マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第10話

 

 

 

 完成させたはずの飛行機が離陸に失敗した。

 

 例えるならそんな光景だった。みくも李衣菜も、充分にレッスンを重ねてきた。練度が充分であることはベテラントレーナーも認めるところである。

 経験だって積んでいる。みくは菜々と。李衣菜は夏樹と。ユニットで劇場デビューを果たし、ユニットで多くのステージを経験し、両手に抱えきれないほどの歓声を獲得してきた。

 二人にとって、劇場のステージは踏みなれた床であるはずなのに――

 

 足が、震えていた。

 

 初めてステージに上がる新人のように、ガタガタ足を震わせて。飛び下り自殺をするかのように、鬼気迫る表情でステージを睨む。

 

 そんな状態で、ライブを成功させることなんて出来ない。

 

 レッスンでは、あんなに上手く踊れていたのに。聞き惚れてしまうくらいの、歌声だったのに――。

 

 ゲスト出演なのが不幸中の幸いだった。メインユニットのアイドル達が上手くフォローしてくれたから。

 

 ――これがソロのステージだったら……?

 

 きっとそこには、うっかり上級者部屋に入ってしまったネトゲ初心者の絶望が広がっている。チャットに連なる心ない言葉にパソコンの電源をそっと切るように、みくと李衣菜は、アイドルの世界から――

 

「君の意見を聞きたい」

 

 美城常務の銃口を向けて脅すような言葉が伊華雌(いけめん)の思考を現実に戻した。

 

 みくと李衣菜のライブ翌日。出社するなり美城常務に呼び出された。どうして満足のいくステージが出来なかったのか、説明を要求された。

 

「……二人は、ずっとユニットで活動していました。ソロでステージに上がったのは、今回が初めてです。不慣れなせいで、実力を出せなかっただけであって、きっと次回は――」

 

 美城常務は、武内Pの弁解を叩き潰そうとするかのように――

 

「原因は前川みくと多田李衣菜にあると、そう言いたいのか?」

 

 その鋭く尖ったアイスピックのような言葉に、伊華雌は思い出す。

 

 それは、ずっと伊華雌の心の奥に居座って謎の不快感をもたらしている、あの違和感。喉に刺さった魚の骨のような違和感の正体が、ぼんやりとした輪郭だけど、見えてくる。

 

 ――最初に違和感を覚えたのは、武内Pが間島Pのプロデュースを引き継いだ時だった。

 

 伊華雌はそこに〝もしかして……〟のメスを入れる。

 

 それはしかし、恐ろしい自問である。

 例えるなら、待ち合わせ時間になっても相手が来ない時に〝もしかして待つ場所を間違えているのでは……〟と自問するような。予約していたはずのレストランに行ったら予約が入ってなくて〝もしかして日にちを間違えて予約してしまったのでは……〟と確認するような。

 取り返しのつかない失敗と向き合って、もしかして自分に原因があるのではと、考えて確認するのは恐ろしい。人間誰しも自分を弁護したいから、自分自身を疑って、記憶の紐を手繰り寄せるには勇気がいる。

 

 ――だけど、それが最善なのだ。

 

 もしかして……、と思った時に腹を切る覚悟を決めて自分自身を疑うのが最善なのだ。被害を拡大させないためには、過去の自分を疑う勇気が必要なのだ。

 

 ――だから伊華雌は、自問する。

 

 みくと李衣菜が失敗したのは、もしかして、武内Pのプロデュースに原因があるのでは……。

 

「今回のプロデュースは、間島プロデューサーと連携してます。必ず、成果が出せると思います」

 

 武内Pの真剣な横顔に、伊華雌は途方もない危機感を覚える。間違った地図を信じ込んでいるトラックのドライバーを見ている気分だった。

 

「最終的に成果が出せれば、それでいい。重要なのは、過程ではなく結果だからな」

 

 そっけない口調に不満を滲ませながら、美城常務はそれ以上の追求をしなかった。いつもの美城常務であれば、ここからポエムバトルを始めて何らかの道筋を示してくれるはずなのに、あっさりと引き下がってしまった。

 

 果たして、武内Pを試しているのか? それとも、美城常務もプロデュース状況を正確に把握できていないのか?

 

 もし後者なら、一刻を争う事態だと思った。

 それはつまり、みくと李衣菜のプロデュースが完全に失敗するまで誰も危機的状況に気付けないということであり――

 

 みくと李衣菜のアイドル生命が、終わってしまうことを意味しているのだから。

 

 

 

 * * *

 

 

 

〝武ちゃん、これからどうする?〟

 

 美城常務の部屋を出た武内Pに訊ねると、彼は迷わずに――

 

「間島プロデューサーに相談します。きっと、現状を打開する方法を知っていると思います」

 

 早足で第一芸能課に向かう武内Pへ、伊華雌は何も言えなかった。

 まだ、言葉が足りない。間島Pを信頼するあまり何も見えなくなっている武内Pを正気に戻すには、それだけの説得力を生み出す言葉が必要になる。今のところ、革命に備える反乱分子の忍耐を胸に様子を見守ることしかできない。

 

「失礼します!」

 

 勢いよくドアを開けた先に、間島Pの姿は無かった。

 武内Pは、砂漠のオアシスが蜃気楼だったことを知って途方にくれる人のように立ち尽くす。

 

「間島プロデューサーならいないよ。なんか、ライブの下見で大阪へ出張だって」

 

 ソファーが喋った! ――と思ってのぞきこむと、双葉杏が実にのびのびとだらけていた。ウサギのぬいぐるみを枕にして。スナック菓子をちらかして。携帯ゲームを楽しみながら得意のドヤ顔をまき散らして――

 

「だから今日はだらけ放題なのだー! はーっはっはっはっは!」

 

 まるで天下をとった武将のような高笑いだった。しかし、天下をとった武将がすぐに入れ替わるように、杏の天下も続かない。

 彼女の天下を終わらせたのは、勢いよく(ひら)いたドアの向こうに現れた――

 

「にょっわぁぁああ――っ☆」

 

 最終兵器の風格をもって現れた諸星きらりに、杏は何かを感じたのだろう。携帯ゲーム機を捨ててソファーから転げ落ちる。ホラー映画のヒロインさながら四つん這いで無様に逃げる。部屋のすみに追い詰められて、振り返る。

 

「アンズチャン! ハピハピレッスンの時間だにぃ……」

 

 その足音に、巨大ロボットの威厳を見せて。一歩、二歩と間合いを詰める。

 

「きっ、きらりは関係ないよね! 同じユニットじゃないよね!」

 

 ウサギのぬいぐるみを抱きしめる杏に、大きな影が落ちてきて――

 

「きらり、Pチャンにお願いされたんだよぉ! アンズチャンが、ちゃーんとレッスンできるように輸送してほしいって☆」

 

 中腰で、狙いをさだめて、諸手をつきだす。後は飛びかかるだけの体勢をとるきらりへ――

 

「きらり、取引しよう。とっておきの飴をあげるから、それで手を――」

 

「アンズチャン、確保――ッ☆」

 

 ふわっと、きらりのスカートが膨らんだ。お山にダイブする棟方愛海の勢いをもって杏は捕獲された。

 

「あぁ、杏のぐうたら王国が……」

 

 ソファーの上に散らかるお菓子と、まだ電源の入っているゲーム機を、見つめて杏は涙を流す。それはさながら、自国の崩壊を見届ける国王のようで。伊華雌はしなくてもいい同情をしそうになった。

 

「アンズチャン。レッスンしないと、みんなでハピハピライブできないにぃ☆」

「……ってか、杏はソロ向きだと思うんだよね。ほら、ユニットじゃなくてソロのほうがサボれ――、じゃなくて、自由にできるじゃん?」

「じゃーあ、Pチャン帰ってきたら、相談してみゆ?」

「いいよ、そこまでしなくて。間島プロデューサーのことだから、とりあえずやってみろガハハ! みたいな反応されるだろうし。結構強引なんだよな、あの人。ゲームとか、絶対ゴリ押しでクリアするタイプだよ……」

 

 杏ときらりが部屋から出て行き、静けさが押し寄せてきた。その沈黙の中で武内Pは、じっと間島Pの椅子を見ていた。まるで、監督が消えてしまって何をしていいのか分からない運動部のキャプテンのように。

 

 一体、いつからこんなことになってしまったのだろうか? 

 いつの間に武内Pは、間島Pに寄りかかり、依存していたのだろうか?

 

 ――ずっと感じていた違和感の正体が、今、はっきりと分かった。

 

〝……なあ武ちゃん。みくにゃんと李衣菜ちゃん、ソロデビューさせるのが正解なのかな?〟

 

 武内Pは、そこに間島Pがいるかのように椅子を見つめて――

 

「ユニット活動をしていては将来性が無い。間島さんの話を、マイクさんも聞いていましたよね?」

 

〝それは、そうだけど……〟

 

「なら、ソロデビューが正解です」

 

 きっと、信頼しているのだと思う。李衣菜にとっての木村夏樹のように。みくにとっての安部菜々のように。武内Pは間島Pを信頼して、信頼がいつの間にか依存になって、誰もいない机の前で途方に暮れている。

 

〝……武ちゃんはどう思うんだ? 今のやり方で正解だと思うのか?〟

 

 表情を変えずに頷く武内Pに、途方もない苛立ちが込み上げる。伊華雌は、新興宗教を盲信(もうしん)するあまり何も聞かなくなってしまった家族を怒鳴り付けるかのように――

 

〝昨日のライブであんだけ失敗して、それでも大丈夫だって思うのかよ……ッ!〟

 

 パートナーであり唯一の友人である武内Pに声を荒げるのは辛かった。

 しかし、言わなければならない。

 武内Pの友達であると胸を張りたいのであれば。相手を傷つけ、それ以上に自分が傷つくと分かっていても――

 

〝俺、間島さんのプロデュース、間違ってると思う。だから昨日のライブ、失敗したんだよ〟

 

 確かに、実積はある。346のトッププロデューサーである肩書きは伊達じゃない。

 だからと言って――

 

 絶対に間違いを犯さないとは限らない。

 

 もしかすると、みくと李衣菜のソロプロデュースは、どんな天才プロデューサーが取り組んだとしても成功させることの出来ない敗北確定ルートなのかもしれない。だとしたら、一刻も速い軌道修正が必要である。

 

「……マイクさんの気持ちも分かりますが、間島Pのプロデュースは間違ってないと思います」

 

 まだ、言葉が足りない。間島Pに対する危険な信仰を崩すためには言葉の弾丸が足りない。もっと弾があれば戦況を好転させられるのに弾切れで何も出来ないガンナーの悔しさを胸に伊華雌は沈黙せざるをえない。

 

 ――バカは死んでも治らないとか、誰が決めたんだよちくしょう!

 

 転生してもなお性能の悪い頭に苛立ちながら、伊華雌は諦めずに言葉の弾丸を探し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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