マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第5話

 

 

 

 伊華雌(いけめん)の中に〝デート〟という概念(がいねん)は存在しない。女の子と一緒に買い物をしたり映画をみたり食事をしたり。

 

 ――別に、一人でも出来んじゃん。むしろ一人のほうが自由に行動できんじゃん。

 

 人間だった頃、そんな風に思っていた。無理矢理に思い込んでいた。

 それはデート――っていうか〝女の子〟に縁のないことを鏡を見るたびに思い知らされていた伊華雌の、精一杯の強がりだった。

 

 本当は、女の子とデート、したかった。

 それが自分の本音なのだと、城ヶ崎姉妹との疑似デートによって思い知った。

 

 ――すごい、楽しかった。

 

 デートしてるのは伊華雌じゃなくて武内Pだが、それでもすごい楽しかった。

 

 ――女の子に振り回されるのって、いいな……ッ!

 

 いつの間にか、そんな風に思っていた。そんな風に思えるくらい、城ヶ崎姉妹は気持ちよく武内Pを振り回してくれた。

 

「あたしがP君を〝お兄さん〟にしてあげるよ」

 

 莉嘉が武内Pの手を引いて入ったのは、カラフルな洋服が並ぶ店だった。明らかにローティーンをターゲットにした店だった。店員はスーツ姿の武内Pをみるなり警戒――を通り越して唖然としていたが、莉嘉が話しかけるなり笑顔になった。

 どうやらこの店は莉嘉の行きつけのようで、その店員は莉嘉と仲が良さそうだった。二人であれこれと武内P改造計画を練り上げていたが――

 

 姉が黙っていなかった。

 

 カリスマJKモデルの肩書きをもつ美嘉である。ファションは彼女の聖域であり、口を挟まず他人任せにするという選択肢はどうやら存在しないようで、城ヶ崎姉妹と店員を交えた議論は白熱の一途をたどった。その(かん)武内Pはひたすら首の後ろをさわっていた。

 

 激論の末、武内P改造計画が完成する。

 武内Pは試着室に押し込まれ、放り込まれた洋服の着用を強要された。彼に拒否権は無かった。

 城ヶ崎姉妹は張った胸に自信の(ほど)をうかがわせ、試着室から出てきた武内Pを見るなり――

 

 笑った。

 

「悪くない。悪くないんだけどさー」

 

 美嘉の笑みに悪意はなかった。スーツ姿からの変化がはげしすぎて、笑わずにはいられない様子だった。

 

「いーよP君! これならパパじゃなくてお兄ちゃんって呼んじゃうよ!」

 

 莉嘉のツインテールが嬉しそうに跳ねて、武内Pもまんざらではなさそうに口元を緩める。

 

 武内Pの服装は、確かにこの町に馴染んでいた。カラフルな黄色のシャツ(可愛くデフォルメされたカブトムシが散りばめられている)にハーフパンツ。南国のサーファーを思わせる()で立ちを足元の革靴が引き締めている。

 

 何て言うか、ギリギリのコーディネートだった。アイテム一つ間違えただけでダサくなってしまう紙一重(かみひとえ)のところで、しかしオシャレと賞賛される領域にとどまっている。

 どこまでがオシャレで、どこからがダサいのか。

 それは数値化できないボーダーラインで、そのギリギリを攻めることのできる美嘉と莉嘉はさすがカリスマJK&JCであると感心せざるを得なかった。

 

「これでもう、お巡りさんに睨まれる心配はなさそうだね」

 

 原宿仕様になった武内Pは、思う存分城ヶ崎姉妹に振り回された。

 

 彼女達のお気に入りの店を回り、そこの店員にファションを褒められた。目が大きくなるプリクラをとって、しかし全然目が大きくなってない武内Pの写真を見て笑った。話題になっているパンケーキのお店に並んで、生クリームたっぷりのパンケーキを堪能した。

 

「あたし、ちょっとお花摘んでくるー」

 

 莉嘉が席を立った時だった。二人きりになるのを見計らっていたかのように、美嘉が小声で――

 

「あ、あのさ。今日のこれ、恋愛の参考に、なったかな?」

 

 意外にも自信なさげな上目遣いに、武内Pは迷わず頷く。

 

「自分は、その、俗にいう〝デート〟は経験が無かったので、参考になりました。それに――」

「……それに?」

 

 武内Pは、自分の着ている服を見下ろして――

 

「とても、楽しかった、です」

 

 美嘉は、ステージの上でみせる挑発的な表情とは正反対の、安堵に緩んだ表情をみせて――

 

「そっか。それなら――」

 

「よかったね、お姉ちゃん!」

 

 いつの間にか戻っていた莉嘉が、満面の笑みで――

 

「P君を満足させられるか、本当は心配だったんだよね。だってお姉ちゃんも、デートとか経験()――」

 

 妹の失言を握りつぶすのは、いつの日も姉のアイアンクローである。

 美嘉は妹の頬を締め上げながら、照れ隠しと言わんばかりの空咳(からせき)を入れて――

 

「あのさっ、この後、時間あるよね? 実は、あんたの知りたいこと、教えてくれそうな人に応援を頼んであるんだ」

 

 それが誰なのか、武内Pが鋭い視線で誰何(すいか)する。

 しかし美嘉は、もったいつけるように挑発的な笑みを浮かべ――

 

「あたしよりも大人の女性だよ」

 

 〝大人の女性〟というキーワードにピンときた。

 ハッピープリンセスのメンバーには、一人大人の女性がいるのだ。人生の()いも甘いも知っているであろうあの人ならば、恋愛のなんたるかを知っていてもおかしくはない。

 

 果たして、伊華雌の予想は的中していた。

 

 夕日に染まる原宿駅の改札口。

 その助っ人は、サングラスで顔を隠しているものの、こぼれ見える顔の一部分だけでも〝美人〟であると断言できた。

 

「はあーい」

 

 美嘉を見つけて手をふって、その愛嬌たっぷりな仕草に親近感が込み上げる。

 

 川島瑞樹。

 

 元アナウンサーの経歴をもつ彼女は、確かに大人の女性であるし、相談役として最適だと伊華雌は思った。

 

「君が〝恋愛〟について知りたいプロデューサー君?」

 

 サングラスをずらして生の視線を向けられて、武内Pは飛び上がるくらい背筋を伸ばした。

 見かけこそアラサーだが、武内Pは伊華雌と同年代の若者である。きっと、自分と同じ気持ちなんだろうなと思った。瑞樹のような〝大人のお姉さん〟に見つめられたら、どうしていいのか分からなくて緊張してしまうのだ。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ♪」

 

 瑞樹は、馴れた仕草でタクシーをつかまえて――

 

「お姉さんに、任せなさぁーいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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