マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第4話

 

 

 

 武内Pは、高卒で346プロに入社した。新入社員のほとんどを大卒、専門学校卒で固める346プロにとってこれは異例のことである。

 

 ――有能な者は評価する。学歴など、関係ない。

 

 新しく役員になった美城常務の〝改革〟によって、あらたに高卒枠が設けられた。武内Pと赤羽根Pと事務職の女性が346プロ初の高卒入社組となった。

 

「美城常務は、期待してくれていました。社会経験の浅さは情熱でカバーしろと言って、仕事をまわしてくれました。自分も期待に応えるべく、奮闘したのですが……」

 

 武内Pは、ずっと感じていたのだと言う。どんなに努力しても、決して越えられない壁があるのだと。

 

「自分は、赤羽根さんのように、流暢(りゅうちょう)に喋ることが出来ません。はつらつとした笑顔で、その場の空気を変えることが出来ません。落ち込んだアイドルを、励まして、笑顔にすることが……」

 

 強く握られた(こぶし)が、武内Pの独白を締めくくった。

 悔しいのだろう。

 悔しいと思えるくらい、挑戦してきたのだろう。

 きっとこの武内という男性は、才気あふれる同僚の背中を必死に追いかけて、でも、追い付けなくて――

 もう、諦めようと――

 

〝でもさっ! あんただってさ、赤羽根に出来なかったこと、やってんじゃん!〟

 

 武内Pは、ゆっくりと首を左右に振りながら――

「自分は、何も……」

 

〝島村卯月ッ!〟

 

 伊華雌(いけめん)は、まっすぐに武内Pを見上げる。マイクだから、視線なんてないけれど、その熱意だけでも伝えようと、まっすぐ睨んで――

 

〝島村卯月をスカウトした。これが功績でなくてなんなんだ? 俺がノーベルだったらあんたにノーベル賞をくれてやるところだッ!〟

 

 武内Pは、しかし床に落とした視線を上げない。人違いで勲章をもらった兵士が自嘲するように、曖昧な笑みを浮かべて――

 

「いい笑顔、だったんです……」

 

〝そうだ、いい笑顔だ。卯月ちゃんの笑顔は宇宙一だ! そしてそれを発見したのは、あんたなんだろ!〟

 

 武内Pはゆっくりと首をふる。胸につけた勲章を引きちぎって過去を暴露する老将軍のように、ため息を落として――

 

「初めて島村さんに会った時、自分は落ち込んでいました。その時は、街頭スカウトの仕事を始めたばかりでした。赤羽根さんは、どんどん女の子をスカウトできるのに、自分は、さっぱり出来ませんでした。赤羽根さんの助けを借りても、緊張した自分が女性の前に出ると、女性達は恐がってしまい、スカウトは失敗しました。挙げ句の果てに、通報されて、お巡りさんに囲まれました」

 

 伊華雌は、絶句する。あまりにもそのシチュエーションが容易に想像できて、何も言えない。

 

 無愛想な武内Pと、不細工な自分。

 

 一緒にしたら怒られそうだが、親近感は覚えてしまう。

 

「同期の千川さんに助けてもらい、お巡りさんの誤解はとけたのですが、もう、スカウトを続ける気力はありませんでした。どんなに本を読んでも、どんなに笑顔の練習をしても、赤羽根さんの足元にも及ばなくて、プロデューサーとしての自信を、なくしていました」

 

 雨ブランコ、という単語がある。世界三大酷景(こっけい)に登録されているそれが、渋谷の公園に出現した。

 強面(こわもて)で大柄な男性が、失意の表情(かお)で雨ブランコ。

 一体、誰が声をかけられると言うのだ。

 そんなことができるのは、そう――

 

「その時、声をかけてくれたのが、島村さんだったんです。自分が濡れるのも構わずに、傘を差し出してくれました。これあげますからと言って、ハンカチを差し出してくれました。そして、自分を励ますために、言ってくれたんです――」

 

 やまない雨はありません。頑張ってください!

 

「その笑顔に、自分は我を忘れました。この人は、絶対にアイドルになるべきだ。この人を、絶対にアイドルにしなければならない。自分は、回らない口に苛立ちながら、必死に島村さんをスカウトしました。気がついたら、警官に取り押さえられていました。でも――」

 

 卯月に名刺を、渡すことができた。

 最初で最後の、街頭スカウト。その成果は、346プロを根底から揺るがした。

 

 ――島村卯月は、天才だった。

 

 高卒の新米プロデューサーが街頭で拾ってきた無名の少女は、あっという間に346プロのトップアイドルになってしまった。

 

「自分は決して、島村さんの才能を見抜いたとか、可能性を見いだしたとか、そんなんじゃないんです。むしろ、見つけ出してもらったのは自分のほうなんです。そして――」

 

 救われたんです。

 島村さんの、笑顔に。

 

「だから自分には、プロデューサーとして特別な能力なんて、無いんです。島村さんをスカウトできたのは、幸運な偶然に過ぎないんです」

 

 悲しい笑顔を添えて話を終わらせようとする武内Pを、そのままにするつもりはなかった。

 絶対に、プロデューサーをやめさせてはいけないと思った。

 

 だって、伊華雌も、同じだったから。

 失意の底で、卯月の笑顔に――

 

〝一つ、提案がある〟

 

 武内Pの顔にへばりついている自嘲の笑み。それを消し飛ばして仏頂面を取り戻すべく、伊華雌は声を大にして――

 

〝あんた、俺と組まねえかッ!〟

 

 武内Pが、無表情になった。

 首の後ろを、右手で触った。

 

〝きっとあんたは、あらゆる手を尽くしたんだと思う。その上で、もうプロデューサーは出来ないと決断したんだと思う。それについては、何も言えねえ。もっと頑張れって、言いたいけど、頑張れって言われて頑張る程度の努力、きっとあんたはとっくにやってるんだと思う〟

 

 武内Pは、無言。沈黙による、肯定。

 

〝だから俺は、頑張れ、なんて言わねえ。俺があんたに、言いたいのは――〟

 

 固まった無表情で、それでも伊華雌から目をそらさない武内Pへ、思いっきり――

 

〝俺と一緒に、もう一度頑張ってみようぜッ!

 

 時間が、とまった。

 そんな風に思えるくらいの、沈黙が流れた。カチカチと、時計の音が鋭くて、ライブ会場に押し寄せている観客の気配がほのかに感じ取れた。

 

「……あなたと一緒に、プロデューサーとして活動する、ということですか?」

 

 ようやく動き出した時間の中で、武内Pは首をかしげる。

 

〝俺とあんた、良いコンビになると思うんだ〟

 

「どうして、そう思うのですか?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される質問。無表情だからぼんやりしていると思いきや、武内Pの頭の回転は速い。やはり武内Pは〝有能〟なのだと確信し、絶対にプロデューサーをやめさせてはいけないと思った。

 

〝あんたと俺には、兄弟の絆に等しい共通点がある〟

「それは、一体……?」

〝それは、それはぁ――ッ!〟

 

 伊華雌は、過去最大の声量でもって――

 

〝二人とも、卯月ちゃんの笑顔が大好きぃぃいい――――ッ!〟

 

 ……やっと、武内Pの表情を崩すことができた。無愛想な無表情でもなく、演技めいた自嘲の笑みでもなく――

 

 渋面(じゅうめん)

 

 なに言ってんだコイツ? と言わんばかりの迷惑顔に、しかし核心をつくことに成功したのだと思った。

 人間、本当のことを言われると不愉快になるのだ。

 

〝俺は、世界で一番卯月ちゃんの笑顔が好きなんだ。そしてあんたも、卯月ちゃんの笑顔が好きなんだろ? だったら、もう理由なんていらないだろ? 笑顔は国境を越えるっていうか、ノースマイルノーライフっていうか、えっと、その……〟

 

 言いたいことが上手く言えない。ボキャブラリーの貧弱さから生じる言語障害によって頭の悪さを露呈(ろてい)する伊華雌だったが、そんな彼を見る武内Pは――

 

 笑っていた。

 

 彼は伊華雌を手に取ると、自分の目線まで持ち上げて――

 

「……自分一人の力では、もうプロデュースは出来ないと思いました。しかし、あなたと一緒であれば、また違った結果になるかもしれません」

 

〝おっ、やる気になってくれたか武ちゃん!

 

「……たけちゃん?」

 

〝あっ、えっと、せっかく相棒になるんだから、あだ名で呼びたいな、って……。勢いでいけるかな、って……。どさくさに紛れて、みたいな……〟

 

 伊華雌が〝いない歴イコール年齢〟なのは彼女に限らない。〝友達〟も、伊華雌にとっては架空の生き物である。

 だから、憧れがあった。

 あだ名で呼べる友達を作ることは、伊華雌にとってDT卒業の次にランクインする〝やりたいこと〟だった。

 

「構いません。好きな呼び方で、呼んでください」

 

 自嘲の笑みとは、また違う笑みを見せる武内P。

 ぼーっとその顔を見ていた伊華雌の中に、雷が落ちた。

 

〝まっ、まっ、まっ、マジで! じゃあ、武ちゃんって、呼んじゃうよ……?〟

 

「ええ、問題ありません」

 

〝ヒィィヤッハァァアア――――ッ!〟

 

 伊華雌の中に星輝子が降臨した。どうやら、存外の喜びは人を星輝子にするらしい。

 

「……自分は、なんと呼べばいいですか?」

 

 首の後ろに手を当てた武内Pが、口元に笑みを見せている。気恥ずかしさにはにかんでいるのかもしれない。生来(せいらい)強面(こわもて)のせいで大人びて見えるが、中味は年相応なのかもしれない。

 なぜだろう。

 伊華雌は、はにかんで笑う武内Pを〝可愛い〟と認識してしまった。

 

「あの、聞いてますか?」

 

〝あっ、えっと、もちろんだぜ。俺の名前は、いけ――〟

 

 言いかけて、やめた。

 伊華雌は〝伊華雌〟というキラキラネームに長年苦しめられてきた。イケメンになりますようにと願いを込めて命名されたと聞いているが、願掛けなど無意味であると伊華雌はそのぴにゃこら太フェイスで証明した。

 

 せめて、普通の顔なら良かった。

 

 伊華雌の名前を持って振り切れた不細工とか、お笑いのコント劇場ぐらいしか居場所がなくなってしまう。

 たとえ普通の名前でも、伊華雌ほどの不細工であれば迫害を受けていたかもしれないが――

 

 伊華雌なんて真逆の名前をぶらさげていたせいで、ベリーハードモードで勘弁してもらえたかもしれない人生がナイトメアモードに設定されてしまった可能性は高い。

 

 だから――

 

〝俺のことは、そのままマイクと呼んでくれ。マイクに名前なんてないからな。我輩はマイクである、名前はまだ無い……。みたいな?〟

 

「そう、ですか。……わかりました」

 

 どこか寂しそうな武内Pの声色に、一株(ひとかぶ)の罪悪感が込み上げた。

 あだ名で呼んでいいかい相棒! と言って距離をつめておきながら、貴様に名乗る名前は無い! と言わんばかりに突き放したのだ。友達に対する態度としては落第点だろう。

 

 しかし、それでも――

 

 我輩は伊華雌であると、名前を語るつもりはなかった。この()まわしい名前は、できることならもう二度と他人の口から聞きたくない。

 

「では、行きましょう……」

 

 武内Pが、伊華雌をスーツのポケットに差した。

 

〝行くって、どこに? これからライブじゃ……?〟

 

 武内Pは、首を横にふる。

 

「自分は担当アイドルがいないので、今日は設営の手伝いだけです。自分は今から、本社に行きます」

 

 廊下に革靴の音が響く。それはやがて、場外の歓声にかきけされる。非常口と思われる鉄扉をあけると――

 

 視界を埋め尽くす、観客。

 

 スタッフが拡声器で列整理をしている。ほのかに流れるBGMに、気の早いファンがコールを入れている。廊下に貼られたポスターが346プロオータムライブを告知している。ポスターの中で笑みを浮かべる島村卯月と目があって、夏のライブを思い出した。

 

 思えば、空気を読まない転生によって、夏のライブを最後まで見ることができなかった。

 その埋め合わせを秋のライブに求めるのは、果たして間違っているだろうか。

 

〝なあ、武ちゃん……〟

 

 伊華雌は、武内Pを言いくるめるつもりだった。後学(こうがく)のために現在のトップアイドルを観察するのは必須であるとかなんとか、それらしいことをいってライブにありつこうと(たくら)んでいたのだが――

 

 できなかった。

 観客の流れに逆らって廊下を歩く武内Pの、横顔をみるなり己の行為を恥じた。

 

 討ち入りをする侍は、もしかしたらこんな顔をするのかもしれないと思った。

 

〝……本社で、誰と対決すんの?〟

 

 特定の相手がいるのだと、にらんでかまをかけてみた。

 武内Pは、臆する心を奮い立たせようとするかのように、歩を強めて――

 

「美城常務です……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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