マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第4話

 

 

 

 まゆに〝計算〟はなかったと思う。

 

 シンデレラプロジェクトに仁奈が配属されて、歳の離れた二人の間で成立する遊びの一つに〝おままごと〟があった。まゆがママになって、仁奈が子供になって、シンデレラプロジェクトに男性は一人しかいないから、必然的に武内Pがパパになる。

 

 子供の遊びとはいえプロデューサーと結ばれてしまった。

 

 彼女はこの遊びをいたく気に入って、天真爛漫な仁奈が少し引いてしまう程に入れ込んだ。武内Pを〝あなた〟と自然に呼べるようになって、手作りの肉じゃがを持参するようになって、対面でネクタイを結べるようになって。

 

 もしかすると、まゆは計算していたのかもしれない。

 

 仁奈がシンデレラプロジェクトにやって来たその瞬間から、隙あらば〝おままごと〟という免罪符(めんざいふ)を片手に武内Pと夫婦になるべく虎視眈々(こしたんたん)と機会をうかがっていたのかもしれない。

 

 パレードが成功して復活した仁奈は第三芸能課へ戻ったが、シンデレラプロジェクトの地下室は彼女の〝遊び場〟に登録されたようで頻繁に遊びにくるようになった。そして仁奈が来るたびにまゆは仁奈のママになって武内Pはパパになった。

 

 その光景は数ある〝第一印象〟の中でもわりと最悪の部類に入ると伊華雌(いけめん)は思う。

 

 アイドルとままごと遊びを楽しむプロデューサーとか! アイドルを嫁にして(えつ)()るプロデューサーとか!

 

 想像力の数だけ誤解がとまらない。ほら、すでにみくにゃんはタマネギ食わされた猫みたいな顔してるし、李衣菜ちゃんはライブ会場がクソショボい公民館だったことを現地で知ったミュージシャンみたいな顔してるし――

 

 シンデレラプロジェクトの信頼度が大暴落マッタナシなんですけどぉぉおお――ッ!

 

 頭を抱える感覚に支配される伊華雌をよそに、まゆは近所のママ友を見つけた新妻みたいな笑みを浮かべて――

 

「あ、誰かと思ったらみくちゃんと李衣菜ちゃん。……そっか、二人もシンデレラプロジェクトに配属されたんですね」

 

 どうやらまゆは二人と面識があるらしく、エプロンをさわりながら気安い口調で――

 

「どうですか? 二人も一緒に――」

 

「やらないにゃ!」

「やらないよ!」

 

 異口同音に拒絶されて、しかしまゆは幸せそうな笑みを絶やさずに――

 

「そうですね、役が足りないですね。まゆがお嫁さんで、仁奈ちゃんが子供で――」

 

「じゃあ、二人は仁奈のおねーさんになればいーです! 家族が増えて嬉しーです!」

 

 まゆの足元からにゅっと現れた仁奈に対してみくはきっちりと突っ込みを入れる――

 

「謎の家族に組み込まれるのはノーセンキューにゃ。これは何のプレイなのか、あんまり知りたくないけど説明を要求するにゃ」

 

 ようやく誤解が解けると思った。ただのままごと遊びであると分かればマイナスに振りきれている信頼がゼロに戻ってくれる。

 

「これは、予行練習です……」

 

 そうそう、予行れんし――

 

 えッ! 何言ってんのまゆちゃん! いつからそんなことにッ!

 

「プロデューサーさんが、いつまゆと結ばれてもいいように練習してるんです……」

 

 違うから! 子供の遊びだから! 健全なおままごとだから! 結婚の練習とか、題材にしたエロゲーがありそうな不謹慎な遊びじゃないからぁぁああ――ッ!

 

 伊華雌だけでなくさすがの武内Pも焦りを覚えたようで、あらぬ誤解を解消すべく身振り手振りで説明する。そんな武内Pを見つめてまゆは小さく舌を出していた。

 

 小悪魔まゆちゃん……だとッ! こんな小悪魔にならいくらでも振り回されたい! むしろイエスッ! ――とか言ってる場合じゃなくてッ!

 

 伊華雌は小悪魔なまゆに誘惑される自分を必死に振り払い、何とか正気を取り戻し――

 

〝武ちゃん、とりあえず部屋に入ってもらって話を始めよう。油断してると既婚者にされてしまいそうだ〟

 

 武内Pはみくと李衣菜を部屋に入れてソファをすすめた。二人は顔を引きつらせたままソファに座った。武内Pが対面に座るなり、まゆがお茶をいれてくれた。武内Pに、みくに、李衣菜にお茶を配り、そして当たり前のように武内Pの隣に腰をおろした。

 何か言いたげなみくの猫口に応えるように――

 

「ここは、まゆの指定席なんです……」

 

 そんなことないんですと、否定することは出来なかった。

 

 ――だって本当に、武内Pの隣はまゆの指定席だったから!

 

 いつからなのかは覚えていない。シンデレラプロジェクトに来たばかりの頃は武内Pの向かいに座っていたのだけど、少しづつソファを移動して、気がついたら武内Pの隣にいるのが当たり前になっていた。

 大陸が移動するようにゆっくりと。田舎の人が少しづつバス停を自分の家に近づけるようにこっそりと。

 

 だから、いつからなのか思いだせない。

 

 気がついたら武内Pの隣はまゆの指定席で、並んで座る二人を見るたびに千川ちひろが電車の席を取られてしまった人の顔でため息を落とす。

 

「この部署、大丈夫なの……? なんか、真面目に仕事してるようにみえないんだけど」

 

 猫語を捨てたみくにゃんの目付きは鋭い。

 

「ロックな魂を預けられるような情熱、感じないなあ……」

 

 セーラー服姿の李衣菜が、関心の無さを強調するかのように黄色いスカーフを指でもてあそぶ。

 

 それはまるで好感度の下がりきったギャルゲーだった。愛の反対語が無関心であると伊華雌はギャルゲーに教わった。

 

「えっと……」

 

 武内Pは言葉を詰まらせていた。伊華雌も頭を悩ませていた。ギャルゲーのように選択肢が出現してくれればいいのだが、現実世界にそんなものは存在しない。二人の信頼度を回復させたいのであれば自分の頭を絞って素敵な言葉を用意しなければならないのだが――

 

 そんな魔法の言葉がスラスラ出るなら彼女いない歴と年齢がリンクしたりしねえんだよちっくしょぉぉおお――ッ!

 

 伊華雌のギャルゲーによって(はぐく)まれた思考回路は役に立たない。役立たずのマイク野郎にかわって武内Pをフォローしたのは――

 

「大丈夫ですよ。武内プロデューサーさんは、真面目に、情熱的に、まゆをプロデュースしてくれたんです。だからきっと――」

 

 二人のことも助けてくれます。

 

 まゆの言葉が、仕草が、行動が、その全てが説得力だった。

 信頼のおけるプロデューサーであるからこそ、まゆはその隣に座っている。仁奈も武内Pのそばから離れようとしない。

 それはまるで猫に好かれている人が公園で野良猫に囲まれている光景のようなもので、その人がアイドルから信頼されるに足りる人物なのだと、千の言葉をもちいて説明するよりも強い説得力を持っていた。

 

「……まあ、まゆちゃんがそこまで言うなら、とりあえず武内さんのこと信頼するにゃ」

 

 みくが肩をすくませると、李衣菜もミュージシャンめいた仕草で足を組んで――

 

「そうだね。とりあえず、武内さんにわたしのロックな魂を預けるよ」

 

 首の皮一枚繋がった。

 そんな表現が適切になってしまうギリギリの信頼関係を何とか確保できて、ようやく話を始めることができると思ったのも束の間――

 

「ソロデビューの話をする前に、ソロデビューしなきゃいけない理由、教えてほしいにゃ。間島Pチャンも菜々チャンもはっきり教えてくれないから……」

 

 走り出したランナーに大足払いをかけるような質問だった。さらに李衣菜が、転んだランナーの足に縄をかけて引っ張るように――

 

「なつきちも教えてくれなくて……。理由があるなら教えてほしい!」

 

 もう、きちんと話すしかないと思った。優しさからためらいをみせる武内Pの背中を押して、これは二人のためだからと念を押して告知するしかないと思った。

 週刊誌に狙われているうちにソロデビューを果たしアイドルとして確固たる地位を築かなければ未来が無い。残された時間は二人が思っているほどに多くない。

 

「……もしかして、週刊誌のこと?」

 

 傷が痛むのを覚悟して海に飛び込んだ。そんな感じの怯えを含んだ口調だった。そしてみくは、傷口に入り込んだ塩水がもたらす激痛を覚悟するかのように身構える。

 

「……そりぁ、ギターはまだ練習中で、難しいところはエアギターだけど、でも――」

 

 李衣菜もみくと同じように、傷口のもたらす痛みをこらえようとするかのように眉をしかめる。

 

 未熟な新人アイドルを狙う陰湿な記事が原因ならばまだ話は簡単だった。

 二人がユニットを卒業してソロデビューしなければならない理由は――

 

「あっ、みんな来たでごぜーますっ!」

 

 仁奈が何を言い出したのか、伊華雌は分からなかった。もしかして〝あの子〟的なやつが降臨したのかと思った。子供と動物は〝見える〟っていうし……。

 

 しかしそれはすぐチキン野郎の思い過ごしであると分かった。単に仁奈の耳が良かっただけだった。

 無数の足音が階段を駆けおりてきて、かん高い声と笑い声がドアの向こうで膨らんで――

 

 弾けるようにドアが開き、第三芸能課のキッズアイドル達がなだれこんできた!

 

「仁奈ちゃん、いたーっ!」

「みんなで迎えにきたよーっ!」

「みんなで来る必要はなかったような気がしますが……」

「そういうありすだって一緒に来てんじゃん」

「わっ、私は自分の予想が正しかったことを確かめるために! あと、橘だって何回言えば――」

「喧嘩してる時間はありませんわ。早くレッスンスタジオへいかないと、あら……」

 

 櫻井桃華の視線がみくと李衣菜の間を往復して――

 

「見慣れないお客さんがいらっしゃいますのね」

 

 一斉に、子供達の視線がみくと李衣菜に突き刺さる。

 

「あっ、かおる、知ってる!」

 

 龍崎薫がみくの近くに駆け寄って、両手でウサミミのジェスチャーを作って――

 

「ミミミンミミミンウーサミン! ――のお姉さんっ!」

 

 するとみりあも目を輝かせ、ウサミンコールの大合唱が始まった。

 

「いや、みくは、その相方のお姉さんなんだけど……」

 

 泣き顔を無理矢理に笑顔で上書きしたような顔でみくは子供達のウサミンコールに手拍子を入れた。

 

「あんた、どこかで見たような……」

 

 結城晴が、PKに挑むサッカー選手の目付きで李衣菜をじっと見る。

 

「今は制服だから、印象違うかな」

 

 李衣菜は有名人がサングラスを外して正体を明かす時のように誇らしく――

 

 エアギター。

 

 経験によって(つちか)われたエアギターによって結城晴の記憶を覆っていた霧が晴れた。

 

「思い出した! あんた、ロックアイドルの――」

 

「そう! わたしはロックなアイドル――」

 

 李衣菜はエアギターを激しくかき鳴らしてロックな自己紹介に備えるが――

 

「木村夏樹の横の人だ!」

 

 それはまるで、演奏中に銃撃されたギタリストのようだった。弾丸となった晴の言葉にエア銃撃された李衣菜はソファを棺桶(かんおけ)にして沈黙する。

 

「みなさん! 早く行かないとトレーナーさんに怒られますよ!」

 

 橘ありすが黒髪をなびかせながら凛々しく(きびす)をかえし、他のキッズアイドル達が慌てて後を追う。

 

「仁奈、またきやがりますっ!」

 

 仁奈が笑顔で手を振って、地下室のドアが閉ざされた。子供達の元気な足音が遠ざかり、重い空気が残された。

 

「……いつも、こうにゃ」

 

 みくはため息まじりに頭から外したネコミミを見つめ――

 

「ウサミンは知ってるのにみくのことは知らないって、そんなのばっかり……。みくも一緒にステージに立ってるのに……」

 

 ソファで死体になっている李衣菜は、一瞬だけみくを見て、また死体に戻った。

 

 現実は時として残酷で、その人の夢も、希望も、理想も、憧れも、全て無視して真実の姿を見せつける。純粋な子供達の言葉を通して突き付けられた現実に、みくと李衣菜は打ちのめされて言葉を失う。

 

 ――出番だと思った。

 

 落ち込んだアイドルを励まし復活させるのは、そう、シンデレラプロジェクトの仕事である。

 

〝武ちゃん、二人に言ってやれ! まだ終わりじゃないって。これからが始まりだって!〟

 

 武内Pは伊華雌を見て、目の奥に光を宿し、その光をみくと李衣菜へ向けて――

 

「現状を変えるために、出来ることがあります」

 

 みくと李衣菜は動かない。(うつ)ろな視線だけを武内Pへ向ける。

 

「二人とも輝く魅力をもっています。しかしそれを認識されていません。何故かというと――」

 

 すぐ近くに、あまりにも眩しい存在がいるから。

 

「どんなに強いライトであっても、日光にはかないません。今の二人は、太陽の横で必死に光を出しているホタルのようなものです」

 

 李衣菜は、眉をしかめた。

 みくは、少しだけ八重歯を見せた。

 

「今は日光にかき消されてその光を見ることはできませんが、しかし、光っています。気付かれていないだけで、前川さんと多田さんは、アイドルとしての輝きを放っています!」

 

 息をのむ気配があった。

 向けられる視線は、しかし虚ろなものではなくなっていた。

 

「その話、信じていいの?」

 

 みくの目は、まるで獲物を見つけたライオンのように鋭く、生半可な回答を許さない。

 

「それが本当なら、ロックだね……」

 

 李衣菜は大きな仕事を依頼された大物ミュージシャンのように腕を組んだ。

 

 二人はアイドルの原石である。研鑽(けんさん)を重ねているものの、その輝きはまだ小さい。偉大な先輩の近くにいては、彼女達の〝可能性〟という名前の輝きを視認することは難しい。

 

「自分の足で踏み出して、初めて見える景色があると思います」

 

 二人はきっと、分かっていた。

 

 ――このままではまずいのだと。

 

 そして、思っていた。

 

 ――憧れる先輩のようになりたいと。

 

「ソロデビュー、してみませんか?」

 

 みくは縄張りの外へ踏み出す猫の顔で――

 李衣菜は初めてライブハウスの舞台にあがるバンドマンの顔で――

 

 二人同時に頷いた。

 

 前川みくと多田李衣菜のソロプロジェクトが始動した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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