シンデレラプロジェクトの地下室にみくと李衣菜の姿は無かった。ライブの反省会を兼ねたミーティングを行う予定なのだが、予定の時間を過ぎているのに二人の姿はどこにもなかった。
そして、二人の代わりに――
「悪いね、勝手に邪魔してるぜ」
木村夏樹が口元に気さくな笑みを浮かべている。しかしそれが形だけのものであると、刺し貫くような鋭い視線が語っている。
彼女は、喧嘩を始める番長のようにゆっくりとソファーから立ち上がり、口元に残っていた笑みを消して――
「李衣菜のことで、話がある」
夏樹は、昨日のライブを見ていたという。ずっと面倒をみていた後輩がソロでやっていけるのか気になって、一般客席から李衣菜のステージを見守っていた。
そして、見てしまった。
後輩が、目を覆いたくなるような失敗をするところを。
「今日は事務所に行きたくないってさ。昨日の今日だからしょうがねえけど、すっかり落ち込んじまってさ……」
木村夏樹は目を閉じて、まぶたの裏に李衣菜のステージを見るように――
「まあ、ひどかったな。初めてのソロであがっちまうのは分かるけど、ちょっとな……」
そして夏樹は、次の一手で勝負が決まる難しい局面に挑む棋士のように鋭い目付きで――
「――で、これからどうする? だりーとみくがアイドル続けられるかどうか、あんたのプロデュースにかかってるんだぜ?」
殴りあう前に勝負がついている喧嘩。そんな感じの光景だった。どんな言葉の
「間島プロデューサーに相談をしようと思ったのですが、あいにく出張中で……」
夏樹の中に眠る何かが目を覚ました。表情こそ崩さないが、仕草の端々に苛立ちの予兆を見せて――
「あんたさ、何言ってんだよ?」
泳いでいた武内Pの視線を捕らえて、胸ぐらを掴むように荒々しく――
「間島さんは関係ないだろ……。今はあんたがだりーの担当だろッ!」
少ない言葉に詰め込めるだけの感情を詰め込んだ。そんな感じの声だった。星輝子の
「……しっかりしてくれよ。担当のあんたがそんな調子じゃ、上手くいくもんも上手くいかねーよ」
夏樹はしばらく武内Pをにらみつけていた。何か言えよ、と言わんばかりの好戦的な目付きだった。
武内Pは何も言わなかった。
すると夏樹は、気の抜けた演奏を繰り返すバンドメンバーに愛想を尽かすバンドリーダーのように肩をすくませながら部屋を出て行った。
シンデレラプロジェクトの地下室に、呆然と立ち尽くす武内Pと
夏樹の叱責によって武内Pは弱気になっている。いつもなら励まして回復させる伊華雌だが、今は違う。この機を逃さずとどめを刺すのが自分の使命とすら思う。
〝……ずっと、違和感があったんだ〟
ここで仕留める。暴走列車に照準を向ける狙撃手の緊張を胸に――
〝今回のプロデュース、何かおかしいなって、思ってたんだよ……〟
ターゲットを照準におさめ、震える指で引き金を絞るように――
〝そろそろ、俺達のプロデュースを始めようぜッ!〟
武内Pは、知らない言語で話しかけられた人のように眉をしかめる。その反応に伊華雌は確信する。
武内Pには、自覚がないのだ。
自分では、今まで通りのプロデュースをしているつもりなのだ。
しかし、実際には――
〝武ちゃんは今、間島さんのプロデュースをしてるんだよ。間島さんの代わりに間島さんのプロデュースをしてるんだよ。でも、それじゃダメなんだよ!〟
だって武内Pは間島Pじゃないから。
〝間島さんのプロデュースができるのは間島さんだけなんだよ。武ちゃんがどんなにがんばっても、間島さんにはなれないんだよ!〟
先輩に憧れて、こんな風になりたいと思うのは自然なことだと思う。みくが菜々に憧れるように、李衣菜が夏樹に憧れるように、武内Pも間島Pに憧れて、そのプロデュースをやろうとした。そのままの形で引き継いでしまった。
でも――
それじゃダメなのだ。偉大な先輩だろうがなんだろうが、真似をして成果を出せるほどアイドルのプロデュースは甘くない。担当を引き継いだその瞬間から、先輩なんてクソくらえ、自分自身が担当プロデューサーとしてアイドルと向き合わなければならないのだ。
「……しかし、じゃあ、自分はどうすれば」
信じていた地図が全くのデタラメであることに気付いて途方に暮れる冒険家のような顔をする武内Pに、言ってやる――
〝武ちゃんは間島さんにはなれない。でもな、間島さんだって武ちゃんにはなれないんだよッ!〟
間島Pは言っていた。武内Pはもっと自信を持つべきだと。
それはつまり、認めているのだ。
346プロのトッププロデューサーが、プロデュースを認めてくれているのだ。
――信じるべき地図は、すでに自分の手の中にある。
〝武ちゃんはもっと自分のプロデュースに自信を持つべきだ。だってあんたは、赤羽根が諦めた佐久間まゆのプロデュースに成功したんだ! 美城常務が諦めた市原仁奈のプロデュースにも成功したんだ! この二人のプロデュース、間島さんにだってやれたかどうか分かんないぜ! だから――〟
――もっと自信を持てよッ!
夏樹に怒鳴られて呆然としていた武内Pの瞳に光が戻った。強烈な一撃に意識を飛ばされたボクサーが、しかし復活してファイティングポーズをとるように、待ち焦がれていたあの表情が戻ってきた。
そう、これは、伊華雌を震え上がらせて市原仁奈を泣かした――
殺し屋の顔!
「……自分は、大事なことを忘れていたのかもしれません」
敵に洗脳されていた仲間が正気を取り戻してくれた喜びを胸に、伊華雌は吠える――
〝もう一度やり直そうぜ、俺達のプロデュースをッ!〟
「……そうですね。我々の――」
――アイドルを笑顔にするプロデュースを!
喉に刺さった魚の骨が抜けるように、伊華雌の心に居座っていた違和感が解消された。今、線路は正しい方向へ向けて伸ばされた。その先にアイドルとしての成功が待っているのは間違いないが、だいぶ時間を浪費してしまった。
〝武ちゃん、一から考え直そうぜ。どうしたらみくにゃんと李衣菜ちゃんが笑顔になれるか!〟
「ええ、望むところです!」
伊華雌と武内Pは事務室で議論を重ねた。夜もふけて守衛に追いだされるまで話し合った。寮に帰ってからも寝落ちするまで言葉を交わして――
そしてたどり着いた結論は、間島Pのプロデュースからの脱却を象徴するようなものだった。
みくと李衣菜のソロデビューは中止する。
そしてその代案として――