マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第2話

 

 

 

 346プロ社内カフェ〝メルヘンチェンジ〟。

 コーヒーの香りとアイドルの笑い声とウサミンコールが混ざりあうカフェで二人のプロデューサーが向かい合っていた。

 

 武内Pと米内(よない)P。

 

 正反対な二人だった。

 長身で老け顔の武内Pに対し、米内Pは低身長で童顔だった。足して2で割れば丁度良いんだろうなと伊華雌(いけめん)は思った。

 

「こうして話すのは久し振りだな、武内君。新入社員研修以来かな?」

「えぇ。ご無沙汰してます」

 

 武内Pが丁寧に頭を下げると、米内Pは変化の無い故郷を懐かしむような笑顔で――

 

「俺は大卒入社で歳上だけど、同期なんだから普通に話してくれればいいのに」

「いえ、あの……、これが自分の〝普通〟なんです」

「そうなのか? まあ、武内君が楽なようにしてくれればいいよ」

 

 振る舞いだけ見れば確かに米内Pが歳上である。大人の余裕というか、落ち着きというか、そんな雰囲気をもっている。

 

 しかし――

 

 その振る舞いが、恐ろしいくらい人物と一致していない。どうにかするとスーツを着た中学生に見えてしまう米内Pが、どうにかするとアラサーに見えてしまう武内Pに先輩風をふかせている光景とか違和感しかない。

 

「それで、市原さんのことなんだけど……」

 

 仕事の話に入ると同時に米内Pは真剣な顔になった。米内Pはよく笑う人なので〝仕事モード〟に切り替わった瞬間がよくわかる。

 

「これは、最近のライブなんだけど……」

 

 取り出したタブレット端末の画面にリトルマーチングバンドガールズが出現する。舞台裏から撮影したであろう映像の中に、映っていた。

 

 ――笑顔どころか、泣きそうな顔の市原仁奈が。

 

「ここまで露骨だと、まあ、ファンも気にしちゃってさ。ネットで勝手に考察されて困ってるんだ。市原さんはいじめられてて、それで笑顔になれないんじゃないか、とか……」

 

 呆れと苛立ち。二つの感情を込めた溜め息に伊華雌も同意する。仁奈を助けるために恐怖のシンデレラプロジェクトに乗り込んで恐怖の武内PをオーバーキルしてしまうLMBGである。いじめなんて、見当違いにもほどがある。

 

「美城常務から市原さんの表情をなんとかしろって言われてさ。でも、原因が分からなくて……。そしたら、武内君のところに預けろって」

 

「……なるほど。事情は分かりました」

 

 武内Pは、証拠品の分析を始める鑑識(かんしき)の目つきでタブレット端末の画面を睨む。伊華雌も一緒に検証する。

 リーダーの千枝を先頭にステージへあがるLMBG。この会場ロリコンしかいない! ――と思わせる大歓声に応えてみんな笑顔になる。

 ただし、市原仁奈をのぞいて。

 

〝なんか、ステージに上がる前はそうでもなくね?〟

 

 伊華雌の指摘に武内Pの指が反応する。動画のシークバーを操作して、先頭から再生する。ステージを前にした舞台裏。LMBGが円陣を組み、千枝の号令に元気一杯な歓声で応える。この時の仁奈は――

 

 笑っていた。

 仲間に囲まれて、楽しそうに。

 

「緊張、でしょうか?」

 

 武内Pの仮定に米内Pは迷わず首を横に振る。

 

「市原さんはそれなりに経歴が長い。それなりの場数を踏んでいる。笑顔を失うほど緊張することはないし、そもそも彼女は緊張しないほうだから」

 

「それでは、レッスン不足で技量に不安があったのでは?」

 

「それもないな。市原さんはLMBGの中でもアイドル活動に熱心で、ほとんど毎日事務所に来てる。もしかしたらメンバーで一番事務所に来ているかもしれない。そのぶんレッスンをたくさん受けてるから、技量に問題はないと思う」

 

「うーん……」

 

 武内Pは沈黙した。伊華雌も沈黙した。

 早くも煮詰まってしまった。

 捜査序盤にして手がかりを失った刑事の気持ちで途方にくれて、そして〝刑事〟というキーワードがあのアイドルを連れてきた。

 

〝……なあ武ちゃん。本職に相談するってのはどうだろう?〟

 

 武内Pはポケットの伊華雌を見て、首の後ろを触った。

 

〝早苗さん、元警察だったよな? もしかしたら、こういうの得意なんじゃね?〟

 

「……なるほど」

 

 武内Pは、携帯を取り出しながら――

 

「あの、この件、得意な人に相談してみるのはどうでしょう?」

「得意な人? それは……、安斎都さんとか?」

「自分は、元婦警の片桐早苗さんを考えて――」

 

「早苗さんッ!」

 

 米内Pが立ち上がった。椅子を後ろに蹴倒していた。カフェにいるアイドル達の視線が突き刺さった。

 

「あ……、すいません」

 

 米内Pは手仕草で謝りながら椅子を直し、テーブルに身を乗り出して――

 

「実は俺、早苗さんのファンでさ。いやあ、大人のアイドルって、やっぱいいよな!」

 

 周りに聞かれたくないのか声を潜めているあたり〝本気〟なんだろうと伊華雌は思った。

 人間、本当の気持ちはあまり知られたくないのだ。

 伊華雌だってクラスの連中には島村卯月のファンであることを隠している。それは伊華雌にとって聖域であって、他人に土足で踏み込まれることを許せない大切な場所なのだ。

 

「では、片桐さんに連絡しても大丈夫でしょうか?」

 

 携帯を操作して早苗の連絡先を出した武内Pに、米内Pは熱心な相づちを打つ。

 

「もっ、もちろん大歓迎だよ! あぁ、どうしよう……、緊張してきたぞ!」

 

 片想いの相手を想って悶絶する乙女のような米内Pとは裏腹に、武内Pはあっさりと通話ボタンを押して――

 

「――、お疲れ様です、武内です。――、実は、相談したいことがありまして。――、いえ、その節はお世話になりました。――、今は、社内カフェにいます。――、ありがとうございます、助かります。――、はい、お待ちしています」

 

 アイドルと話しているとは思えないほど事務的な口調だった。それは武内Pの平常運転であるから伊華雌は何も思わなかったが、米内Pは不安げに武内Pを見つめて――

 

「えっと、今、早苗さんと話してたの?」

「はい」

「そっ、そうなんだ。で、なんだって?」

「今から、ここに来てくれるそうです」

「ほっ、ほんとに! ……ってか、武内君すごいな。早苗さんと、その、仲良いの?」

「いえ、その……、実は最近――」

 

 武内Pは一部始終を淡々と説明した。佐久間まゆをプロデュースするために恋愛の指導を頼んだこと。居酒屋で恋愛の授業――というかお酒の授業を受けたこと。

 

「朝までお酒を……。早苗さんだけじゃなく、川島さんに、高垣さんまで……ッ!」

 

 自分に言い聞かせるように呟くと、米内Pはもはや殺気立っていると言っても過言ではない真剣な顔で――

 

「武内君。一生のお願いがある……」

 

 一生のお願いとか久々に聞いたな、と伊華雌は思った。子供専用のおねだりワードがさらっと出てしまうのはキッズアイドル担当プロデューサーの職業病だろうかと思った、次の瞬間――

 

 ゴチン。

 

 米内Pが頭をテーブルにぶつけた音である。しかし彼は、さらにテーブルに頭をめり込ませようとするかのように(ひたい)をこすりつけて――

 

「その飲み会、次回は俺も誘ってほしい! 俺も、早苗さんと飲みたいッ!」

 

 その情熱はもはや脅迫の域に達していた。オモチャ買ってくれないと泣き喚くぞと脅す幼児の迫力があった。

 

 ――どんだけ早苗さんと飲みたいんだよ!

 

 伊華雌は反射的に突っ込みを入れたくなったが、島村卯月の担当マイクになりたいと駄々をこねた自分を思い出して何も言えなくなった。

 

「……あのっ、顔をあげてください。もしそのような機会がありましたら、声をかけますので」

 

 まあ、要求を飲むしかないよな、と伊華雌も思った。ここまで本気の情熱をぶつけられたら、なんていうか、応援したくなってしまう。

 

「ありがとう武内君! 君はいいやつだ! これで俺も、早苗さんと飲める……ッ!」

 

「あら、私の話?」

 

 その言葉は、もはや物理的な衝撃を伴っていた。

 米内Pは油の切れたロボットのようにぎこちなく振り返り、バブリーな服装の早苗を視認するなり光の速さで名刺を出して――

 

「あのっ、第三芸能課の米内と言います! よろしくお願いします大ファンですッ!」

 

 ――アイドルのファンには、大きく分けて二つのタイプが存在する。

 

 堂々と好きを公言できる陽キャタイプと、照れが邪魔をして気持ちを隠してしまうシャイボーイタイプ。

 

 米内Pはどうやら〝陽キャタイプ〟のようでラブコールに躊躇(ちゅうちょ)がない。あの早苗が困惑して武内Pに視線で助けを求めるほどに情熱的なラブコールを連射している。

 

 そんな米内Pを伊華雌は羨ましく思ってしまう。

 

 伊華雌は〝シャイボーイタイプ〟のドルオタなので、推しのアイドルを前にした瞬間、コミュ(りょく)が消滅する。血の滲むような課金によって参加資格を獲得した〝島村卯月握手会〟で、緊張のあまりさるぐつわを噛まされた人みたいになってしまった悲劇は今もトラウマとして伊華雌の心に刻まれている。

 

「実は、片桐さんを元警察の方と見込んで、協力をお願いしたいのですが……」

 

 武内Pが事情を話した。仁奈がライブの時だけ笑顔になれない理由を捜査してもらいたいと依頼する。

 

「うーん、そうねえ……」

 

 あれ、食い付き悪いな……?

 

 早苗の反応を伊華雌は意外に思った。警察キャラを全面に押し出しているデンジャラスアダルティな早苗である。〝捜査〟という単語にダボハゼのように食いついてくれるかと期待したのだが……。なんなら刑事の仲間とか、知り合いの鑑識(かんしき)とか出てきて踊りながら大捜査線を張ってくれると思ったのだが……。

 

「いや、確かにあたしは警察からアイドルになったけど……」

 

 早苗は、嘘がばれた子供みたいに赤い舌を出して――

 

「交通課だったのよね。えへ……」

 

 バブリーなお姉さんが少女じみた仕草で舌を出している。そのギャップ萌えに悶絶――してる場合じゃなくてッ!

 

 え、交通課! それってつまり、捜査については素人ってことじゃ……ッ!

 

 伊華雌の落胆を、しかし消し飛ばすように早苗はボディコンの胸を張って――

 

「でも、任せて! あたし、刑事ドラマとか大好きだから! どんな事件でもばっちこいよっ!」

 

 そっか、刑事ドラマが大好きなら安心――なわけねぇぇええ――ッ! それ、〝素人〟のカテゴリーからぜんぜん外れてませんからぁぁああ――ッ!

 

「こちらが、そのライブ映像です」

 

 武内Pがタブレット端末を早苗に向ける。

 早苗は思案顔であごをさわりながら画面を見つめる。その早苗を米内Pが至福の表情で見つめる。

 

 伊華雌は、あまり期待をしていなかった。交通課の婦警に捜査を依頼して、果たして成果が望めるだろうか? 元刑事だと思ったから協力を提案したのに……。

 

 ――しかし、である。

 

 果たして早苗が現役の刑事だとしても、恐らく謎は解けなかった。

 謎を解くことができるのは、それなりの洞察力を持った現役のアイドル。

 

 つまり、片桐早苗で正解だった。

 

「ねえ、これ見て」

 

 早苗が、タブレット端末の画面を指差した。リトルマーチングバンドガールズがステージに上がるシーンだった。爆発的な歓声の効果だろうか、キッズアイドル達の笑顔が、さらに輝きを増している。

 ただ一人、市原仁奈をのぞいて。

 

「どう、分かった?」

 

 え、何が?

 

 伊華雌がじっと見つめる片桐早苗は、まるで探偵気取りだった。真相をつかんだ名探偵特有のドヤ顔がそこにあった。

 

「歓声をうけて、士気が高まり笑顔になっています。市原さんをのぞいて」

 

 武内Pの答えに伊華雌も同意する。模範解答だと思った。さっきの映像を正確に言葉で表している。

 

「俺も、同じ意見です……」

 

 米内Pが後頭部をガリガリとかいた。お手上げを示す沈黙が流れ、早苗のドヤ顔が加速する。

 

 そして、回答編――

 

「よく、見ててね……」

 

 リトルマーチングバンドガールズの入場シーン。キッズアイドルの笑顔が輝きを増す瞬間――

 

「みんな、一瞬だけ同じ方向を見てると思わない?」

 

 そう言われると、その通りだった。ステージに上がったアイドル達は、ただ一人の例外もなく、ステージの右前方へ視線を投げている。それを合図に、最高の笑顔が炸裂している。

 

「関係者席、でしょうか……?」

 

 武内Pの回答に、早苗は指鉄砲で応える。大正解! と言わんばかりの仕草をしてから――

 

「あたしもさ、誰かを招待した時って、真っ先に見ちゃうのよね。ちゃんと来てくれたかなって。そんで、笑顔で手とか振ってくれたら、テンションあげあげになっちゃう。そこが空席だったら、まあ、寂しい気持ちになるかな……」

 

 きっと市原仁奈は、期待していたのだ。ステージが始まるその直前まで、招待した誰かが来てくれると、信じて笑みを浮かべていたのだ。

 

 ――しかし、空席。

 

 そのショックに、彼女は笑顔を失ってしまう。

 

「確かに、いつも市原さんは、招待席を一つ欲しいと言っています」

 

 米内Pの言葉が最後の鍵だった。それによって推理を完成させるべく、早苗は指鉄砲を米内Pの額へ向けて――

 

「ひょっとして、仁奈ちゃん片親(かたおや)なんじゃない? お父さんかお母さん、どちらか一人しかいないんじゃない?」

 

 沈黙は一瞬だった。

 米内Pは頷き、早苗は推理完成とばかりに指鉄砲を撃つ仕草をして――

 

「仁奈ちゃんが笑顔になれない理由は、招待した親御さんがそこにいなかったせいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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