは考えにくいです。せめてあと100は落とさないと……

 

 「いいの。私は貴族なのよ?確かに安く買えればお得だけど、貴族が値切り倒してばかりなんてみっともないわ。もうサイトの剣をこれでもかってくらい安くしちゃったし、こっちは言い値で買う事にするわ。材料的にはむしろ安いくらいだし」

 

 庶民の私からすると安く出来るものは安くしたい所ですが、貴族としてのプライドなのでしょうか。まぁ、お金持ちが値切ってる所はなかなか見ないですし、そういう物なのでしょう。

 

 「ありがとうごぜぇます奥様。そうだ、手入れ用の道具をサービスいたしやす。使った後はこの脂を塗り込んで乾いた布で拭いてくだせぃ」

 

 「手入れ方法は普通の革製品と変わらないのね」

 

 「へぇ。この脂もミノタウロスから取ったもんですので、しっかり馴染みまさぁ」

 

 「あれが250………俺様30……」

 「あぁ!またっ!?」

 

 ポンとお金を払ったルイズに感激したのか、手入れ用の脂や、メンテナンスのやり方を上機嫌で説明していく店主。ふむ、なんでも値切れば良いと言うものではないのですね。正直値切り方はコレットの受け売りでしたし、私自身も安くなればそれでいいと思ってたですから余り深く考えてなかったですが、人間関係を円滑にする為にあえて相手の言い分を聴く事も大事なのですね。自分の事ばかりではなく、時には相手を優先する事で利益を得る場合もあると。情けは人の為ならずと言う奴ですか。この考えをさっと出来る辺り、ルイズも人の上に立つ立場の人間なのだと思わされるですね。

 

 「あと、これが腰に下げる為のベルトでさぁ。締め方で、腰の横に固定する事も、太腿辺りに固定する事もできやす。オススメは太腿に固定する方法ですな」

 

 「なんで?」

 

 「手を下ろして見てくだせぇ。ちょうど太腿辺りに手がきやすでしょう?伸びた状態で持つ事が出来るんで、引き抜くのも簡単で、速く出来るんでさぁ」

 

 西部劇のガンマンが、銃を着けるやり方と同じですね。腰辺りだと、曲げた腕を更に曲げないと抜けないので、遅くなるし、ホルスターに引っ掛かったりするらしいですから。前に祐奈さんが、龍宮さんに銃のレッスンをして貰っていた時にそんな話をしていたのを思い出したです。

 

 「なるほどねぇ」

 

 ルイズはスカートを軽く上げてささっとホルスターを太腿に巻きつけていくです。彼女の細い足に巻きつけられたホルスターに買ったばかりの鞭を取り付け、スカートの中に仕舞います。つけた後、スカートを捲って位置を確認したり、鞭に手を掛けて抜き易いかを確かめたりしていますが、そのせいでさっきから下着が見えまくってます。その事に気付いていないのかまったく気にしてません。ちょっと無防備すぎる気がするです。

 

 「うん、いい買い物させてもらったわ。この脂が無くなる頃にまた来るから、仕入れといてね?」

 

 「へぇ。お待ちしておりやす」

 

 そう挨拶してルイズは店の出口に向かいます。余程気に入ったのか、ルンルンと上機嫌に鼻歌を歌う彼女を呆れながらも面白そうに見ながらキュルケ達も付いて行きます。

 私もそれに続こうとしたですが、あの剣の事を思い出して足を止めました。

 

 「ルイズ、私は少し店主に話があるので先に行ってて下さい」

 

 「ん?ユエも何か買うの?」

 

 「いえ、あの装飾剣の事を話さないといけないので」

 

 あぁ、という感じでルイズが頷きますが、店主は今思い出したみたいなリアクションしたです。このまま忘れて帰っても良かったかもしれないですね。

 

 「じゃあ、私達も待ってるわよ。サイトの剣の代金みたいなものなんだし」

 

 「でも、時間が掛かるですよ?」

 

 いろいろ説明しなければいけないですし、多分1時間くらい掛かるでしょう。

 

 「いいのよ。支払いを人任せにして自分は帰るなんて出来ないわ」

 

 憮然とした表情でそう言うルイズ。まぁ、そうまで言うなら余り強く帰れとは言えないですね。

 

 「では、早目に終わらせるので、待ってて下さいね?」

 

 「えぇ、分かったわ」

 

 「キュルケにケーキを奢って貰うから、ゆっくりでいい」

 「えぇ!?何でそうなるの!?」

 

 タバサがいきなり奢り宣言をするので、キュルケが大いに驚いてます。

 

 「この間の決闘の賭けに負けた分」

 

 そうでした。あの賭けに負けたら甘い物を奢ってくれると言ってたですね。せっかくですし、ここで取り立てておきましょう。次、いつ来るか分かりませんし。

 

 「あれって、ユエが手を出したから無効じゃないの!?」

 

 「ユエはルイズを守っただけ。だから有効」

 

 ショックを受けたような顔でタバサを見つめるキュルケ。少し気の毒ではありますが、負けは負けです。勝負の世界は非情なのですよ、キュルケ。

 

 「では、店主さん、駆け足で説明するですよ?」

 

 「へぃ、お嬢様。では、奥へどうぞ」

 

 「ちょっと、決闘の賭けってどういう事よ?」

 

 「ユエ、大通りを宮殿の方に行くと噴水があるから、その傍にあるお店で待ってるわ」

 

 ルイズの質問を無視しながら、仕方なさそうな顔でキュルケがそう言って、タバサの手を引きながら出て行きました。その潔さに感心しながら店主と共に奥へと進みます。

 さぁ、ケーキの為に急いで説明するです。

簡単にこの店の客層や貴族の嗜好を聞いたのち、30分掛けて説明していきました。少し駆け足すぎたかもしれませんが、充分理解したみたいですし、大丈夫でしょう。

 

 私は大きく頭を下げて感謝している店主を残して、キュルケ達が待っているというお店に急ぎました。

 

 

 

 

 「このままだと確実に夕食には間に合わないわね」

 

 空を見上げて太陽の位置を確認したルイズがそう呟いたです。

この街は学院から馬で3時間ほど掛かる距離にあるので、帰り着く頃には確実に暗くなっているでしょう。

 

 「ルイズ達は馬で来たんだったわね。それで、ユエは?ユエも馬で来たの?」

 

 「いいえ。私は普通に飛んできたです」

 

 「あの距離を飛んで来たの!?そんな疲れる事をよくやるわね」

 

 ここの魔法には、フライと言う浮遊術はあるですが、箒で飛ぶと言う魔法がないらしくかなり驚かれています。浮遊術的に飛ぶより、箒で飛ぶ方が簡単なはずなのですが、時々チグハグですよね、ここの魔法は。

 

 「箒で来たのでそんなに大変では無かったですよ」

 

 「ほ、箒で?」

 

 「おぉ、さすが魔法使い。今度俺も乗せてくれよ」

 

 私達の世界では、魔法使いは箒で飛ぶものと言う認識があるので、才人さんはすぐに理解しました。しかし、ルイズ達には箒とは使用人が掃除に使う道具と言うだけで、それで飛ぶと言う発想は出て来ないようです。

 

 「また東方の魔法ね?気をつけなさいって言ってるのに」

 

 「見つからないように高い所を飛んで来たですし、認識阻害の魔法を掛けていたですから、大丈夫ですよ」

 

 「認識阻害?なにそれ?」

 

 「人が見ても、それを何でもない事のように感じさせる魔法です。おかしな事が起きていてもそれが普通だと思わせる事が出来るです」

 

 認識阻害の魔法が使われると、千雨さんのような体質でもないとまったく気付けないので、一般人にはまず分かりません。しかもこの魔法は、これまで魔法を隠す為に常に進化させて来た物なので、そういう物があると知った上で見ようとしないと見ることが出来ないのです。いえ、見ても気づかない、ですね。私の魔法を隠さないといけない今、日本にいる時より重宝します。

 

 まさか、魔法のある世界でこの魔法を使う事になるとは思いませんでした。

 

 「さすが、便利ね」

 

 何か呆れてます。

 

 「じゃあ、早く帰るとするわ。夕食を食べそこなうのは困るし」

 

 ルイズが残っていたケーキを口に放り込みそう言って立ち上がりました。電車やバスがないとこう言う所が不便ですね。馬は生き物ですから、ずっと走らせる事が出来ないので、時折休ませないといけませんから、どうしても時間がかかるです。

 

 「シルフィードに乗せてあげる」

 

 もくもくとケーキを食べていたタバサがボソっと提案します。シルフィードと言うのは、彼女の使い魔、あの青い鱗のドラゴンの事だそうで、かなりの速さで飛ぶことが出来るそうです。風の精霊の名前をつけるとは、なかなか豪気ですね。

 

 「いいの?」

 

 残ったケーキを一気に頬張りながらタバサは頷きます。馬よりは断然速いでしょうし、暗くなる前に充分帰る事が出来るでしょう。

 

 「ありがとう、タバサ」

 

 「構わない」

 

 微笑ましいその光景をキュルケがニヤニヤしながら見てます。今まで孤立していたルイズが、顔を赤くしながらお礼を言ってる所が楽しいようです。

 

 「趣味悪いですよ、キュルケ」

 

 「いいのよ。ヴァリエールをからかうのが、私の趣味なんだから」

 

 ほんとに悪い趣味でした。ルイズも災難ですね。

 

 「ドラゴンに乗れる………異世界に来てよかった……っ!」

 

 才人さんがやたらと感激しています。

一般人だった才人さんには、ドラゴンと言うのはファンタジーの代表格ですし、それに乗ると言うのはまさに夢のような事なのでしょう。私にとってドラゴンとは、ヨダレをかけてくるわ、服を切り刻んでくるわ、と碌な事をしない生き物と言う認識です。おかげでドラゴンを見るとやたらと攻撃的になるようになってしまいました。そうしないと次は何されるか分かったものではないですからね。

 

 「夕映はドラゴン見た事あるのか?」

 

 才人さんがそんな事を聞いてきます。魔法使いと言うファンタジー側の人間ですから、見た事があるかもと思ったのでしょう。

 

 「えぇ、あるですよ」

 

 ご期待通り私はまだ片足を突っ込んだだけの一般人だった時から見ています。なにせ、日本にも居る所には居るのですから。とある図書館の最下層とかに。

 

 「どんなのだったんだ?」

 

 「羽を広げると、30メートルはあるワイバーンと言う種類のドラゴンでした。不意に現れて私の頭にヌルヌルドロドロのヨダレをぶっかけてくれやがりました」

 

 今の私でもまだアレには勝てないでしょう。もっと強くなった時、その時には必ずや打ち倒し、この恨みを晴らしてくれるです!

 

 「白いヌルヌルドロドロの液体をかけられたなんて、もう!ユエってば、もうっ!」

 

 「いや白いとは言ってないだろ!?」

 

 ルイズとタバサはキュルケが何に喜んでいるのか分からずキョトンとしてます。私も分からない訳ではありませんが、ハルナ的な性格の彼女です。下手に構えば面倒なテンションで絡んでくるに違いありません。なので知らないふりをして話を続けます。

 

 「いつか目にもの見せてやるです」

 

 「それって、こっち来てからだよな。いつ頃の話?」

 

 「いえ、日本でですよ」

 

 「はぁっ!?いやいやいや!日本には居ないだろ、ドラゴンは!」

 

 「居る所には居るのですよ。私が通ってた学校にある図書館の最下層で、更に奥に行くための扉を守る門番をしてたです」

 

 「それ、絶対俺の知ってる日本じゃねー」

 

 気持ちは分かるですよ、私も最初は信じられず思考停止したくらいですからね。あの時今ほどの力があれば、勝てないまでも一矢報いるくらいは出来たでしょうに、残念です。

 

 ケーキを食べ終わった私達は、街の外にある駐車場ならぬ駐馬場とでも言える所に移動して来ました。シルフィードに乗って帰ると、馬達を放置する事になるので学院に届けて貰えるよう手続きをするそうです。

 ルイズが才人さんの分と一緒に手続きしてる間に、私はタバサの使い魔、あの魚泥棒ドラゴンのシルフィードと対面する事になったです。青い鱗で目は大きく、微妙に長い手足で身体を支えている西洋竜です。人が4,5人乗れる大きさですが、まだ幼生、つまり子供なのだとか。大人になったらどれだけ大きくなるのか見ものですね。

 

 「きゅい?」

 

 首を傾げて小さく鳴き声をあげるシルフィード。あの時もこんな感じでしたねぇ……

 

 「てい!」

 ビシッ!

 

 「きゅい!?」

 

 「ちょ!?いきなり何してるのユエ!?」

 

 おっといけません、思わず手が出てしまったです。

 

 「すいません、ドラゴンを見るとつい攻撃したくなってしまって……」

 

 この大きさのトカゲの顔を見てるとふつふつと攻撃したい衝動が湧いてきます。私が会ったドラゴンで何もしてこなかったのは、あの帝国の守護聖獣、古龍(エンシェントドラゴン)龍樹(ヴリクショ・ナーガシャ)だけですから、そう思うのも仕方ないのです、えぇ。

 

 「何でそんな事になるのよ?」

 

 「私が会った事のあるドラゴンは皆碌な事をしなかったので、つい…」

 

 「こいつはまだ何もしてないんだろ?だったら攻撃したら可哀想じゃないか」

 

 シルフィードの頭を撫でている才人さんがそう言ってくるですが、

 

 「いえ、このドラゴンも、私がここトリスタニアに来る前に彷徨っていた森で、食べようと獲った魚を横取りして行ったです」

 

 「……なんか、ご愁傷様って感じだな」

 

 なんか可哀想な人を見る目でこっちを見る才人さん。余計なお世話です。

 

 「おまたせー………どうしたの?」

 

 微妙な空気を漂わせていたら、ルイズが戻ってきたです。どうやら手続きが終わったようです。

 

 「いえ、ただドラゴンと相性が悪いと言う話をしてただけです」

 

 「………何の相性よ?」

 

 ルイズにはあとで話すとして、そろそろ帰るとしましょう。

 

 「じゃあ、帰るとしましょう。タバサ達はシルフィードで、私はこれで」

 

 私はポンと機動箒を取り出して準備します。この箒はアリアドネーの正式な装備で、全力で飛べば時速100kmは出せると言う物です。魔法世界での任務で、普通の箒では追いつけない相手を相手取る事などよく出てくるので、そんな時にはこの箒のような特別な装備が役立つのです。

 

 「そ、それで飛べるの?」

 

 やはりルイズ達にはこの箒の凄さは分からないですか。

 

 「これはある騎士団の正式装備でして、そこらのドラゴン程度には負けない速さで飛ぶことが出来るのですよ」

 

 しかもこの箒、いろいろな機能がついてるですし、飛行性能も魔法世界でトップクラスなのです。同じ性能の箒を買おうとすると平均年収の三倍にはなると聞いた事があります。軍の機密も関わるので、払い下げ品すら出回らないですが、それほど高価な代物なのです。こうして私が私物として持っていられるのは、ひとえにセラス総長のご厚意に寄る物で、普通はあり得ない事なのです。ですが、そのおかげで機動力は格段に上がったですし、浮遊術や虚空瞬動が出来ない今の私には、無くてはならない移動手段となりました。

 

 「ドラゴンよりねぇ………シルフィードとどっちが速いかしら?」

 

 キュルケが私の箒を見ながらそんな事を言ってきます。シルフィード、タバサの使い魔は空を飛ぶ為に進化してきたドラゴンです。力も強いでしょうから、その翼で生み出す推進力も並の強さでは無いでしょう。しかし、こちらも速く飛ぶ為に改造されてきたアリアドネーの戦乙女旅団御用達の最新軍用箒なのです。たかがトカゲに後れを取る訳にはいきません。

 

 「では、勝負してみますか?ここから学院まで、どちらが速く帰れるか」

 

 「えぇー?ユエ、流石に風竜には敵わないわよ。疲れて落っこちる事になるわ」

 

 「いい機会です。ドラゴンと出会うたびに碌な目に会ってこなかったですし、少しは恨みを晴らしてやるです」

 

 「その恨みの相手はこいつじゃないだろ……?」

 

 同じドラゴンですし、このシルフィードにもちょっとした恨みがあるので問題無いのです。友人の使い魔ですから、攻撃する訳にはいかないので、レースで決着をつけるとしましょう。

 

 「どうですタバサ。私とレースしませんか?」

 

 「やる。けど、シルフィードが勝つ」

 

 もう勝利宣言ですか。

いいでしょう、ぶっちぎってやるです。

 

 「決まりですね。ルールは妨害はなし、自身への補助魔法ありです。勝敗は先に学院に着いたら勝ち。いいですね?」

 

 コクリと頷き、さっとシルフィードの背に飛び乗るタバサ。キュルケ達も急いで後に続きます。タバサは彼女達が乗ったのを確認してから、こちらに目を向けてスタートの合図を待ちます。

 

 「では、用意はいいですね?3,2,1,スタート、で開始です。分かりましたか?」

 

 「ん。いつでもいい」

 

 タバサはシルフィードの首を軽く叩きながら了承の返事をします。向こうもやる気十分のようですね、負けませんよ?

 

 私も箒に跨り準備をしていると、シルフィードがチラリとこちらを見て、フンと鼻で笑いました。

 ほ、ほほぅ。トカゲの癖に人間様をバカにしますか。いいでしょう、空を飛ぶ生物のプライド、へし折ってくれるです。

 

 「準備はいいですか?」

 

 「ちょっとサイト!私じゃなくて、背ビレを持ちなさいよ」

 

 「いや、座りが悪くて転びかけたんだ、悪い」

 

 「ちゃんと掴まってないと、振り落とされるわよー?」

 

 才人さん達の準備も整ったようですし、さっそく始めましょう。

 

 「では、いくですよ?

 ……3、2、1、スタート!!」

 

 合図と共に一斉に飛び立ちます。私はスピードを出すことに専念する為一気に高度を上げ、障害物が一切ない上空へと向かいました。空高く上がった後は、遠くに見える学院に向かって下降しながら全力で飛ぶだけです。

 

 [加速!!!](アクケレレット)

 

 飛ぶ推進力と重力の引っ張る力、両方を使う事で通常よりも速い速度が出せるようになるのです。

 

 「うおぉっ!はえぇー!?」

 

 「ほんとにあれで飛べるのね。あの魔法だけは覚えたいかも」

 

 しかし、相手もさる者。最初こそその巨体のせいで遅れましたが、すぐにスピードを上げてきて、もう私の後ろに付けてきました。こちらと同じく障害物のない高度を保ち、グングン追い上げてくるシルフィード。乗っているタバサは涼しい顔をしてますが既に速度は時速70kmは出てます。その風圧を物ともしてないのは、一体……!?

 

 ブオォンッ!

 

 くっ!後ろを向いて考えてる隙に抜かされました。

 

 「あ!?サイト!目を閉じてなさい!」

 

 「な、なんでだよ!?せっかく空飛んでるんだから、俺だって見たいんだぞ!?」

 

 「だったらせめて左だけ見てなさい!ユエの方見ちゃダメ!」

 

 巨体の生み出す風圧で押し出されてバランスを崩しましたが、そのおかげで理由が分かったです。

 どうやら風の結界を身に纏っているおかげでまともに目を開けていられない程の風圧を受けても平気だったようです。タバサもなかなか器用な魔法の使い方をするですね。既にシルフィード一体分の間を開けられてしまったです。グングン離されて行くですが、こちらもこの程度で負けるつもりはないです。自力では飛ぶ事の出来ない私は、道具の性能を最大限に活かす為にいろいろな方法を試してきたのです。そして[世界図絵](オルビス・センスアリウム・ビクトウス)を使い、古今東西の飛行魔法を調べ上げ、この箒の推進力を最大限に活かす方法を組み上げました。

 

 [三重障壁展開!]

 

 自分の前に三枚の障壁を作り出し、それで前方を頂点とする三角錐を作るように配置、こうする事によって、空気の壁に穴を開け抵抗を極端に減らす事が出来るようになるのです。格段に飛びやすくなってジリジリとシルフィードに近づいていきますが、まだこれでは弱いです。スタミナ的にこのままでは向こうが有利。もう一押しして、一気に距離を開けなければ最終的に抜き返される可能性があるです。

 

 「おぉ!?夕映が追い上げてきたぞ!?」

 

 「風竜に追いついて来るなんて、ほんとデタラメね、ユエは」

 

 「デタラメなのは今に始まった事じゃないけどね」

 

 外野がうるさいです。

 

 シルフィードがチラリとこちらを見て、更にスピードを上げました。まだ余力を残しているとはやりますね。しかし、それはこちらも同じ事。障壁を五枚に増やし、更に回転させる事によってドリルの様に空気を切り裂いていくことで、抵抗を更に減らします。これで箒の性能は、ほぼ100%発揮出来る計算です。あとは私の操縦技術と魔力がついてくるかの勝負です。

 

 「もう半分来たわ!ほんとに箒でこんな速く飛べるのね」

 

 「すっげぇ……お、あっちの山もきれ………黒か、意外だな」

 

 「見るなっていったでしょ!!」

 バシ!!

 

 「いてぇ!……って、お、落ちる落ちる!!」

 「ちょ!ちょっとどこ触ってるのよ!?」

 

 「え?あ……わ、悪い!」

 

 風で捲れたせいで、スカートの中が見えてたようです。うぅ、恥ずかしい……って、いけません!気にしてたらスピードが落ちていました。急いで立て直すです!

 

 全力を振り絞り箒を飛ばしていると、ようやくシルフィードに並びました。器用に驚いた表情を見せるシルフィードに軽く視線を送り、あとはようやく見え出した学院のみを視界に入れます。

 

 「お、学院が見えてきたぞ?もう少しだ!」

 

 「今の所互角よ。どっちが勝つかしらね?」

 

 「きゅいぃぃぃるるるるるっ!」

 

 並んで飛んでいたらシルフィードが吠え始めたです。何か節のような抑揚のある鳴き声を出した途端、シルフィードの速度が急激に上がったです。まだ余力を残してたですか!?

 

 「きゃ!いきなり速くなったわよ!?」

 

 「更にスピードアップするのか、すげぇ!」

 

 「くぅぅっ!」

 

 このままでは負けてしまうです。こちらも最後の力を振り絞ってラストスパートに入るです!

 

 こちらは全力で飛んでいるですが、少しずつシルフィードが前に出て行きます。先程の様に翼を羽ばたくのではなく、少しの上下だけで飛んでいくです。トンビが風を捉えて上空をくるくる回ってる時のように静かに、それでいてこちらの全力を上回る速さで飛ぶとは、一体どういう仕組みですか!

 

 「きゅいきゅい!」

 

 「くぬぬぬぬっ!」

 

 「二人とも、あと少しだ!ガンバレ!!」

 

 またしても引き離し始めたシルフィードが、こちらを見てニヤリと笑いました。トカゲの顔がそんな器用ではないはずですが、私には分かったです。なんて忌々しい!

 

 「こ、このままではいけません。何か手を打たねばっ!」

 

 少しずつ引き離されているこの状況をどうにか覆さねば、あの生意気トカゲに負けてしまうです!しかし、箒の推進力はすでに100%出しているはず。ここから更に加速するには、別の力が必要になるです。どうすれば…………そうです!

 

  [ 装剣 !!](メー・アルメット)

 

 このまま後ろに向けて魔法を撃てば、その勢いで加速出来るはず!

所謂ブーストと言う奴ですね。風の魔法を打ち出して、その勢いで一気に加速を図るです!

 

 フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ

 ………[風よ](ウェンテ)!!

 

 腕と体を使って剣を固定し、真後ろに風を打ち出します。

ジェット噴射のように風を起こし、一気に体が押し出されます。

 

 「くっ!はぁぁああっ!!」

 

 加速し始めたのを感じて更に魔力を込めて行きます。少しずつ距離を縮めていき、どうにか首の辺りまで来たです!あと頭三つ分進めば逆転出来ます。

 

 「くぅぅぅっ!」

 「きゅるるるるっ!」

 

 学院まで、あとほんの少し!あと頭一つ分!

もう城壁とも言える学院の塀が見えて来ました。このまま門を先に抜けた方がかちですが、まだ少し負けてます。あと、あとほんの少しなのですが!

 

 もう一度風を起こして最後の一押しです!

 

 「もう一度![風よ](ウェンテ)!……って、まずっ!?」

 

 更に魔法を使って加速しようとした瞬間、バランスを崩して姿勢を保てなくなりました!正面のドリル式障壁と限界速度を出している機動箒、そしてブースト用の[風よ](ウェンテ)の制御でギリギリだったですが、勝利を目指す余り、更に魔法を使おうとして前方の障壁の制御を誤りました。おかしな方向に風を受けてしまい、高速で飛んでいる為に物凄い力で揺さぶられます。

 

 「ユエ!?」

 「危ない!!」

 

 揺さぶられたせいで、真後ろに吹かせていた風も上下左右に揺さぶられ、姿勢がまるで保てません。これは………まずいです!

 

 「わっ、とっ、ひゃっ!」

 

 どうにか体勢を直そうとしてますが、風が暴れて上手くいきませ……

 

 ガクンッ!

 「なっ!あっ、あぁ〜〜〜〜〜ぁ」

 

 姿勢を戻す事が出来ずあたふたしていると、障壁が消えてしまい一気にバランスは崩れてしまったのであえなく墜落してしまいました。

 

 「くっ! 戦いの歌(カントゥス・ベラークス) 出力全開!および対物理障壁全力展開!!」

 

 ドガッ!!ガン!ズシャァァァッ!!

 

 きりもみ回転しながら迫っていた学院の塀の上部をぶち抜き、更に中庭に激突。その勢いのまま中庭を滑って行き……

 

 ドガァァァンッ!!

 

 五つある学院の塔を結ぶ渡り廊下の壁に激突して、ようやく止まりました。

 

 「「「ユエーーーーっ!?」」」

 

 石造りのこの廊下、壁もついてる上に妙に硬いおかげでどうにかこうにか止まりました。戦いの歌(カントゥス・ベラークス)と障壁のおかげで死にはしませんでしたが、流石に痛いです。

 

 「ちょ!ユエー!生きてる!?」

 「いやいやいや!絶対大怪我してるって!きゅーきゅーしゃーーっ!!」

 「タバサ!近くに降りて!すぐ助けなきゃ!」

 「わかってる!」

 

 皆も降りて来ましたね。早くここから抜け出ないと、必要以上に心配をかけてしまうです。

 

 「よいしょっと」

 

 強化された力で体に乗っている石を退けていると、タバサ達がすぐ近くに着地しました。

 

 ズシン!

 グラッ………ガララララッ!

 

 「あーー!残りが崩れたぁっ!!」

 

 崩れず残っていた壁がシルフィードの着地の振動により、全部上に落ちてきました。

 

 「ぎゃー!?ユエー!!」

 「生き埋めーー!?」

 

 いくら身体強化してても痛いんですよ、このトカゲめ!

更に乗ってきた石に挟まれて身動きが取れなくなってしまったです。杖を取り出す余裕もないですし、助けを待つしかないですね、これは。

 

 「ユエ!すぐ助けるからね!?」

 「いや待ちなさい!!ルイズは魔法使わないの!ユエが爆発するでしょ!!」

 「そうだ!爆発は芸術だけでいいんだ!!」

 

 「意味分からないわよ!?」

 「シルフィード、少し下がって」

 

 「きゅい」

 ズシン

 

 ゴン!

 「だっ!」

 ギリギリ落ちて来なかった石が、シルフィードの移動による振動で頭に落ちて来たです。このトカゲめ………これだからドラゴンは………!

 

 

 

   うぅ……いたひです……

 

 








 展開の強引さMAXな11話でしたぁ。
ルイズの武器は自分の趣味です、仕方なかったんです。

次回はちゃんと週一に出来るよう頑張りますよー。

見直しが十分じゃないかもなので、誤字脱字があったら教えてくだせぃ

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