マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第12話

 

 

 

「武内くーん! こっちこっち!」

 

 川島瑞樹が手招きするのは、明日の栄光のために汗を流すレッスンスタジオではなく、観客の歓声を一身にあびるステージでもなく、明日の活力のために酒を浴びる――

 

 居酒屋。

 

 以前、瑞樹に連れてこられた居酒屋とは別の店だった。しかし雰囲気は似ていた。体育会系の接客と、食欲をそそる匂いをたっぷりと含んだ白煙。

 そして、奥の個室にお忍びで集結している――

 

 346プロのお姉様アイドル!

 

「ちょっと! ご無沙汰じゃないの! 元気してた?」

 

 片桐早苗がビールジョッキを振り回す。その豪快な笑顔が、武内Pの隣に立つ小柄なプロデューサーを見るなり容疑者を睨む刑事の思案顔になって――

 

「あなた、どこかで……」

 

 アルコールで不鮮明になっている記憶の回復を待つのはもどかしい。もう一人のプロデューサーは、先生に挙手をして発言をする生徒のように溌剌(はつらつ)と――

 

「だっ、第三芸能課の米内(よない)です! きょっ、今日は武内君に声をかけてもらって、そのっ、よろしくお願いしますっ!」

 

 米内Pの〝一生のお願い〟が成就した瞬間だった。見ていて嬉しくなるくらいの〝いい笑顔〟だった。

 

「思い出したわ! チビちゃん達のプロデューサー君ね!」

「そうです!」

「わたしのファンの!」

「そうです!」

「よし、こっちいらっしゃい!」

「失礼します!」

 

 米内Pは酔った早苗に誘われるままテーブルへ向かう。その卓で待ち受けるのは――

 

 片桐早苗、高垣楓、川島瑞樹。

 

 米内Pの肝臓はおそらく助からないだろう。伊華雌(いけめん)は合掌する感覚をもって米内Pを見送った。

 

「あっ、武内プロデューサーさん、お疲れ様ですっ! あのっ、これはっ、烏龍茶ですからっ!」

 

 安部菜々17歳が空のグラスを掲げて見せる。そこに何色の液体が入っていたのか? 真相は菜々のみぞ知るであるが、赤く上気する頬が全力で烏龍茶を否定している。

 

「さっすがパイセン! キャラ造りに隙がねえな☆ はぁとも見習うぞ!」

 

 隣に座る佐藤心はだいぶ出来上がっているようで、いつもよりキャラがキマっている。諸星きらりに迫るテンションで騒ぎまくって、対面に座る三船美憂に絡んでいる。

 酒癖の悪さをあますところなく披露している佐藤心の支配するテーブルに着くのはもはや自殺行為に等しいが、武内Pは断りを入れて菜々の向かいに着席する。

 

 ――実のところ、武内Pにとってこれは仕事だった。

 

 みくをプロデュースするためには、どうしても菜々と話す必要があった。だから346プロ社内カフェ――〝メルヘンチェンジ〟へ向かったのだが、荒木比奈しかいなかった。

 

 今日は菜々さん休みっす。アイドル仲間と飲み会っす。

 

 彼女の証言から菜々の居場所に見当をつけた武内Pは、川島瑞樹に連絡をとった。飲み会に合流する許可をもらった。ふと、小さな同僚が頭をさげている場面を思い出して、彼の〝一生のお願い〟を成就させた。

 

「どこのプロデューサーか知らないけど、とにかく飲めよ☆ 話はそれからっ!」

 

 案の定、佐藤心が絡んできた。

 武内Pは差し出されたジョッキを一気に飲み干した。空のジョッキを見せ付けるように、ジョッキの底でテーブルを叩いた。

 

「へぇー、なかなかやるじゃん。気に入ったぞ☆ でも、もっと飲めるよな?」

 

 心が個室から顔を出してスタッフぅーと声をあげた。その隙をついて武内Pは話を切り出す――

 

「実は、安部さんにお願いしたいことがありまして……」

 

 菜々は、なんでしょう? と言わんばかりに小首をかしげた。実は、と前置きを入れて本題に――

 

「ほらほらっ、乾杯しようぜ☆ かんぱーい!」

 

 両手に大ジョッキを持った佐藤心が戻ってきた。テーブルに並べた戦利品を前に会心の笑みを浮かべている。乾杯しないと次の行動がとれない伏せカードを発動されたような状態になってしまった。

 

「かんぱーい☆」

 

 ジョッキのぶつかる音がした。

 ぐっぐっぐっと喉が鳴って、ジョッキの底がテーブルを叩く。

 

 武内Pと佐藤心のジョッキが空になった。

 

 呆気にとられた三船美憂の口元から泡がこぼれた。菜々は両手を突き出してジョッキを遠ざけながら「17歳ですからっ」を繰り返している。

 

「はぁとに張り合おうとはいい度胸だな☆ 望むところだっつーの!」

 

 手応えのありそうな相手を見つけて戦意を高揚させる中野有香みたいな笑みは、しかし武内Pにとってはいい迷惑だった。

 お姉様アイドルが酒盛りをしている居酒屋――という名前の魔境に足を踏み入れたのは、菜々と話をするためである。スウィーティーな飲み比べをするためじゃない。

 

「ほらほら、ジョッキが空いてるぞ! しょうがないから、はぁとがついでやろう。感激しろよ☆」

 

 瓶ビールの栓を抜くと、心は完璧な動作でビールをついだ。泡の立ち方が絶妙だった。そのままビールのCMに使えそうだった。

 

「……それで、菜々に話って何ですか?」

 

 武内Pは、答えなかった。バンジージャンプの直前に怖じ気づいてしまった人のように顔を強ばらせて、ビールを飲んだ。

 

 酒の力を借りる必要があるかもしれない。

 そのくらい、口に出すには勇気がいる。

 

「……実は、前川さんが、先日のライブ以来、体調不良を理由に事務所に来てないんです」

 

「えっ……」

 

 菜々の顔が、先輩の威厳を持って引き締まる。騒いでいた佐藤心も、空気の変化を察してビールをつぐ手をとめる。

 

「分かりました。じゃあ、菜々が励ましに――」

 

「いいえ、そうじゃないんです」

 

 武内Pはきっぱりと断って、今度こそバンジージャンプを跳ぶぞと決意した人の顔で――

 

「自分を、安部菜々さんにしてください!」

 

 時間停止能力を発動した能力者の気持ちになるですよー。伊華雌の中に響いた市原仁奈の声は、しかし的確に状況を説明している。

 菜々は瞬きを忘れて武内Pを見つめている。完璧なビールのつぎかたをマスターしているはずの佐藤心がグラスからビールをこぼした。こぼれたビールがテーブルをつたい、三船美憂が悲鳴を――

 

「あっ、ごめん美憂ちゃん! はぁと、らしくない失敗しちゃった……」

 

「い、いえ。少しこぼれただけなので、おしぼりでふけば――」

 

 あたふたとこぼれたビールの後処理に追われる二人の横で、菜々は実年齢を疑われた時の顔で――

 

「えっと、菜々になりたいって聞こえた気がしたんですけど、聞き違い、ですよね……?」

 

 酒の力か、それとも一度告白して開き直ったのか。武内Pはゴジラのようにどっしりと構え、熱線を発射するかのように口を開き――

 

「自分を、安部菜々さんにしてくださいッ!」

 

 ある意味ではゴジラの熱線よりも強烈な一撃だった。その電波的な発言は、ウサミン星人をもってしても受信は不可能で、佐藤心が真顔になって、三船美憂の笑顔が凍りついた。

 

「……もしかしてぇ、お酒苦手? はぁとの乾杯で、酔っ払っちゃった?」

 

 気を取り直してフォローする心に、武内Pは鋭い横目を向けて――

 

「自分は、素面(しらふ)です」

 

「いやあんた酔ってるって! でなきゃあんなこと言わねーだろ? 自分を菜々パイセンにしてくださいとか、意味不明にも程があるっつーの!」

 

 何故、武内Pがウサミン星人になりたいと願うのか?

 その理由を、あえて一言にまとめるならば――

 

「前川さんをプロデュースするためには、安部菜々さんになる必要があるんです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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