マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第7話

 

 

 

「……武内君、お酒臭い」

 

 シンデレラプロジェクトの地下室に出勤してきた武内Pを見るなりちひろが鼻をつまんだ。

 

「いえ、その、ちょっと……」

 

 武内Pは、いつものように首の後ろをさわろうとして、よろけて壁によりかかった。

 

 ――朝方(あさがた)までお姉様アイドル達に飲まされたこと。必然的に寝不足であること。

 

 これらの要因によって武内Pは立っているのもままならない有り様だったが、それでも出社すると言い張った。仮病を使えばいいじゃないかと薦めたが、嘘はよくないですと真顔で言われて伊華雌(いけめん)は何も言えなくなった。

 

 些細な体調不良を理由に学校を休むニート体質の伊華雌としては、二日酔いなんて病欠待った無しなのに、武内Pは始発の電車で自宅に帰り、身支度を整えて出社した。

 

 どこまでも〝真面目〟なのである。

 

 そしてそれこそが武内Pの誰にも負けない武器であり、佐久間まゆ攻略につながる最後の可能性だと伊華雌は思っている。

 

「ちょっと、大丈夫? ほら、ソファに座って。横になる?」

 

 壁によりかかって脱力していた武内Pを、ちひろが忙しなく介抱する。腕のしたに手を入れてソファに座らせて、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、わざわざコップに注ぎ直して――

 

「はい。今はスタミナドリンクより水のほうがいいでしょ?」

 

 武内Pは差し出されたコップを両手で掴み、一気に飲み干した。

 

「もう、ネクタイがずれてるよ。まったく、世話がかかるんだから」

 

 嬉しそうに文句を言いながら、細い指でネクタイを直す。そのネクタイを襟元(えりもと)まで引き上げた瞬間、至近距離で、武内Pと目があって――

 

 きゅっ。

 

 ネクタイを締める音である。

 いや、〝首を締める音〟と言うべきかもしれない。

 ポニーテイルの先で揺れるリボンと同じくらい頬を赤くしたちひろが、ぎりぎりと武内Pのネクタイを締め上げる。

 

「ちょ……千川さ……苦し……」

 

「わぁああっ! 武内君ごめんなさいっ!」

 

 ちひろが慌ててネクタイを緩め、武内Pは失った顔色を取り戻すべく荒い呼吸を繰り返した。

 

「あのっ、二日酔いの薬、とってくるから、ちょっと待っててね!」

 

 ちひろが逃げるように部屋から出ていく。彼女の残り香が消えて、部屋がどうしようもなく色気のない地下室に戻るのを待ってから伊華雌は指摘する――

 

〝……やっぱさ、ちひろさん武ちゃんのこと好きなんだと思うけど〟

 

 しかし武内Pは、一笑(いっしょう)()して退けようとするかのように――

 

「冗談を言っても、今は笑えないです。頭痛が、酷くて……」

 

〝いや、俺は本気で言ってるし、たぶん的中してると思う。だってさっきのやりとり、タイトルつけるなら〝朝のイチャコラ劇場〟だよ? これから毎朝あの調子なの? 朝の連ドラ()わりに二人のイチャコラ劇場見ろってのかよちっくしょぉぉおお――ッ!〟

 

「……マイクさん、あまり大きな声を出さないでください。……頭に響きます」

 

 武内Pは、使い物にならなくなっていた。

 真面目なのは結構だが、これならさすがに休んだほうがいいと思った。

 

 そもそも――

 

 担当アイドルは一人しかいないのだし、そのアイドルは活動休止状態なのだ。無理に出社する必要は無いのだ。

 

 それに――

 

 美嘉と瑞樹の助言をもとにひねりだした〝佐久間まゆ攻略作戦〟を実行するには、武内Pにベストコンディションを整えてもらう必要があるのだ。酒の匂いなんて、させていてはいけないのだ。

 

 こんこん。

 

 ドアのノックに、武内Pは反応しない。伊華雌も注意を払わない。

 ちひろだと思っていたから。

 二日酔いの薬を取りに行ったちひろが戻ってきたのだと思ったから。

 

 しかし――

 

 わざわざノックするだろうか? 武内Pがソファで死にかけていると分かっているのに、わざわざノックするだろうか?

 

 疑問に眉をしかめる感覚を思い出すと同時に、ドアが(ひら)いた――

 

「失礼します」

 

 丁寧な仕草で、入ってきた。

 武内Pの醜態を、もっとも見られたくない少女が。

 

「あのっ、佐久間さん、今日は、学校じゃ……」

 

 慌ててソファから立ち上がり、立ちくらみと頭痛に襲われてたたらを踏む武内Pに、まゆは模範的な笑顔を向けて――

 

「まゆの学校、今日は創立記念日でお休みなんです。だから、皆さんに挨拶をして回るには丁度いいかなって」

 

 挨拶……?

 

 伊華雌の中に込み上げる予感は、その可能性に息を呑むより早く現実のものとなる。

 

「短い間でしたけど、お世話になりました」

 

 まゆが、お辞儀をした。とても綺麗なお辞儀だった。アイドルとしての自分を綺麗に断ち切ろうとするかのような、例えるなら振り下ろされるギロチンの(やいば)が放つ美しさと同じくらい綺麗で容赦の無いお辞儀だった。

 

「失礼します……」

 

 入ってきた時と同じ仕草でまゆは部屋から出ていった。

 

 何がおこったのか、分かってなかった。突然の天変地異を前に呆然と立ち尽くしてしまう人の気持ちが理解できた。

 

〝……武ちゃん。まゆちゃんを追わないと〟

 

 伊華雌のほうが、早かった。

 状況をきちんと理解して、心の底から――

 

 絶望した。

 

 まゆはつまり、最後の判断を下してしまったのだ。手をさしのべて引き上げようとしていたアイドルが、今まさに奈落の底へ落ちて消えようとしている。すぐに彼女は見えなくなって、もう二度と、アイドルに――

 

〝武ちゃん! まゆちゃんを追いかけろッ!〟

 

 マイクであることがもどかしかった。武内Pの背中を押して〝早く行け!〟とどやしつけてやりたかった。

 

「……えっと、佐久間さんは、つまり」

 

 まだ頭が回ってない武内Pに、伊華雌は苛立ちを隠さずに――

 

〝このままじゃ、まゆちゃんアイドルやめちゃうぞ! 引き止めないとッ!〟

 

「アイドル、やめ……」

 

 武内Pの瞳に光が宿った。床を蹴って、走り出した。ドアを勢いよく開けて、危うくちひろを倒しそうになった。

 

「ちょっと武内君! あぶな――」

「すみません、急いでいるのでッ!」

 

 階段をかけ上がり、非常口の扉を抜けて、エレベーターのボタンを押して息を荒げて――

 

「あの……、どこへ行けば……」

 

 まゆは、最後の挨拶と言った。律儀な彼女のことだから、世話になった関係者全員に挨拶するのかもしれない。そうなると、誰のところにいくのか分からない。下手に見当をつけて動くとすれ違いになりかねない。

 

〝玄関で待とう。それが一番確実だ〟

 

 武内Pは頷いて、エレベーターで一階にあがった。広いロビーに、スーツ姿のプロデューサーと変装したアイドル達が行き交っている。ここで見張っていれば、見逃すことはないだろう。

 

「あの、佐久間さんに、何を言えば……」

〝実は、作戦があるんだ。まゆちゃんを、アイドルとして復活させる作戦が〟

「ほんとうですか! それは――」

 

「あら、武内君じゃない」

 

 聞き慣れた声に視線を誘導された。

 

 ――まさか、と思った。

 

 昨日あれだけ飲んだのに、武内Pはそのせいでろくに頭が回らないのに――

 

 その三人は、ガラス張りのロビーに射し込む朝日を背負って笑っていた。

 

「二日酔いで辛そうね。でも、それを顔に出しちゃギルティよ!」

 

 ウインクを決めて笑う片桐早苗は見るからにエネルギッシュだった。

 

「友紀ちゃんはまだ寝ているようです。グロッキーなユッキー、ですね」

 

 高垣楓は平常運転であることを得意の駄洒落(だじゃれ)で証明した。

 

「あの子は〝お酒に飲まれた〟って言うか朝が苦手なだけじゃないかしら。よく寝坊してるし」

 

 川島瑞樹も、そのままアナウンサーとしてニュース番組に出演出来そうなくらい落ち着いていた。

 

 ――格の違いを、見せつけられた。

 

 この三人は、酒を飲むという行為に対する熟練度が、幾多の戦場を潜り抜けた古参兵(こさんへい)の域に達している。新兵である武内Pとは、酒力(しゅりょく)の差が歴然である。

 

「それで、どうしたの? 慌てた顔して」

 

 頼もしいお姉さんの表情で首を傾げる瑞樹に、武内Pは端的な説明をした。まゆが最後の挨拶をしてシンデレラプロジェクトを去ってしまった、と。

 

「……そっか。まゆちゃん、やっぱりやめちゃうのね。残念だけど、仕方ないか……」

 

 瑞樹は、事情を知っていた。

 まゆはファンのためではなくプロデューサーのためにアイドルをやっていた。そのプロデューサーが自分を見てくれなくなったので、モチベーションが無くなってしまった。

 

 そんなまゆを、再びアイドルとして輝かせる方法が、一つだけ存在する。

 

〝武ちゃん。川島さんに頼んで、まゆちゃんと最後にもう一度(はなし)ができるようにセッティングしてもらえないかな? 出来れば、今日じゃなくて、別の日。武ちゃんが最高のコンディションを整えられるように〟

 

 武内Pは、すぐに瑞樹に頼んでくれた。

 

「分かったわ。そういうことなら、協力するわ」

 

 瑞樹の協力により、舞台を整えることが出来た。

 最後にもう一度(はなし)を聞いてくれると、まゆは約束してくれた。

 

 決戦の場所は、渋谷。

 

 そこは、赤羽根Pがまゆをスカウトした場所である。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……それで、佐久間さんを復活させる作戦とは?」

 

 小綺麗なワンルームマンション。346プロが単身者用に借り上げている社宅で伊華雌と武内Pは向き合っていた。

 

〝まゆちゃんをアイドルとして復活させるには、まゆちゃんに振り向いてもらう必要がある。恋愛的な意味で〟

 

 武内Pは、頷く。机上(きじょう)のマイクスタンドでふんぞりかえる伊華雌を見つめて言葉を待つ。

 

〝そして恋愛に関して、こんな言葉がある。男の恋は、名前をつけて保存。女の恋は、上書き保存〟

 

「……つまり、佐久間さんの中にある赤羽根さんに対する恋心を、自分が上書きする、ということですよね」

 

 そんなことは分かっていると、言わんばかりに武内Pは肩を落とす。まゆを振り向かせてプロデュースするために、城ヶ崎美嘉と川島瑞樹に恋愛の授業をしてもらったのだ。

 そしてその結果――

 

「やっぱり、無理だと思います」

 

 武内Pは、莉嘉&美嘉に選んでもらった派手なシャツを見つめて――

 

「城ヶ崎さんと川島さんに恋愛の授業をしてもらって、それでも自分は、恋愛についてさっぱり分かりません。どうすればいいのか、答えが見つかりません。赤羽根さんのように、佐久間さんを振り向かせることなんて……」

 

 湿っぽいため息をおとす武内Pに、伊華雌は苛立ちを覚える。普段どおりの実力を出せば勝てる相手に、しかし怖気づいて一方的に殴られるボクサーを見るトレーナーの気持ちでため息を落とす。

 

〝落第点だな、武ちゃん。二人の授業で、居眠りでもしてたのか?〟

 

 自分では分からないのかもしれない。

 その人のことを本当に理解できるのは、すぐ近くにいる他人なのかもしれない。

 

〝武ちゃんさあ、居酒屋で言われたじゃん。赤羽根の真似をする必要はないって。自分の個性で勝負しないとダメだって〟

 

「それは、確かに、そんなことを言われたような……」

 

〝じゃあさ、武ちゃんの武器って、何だと思う? 赤羽根に無くて武ちゃんにあるものって、何だと思う?〟

 

「そんなものは、何も……」

 

 武内Pは、眉をハの字にして首の後ろをさわった。

 

 ――この人は、本当に分からないのだろうか?

 

 伊華雌は、もどかしさに苛立ちながら――

 

〝真面目なところだよ。アイドルのプロデュースを、クソ真面目にやってるところだよ!〟

 

「それは、特別なことではありません。真面目に仕事に取り組むことなんて、誰にでも――」

 

〝できるって言うのか? 確かに誰でも真面目になれるかもしれないけど、でも、あんたの真面目は〝普通の真面目〟とはわけが違うんだよ!〟

 

 伊華雌は、部屋の壁に張ってあるニュージェネレーションズのポスターを一瞥(いちべつ)して――

 

〝武ちゃんはさ、卯月ちゃんの笑顔、どう思う?〟

 

 武内Pは、迷わずに――

 

「自分の知る限り、最高の笑顔です」

 

〝じゃあさ、卯月ちゃんがさ、笑顔なんて誰でもできるって、言ったらどう思う?〟

 

 もしかすると、気付けないのかもしれない。自分の持っている特別なものというのは、他人に言われても実感を得ることができなくて否定してしまうのかもしれない。

 

 だから――

 声を大にして――

 

〝武ちゃん。あんたの真面目さは特別な魅力を持っている。島村卯月の笑顔に匹敵するほどの魅力を持っている!〟

 

 武内Pは、愚直なほどに真面目である。

 それはそのまま情熱になる。

 その情熱は、人の心を動かす強さを秘めている。

 

 きっと、佐久間まゆの心だって――

 

「……仮に、自分の真面目さが武器になるとして、具体的には、何をすれば?」

 

 武内Pの目付きが変わっていた。凄腕の狙撃手を思わせる本気の目付きに、伊華雌はニヤリと笑う感覚を思い出しながら――

 

〝プロデューサーがアイドルにする事と言ったら、一つしかないだろ?〟

 

「プロデュース、ですか?」

 

〝しかしまゆちゃんはアイドルを辞めている。もう、プロデュースは必要ない〟

 

 アイドルを辞めて〝普通の女の子〟になった佐久間まゆに対してプロデューサーがするべきこと。

 それは――

 

〝もう一度、まゆちゃんをスカウトするんだ!〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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