マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第14話

 

 

 

「それが、あんたの答えか……」

 

 そこは346プロライブ劇場(シアター)の控え室で、木村夏樹はライブを終えたばかりだった。その興奮の余韻を赤い頬に残している。

 

「何て言うか、普通じゃないな。プロデューサーからそんなことを頼まれたのは初めてだ……」

 

 しかし言葉とは裏腹に、夏樹は歯を見せて笑った。

 

「まあ、嫌いじゃないけどな。常識にとらわれてるうちは三流って、ロックの世界じゃ言われてるしな」

 

 夏樹が武内Pに近づく。その目をじっと睨みつける。

 武内Pは逃げずに視線を受け止める。それどころか押し返すように目を細める。

 

「あんた、いい目をしてるな。前に会った時は、何を演奏していいのか分からないロッカーみたいに頼りない目付きだったのに、今のあんたからは――」

 

 視線を外して、ふっと笑う。自慢のリーゼントヘアを揺らして、バンド仲間へ向けるような笑みを作って――

 

「一緒にステージに立ちたいって思えるくらいの、熱い魂を感じる!」

 

 夏樹のギターが武内Pへ差し出された。

 

「あんたの頼み、聞いてやる。〝ロック〟について、教えてやるよ!」

 

 劇場のリハーサル室でロックの授業が始まった。それはしかし、教えられて理解できる(たぐ)いのものではない。言葉に出来ない情熱を理解するために、とにかく体当たりで、とにかく必死に、熱い情熱を原動力に武内Pはギターをかきならした。

 

 全ては、李衣菜の笑顔を取り戻すために……ッ!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 冬の川原を照らす夕日は赤が強い。夏のそれよりも赤い夕日に、スーツ姿の武内Pが目を細める。ギターを持って長い影を伸ばすその姿に、行き交う人が首を傾げる。

 

 通報されなかったのはギターのおかげだと思う。

 

 実際に、ミュージシャンのPVにはよくある光景だったりする。スーツ姿でアマゾンの奥地みたいなところでギターをかき鳴らしちゃうとか、スーツ姿で山に登ってそのまま演奏しちゃうとか。

 有り得ない光景に面白さを見いだしてそれをCDのジャケットにするのはアーティストの(つね)であり、だからギター片手に夕日を背負う武内Pは、不審者として通報されることなく彼女を待つことができた。

 

 やがて、バイクの排気音が近付いてきた。それは夏樹のバイクで、その後ろに乗った少女は〝ROCK OF MIND〟と主張するTシャツを着ている。

 

「ちょっとなつきち! 説明してよ!」

 

 強引に連れてこられたのか、李衣菜はバイクを降りるなり夏樹に食って掛かった。

 

「だりーにどうしても会いたいって人がいるんだよ」

 

 夏樹は脱いだヘルメットをバイクのハンドルにひっかけると、ガードレールを乗り越えて土手を歩き出した。

 

「ちょっと、待ってよ!」

 

 李衣菜もヘルメットをバイクのハンドルに引っ掛けてガードレールを乗り越えた。土手を降りて川原にさしかかり、武内Pを見るなり散歩を嫌がる犬みたいに足を踏ん張った。

 

 李衣菜の反応はみくと似ていた。言い訳のように「明日には事務所にいきますから」と言って背中を見せようと――

 

 ギターを鳴らした。

 携帯用のアンプから飛び出した音が李衣菜をつかまえる。

 

「先日のゲストライブ、失敗したのは自分の責任です。自分のプロデュースが、間違っていました!」

 

 李衣菜はしかし、みくと同じようにかぶりを振って――

 

「……武内さんのせいじゃないですよ。あれは、わたしが――」

 

 ギターが吠えた。

 武内Pは、李衣菜の弱気を吹き晴らすべくギターをかき鳴らした。

 呆気にとられた李衣菜に、その無防備な心に――

 

「自分に、もう一度チャンスをください! 多田さんがロックなアイドルを目指すなら、自分は――」

 

 ――ロックなプロデューサーになってみせますッ!

 

 そして、演奏を開始する。昨日夏樹に教わったばかりの、まるで下手くそな〝Twilight Sky〟を。

 

 夏樹いわく、上手いとか下手とかではないらしい。

 言葉に出来ない熱い気持ちを、ぶつけて相手の心を揺さぶる。それがロックの真髄であり、だからロックは〝ハート〟が大切なのであると。

 

 武内Pの酷い演奏が終了した。

 最後の音が夕日に飲み込まれて消えて、武内Pの荒い呼吸が演奏の感想を求める。

 

「……下手くそ、ですね」

 

 李衣菜は呆れ果てたような、怒ったような顔をして――

 

 でも、笑ってくれた。

 

「ロックでは、ありませんでしたか?」

 

 不満げに首の後ろをさわる武内Pに対して、李衣菜は大袈裟にかぶりを振って――

 

「気持ちは伝わってきたけどロックとは違うかな。ロックってのは、もっと、こう……」

 

 身ぶり手振りでロックを語る李衣菜を夏樹がじっと見つめる。その顔に、スランプを乗り越えた野球選手を見守る監督のような笑みをみせながら。

 

「……なに、なつきち? わたしのことじっと見て」

 

 ロック論の演説に水をさされた李衣菜は不満げに口を尖らせて、しかし夏樹は笑みを崩さず――

 

「だりーが笑ったの、何だか久しぶりに見た気がしてさ……」

 

「だって! 武内さんが、その、あんまり酷い演奏するから……。だから、その、黙ってらんなかったって言うか!」

 

 怒る李衣菜となだめる夏樹を夕日が優しく見守っている。

 

 ああ、尊いなあ……。

 

 伊華雌がため息をもらす感覚を思い出してしまう光景の片隅で、武内Pは遠い目をして黄昏(たそがれ)る。夕日に照らされるその横顔は、のど自慢の番組で鐘一つしかもらえなかった人のように切ない。

 

 ――自信が、あったのだ。

 

 武内Pは、夏樹直伝のロックな演奏、そして魂の叫びにそれなりの自信をもっていた。その演奏を聞いた李衣菜に、わたしも負けていられない! ――って思わせる予定だったのだ。

 決して――

 

 演奏が酷すぎて黙ってらんなかったとか、マイナスに突き抜けた評価を目指していたわけではないのだ。

 

〝……武ちゃん、元気だせよ。とにかく、李衣菜ちゃんに気持ちは伝わったみたいだしさ!〟

 

 武内Pの演奏は評価されなかったが、李衣菜は笑顔を取り戻してくれた。

 

 これでようやく、スタートラインに立てた。

 ここから、武内Pによる、武内Pにしかできないプロデュースが始まる。

 

 そのためには、越えなくてはならない関門がある。

 

 ――二人に笑顔でアイドル活動してもらうためには、二人に認めてもらわなくてはならないのだ。

 

 最悪で最高の相手とのユニット活動を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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