マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第6話

 

 

 

 シンデレラプロジェクトの地下室でみくと李衣菜にソロ曲が完成していることを伝えた。当然ながら二人は驚き、事情を話すと間島Pを絶賛した。

 

「間島Pチャンはすごいにゃあ!」

「間島プロデューサーはロックだね」

 

 そんな台詞を聞いている武内Pは少し寂しそうだった。

 まだ、みくと李衣菜は武内Pを〝担当〟として認めてくれていないように思えた。その証拠に二人は武内Pのことを〝武内さん〟と呼ぶ。その様子はまるで再婚相手の連れ子から〝パパ〟と呼んでもらえない父親のようだった。

 

 そんな状態だからこそ、絶対にプロデュースを成功させたいと伊華雌(いけめん)は思う。

 

 ソロプロデュースを成功させれば、きっと二人は武内Pを認めてくれる。そしたらきっと、武内Pは笑顔になってくれる。その笑顔のために頑張りたいと、武内Pの寂しそうな顔を見て思う。

 

「ソロデビューは346プロライブシアターで行います。いきなりソロでステージに立つのは厳しいと思いますので、最初は他のユニットのライブにゲスト出演する形を考えています」

 

 それはまさに教科書通りのプロデュースだった。

 ユニットとソロでは勝手が違う。ユニット活動の経験があっても、いきなり単独のステージを任せるのは危険であるから、まずはゲスト出演で様子を見る。子供の自転車の補助輪を外しても大丈夫かどうか見極めるように、頼れる先輩が隣にいなくても大丈夫かどうか、ゲスト出演ライブによって見極める。

 

「ゲストで出るのはいいんだけど、どこのユニットと組むの?」

 

 制服姿でメガネ顔のみくは猫語を使わない。どうやらみくは心を許した相手でないと猫になってくれないようで、マジメネコチャンな横顔からも武内Pに対する好感度の低さを読み取ることができた。

 

「わたしはどこでもいいけど、ロックなイメージが崩れる相手は遠慮したいな」

 

 セーラー服姿の李衣菜も武内Pに対して友好的とは言いがたく、向ける視線に熱が無い。木村夏樹に向けるような視線を貰うには、まだまだ好感度が足りない。

 

「二人の希望は、ありますか?」

 

 みくと李衣菜は、二人同時に目を閉じて腕を組んだ。まゆがテーブルにお茶を配り、武内Pの隣に座ってふふっと笑った。

 

「みく、可愛いユニットがいいな。猫チャンみたいにキュートなユニットがいい!」

 

「わたしはクールでロックなユニットかな。その方がほら、ロックなわたしと相性いいと思うし」

 

 武内Pは手帳を開いてペンを動かした。

 

「まゆは、プロデューサーさんと二人のユニットがいいです。お役所でライブをやって、愛の誓いを立てるんです」

 

「まゆちゃんそれただの入籍にゃ。ユニットじゃなくて夫婦にゃ……」

「まゆちゃんって、何て言うか積極的だよね。そんなところ、ちょっとロックかも」

「だってまゆは――」

 

 アイドル三人によるガールズトークが始まった。女三つで(かしま)しいという言葉の由来を理解するに十分な光景だった。三人の会話は膨張する宇宙のように無限の広がりをみせて、それを聞く伊華雌はアイドルのガールズトークを拝聴できる幸運を神に感謝した。

 

「では、前川さんは可愛いユニット、多田さんはクールなユニットを希望する、ということでよろしいでしょうか?」

 

 それはある種の〝覚悟〟を必要とされる仕事だと思った。例えるなら、膨大な量の宿題を出された瞬間とか、見るからに重そうな荷物の運搬を任された瞬間とか、内容を聞いた瞬間に気を引き締めてしまうタイプの仕事だと思った。

 

 みくと李衣菜のゲストユニット探し。

 

 これはもう、絶対に一筋縄ではいかないと思った。

 今夜は長い夜になると思った。

 

 何故なら――

 

 

 

 * * *

 

 

 

 武内Pは伊華雌を寮に持ち帰っている。わざわざ机の上に伊華雌用のマイクスタンドを設置して、ベッドに座ると視線が合うように高さを調節してある。

 

 伊華雌と武内Pは、毎晩のように熱い夜を過ごしている。

 

 そして今日も――

 

「さて、始めましょうか……」

 

 パジャマ姿でベッドに座った武内Pの視線は熱を帯びている。いつにも増して〝本気〟なのだと伝わってくる。しかし本気さで言えば伊華雌も負けていない。

 何たって今日は――

 

〝第一回、みく李衣菜ゲストユニット選別会議ーッ!〟

 

 寝る前に武内Pとアイドルについて語るのは、もはや日課になっていた。アイドルを(さかな)に夜な夜な議論を戦わせていた。喧嘩寸前まで白熱してしまうこともあるが、しかし最高に楽しいトークバトルだった。好きなことを遠慮なく話せる幸せを伊華雌はマイクになって初めて知った。

 

「多田さんはクールでロックなユニット。前川さんは可愛いユニットを希望しています」

 

 手帳を読み上げた武内Pの表情は、ポーカーで最高のカードを引いた人。そんな自信に満ちた表情を向けてきた。

 

〝ゲスト出演ユニットの候補、もう決まってるみたいだな……〟

 

 武内Pの表情はもはやドヤ顔の域に突入している。相当に自信があるらしい。

 

〝じゃあ、まずは李衣菜ちゃんの希望する〝クールでロックなユニット〟からいこうか……?〟

 

 伊華雌の口調は、これから決闘を始める西部劇のガンマンを思わせるほどに挑発的だった。そう、これは決闘なのだ。アイドルという、絶対に譲れない意見を言葉の弾丸にして撃ち合う銃撃戦なのだ!

 

「いつでも、いいですよ……」

 

〝じゃあ、せーので言おうか?〟

 

 ホルスターを叩き、抜かれた拳銃が同時に火を噴くように――

 

〝トライアドプリムス!〟

 

「ダークイルミネイト!」

 

 意見の相違は、すなわち戦争の始まりを意味する。

 遥か太古の時代より、人類は主張がぶつかる度に武力を衝突させて、己が意見を押し通してきた。それはドルオタの世界でも同じである。アイドルに対する意見が衝突した瞬間、そこから先のやり取りは〝世界大戦〟という言葉を髣髴(ほうふつ)とさせるほどの苛酷さをみせる。

 

〝ダークイルミネイトは違うんじゃないかな? クールはクールだけど一部の人にしか響かないっていうか……。中二病の人専門っていうか……〟

 

「ダークイルミネイトくらい尖った個性がなければクールであってもロックとは言い難い。トライアドはクールですがロックが足りません」

 

〝武ちゃんはロックを勘違いしてる。ロックってのは、生き様なんだよ。例えばさ、マイクに向かう木村夏樹の横顔を見るとさ、それだけで彼女のクールな生き様が伝わってくるじゃん? それがロックだよ! その格好良さに通じるものをしぶりんの横顔から感じないか!〟

 

「確かに渋谷さんの真剣な横顔はクールです。木村さんのそれに通じるものがあります。しかし、共鳴世界の存在論を語るのであれば二宮さんのクールな横顔はもはや木村さんのそれを越えていると言っても過言ではないッ!」

 

〝確かに飛鳥君はクールだけどランランはどうよ? あの子、たまに油断して素になる時あるよね? 美穂ちゃんみたいに恥ずかしがったりするよね? その時のランラン、ちょーっと可愛いすぎやしませんかねー? あの子、クールに見せかけたキュートだと思うんですよねー〟

 

「それを言うなら神谷さんだって隠れキュートだと――」

 

 この調子で一時間。

 そのやり取りはまるで〝砲撃戦〟だった。惜しまず怯まず言葉の砲弾を撃ち合って、しかし二人は疲労の色をみせるどころかさらに戦意を高揚させる。

 

〝――とりあえず、李衣菜ちゃんの話は一旦保留して、みくにゃんの話しようか? このままだとクールナンバー1決定戦で終わっちゃうからさ〟

 

「……そうですね。前川さんは、可愛いユニットを希望しています」

 

 再び決闘が始まる。鞘走りの音を響かせて刀を抜く侍のごとき緊張感を張り詰めて、二人同時に――

 

〝メローイエロー!〟

 

「ピンクチェックスクール!」

 

 第二次アイドル戦争が始まった。

 武内Pの不意をつかれた表情はしかし想定内。島村卯月を溺愛している二人である。可愛いユニットはどこかと聞かれてPCSをあげるのはもはや暗黙の了解であったが、伊華雌はそれを承知の上でメローイエローを推した。

 

「……どういう、つもりですか?」

 

 裏切り者を抹殺する任務を帯びた侍めいた口調で問われても伊華雌は動じない。島村卯月を裏切ったのにはわけがある。

 

〝俺、趣味と仕事はキッチリ分けるタイプなんだ。確かに〝可愛い〟は卯月ちゃんだけど、ここはあえて〝Kawaii〟を選択させてもらう〟

 

「……その理由は?」

 

 里を抜けた裏切り忍者を斬り捨てるために刀を構える侍のごとき厳しい視線を向ける武内Pに対して、伊華雌は言葉のクナイを投げつけるように早口で――

 

〝みくにゃんは可愛いだけのユニットじゃダメなんだ。あの子のアイデンティティである〝猫キャラ〟を引き立ててくれる個性を持ったユニットじゃないとダメなんだ! 空手、ドーナツ、フルート、猫! どうだ! 自然に溶け込んでいると思わないか猫キャラがッ!〟

 

 フンスと橘ありすめいた鼻息でドヤる伊華雌だが、武内Pも負けじと――

 

「生ハムメロン、ハンバーグ、アホ毛、猫! ピンクチェックスクールにだって前川さんの猫キャラは溶け込みます!」

 

〝強引だな武ちゃん! それは個性でもなんでもない気がするけど! 好きな食べ物と得意な食べ物とアホ毛を並べただけじゃんか! 猫キャラが溶け込んでないんですがそれはッ!〟

 

「じゃあ溶け込ませればいいだけのことです。ライブ当日はPCSの三人に猫耳をつけてもらいます。それなら前川さんも喜ぶ!」

 

〝それならメローイエローだって猫耳つけるし!〟

 

「それだと個性が喧嘩して胃もたれを起こしてしまいます! その点ピンクチェックスクールなら――」

 

 この調子で二時間やり合った。

 すでに時計は午前二時をさしていた。どんなに議論が白熱しても午前二時にはひとまずの決着をつけて寝るのが伊華雌と武内Pの間で結ばれた南極条約であった。

 だから伊華雌はベッドから立ち上がった武内Pを見て今日の議論は終了だと思った。みくと李衣菜のゲスト出演ユニットをめぐる舌戦は、決着するどころか戦線を拡大させる一方であったが時間切れである。

 

 しかし――

 

 戻ってきた武内Pを見て、伊華雌は再び臨戦態勢を整える。

 彼は缶コーヒーを持っていた。ブラック無糖だった。

 

 ……いいだろう。そっちがその気なら、とことん付き合ってやるぜッ!

 

 長い夜になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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