俺yoeeeeeeeee…ee………e…ぇ? 作:ダヴァイッッ!
「君、死ぬほど恵まれてたんだよね、前世。 才能に溢れてて、家は裕福で、友達にも恵まれて。 だからさ、今度の生まれは死ぬほど恵まれて無いんだよ、君。」
既に死んだ人間に対して『死ぬ程』と、いう表現はどうなのだろうか。
そんなことを思いながら聞いた転生直前の神の言葉である。
俺に余裕があれば、こう言っただろう。 「ちょ、それ多分人違いです!」と。
♢
命、とは意外とタフだが意外と儚いものである。
人間ならば、止血をすれば四肢を捥いでも死なない場合があるし、かと思えば80年ほど生きればポックリと逝ってしまう。
虫ならば四肢を捥いでも間違いなく生きているが、種にもよるが大抵は人間の半分も生きずに召される。
一寸の虫にも五分の魂。
この言葉を俺は『虫や畜生が二匹集まれば人一人分』と初めて聞いたときにはそう解釈した。 その後学校の教師により正しい意味を教えられたが、そちらの意味よりも自分で考えたことの方に納得できていた。
しかし、それにしても俺にはどうも、あの虫や畜生が人間の半分程の価値の魂を持っているとは思えず、この言葉を聞いたときにはなんだか腹が立った物だ。
畜生が二匹集まれば人一人分、などとは人間が世界のトップに立っていることを正しく認識している俺には信じ難かったのだ。
正しい意味の方にしても、虫や畜生に例えられるような人に五分ほどの魂があるとは思いづらかった。
閑話休題。 つまり俺が言いたかったのは人の命の重さなど正しく表せる物でなく、生きるときゃ生きるし死ぬときゃ死ぬということだ。
さて、死ぬときに死んだ俺に何か心境の変化はあったのか? と、そう考えると、非常に無かったと思う。
あの忌まわしき神の言った通りに、俺は恵まれない環境で再び生まれ、そして育っている。 ついでに、俺の前世は恵まれていた訳ではなく、むしろ劣悪な環境であったといえよう。
体には生傷が絶えなかったし、才能なんてものもなかったと思う。
つまりは才能に恵まれた人間、というのは誰か別人のことで、冒頭のあのセリフは神の人違い、もしくは勘違いということだ。
一寸の虫にも… の話に戻すと、俺は恐らく自分が虫に例えられるような人であると自覚しているが、それでも自分に人間の半分程の価値があるとは思えず。 むしろ自分のあの考え方を補強することになった。
ただ、一度死を体験した身としては再びの死は避けたいものであり、一分にも満たない魂だとしても、一分なりに生き抜きたいと思う今日この頃。
再び閑話休題、と挟むかどうか悩むが、恐らく適切な使い方では無いのでこのまま話すことにする。
なぜ俺がこんな話をしていたか、それは俺の人生観を皆さんに伝えたい訳ではなく、2度目の死がほとんど常に近くを散歩しているからだ。
それこそ、手を伸ばせば好意的に握手を返してきそうな程に近く、そして鮮明に死は存在していた。
原因は恵まれない環境、つまりは両親からの虐待である。
飯を抜くことから始まり、面白半分にタバコや酒を吸わせたり、暴行をしたり。
現在五歳児の体がこれまで耐えきれたのが奇跡である。 恐らくはあの邪神のなんらかの作為があったのだろう。
その作為が俺と死を隔てていた。
そしてその死は、そろそろ去ることになるだろう。
二歳児だというのに途轍もなく頭の良い俺の証言が彼らをそれに近づけた。
俺は近くを歩いていた死を見事に両親に送り返して見せたのだ。
と、言っても、彼らが死を迎えることは当分はないだろう。
画して、人生最大の難点を超えた俺は親戚に引き取られることになった。
その親戚は確か篠ノ之と言ったはずだ。 神社関係のお家で、ついでに剣道の道場も開いていると聞いた。
家族構成は篠ノ之夫妻にその娘が二人、だそうだ。
姉妹のうち一人は俺と同い年で、もう一人はかなり年上らしい。
仲良くできるか、などと年甲斐もなく… いや、俺は五歳児だが精神年齢的な意味だ。 まあ、取り敢えず年甲斐もなく案じていた。
「不安かい?」
「ええ、まあ。 それなりには。」
会話の相手… 俺の三人目の父となる篠ノ之柳韻さんは車のハンドルを握りながら言った。
年齢は恐らく俺の精神年齢より少し下か同程度。
「大丈夫だ。 束も箒も、まあ一癖はあるが良い子だよ。」
「不安なのは俺の方が、です。 生憎と、人付き合いというものをした事がないもので。」
「そうかい? それにしては随分と面白い語りときちんとした敬語だ。 初対面の相手に対して命の重さ軽さの話をするなど、およそ五歳児のすることじゃないと思うがね?」
「五歳児だからこそ、思ったことはなんでも話したくなるんです。 死、というものは死ななければ理解できないことですし、実際俺は理解していません。 ただ、それが近くにあるとほんの少しはそれについて考えるんですよ。」
先程までの語りは、転生関係の言葉を伏せて暇つぶしに柳韻さんに語ったものだ。
「なるほど… それでは、私も少し話をしようか。」
「なんのお話で?」
「いやなに、ちょっとした読書のお話だよ。」
「…作者の死、でしょうか?」
「本当に、有り得ないほど博識だね。」
「父はそう言った本を多く持っていまして。 暇があれば読み漁ったんですよ。 特に死という内容は俺の目を引いた。」
転生したことをバラしてはいけない、とは誰にも言われていない。 そしてそれをバラす気もないが隠し通す気もない。
俺の抱くこの感情は恐らく諦めだろう。 どうにでもなれ、ということだ。
「作品の中の神とは作者のことであり、作品の解釈は作者によって為されそれが正しいものである。 これが作者の生きている時だ。」
「そして解釈が読者に任された時、作者は死ぬ。」
「その通り。 君はこれをどう思う?」
「作者とはただただ製作者であるべきで、まず作品内での神であってはいけない。 だから俺はこの論のどちらも認めず、作者は死んだ訳ではなく最初から存在しなかった、という考えを推します。」
「なるほど、本において君は無神論者、ということだ。」
「ええ、その通り… 神社関係者の前で無神論の話をするのはどうなんでしょうかね。」
赤信号で止まった車内、柳韻さんはハンドルから手を離してこちらを向いて言った。
「私は神を信じているがね、彼らは上で見ているだけくらいが丁度良いんだよ。 神が干渉してくるのは死後の世界だけで良い。 現世とは神に自分の行いを見せつけるためにあるのさ。」
「…なるほど……… なるほど。」
「信仰による戦争は絶えないがね、例えどんな神を信じようが、祈りに応えはないし祝福もない。 大切なのはその神を信じることで自分の何が変わるか、ということだろう。 君はどう思う?」
「信仰については俺は疎いですね。 元々、無神論者ですから。 …しかし柳韻さんの話を聞いて、世辞ではなく少しは神について興味が出てきました。 …なるほど、見せつける、か。」
柳韻さんは青に変わった信号機を見て、満足そうに笑んだ後ハンドルを握り直した。
どんな人間でも、自分の話で人の意見が変わる、というのは気持ちの良いものだ。
「…神の話など、五歳児に説くべきものではなかったとかもしれないな、すまなかった。」
「いえ、構いませんよ。 小さいからこそ見解を広げるべきですから。」
「まったく、君は本当に五歳児なのか?」
「人間、少し追い詰められれば勝手に達観するんですよ。」
「そうかい。 …うちでは安心して過ごしてくれ。 もうあいつらはいない。」
「…ありがとうございます。」
その後、車内に会話はなかった。
四人家族を連れ出すには十分過ぎるサイズのワンボックスカーの中に、静寂が続き、それは篠ノ之神社への到着により打ち切られた。
「さて、ここが篠ノ之神社、君の新しい家だ。」
「…良い場所ですね。 あの竹藪も、適切に手入れされている。」
「手は加えていないが?」
「余程の事がない限り、自然には手を触れないのが最大の手入れなんですよ。」
「はは、これはうまい。」
「ありがとうございます。」
柳韻さんの後について暫く歩き、神社の中に入りまた暫く歩くと廊下の先に玄関と思われる障子があった。
開けて中に入る柳韻さんに続いて中に入ると、三十路ほどの女性、多分、柳韻さんの奥さんが出迎えた。
「あら、おかえり。 あなたが乾君? ようこそ。 篠ノ之神社と篠ノ之家へ。」
「どうも。 よろしくお願いします。 乾です。」
乾、という名には皮肉が込められていると思った。
血の関わりがない、ということを示す名を自分につけた両親は、恐らく最初から俺を望んでいなかったのだろう。
そして、俺は篠ノ之乾となった。