マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第13話

 

 

 

 346プロ女子寮。

 

 もう字面(じづら)からしていい匂いがしてきそうな建物は、当然ながら男子禁制である。(かぐわ)しき乙女の(その)へ突撃したいのであれば、モロッコへ行って性転換手術を受ける必要がある。

 つまり男子が男子であるかぎり女子寮の敷居は跨げないのだが、何事にも例外は存在する。

 

 ――寮生の家族、もしくは担当プロデューサーに限り訪問を許可する。

 

 それが規則に記された抜け道であり、だから武内Pは女子寮に向かっている。

 

「なんだか、変な気分です。プロデューサーさんと一緒に帰るって……」

 

 規則に許されているとはいえ、男一人で女子寮に突撃するのはさすがに気が引ける。誤解されて〝お巡りさんこの人です!〟とか言われてしまう可能性を否定できない。

 

 だから、まゆに同行を頼んだ。

 

 まゆは武内Pの申し出を快く引き受けてくれた。肩を並べて帰宅するうちに盛り上がり、一緒に玄関で靴を脱ぐ頃には――

 

「何だか、夫婦みたいですね……」

 

 とか言っちゃうくらいに出来上がっていた。しかし武内Pは素っ気無い仕草でフラグをスルーする。

 

 まゆちゃんのフラグに対してのリアクションが〝首を触る〟だけとか、もっと他にあるだろうがぁぁああ――ッ!

 

 伊華雌(いけめん)の心の叫びは、しかし武内Pには届かない。

 

「ちょっと、待っていてください。みくちゃん、呼んできますから……」

 

 広々とした談話室に武内Pを残そうとして、しかしまゆは足をとめて――

 

「それとも、まゆの部屋に来ますか……?」

 

 当然ながら武内Pはまゆの申し出を辞退してフラグの虐殺を続けるのだが――

 

 ――仮にここで〝YES〟を選択したらどうなってしまうのか?

 

 考え出したらもう煩悩が止まらない。伊華雌の中に蓄積されているギャルゲーの記憶が次から次へと再生されて止まらない。徐々に対象年齢が上がり、R18の境界線を越えた瞬間、頭を石に叩きつける感覚をもって伊華雌は冷静になった。

 

 桃色の妄想を振り払うべく現実世界へ目を向けるが、そこにあるのはアイドルの女子寮という桃源郷(とうげんきょう)で、新しい妄想が竹の子のようにニョキニョキと生えてくる。このソファーには誰が座ったんだ? このカーペットは誰に踏んでもらえたんだ? この空気は、一体だれの――

 

〝吸引力が変わらないただ一つの掃除機になりてぇぇええ――ッ!

 

 伊華雌は衝動的な欲望を吐き叫ぶことによって膨らみ続ける妄想を落ち着かせる。

 ひとまずは賢者になった伊華雌だが、そんなものは一瞬で終わる。

 何せここは、アイドルの女子寮なのだ。

 

「闇に飲まれよ!」

 

 神崎蘭子の帰還である。

 彼女は武内Pを見るなり目を丸くして、日傘を構えて後ずさる。

 

「おっ、男の人が、何で……ッ!」

 

〝びっくりして素に戻っちゃうランランまじキュートなんですけどぉぉおお――ッ!〟

 

 一瞬前の賢者タイムはどこへやら。〝煩悩〟という闇に飲まれた伊華雌は使い物にならない。今にも日傘を捨てて逃げ出しそうな蘭子を前に武内Pも動きがとれない。二人はまるで睨みあう野良猫のように目を合わせたまま動かない。

 

「大丈夫だよ、蘭子ちゃん。この人は、卯月ちゃんのプロデューサーさんだから」

 

 小日向美穂が、穏やかな空気を取り戻してくれた。

 心の平穏を取り戻した蘭子は、通常語モードから熊本弁モードへ移行して――

 

「……なるほど、瞳を持つものであったか。それならば真結界の中に存在することも可能であろう!」

 

 蘭子の高笑いをBGMに小日向美穂が頭を下げる。両手を揃えて礼儀正しく頭を下げる仕草が正統派キュートすぎて伊華雌は煩悩の奴隷となる。

 

「お疲れさーん、――って、見慣れない人がいるねー」

「誰かのプロデューサーさんやろかー?」

 

 塩見周子と小早川紗枝の京娘コンビがはんなりと微笑む。着物姿でステージに立つことの多い二人の制服姿に伊華雌は心のシャッターを連射する感覚を捧げる。

 

「お、お客さん、かな?」

「昨日観た映画の、殺人鬼に似てるかも……」

 

 星輝子と白坂小梅が降臨した。近くでみるとブナシメジのように小柄な二人に伊華雌は、可愛いぞーッ! と絶叫(ヒャッハー)する感覚を贈呈する。

 

 どうやら帰宅ラッシュの時間に突入したらしく、次から次へとアイドル達がやってくる。いつの間にか、ソファーに座る武内Pはアイドルに取り囲まれていた。

 

 そのハーレミーな光景に、伊華雌は古傷が疼く感覚を思い出す。

 

 そう、あれは女児向けアイドルゲームにはまっていた頃の思い出。デパートのゲームコーナーで幼女先輩に混ざってゲームをしていたらレアカードをドロップした。幼女先輩は純粋なのか恐いもの知らずなのか伊華雌のイケメン(意味深)なフェイスに臆することなく集ってきて「すごいすごい!」を繰り返した。生まれて初めてのハーレム体験に〝すごいすごい!〟と感激する伊華雌だったが、その感動の寿命はとても短かった。

 

 何も悪いことはしていない。

 幼女先輩に囲まれていただけなのに保護者から通報されて、警備員に追い払われてデパートからアカウントBANされてしまった……。

 

 伊華雌が切ない思い出に落涙(らくるい)する感覚を思い出している間にもアイドルは増え続け、プロデューサーの訪問が珍しいのかそのほとんどは談話室に滞在した。

 

「お待たせしました……」

 

 談話室に戻って来たまゆは、砂糖に群がる蟻のように集合しているアイドルを見るなり一瞬だけ驚いて、すぐに笑みを浮かべると武内Pの隣にするりと腰かけた。

 

「プロデューサーさん、大人気ですね……」

 

 耳元でささやかれて、それでも武内Pは平然としている。伊華雌は自分の耳にささやかれたものと錯覚してゾクゾクしたというのに。

 

 武内Pは、四方をアイドルに囲まれても目的を見失っていない。

 女子寮にを足を踏み入れた目的は、煩悩に溺れたいからでも疑似ハーレムを体験したいからでもなく――

 

「前川さん、お疲れ様ですっ!」

 

 武内Pが立ち上がった。

 部屋着のネコミミパーカーを着ているみくは、サボりがばれた杏のようにバツが悪そうに――

 

「明日には、事務所にいくつもりだから……」

 

 それだけ行って立ち去ろうとするみくへ――

 

「待ってください!」

 

 伝えなければならない。

 みくを苦しめているであろう、ゲストライブについて――

 

「先日のライブは、すみませんでした……ッ!」

 

 直立不動の姿勢から頭を下げた武内Pだが、みくはそれすらも受けとりたくないと言わんばかりに背を向けたままー―

 

「別に、武内さんが謝ることじゃない。みくが未熟だったから、上手くいかなかっただけだから……」

 

 大勢のアイドル達の前で、弱気な言葉を吐き出して、パーカーのポケットに突っ込んだ手を硬直させる。

 

 ――それだけで充分だった。

 

 ライブで失敗したあの日から、どれだけみくが自分を責めたか、痛いほどに伝わってきた。

 

「前川さんは、悪くありません。ライブの失敗は、自分のプロデュースが原因です!」

 

 あの日、ステージの上でみくは笑顔を失った。

 間違ったプロデュースでアイドルの背中を押した結果、アイドルは翼を開くことなく地に落ちた。

 

 だけど――

 

 アイドルはまだ、生きている。

 地に落ち泥にまみれてもまだ、翼を抱いて空を見上げる。

 

 だから――

 

「もう一度、自分に前川さんをプロデュースをさせてくださいッ!」

 

 今度こそ、羽ばたかせる。

 誰のプロデュースでもない、自分自身のプロデュースでアイドルを大空へ羽ばたかせる。

 

 そして、失われた笑顔を――

 

「でも、みく……」

 

 いつも強気で負けず嫌いなみくの背中が、何だかとても小さくみえる。

 そんな姿を、あの人が見たらどうするか?

 

 今こそみくの大好きな先輩になって、彼女の強気を取り戻す!

 

「自分は、プロデュースを改めようと思います。これから、自分のことはプロデューサーではなく、安部菜々さんだと思ってください!」

 

 さすがに、振り向いた。

 

 怪訝な顔をしているみくの、目が腫れている。涙の残骸を消し飛ばして、ネコチャンスマイルを取り戻すために――

 

 武内Pは鞄の中から、菜々から借りたウサミミを取り出す。それを頭に装着して、声高らかに――

 

「ミミミンミミミンウーサミン!」

 

 それは、エールだった。応援団が声を張り上げ、体を限界まで酷使して気持ちを選手に伝えようとするかのように――

 

「ミミミンミミミンウーサミンっ!」

 

 アイドル達は、ぽかんとしていた。いきなりウサミミをつけてウサミンコールを談話室に響かせて。この人は危険な電波でも受信してしまったのではないかと心配するかのような顔で眉をしかめている。

 

「ミミミンミミミンウーサミンッ!」

 

 しかしそれは、構わない。談話室のアイドルにどう思われようが構わない。それこそ、世界中の人間にバカにされようが、構わない!

 

 ただ一人、前川みくの笑顔を取り出すことが出来れば――

 

「……全然、菜々ちゃんじゃないにゃ」

 

 みくはつぶやき、武内Pに背を向けると談話室から出ていってしまった。

 

「ミミミン、ミミミン……」

 

 ウサミミ武内Pと顔をひきつらせているアイドル達が残った。まゆだけは懐かしいものを見るような目で武内Pを見つめている。

 

〝武ちゃん、大丈夫だ! みくにゃんに気持ち、届いてるから!〟

 

 伊華雌のそれは、しかし気休めではなかった。みくの中で武内Pに対する気持ちに変化があったのは間違いないと確信していた。

 

 だってみくは、言ったのだ。部屋を出る直前に、小さな声で――

 

 ……全然、菜々ちゃんじゃないにゃ。

 

 みくが武内Pに対して猫語を使ったのは、伊華雌の記憶する限り初めてのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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