マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第7話

 

 

 

「一般市民が参加するパレードに、どうしてアイドルを出さなければならないのか? 依頼されたならともかく、どうして自主的に参加しなければならないのか? 理由を説明してもらいたい」

 

 プロデューサー会議の場で淡々と発言する赤羽根Pが冷酷な殺し屋に見えた。企画の説明を受けてすぐその急所を攻撃して、しかし涼しい顔をしている(さま)が非情な殺し屋に見えた。

 

 その一撃に、顔つきだけは殺し屋な武内Pは硬直する。

 反論は想定していた。

 反撃の言葉も用意し備えは万全であるのに、しかし武内Pは口を開かない。

 

 もしかしたら、ショックだったのかもしれない。同僚として仲間意識を持っている赤羽根Pからの一撃は、彼の繊細なガラスハートを粉砕するに充分だったのかもしれない。

 

 だから――

 

 伊華雌(いけめん)は声を荒げる。弱気になった相棒の、頬を叩いて気合いを入れてやるように――

 

〝武ちゃん! やりかえせ! 仁奈ちゃんの笑顔のためにッ!〟

 

 武内Pの、目がすわった。頼もしい殺し屋の視線を赤羽根Pへ照射して――

 

「今回の企画は、シンデレラプロジェクトの発案になります。皆さんもご存じの通り、シンデレラプロジェクトはアイドルを救済するための部署です。この企画の目的は、アイドル市原仁奈の救済であり、金銭的な利益は度外視しています」

 

 ざわざわ、という擬音をあてるべき喧騒が会議室に広がっていく。美城常務をのぞく全てのプロデューサーが、首をかしげたりうなったり、それぞれのやり方で理解不能を主張する。

 

「話に、なっていないな」

 

 赤羽根Pは、戦う必要は無いと呆れる半笑いで――

 

「武内、ここは学校じゃないんだぞ? 調子の悪いキッズアイドルのためにボランティアでパレードに出場する。それは結構な話だが他所でやってくれ。芸能プロダクションが会社の経費を使ってやることじゃない」

 

 その反論は、想定内。まだ、戦える。

 

「このパレードは、市内最大の規模を誇ります。そこにLMBGを参加させることにより、その存在を宣伝出来ます。宣伝効果で、将来の収益が期待できます」

 

 何人かは、頷いてくれた。

 しかし、大多数のプロデューサーは渋面のままで、その気持ちを代弁するかのように赤羽根Pが――

 

「LMBGは346プロでも屈指の人気ユニットだ。単独でアリーナを埋められる程の人気がある。それだけの知名度がある。今さら市民パレードに参加したところで、収益増加につながる知名度上昇を期待できるとは思えない。パレードをやりたいのであれば、アリーナを用意して、ライブとしてやるべきだ」

 

 結局のところ、この企画の穴を埋めることは出来なかった。

 赤羽根Pの指摘通り、LMBGに今さら宣伝は必要ないし、アリーナでパレードをやれば相応の収益が期待できる。

 

 ――はっきり言って、もったいないのだ。

 

 単独でアリーナを埋められる人気ユニットを参加無料の市民パレードに参加させるのは、学生の演劇にハリウッド女優を起用するに等しい愚行なのだ。この企画の意義は〝市原仁奈を復活させること〟であって、それが唯一の報酬であって、あとはデメリットしかないのだ。なので、徹底的に反論されると、論破される。援護を期待した美城常務も、黙して傍観に徹している。

 

「しかし……、その……」

 

 もう、論理的な反撃は不可能だった。武内Pは、追い詰められたネズミが断末魔の叫び声をあげて猫に歯を立てるように――

 

「市原さんの笑顔を取り戻すには、必要な企画なんです……ッ!」

 

 その悲痛な言霊は、しかし赤羽根Pの表情を崩すに至らない。

 

「芸能の世界で脱落者が出るのは仕方の無いことだ。むしろ、メンバーが脱落したことによってLMBGの士気がさがらないように気を配るほうが有益だとオレは思う」

 

 ――完全勝利。

 

 そんな言葉がふさわしい光景だった。武内Pの最後の言葉にまできっちりと反論し、ぐうの音が出ないことを確認して会議を終わらせる。

 

 これで会議が終わっていたら、赤羽根Pは完全勝利を収めていた。

 しかしプロデューサー会議はある種の戦場であって、敵は一人とは限らない。

 

「意見、いいですか」

 

 赤羽根Pと武内Pの間に割って入ったのは――

 

「第三芸能課の米内(よない)です。武内君の企画について、補足させていただきたい」

 

 伊華雌の筋書きに無い展開だった。武内Pも、予想外の援護射撃に呆然とする兵隊みたいな顔をしている。

 

「武内君の企画は346プロに利益をもたらさないと指摘されていますが、果たして本当にそうでしょうか? 他の皆さんも、赤羽根君の意見に同意しているのでしょうか?」

 

 米内Pは、無言による肯定を、まとめて捻り潰そうとするかのように――

 

「この企画は、346プロに多大な利益をもたらします」

 

 米内Pが立ち上がる。威圧感は、まるで無い。彼は背が低いので、立ち上がると子供っぽさが強調されてしまうのだが、だからこそ妙な説得力を持っていた。キッズアイドルの気持ちを理解するにかけては彼の右に出るものはいないのだと、視覚的に強調する効果があった。

 

「現状、市原さんはアイドル活動の継続が難しい状態です。武内君の企画は、市原さんをアイドルとして生き残らせることの出来る最後の可能性だと思います」

 

「それは――」

 

 口を挟もうとした赤羽根Pの、しかし機先を制するように米内Pは言葉を被せて――

 

「先ほど、赤羽根君は市原さんのアイドル活動を諦めて、彼女が脱退することを前提に、他のメンバーのフォローに力を入れたほうがいいと言いましたが、その発想はLMBGが〝子供〟のユニットであることを考慮できていないと思います」

 

「……どういうことですか?」

 

 意見を否定されて不愉快なのか、赤羽根Pの口調に露骨なトゲがあった。微かな笑みを口元に残してはいるが、忙しなく机を叩く人差し指に隠しきれない苛立ちが表れていた。

 

「子供たちは、とても共感力が強いんです。一人が泣いたらつられて泣いてしまったり、一人が騒ぎだしたらつられて騒いだり。大人と違って感情のコントロールが上手く出来ないんです」

 

 そんな、子供たちだけで構成されたユニットから脱落者が出てしまったらどうなるか?

 

 ――芸能の世界はそういうものだから仕方がない。

 

 果たして、赤羽根Pの冷たい言葉が役に立つのだろうか? 仁奈の抜けたLMBGを、それでも笑顔で行進させられるだろうか?

 

「俺は、自信ないですよ?」

 

 米内Pは、ナイフを喉元へ突きつけて脅迫するかのような目付きで赤羽根Pを見据えて――

 

「市原さんの窮地を知りながら見捨てるようなことをして、それでもLMBGを今まで通りに活動させる自信はありません。最悪――」

 

 ――ユニットの解散もありえます。

 

 会議室が、静まりかえった。

 

 誰もが、軽く考えていた。アイドルが一人脱落することを、額面通りに受け取っていた。

 失うのは、一人だけだと思っていた。

 

 しかし――

 

 失うのは一人のアイドルではなく、一つのユニットであるかもしれないと強い口調で言い切られて、もはや顔面蒼白だった。胃潰瘍かと思ったらガンだった、そんな告知をうけた患者のように、ショックを飲み込む時間を必要とした。

 

「これは、市原さん個人ではなく、LMBG全体を救うための企画だと考えてください。それなら、やるだけの価値はあるのではないでしょうか?」

 

 もはや、反対意見は出なかった。

 プロデューサー達は沈黙をもって武内Pの企画を認めた。

 赤羽根Pも、それ以上反対意見をあげることはしなかった。小さなため息をもって不本意を主張して、早くこの場から立ち去りたいと言わんばかりに腕時計へ視線を落とした。

 

 ――どうだ赤羽根! 武ちゃんと俺、そして米内さんの逆転勝利だ!

 

 伊華雌は逆転満塁ホームランを打つ感覚を思い出そうとして失敗した。そんな感覚、伊華雌の記憶に存在しなかった。運動音痴な伊華雌はデッドボールでしか出塁した経験がなく、ボールが腹に刺さる感覚を思い出して悶絶した。

 

「他に反対意見がなければ武内の企画を採用する」

 

 美城常務の視線に応じて反対の意を示すプロデューサーはいなかった。全てのプロデューサーの意思を確認した美城常務は、武内Pへ視線を向けて――

 

「成果を、期待する」

 

 社交辞令、というわけでもなさそうだった。美城常務の口元を飾る微笑が、以前のそれから変化しているような気がした。武内Pにシンデレラプロジェクトを任せた時は、戦力外通告をうけた野球選手を仕方なく励ます監督のような生ぬるい笑みを向けていたが、今は急激に成長してスタメン入りが見えてきた高校球児の背中を叩く監督のような笑みを向けている。

 

 佐久間まゆの再プロデュースに成功して、多少なりとも信頼を勝ち取れたのかもしれない。

 だとしたら、案外に近いのかもしれない。

 

 武内Pが、島村卯月の担当に復帰するのも。

 そして伊華雌が、島村卯月の担当マイクに――

 

〝うぉぉおお――、絶対に成功させてやるぞぉぉおお――ッ!〟

 

 伊華雌は、自分が卯月のマイクになった光景を妄想し、ほとばしる下心を絶叫という形で放出した。それはつまり、高まった欲望に興奮した結果であって、誉められる要素など何処にもありはしないのだが、武内Pはスーツのポケットに収まる伊華雌へ視線を投げて、勇ましい笑みと共に頷いてくれた。

 

 ――きっと、勘違いしたのだ。

 

 伊華雌の欲望にまみれた薄汚い咆哮(ほうこう)を、企画の成功に向けて気合いを入れる掛け声だと勘違いしてしまったからこそ、戦友に向けるべき笑みを向けてしまったのだと思った。

 

 伊華雌は欲望に支配されてしまった自分を罵倒し、ハロウィンパレードの成功を武内Pの勇ましい笑みに誓うのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「市原仁奈の母親についてはこちらで話をつける。パレードまではアイドル活動を続けられるようにする」

 

 美城常務は協力的だった。考えるだけで胃が痛む感覚を思い出してしまう仁奈の母親との交渉を自ら買って出てくれた。もしくは、前回怒らせたばかりの武内Pを再びマッチングするのはさすがに無謀と思ったのかもしれない。

 その無表情から本心を読み取るのは無理ゲー過ぎるので真相はヤミノマであるが、とにかく立ちふさがる障壁が一つ無くなって伊華雌は安堵の吐息をつく感覚を思い出した。

 

 ――そもそも、この企画には障壁となる懸念事項が多いのだ。

 

 シンデレラプロジェクトが難易度ナイトメアの無理ゲー部署だと、覚悟はしていた。しかし実際に立ち向かってみると、次から次へと困難が立ちふさがって嫌気がさしてくる。人間だった頃の自分ならとっくに尻尾を巻いて逃げていた。

 

 ――何で、こんなに頑張れてんだろ……。

 

 ふと自問する伊華雌に、俺が答えだと言わんばかりのタイミングで――

 

「あと、少しですね」

 

 地下へ向かうエレベーター。人目をはばからずに嬉しそうな笑みを浮かべる武内Pに、伊華雌は思う。

 

 ――この笑顔の、ためかもしれない。

 

 もちろん、担当アイドルの笑顔が最大の報酬であるが、前世から通算して初めて出来た〝友達〟の笑顔もまた大きな報酬なのだと伊華雌は思う。

 

 ――だから、頑張れる。

 

 自分のためじゃなくて、誰かのためだから頑張れる。使い古された薄っぺらいテーマだと生前はバカにしていたが、武内Pのプロデュースを本気で応援してしまうのは、つまりそういうことだろうか?

 

 ――いや、俺は、卯月ちゃんの担当マイクになるために頑張ってるだけだしっ!

 

 自分の中にあるかもしれない気恥ずかしい感情を否定するために、伊華雌は初心を思い出してそれを口にする――

 

〝まゆちゃんに続いて仁奈ちゃんのプロデュースも成功させたら、いよいよ卯月ちゃんの担当に戻れるかもな!〟

 

 エレベーターが地下二階に到着した。

 扉が開き、しばらく開放し、そしてまた扉が閉ま――

 

〝武ちゃん! 降りないと!〟

 

 武内Pは慌ててエレベーターをおりて、首の後ろに手を伸ばした。

 

〝どったの? 急にぼーっとしちゃって?”

 

「いえ、その――」

 

 言われるまで、島村卯月の担当を目指していることを忘れていた。

 

 武内Pは、どうしてそんな大事なことを忘れていたのかと自問するように首の後ろをさわっていた。

 伊華雌は、しかし不思議に思わなかった。

 

 武内Pは、真面目だから。目の前のことに全力だから。

 だから今は、市原仁奈のプロデュースしか頭にないのかもしれない。

 

〝武ちゃんは、それでいいと思う〟

 

「……えっと、それはどういう?」

 

 首をかしげる武内Pに、説明する必要はないと思った。

 今のまま、ひたすら真面目にプロデュースを重ねていけば、いつか必ず島村卯月のプロデューサーに戻れる日が来ると思ったから。

 

 成果を出すのに時間がかかるかもしれない。

 けど、いつか必ず成果が出せる。

 

 武内Pのプロデュースは、歩み遅くとも確実に成果をだせるプロデュースであり、関わったアイドルがみんな笑顔になれるプロデュースである。

 

 だから――

 

 成果はまだ、先でいい。

 島村卯月の担当に返り咲くまで、目の前のことをゆっくりと、しかし確実にこなしていればいいと思った。

 

 ――そんな風に思っていた伊華雌だが、しかし事態は急変する。

 

 地下室への階段を降りた武内Pの、表情が変わる。ただでさえ強面な彼が表情を強張らせて、その横顔はもはやターミネーターのようで、しかし伊華雌も同じ表情を作りたかった。

 だって、シンデレラプロジェクトの扉に背を預けて武内Pを待っていたのは――

 

 赤羽根P。

 

 ついさっき会議の場で真っ向から意見を戦わせたばかりの、言わば戦争中の敵司令官のような存在が、友好的にしか見えない笑みを浮かべている。仮にも舌戦に敗れたばかりで、心中は穏やかでないはずなのに。

 

「ちょっと、話したいことがあるんだ」

 

 やはり、友好的である。会議室であったことは夢か幻なのではないかと思ってしまうくらいの笑みで、しかし正確に武内Pの急所を狙って――

 

「武内、島村卯月の担当に戻る気はないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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