マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

30 / 86
 第2話

 

 

 

 第一芸能課は346プロの主力部隊であり、そこの課長である間島(まじま)Pは実質的に346プロのトッププロデューサーである。数々のアイドルを発掘して育て上げてステージへ送り出してきた実積を持つベテランである。

 

〝トッププロデューサーってことは、恐い人だったり……?〟

 

 伊華雌(いけめん)の中には〝できる人間=厳しくて恐い人〟というイメージがある。例えるなら美城常務のような滅多に歯を見せない冷徹な人間こそ〝できる人間〟のイメージだった。

 しかし武内Pは、思いだし笑いでもするかのように表情を緩めながら――

 

「恐い人、ではないですね。むしろその逆でしょうか。赤羽根さんを、もっと明るくしたような」

 

 伊華雌からすれば赤羽根Pの時点で直視出来ないほどに明るい性格をした陽キャである。その明るさを上回るとか、もはや視力を失うレベルなんですが……ッ!

 

 果たして、武内Pの比喩表現は適切だった。

 第一芸能課のドアを開けて間島Pを目の当たりにした伊華雌は確信する。

 

 ――この人は、自分とは人種が違う!

 

 まず、イケメンである。入室してきた武内Pを見るなり浮かべたその笑顔は、ドルオタの選美眼をもってしても〝いい笑顔〟であると評価することができた。

 

「武内君、よくきた! さあ、座って座って!」

 

 346プロのトッププロデューサーであるというのにその言動は〝気さく〟の一語に尽きており、途方もないコミュ力の片鱗(へんりん)を感じ取ることができたのはきっと錯覚ではないだろう。

 

 これが、トッププロデューサーか……ッ!

 

 イケメンでコミュ力お化けで、きっとその(ほか)の能力も振りきっているであろう間島Pを見上げた伊華雌の中に〝恐怖〟に似た感覚があった。これが〝畏怖(いふ)〟という感情なのだろうかと思った。

 

「美城常務から聞いてると思うけど、みくと李衣菜のことを武内君に任せたい。いや、任せたっ!」

 

 油断するとつられて口元が緩んでしまう間島Pの笑顔に対抗するように、武内Pは目を細くして目力(めぢから)を強め――

 

「その件ですが、いくつか確認したいことが……」

 

「おうっ。どんとこい!」

 

 間島Pは笑みを崩さず胸を叩いた。相当に鍛えているのだろうか、スーツの向こう側に確かな筋肉の動きを確認することができた。

 

「では、お言葉に甘えて――」

 

Q1、前川さんと多田さんは、間島さんがスカウトしたのですか?

「オーディションを受けに来た二人を採用したんだ。いやぁー、二人とも輝いていたよ!」

 

Q2、前川さんを安部菜々さんと、多田さんを木村夏樹さんとユニットを組ませた理由は?

「二人の希望を訊いた結果だ。最初はほら、無名の新人なんて見てもらえないから、先輩アイドルと組んで知名度をあげようと思ってさ。――で、みくは猫アイドル、李衣菜はロックなアイドルを目指したいっていうから、ウサミン星人とロックアイドルを組ませたわけだ」

 

Q3、美城常務から二人をソロデビューさせるように言われましたが、このままユニット活動をするわけにはいかないのですか?

「うーん、それが難しいんだよなあ。正直言って、二人とも食われちゃってるんだよ。みくの猫キャラは菜々のウサミンキャラにかなわないし、李衣菜のロックも夏樹には遠く及ばない。このまま活動を続けても相方の引き立て役になるだけで、肩を並べることはできない」

 

Q4、つまり、二人を成長させるためにソロデビューを?

「まあ、それもあるけど、そろそろ時期的にまずいんだ。二人は346プロに所属して半年になる。そろそろ自分のアイドル像を確立して固定ファンを獲得しないと居場所がなくなる。いつまでも〝新人〟じゃいられないからな」

 

Q5、もし、ソロデビューに失敗したら?

「アイドルは知名度が命だ。下品な週刊誌に狙われているうちが華だ。ファンが期待の新人として注目しているうちに〝アイドル〟として認知してもらえなければ未来は無い。鳴かず飛ばずで一年もすればファンの注目は次の新人アイドルへ向かう。旬の過ぎたアイドルが再び這い上がるのは難しい」

 

 ――だから、シンデレラプロジェクトの君に頼みたい。

 

 間島Pは、いつの間にか真剣な表情(かお)になっていた。

 

「今は好調だから気付かないが、みくと李衣菜はアイドルとしてやっていけるかどうかの瀬戸際に立っている。ユニットの相方である先輩アイドルから独立して、誰もが認める〝アイドル〟になれなければ――」

 

 ――来年には消えている。

 

 それはまるで予言だった。壁に並ぶアイドルのポスターが、それだけのアイドルを育ててきた実積が、間島Pの言葉に重みを持たせていた。

 

「お言葉ですが、それならばやはり間島さんが担当されたほうがよいのではないでしょうか? 自分よりも間島さんが担当したほうが、成果を期待できるかと……」

 

 間島Pは、怒ったような顔をして――

 

「武内君。君はもっと、自分に自信を持ったほうがいい」

 

 右手をピクリと反応させて、しかし武内Pが戸惑いのジェスチャーを作ることはなかった。向けられる真剣な眼差しに、首の後ろを触ることすら封じられて――

 

「俺は〝手が空いているから〟という理由で君に頼んでいるわけじゃない。みくと李衣菜は、俺が見つけて、俺が育てたアイドルだ。それを任せることが出来ると、君なら最良の結果を出せると、充分に検討したうえで君に頼んでいる」

 

 武内Pは、しかし間島Pから視線を外す。そして眉間にシワを刻んだまま、壁のポスターへ視線を走らせて――

 

「……本当に、自分でいいのでしょうか? 自分よりも優秀なプロデューサーはいくらでもいます。例えば――」

 

 赤羽根さんとか。

 

 武内Pは、やはり同期入社でありながら数々の成果をあげている赤羽根Pに引け目を感じているようで、伊華雌はもう怒鳴り付けてやろうかと思った。もっと自分に自信を持てと、間島Pの言葉を繰り返してやろうかと思ったが、その必要はなかった。

 

「赤羽根君に俺のアイドルを託すことは出来ない」

 

〝へ……?〟

 

 伊華雌は、無意識に声をもらしてしまった。赤羽根Pは自身のプロデュースで忙しいからとか、そんな理由が待っているのだと思っていた。成果をあげている赤羽根Pに頼めるものなら頼んでいると、そんな答えが返ってくるのだと思っていたのに――

 

「彼のプロデュースは、アイドルをアイドルにすることはできても、普通の女の子をアイドルにすることは出来ない。美城常務風に言えば、有能な指揮官であって、魔法使いではない。普通の女の子をアイドルに変える魔法を持っているのは――」

 

 間島Pは視線で教えてくれた。

 武内Pこそ、普通の女の子をアイドルに変える魔法を持っているのだと。

 

 ――その通りですよ間島さんッ!

 

 伊華雌は腕を組んで頷く感覚を思いだしながら間島Pの慧眼(けいがん)に感激して感動した。見ている人はちゃんと見てくれている!

 

「俺が見る限り、普通の女の子をアイドルとして輝かせる能力に関して武内君は抜きん出ている。そうでなければ、佐久間まゆと市原仁奈をアイドルとして復活させることなんて出来ない。だから――」

 

 ――もっと自分に、自信を持て!

 

「そして、その力を俺に貸して欲しい。俺の育てたみくと李衣菜を、君の魔法でアイドルにしてやってほしい!」

 

 称賛の言葉だけでなく会心の笑みを向けられて、武内Pは口元を緩めて首の後ろに手を伸ばした。それはいわゆる〝照れ笑い〟であり、レアリティの高い表情を記憶するために伊華雌は心のシャッターを切りまくった。

 

「本当は俺が最後まできっちり面倒見たかったんだけど、みく・李衣菜よりもやばい連中をユニットデビューさせることになってな……」

 

 間島Pの視線で伊華雌は気付いた。事務所のすみにあるソファの放つ違和感を。クッションが山積みになっていて、長い金髪らしきものがちょろりとはみ出している。

 

「デビューして半年を過ぎてもまだブレイクしていない背の低いアイドルを集めて〝ぷちドル〟というユニットを作るんだ。こいつらもみく・李衣菜と同じで今が正念場なんだ。この機会にブレイク出来ないと後が無いから必死にレッスンしてるんだ」

 

 間島Pは、この世の全ての空気を吸い上げようとするかのように胸を膨らませて――

 

「なっ、杏!」

 

 クッションの山が、動いた。

 枯れ葉に隠れるコオロギのように身をひそめていた双葉杏が、日光を嫌う吸血鬼のように蛍光灯を睨んで目を細めながら――

 

「……別に、さぼってたわけじゃないよ。ほら、あれだよ。イメージトレーニングってやつだよ」

 

 ここまで白々しいと責める気になれなかった。よれよれのシャツが、まくら代わりに使われていたウサギのぬいぐるみが、双葉杏の熟睡を証明するが、当の彼女は小学生並みの言い訳をぶん投げてドヤっている。ここまで堂々とさぼられたら何故か愛嬌を覚えてしまう。

 いや、単に杏が可愛いからかもしれない。

 伊華雌が同じことをしたら殺処分マッタナシな気もするが、とにかく伊華雌はレッスンをさぼってドヤる杏に悪い印象を持てなかった。

 

「見ての通り、手がかかるんだ」

 

 間島Pが立ち上がる。まるで立ち会いに望む格闘士(グラップラー)のように歩を進めながら闘志をみなぎらせ――

 

「ぷ、プロデューサー? い、いやだなあ、目が恐いよ? きっとあれだよ、仕事のしすぎだよ! 杏と一緒に休憩したほうが――」

 

 一瞬の出来事だった。

 

 その場に倒れこむようにして極端な前傾姿勢をとった間島Pが床を蹴った。開けた口から悲鳴が放出されるより早く杏を確保して、米俵(こめだわら)を担ぐように肩に乗せた。

 

「さあ、レッスンの時間だ!」

 

 杏は必死に抵抗する。レッスンスタジオという名の地獄に対する恐怖心を振り回すウサギのヌイグルミに込めるが、ウサギの腹からこぼれたワタが宙を舞うだけで間島Pはビクともしない。

 

「じゃあ武内君、みくと李衣菜をよろしく頼む!」

 

 間島Pは鍛えぬかれた上半身で暴れるニートを固定して、戦場へ向かう兵士のように勇ましくレッスンスタジオへ向かう。

 

「鬼っ、悪魔っ、プロデューサーぁぁああ――ッ!」

 

 杏の悲鳴が尾を引いて消える。

 事務所に残された武内Pは、しかし入室した時とは目の色が違っていた。間島Pからプロデューサーとしての手腕を褒められて、それが〝自信〟として彼の心の栄養になったのだと思った。

 

〝やってやろうぜ、武ちゃん! 今回も、俺と武ちゃんで!〟

 

「はいっ。絶対に成功させましょう!」

 

 二人の士気は高かった。これまでの成果が、美城常務と間島Pの期待が、シンデレラプロジェクトの存在を肯定してくれて嬉しかった。

 

 実際に、シンデレラプロジェクトの評価は上がっていた。誰しも復活を諦めていた佐久間まゆと市原仁奈を復活させて、その潜在能力を評価されていた。

 

 ――ただし、それはプロデューサーに限る。

 

 ほとんどのアイドルは、依然として〝シンデレラプロジェクト〟という単語に対して〝ゴキブリ〟と同様の嫌悪感を抱いており、そこに配属されることすなわちアイドル終了のお知らせだと思っていた。

 

 それはもちろん、みくと李衣菜も例外ではなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。