朝色小夜曲   作:芦野

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この章はAnotherchapter1〜6の続きとなっています。未読の方はぜひそちらからどうぞ


Another chapter7

1

「えっと──会ったよ」

少し返答に迷ったけど、正直に答えることにした。

まあたぶん、会ってないと言えばそれで済むんだろうけど、わざわざ嘘をついてまで隠す気にはなれなかった。

「そうですか」

椿原は今までの笑顔から変わって真顔でわたしを見つめてきている。

「……具体的にどんなことを言われたのですか?」

「『花恋と二人きりで会うのはやめておいた方がいいと思うよ』って」

ここまできて、今さら隠しても仕方ないし言われたことをそのまま話す。

「そうですか……」

あの人は本当にろくなことをしないですね、とため息混じりで椿原は呟いた。

「気になったんだけど、椿原さんのお姉さんってどんな人なの?」

わたしの質問に椿原は眉をひそめる。

「……あの人は本当に身勝手で、いつも自分だけが分かったような顔で周りの人を振り回すんです、そのせいで……いえ、椿原の家に関わる人間がどれだけ大変だったか」

「……」

わたしが何も言えずにいると、椿原は一瞬はっとしたような顔をしてこう続けた。

「わたくしは百合さんを責めたいわけではないんです。でも、あの人には何を言われてもまともに取り合ってはいけないということを、覚えておいて欲しいんです」

さっきまでと違って椿原はいつもと同じような微笑を浮かべているけど、その言葉には姉への明確な敵意が込められているようだった。

「……分かった」

「今、わたくしが話したことは、ここだけの()()にしておいて下さいね」

()()と言いながら椿原は人差し指を自らの唇に押し当てて、その指でわたしの唇にそっと触れてきた。

「口封じ、しましたからね」

ふっと微笑んでそう言うと椿原はゆっくりと歩いて去っていく。

「……」

自分は今どんな顔をしているんだろう。

そう思った瞬間に自分の顔が熱をもっているのを感じた。

……もしかしたらあの生徒会長様は、こういうことやりなれているのかもしれない。

本当にわたしと同じ年なんだろうか?

確かに、彼女の家は普通の家じゃないんだろう。

そんなちょっと抜けたようなことを考えながら、しばらくわたしはこの場から動くことが出来なかった。

 

2

学校帰りの電車は多かれ少なかれ疲れを感じるけど、今日はいつも以上に気だるい。

もちろん久々にバスケをやらされたからっていうのも大きいけど、それだけじゃないことも確かだ。

……それにしても蓮佳さんはどうして、わたしにわざわざあんなことを言いにきたんだろう。

その理由を考えようとして、やめた。今のぼんやりした頭で思いつく気がしないし。

「ねえ、百合聞いてる?」

「え?」

「もう、やっぱり聞いてなかったでしょ」

真央は呆れた、という顔をする。

「ちょっと考えごとしてた」

「ふーん」

「で、何の話?」

「ああそうそう、クラスの友達から聞いたんだけど、来週の土日限定でこういうお店がオープンするんだって」

真央はそう言いながら携帯の画面を見せてくる。

「抹茶スイーツ専門店……ねえ」

わたしはよく知らなかったけど、どうやら海外の有名な本に掲載されたりしているすごく有名な店らしい。

「ここすっごく有名なお店なんだよ、いっつも 行列が出来て中々買えないんだよ。私、前からここ一度行ってみたかったんだ〜」

目を輝かせながら真央は早口で語る。

「そうなんだ」

「……百合は興味ないの?」

「うーん」

全く興味がないわけではないけど、絶対すごく並ぶことになるだろうし、正直面倒そうだと思ってしまった。

そんな会話をしているうちに、電車がわたし達の降りる駅に着く。

 

「あっつ……」

電車の中と外の温度差に思わず声が漏れてしまう。

「もうちょっとしたら、夏休みだしねー。でもその前にテストがあるけど」

自分で言っておきながら、真央は嫌だなーという顔をする。

「テストねえ」

「百合はいっつも余裕だよね」

「余裕というか、そもそもあんまり気にしてないだけ」

わたしの言葉に真央はため息をつく。

「……ねえ、大丈夫なの? 本当にそれで」

「今まで大丈夫だったから大丈夫でしょ」

「……」

わたしの言葉に真央はまだ何か言いたげな顔をしていたけど、それ以上何も言わなかった。

 

 

ふと時計を見ると、もうすぐ日付けが変わる頃だ。そろそろ寝ようかなと思ったちょうどそのときだった。

「……電話?」

こんな時間に誰だろう。そう思いながら携帯を開くと、椿原明日葉と画面に表示されていた。

「もしもし」

「ねえねえ、聞いてよ〜」

「どうしたの」

「実はね、今日まで携帯没収されててさーやっと戻ってきたんだー」

「大変だったんだね」

「そうそう、別に成績が落ちてる訳でもないのに、遊んでる遊んでるって頭ごなしに言ってきてさー。アイツが余計なことお母様に言ったせいでどれだけ不便だったか、ほーんとムカつく」

「まあ確かに、急に無くなったら確かに困るよね」

わたしは言葉ではそう言いつつも、無くても正直さほど困らないだろうと思っていた。

まあ、彼女の場合は違うんだろうけど。

「あっ、そうだもっと早く言いたかったんだけどさ」

「なに?」

「今度、アタシ以外みんな出かけそうな日があって、その日にウチに遊びに来ない?」

どんな家なのか見てみたい気持ちが無いわけじゃないけど、それ以上に大丈夫なのかなという気持ちの方が上回ってしまっていた。

「いいの?」

「いいよいいよ、だってアタシがいいって言ってるんだから」

「分かった、考えとく」

「うん、決まったらまた連絡するから……あっごめん切るね!」

何かを察したのか、物音がした後で一方的に電話は切られた。

「……ふう」

息を吐きながら、ソファーに倒れ混むように横になる。

そのまま目を閉じると、いつの間にかわたしは眠りに落ちていた。

 

3

──光を反射してキラキラ光る波を眺めながら、わたしは車椅子を押しながら歩いていた。

砂浜のすぐそば、アスファルトで舗装された道路の上じゃなくて、本当は砂浜に降りたいところだけど、そうはいかない。

この数メートルの段差を超えられないのが、もどかしいけど、彼女だってそうだろう。

「海の近くってさ、風を感じれて気持ちがいいよね」

わたしがそう話しかけると、そうだね、と返してくれた。

ときおりたわいもない会話を交わしながら、ただ歩いているだけなのに、不思議と穏やかな気持ちになれる。

こんな時間がずっと続いてくれたらいいのに、心からわたしはそう思っていた。

「ねえ、百合」

「?」

「もう、ここでいいよ。ここまでで」

「どういうこと」

「百合はいつまでもここにいちゃダメだから」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

今まで感じていた人の重みがふっと消えた。まるで最初から車椅子(そこ)に誰もいなかったようにあとかもなく消えた。

「い……や、やだよ(あおい)!」

 

 

──夢の中で叫んだと同時に目が覚めた。

「……げほっ……げほっ」

嫌な予感がする。こういう夢をみたあとはだいたいろくなことが起きない。

喉が痛いのと寒気がする。もしかしたらエアコンを消し忘れていたせいで、風邪を引いたかもしれない。

冷蔵庫から水を取り出して一気に飲むと、気分が少し落ち着いた。

「……はぁ」

まだ、頭がぼんやりしていてうまく頭が回っていない。

わたしはだいたい寝起きはこんな感じだけど、今日のこれは普段の眠気とか倦怠感に支配されたものとは違う気がする。

なんだろう、目は覚めているのに頭が働いていないというか。起きているはずなのに、まだ眠っているみたいな感じがする。

それからしばらくわたしは何をするわけでもなく、ぼんやりしていた。

「あ」

チャイムが鳴らされる音で、もう学校に行く時間になっていることに気づいた。

……今から準備しても間に合わないだろうし、それに今日はなんだか体調が良くない気がする。

休むにしても真央に先に行くように言わないといけない。体をソファーから起こして玄関に向かう。

「えっ、もしかして今起きたの?」

わたしが学校に行く準備をしていないことに気づいた真央は目を丸くした。

「ごめん、今日は先に行ってて」

「え?」

「なんか、体調悪くて。風邪引いたかもしれないし今日は家で寝てる」

「……」

真央はじっとわたしの方を見る。それから短く息を吐いた。

「ちゃんと薬飲んで、安静にしてないとダメだからね」

「うん」

わたしが頷くと、真央はそのまま駅に向かっていった。

 

風邪薬とかあったっけ、そう思いながら家の中を探していると思いもしなかったものを見つけた。

「……」

ここにあったんだ、と思わず声に出そうになる。

鮮やかなオレンジに、ガラスで作られた太陽が乗ってるちょっと変わったヘアピン。

今になって考えてみると、どうしてわたしにこれをくれたんだろう。

鏡の前に立ってつけてみると、やっぱりわたしのイメージとはちょっと違う気がするけど、前髪が邪魔だしそのままつけておくことにした。

 

「……ん」

いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。電話の音で目が覚めた。

誰だろう、と思って携帯を開く。

「……!?」

画面に表示された文字を見て、思わず携帯を落としそうになった。

「……もしもし」

落とさないように両手で携帯を持ちながら、恐る恐る電話を取る。

「百合?」

……この声はお母さんじゃない。どうしてこの人がこの番号から電話をかけて──

「今すぐ神尾浜病院に来なさい。まだ授業があるだろうけど、それどころじゃないわ」

わたしの思考を遮るように発せられた言葉の意味を理解するのに、いつもの何倍もかかっただろう。

「え?」

どうしてこの番号で? どうして病院に?

頭の中をいろんなことが駆け巡って、そう返すのが精一杯だった。

「……あなたのお母さんが運ばれたのよ」

「…………ぇ」

さっきは出た声が、今度ははっきり出なかった。

今まで考えていたこと全てが、吹き飛ばされてしまった。

息を吸っているはずなのに、吸っても、吸っても苦しさが収まらない。

普段だったらあんまり感じることのない、自分の胸の拍動を痛いほどに感じるのと同時に、わたしは気づいてしまった。

 

 

──四年前のあの日にも同じようなことがあったことに。


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