マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第3話

 

 

 

「今年のサマーライブで、事故がありました。島村さんは悪くないのですが、落ち込んでしまいました。自分は、島村さんを励まして復活させることが、出来ませんでした……」

 

 夏のライブと言えば、伊華雌(いけめん)も本会場に参戦していた。ライブが始まって、トロッコに乗って近づいてきた島村卯月に熱狂して――

 

 気がついたら神様と二者面談をしていた。

 その時点では事故なんてなかったのだけど……。

 

「自分は、諦めてしまったんです。どうすれば島村さんの笑顔を取り戻すことが出来るのか、分からなくて……」

 

 伊華雌の中に、予感があった。

 それは、悪い予感だった。

 卯月が落ち込んだ? 笑顔を取り戻せなかった?

 

 じゃあ――

 

〝今、卯月ちゃんはどうなってんだよ? アイドル、やってるよな? 笑顔、なんだよな?〟

 

 声が、震えてしまう。

 もし、今の自分が人間の姿だったら、泣きそうな顔で武内Pの体を揺すっているだろう。

 

「大丈夫です。島村さんは、立ち直りました……」

〝……そっか。良かった〟

 

 恋人の無事を知った彼氏のように、伊華雌は心の底から安堵した。笑顔を失った島村卯月なんて、絶対に見たくなかった。

 

「……あなたは、本当に島村さんが、好きなんですね」

 

 武内Pの口調が、若干ながら柔らかくなっているような気がした。さっきまでは容疑者に訊問(じんもん)する刑事のような口調だったが、今は不審者に職務質問をする警官の口調になっている。

 

〝俺は、卯月ちゃんの笑顔に救われたんだ。あの笑顔がなければ、俺はとっくに……〟

 

 〝高校生活〟という名の地獄から逃げて引きこもり、昼夜(ちゅうや)の感覚を失っていたあのころ。何の気なしに眺めていたTV画面に、島村卯月が現れた。

 

 その笑顔に、魅了された。

 気がつくと、頬が濡れていた。

 嗚咽(おえつ)をもらして、泣いていた。

 

 きっと、対極だったから。

 

 スポットライトを浴びて楽しそうに笑う卯月。

 現実から逃げて薄暗い部屋に引きこもっている自分。

 

 あまりにも対極すぎて、でも――

 だからこそ――

 

 まぶしかった。

 

 チビが高身長に憧れるように。ガリがマッチョに憧れるように。

 暗闇の住人である伊華雌は、明るい世界で笑顔を輝かせる卯月に憧れて、堅く閉ざしていた部屋のドアを蹴破った。バイトを始めて、卯月のグッズを買い漁った。大検をとって、芸能業界に入れると(うた)う専門学校に入った。アイドルのプロデューサーになるという、稚拙(ちせつ)で純粋な夢を(いだ)いて。

 

〝卯月ちゃんがいなかったら、俺の人生、クソなままで終わってた。卯月ちゃんのおかげで、俺のクソな人生が――〟

 

 楽しくなった。

 

 夢中になって卯月を追いかけていたあの頃は本当に楽しかった。バイト先で不細工をバカにされても、専門学校で不細工をバカにされても、もうどうでもよくなった。

 

 だって、自分の一番大切なものは、そこにはないから。

 クソみたいな現実よりも遥かに楽しい世界を、持つことができたから。

 

 ふと見ると、武内Pが首の後ろをさわっている。どうやら、戸惑っているようだった。いきなりマイクの人生語られてポカン顔全開、そんな感じだった。

 

 伊華雌は、自分がマイクであることを思い出し、何だか急に恥ずかしくなった。閑話休題(かんわきゅうだい)とばかりに空咳(からせき)を繰り返してから――

 

〝えっと、じゃあ、今、卯月ちゃんを担当してるのは……?〟

「島村さんは、別のプロデューサーが担当しています。自分よりも、優秀な、プロデューサーです……」

 

 武内Pの口調が固い。表情も固く、こぶしも固く握られている。

 その仕草から本心を探るのに、さして洞察力(どうさつりょく)は必要としなかった。

 

〝あんた、不本意なんだろ? 本当は、自分が卯月ちゃんを担当したいんだろ?

 

 武内Pの反応は分かりやすかった。目を見開いて、半口を開けて。〝本心を射抜かれた人の表情〟という題名で絵画(かいが)を描けそうな表情で伊華雌を見ていた。

 

〝だったらさ、卯月ちゃんの担当を、取り戻そうぜ! そして、俺を担当マイクにしてくれよ!〟

 

「それは、無理です。自分は、失敗しましたし、赤羽根さんのほうが、優秀ですし……」

〝なに弱気なこと言ってんだよ! あんた、なりはデカイのに気は小さいのな!〟

「そんなこと、言われましても……」

 

 人に向かって、こんな強い言葉を投げたのは始めてだった。もし自分が〝人間の伊華雌〟だったら、不細工であるという負い目に卑屈になって、熱い台詞など吐けやしない。

 

 だけど――

 

 今の自分はマイクである。

 だから感情の、(おもむ)くままに――

 

〝あんたの島村卯月に対する気持ちはその程度かよ! 卯月ちゃんをスカウトしたのはあんたなんだろ? 優秀なプロデューサーだかなんだかしらねーけど、横取りされて悔しくねえのかよ! 卯月ちゃんの担当を、取り戻そうぜッ!〟

 

「しかし、赤羽根さんのほうが、島村さんも――」

 

 こんこんと、ノックがあった。白熱する議論に水をかけるように――

 

「武内、入るぞ」

 

 気安い口調と共に男性が入ってきた。スーツ姿であるからプロデューサーの同僚かと思ったが、その顔は若かった。恐らくは二十歳前後だろうか。専門学校の同級生と大差あるように思えなかった。

 

「赤羽根さん、お疲れ様です」

 

 武内Pが頭を下げた。

 伊華雌は耳を疑った。

 

 この、学生に毛の生えたような若造が、武内Pよりも優秀な〝赤羽根〟ってやつなのか? こいつが、卯月ちゃんの担当を奪ったプロデューサーなのか?

 

「相変わらず堅苦しいな。同期で同い年なんだから、もっと気安く話してくれよ」

 

 赤羽根Pが親しげな笑みを浮かべて武内Pの肩をたたいた。

 伊華雌は耳を疑った。

 

 同期で、同い年……だとッ!

 

 信じろというほうが無理だと思った。だって、武内Pは若く見積もっても20後半にしかみえない。赤羽根Pは、老けて見積もっても20前半にしかみえない。この二人が同い年とか、嘘だろッ!

 

「卯月が、武内に挨拶したいって」

 

 赤羽根Pの言葉が合図だった。

 

 ドアの向こうから、島村卯月があらわれた。

 

 それはあまりにも島村卯月だったから、伊華雌は何が起こったのか分からなかった。

 例えば――

 ポスターから実物が出てきたり、TVから本人が出てきたり。そのくらい現実味のない光景だった。

 

 だって――

 

 あの島村卯月が、ライブの衣装で、当たり前のように入ってくるなんて、あり得な――

 

「今日のライブ、島村卯月、がんばりますっ!」

 

 それはもちろん、伊華雌へ向けた言葉ではない。卯月は武内Pに向けてライブの意気込みを表したのだが――

 

 それでも、伊華雌は昇天した。

 

 卯月の笑顔を間近で見れて、もう死んでもいいと思った。

 あ、もう死んでるんだった、と思い直した。

 

「卯月、行くよ」

 

 廊下から聞こえてきた声に、昇天していた伊華雌が再昇天した。

 

〝りっ、凛ちゃんまで! いや待てよ、そうなると、もしかすると――〟

 

 昇天の準備をしておいて正解だった。

 廊下で腰に手を当てる凛の(となり)に、元気な足音が響いて――

 

「早くしないとおいてっちゃうぞ、しまむー!」

 

 集合していた。

 薄暗い廊下に、346プロを代表する人気ユニットが――

 

〝ニュージェネレェェエエ――ショォォオオ――ッ!〟

 

 本日三度目の昇天だった。

 もし自分が人間だったら、度重(たびかさ)なる昇天により死んでいた。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

 

 赤羽根Pが、三人を従えてステージへ向かった。

 残されたのは、担当のいないプロデューサーと不細工なマイク。

 

〝……やっぱり、アイドルって、いいな〟

 

 武内Pは、返事をしない。卯月の去った、薄暗い廊下を眺めている。

 

〝卯月ちゃんの担当、取り戻そうぜ。俺、卯月ちゃんのマイクになりたいよ〟

 

 もしも武内Pが卯月の担当に戻って、自分が担当マイクになれたら最高だと思った。さっきみたいな、見てるだけで昇天するくらい素敵な笑顔を、毎日のように鑑賞できるのだ。

 

 いや、それだけじゃない。

 

 ライブのたびに、マイクの特権であれが出来るのだ。

 島村卯月の、唇に……

 

〝うぉぉおお! 最高だぜ担当マイク! 担当マイクに――、俺はなるッ!〟

 

 一人で勝手に盛り上がる伊華雌とは対照的に、武内Pはため息を落として――

 

「もうしわけ、ありませんが……」

 

 彼は、夢を諦めた人間がするように、泣きそうな顔で自嘲の笑みを浮かべて――

 

「自分はもう、プロデューサーをやめようと思っているんです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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