マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第10話

 

 

「おにぎりだーっ!」

 

 龍崎薫の歓声を合図に子供達が集まってきた。夜までレッスンをしていた子供達の食欲は旺盛で、たくさん作ったはずのおにぎりはみるみる数が減っていく。

 

〝差し入れ大作戦、大成功だな武ちゃん!〟

「はいっ」

 

 伊華雌(いけめん)はハイタッチをする感覚を思い出そうとして、しかしハイタッチの経験なんて無いことに気付き途方にくれた瞬間――

 

 見るより先に、気配があった。

 

 それは美しくも恐ろしい愛のオーラ。深すぎる愛は劇薬にもなりうるのだとご理解いただけてしまう不穏な視線。

 

「プロデューサーさん。差し入れ、ありがとうございます」

 

 シンデレラプロジェクトのメンバーとして子供達とパレードに参加する佐久間まゆはレッスンに参加していた。武内Pがおにぎりを作っている間、ベテラントレーナーに激を飛ばされながら技量を磨いていた。

 

 だから、大丈夫だと思っていた。決してバレることはないと確信して油断していたのだが――

 

 伊華雌は、佐久間まゆを(あなど)っていた。

 まゆは手にもったおにぎりを見つめて、いつものように微笑んで――

 

「誰と、作ったんですか……?」

 

 武内Pは優秀で、すぐに卯月の作り方を完全にコピーした。卯月のおにぎりと武内Pのおにぎりを見分けるのは困難で、しかもばらまいたパンくずに群がる鳩の剣幕で子供達の小さな手がおにぎりを争奪したので見比べる時間なんて無かったのに、それでもまゆは微塵の疑いもなく問い詰めてくる。その強すぎる視線が武内Pを(つらぬ)き訊ねる――

 

 誰と、作ったんですか……?

 

「あの、えっと……」

 

 視線を泳がせる武内Pに、何を言っていいのか分からなかった。ヤンデレモードの佐久間まゆは、咄嗟(とっさ)の嘘で誤魔化せるような相手じゃない。しかし正直に〝島村卯月と楽しいイチャコラクッキング!〟が開催されていたことを白状するのもまずい気がする……。

 

 伊華雌が無い脳みそを振り絞っている間にも、まゆは武内Pに近づき、それはもう近づき、大きな瞳一杯に武内Pの顔を映して――

 

「次は、まゆにもお手伝いさせてくださいね。まゆ、お料理は得意ですから……」

 

 おにぎりを口に含んで笑みを浮かべるまゆはいつものまゆだった。

 自然に()みが去ってくれたことに伊華雌は大きく息を吐き出す感覚を思い出し、想う相手に対する佐久間まゆの洞察力は探偵の域に達しているのだと思い知った。

 

「みんなっ、衣装ができたぞッ!」

 

 ばあんと開かれたドアの向こうに米内Pがいて、両手に衣装を抱えていた。

 

「ちょっと、みんな同じ衣装じゃない!」

 

 噛みついてきた的場梨沙に、米内Pは憎めない笑顔で――

 

「予算の都合だ!」

 

 その衣装は小悪魔をモチーフにしたもので、去年のハロウィンライブでバックダンサーが身につけていたものだった。その事実に気付いたのは、しきりにタブレット端末に指を走らせていた橘ありすで――

 

「これ、去年のライブで使われた衣装です。ほらっ」

 

 タブレット端末の画面を見た子供達が、一斉に口を開けて――

 

「かおる、新しい衣装がいいなーっ!」

「みりあも、去年と同じのはいやかなー」

「ヒョウくんの衣装はないんですか~?」

「うげっ、これスカートじゃん。オレ、スカートはちょっと……」

「あんた、いい加減に慣れなさいよ。なんならアタシが可愛くしてあげるから」

「私は魔導師の衣装を希望しました」

「あら、こだわりますのね」

「当然です。どんな仕事でも自分の――」

 

 ――第三芸能課名物、ずっと子供達のターン!

 

 機関銃掃射の剣幕で言葉の弾幕を張って大人を圧倒する。武内Pや伊華雌はもちろん、米内Pも参ったなと言わんばかり後頭部をかいて苦笑していたが――

 

「みんなお揃いで、うれしーです!」

 

 その無邪気な言葉が、満面の笑みが、子供達のターンを終わらせた。

 

「みんなでハロウィンモンスターの気持ちになるですよーっ!」

 

 らんらんと瞳を輝かせる仁奈の誘いを、誰が断れるだろうか?

 

 第三芸能課のキッズアイドル達はそれぞれに自分を納得させる理由を呟きながら衣装合わせを始めた。

 

〝武ちゃん、今のうちに……〟

 

 伊華雌が促して、武内Pは頷いた。米内Pの元へ行き、仁奈の母親をパレードに呼ぶための提案を相談する。

 

「それはいいな。俺も賛成だ!」

 

 米内Pは力強く頷き、レッスンルームから出て行った。そして戻ってきた時には両手にお絵かきセットを持っていた。

 

「みんな、一つ提案がある!」

 

 今回は関係者席とか無いから、パレードに来て欲しい人に招待状を書かないか?

 

 反応は真っ二つに分かれた。仁奈や薫は面白そうだと歓声をあげて、ありすや梨沙は子供っぽいと一蹴(いっしゅう)した。

 

「まあ、書きたい人だけ書いてくれっ」

 

 仁奈と薫が白紙の手紙に飛び付いて、二人に付き合うお姉さんの雰囲気でみりあと千枝がクレヨンに手を伸ばした。他のメンバーは手作りの招待状に対する興味を失っていたが、それは別に構わない。仁奈が招待状を書いてくれれば、それで良かった。

 

 武内Pの口から伝えても駄目なのだ。

 仁奈の母親の心を動かしたいのであれば、彼女の気持ちになって何が一番効果的なのか考える必要があるのだ。

 

 仁奈の母親は、確かにシングルマザーで余裕がないのかもしれない。だから、仁奈が関係者席を用意しても、ライブ会場まで足を運んでくれないのかもしれない。

 

 しかし――

 

 家のすぐ近くで、しかも愛娘が手作りの招待状まで作ってくれれば、きっと心を動かしてくれるだろうと伊華雌は祈る気持ちで信じている。

 

「できたっ!」

 

 仁奈が完成した招待状を持ち上げて喜ぶ。

 へたくそな字で、へたくそな絵で。

 それでも、仁奈の母親の気持ちになれば見えてくる。それを受け取った時に彼女がどんな気持ちになってくれるか。

 

 ――仁奈ママの気持ちになるですよ。

 

 きっとこの企画は成功する。それでも、仁奈はアイドルをやめることになるかもしれない。母親の反対を簡単に覆せるとは伊華雌も思っていない。

 

 しかし――

 

 この企画は、市原仁奈がアイドルになってやりたかったことを実現させるためのものである。それさえ叶えば、例えアイドルの世界から去ることになったとしても、彼女は笑顔になってくれるはずである。

 

 市原仁奈がアイドルになった理由。

 

 それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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