マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第19話

 

 

 

 趣味は個人の自由であると伊華雌(いけめん)は考えている。

 

 他人に迷惑をかけないという線引きのもと、何を愛し、何に生き甲斐を求めようが自由であると思っている。

 

 ――もちろん、例外はある。

 

 趣味や趣向や性癖は自由であるが、小学校教師が〝小学生は最高だぜ!〟とか言い出したらPTAが武装してしまう。

 

 何事にも例外的な禁忌(きんき)は存在するのだが、コスプレが趣味な事務員とか、特に問題ないと許容するどころか〝むしろイエス!〟と伊華雌は思う。是非、その成果を事務所で披露してほしい。露出度が高ければなお良しである!

 

 伊華雌が勝手に盛り上がる横で、ちひろは今にもあわを吹きそうな口をしていた。顔色を青くしたり赤くしたり。イルミネーションかよ! と突っ込みたくなってしまうが本人は本気で動揺しているので伊華雌は言葉を控える。

 

「えと……、これは……、そのっ!」

 

 恐らくは空前の回転数をもって頭を働かせているのだろう。しかしながらそのせいで普段の聡明さが失なわれている。

 

 ――5000回転しか回らないエンジンを10000回転させたらどうなるか?

 

 2倍の速度で走る車を目撃――することは出来ないだろう。目に焼き付けることができるのはボンネットから煙を吹いて爆発する車の衝撃映像だろう。

 

 そして伊華雌は目撃する。

 秘密の趣味を見られたちひろが混乱して――

 

「ただの趣味だから! コスプレが好きなだけだから!」

 

 訊いてもないのに全てを暴露してしまった。

 

 彼女は自分の口を経由した言葉に驚き、燃えるように顔を赤くした。

 言い訳なんて、いくらでも出来た。

 アイドルの衣裳であるとか、友達に頼まれたとか。いくらでも嘘で誤魔化せたのに、ちひろはそれをしなかった。冷静さを失っていた、という理由だけではないと思う。

 

 ――武内Pに嘘をつきたくない。

 

 そんな気持ちが根底にあって、だから本音をゲロってしまったのだと伊華雌は思う。どこまでも恋する乙女なのだこの人は。

 

「……少し、驚きました」

 

 武内Pが首の後ろに手をあてる。その仕草が意味するのは〝戸惑い〟の感情である。ちひろはまるで、死刑判決におびえて裁判官を見上げる被告みたいな顔で最後の審判に備える。

 

「いいと、思います。千川さんでしたら、色々な衣装が似合うと思います」

 

 無罪判決を獲得したのに理解が追いつかなくて恐怖の放心状態に支配され続けている。

 そんな感じでしばらく呆然としていたちひろだが、やがて感情が追い付くと、火薬庫に放火されて内部から爆炎を吹き上げる戦艦のように赤くなった。

 

 クリスマス特別セール開催中でーす。真っ赤なお鼻のー。これなんかいいかも。あっちにサンタさんいたーっ! でも予算が……。にせものーっ! ありがとうございます! メリークリスマス!

 

 砂漠を吹き抜ける砂嵐のようにショッピングモールを吹き荒れる喧騒が通過する。呆然と突っ立っていた人が砂つぶてに正気を取り戻すように、ちひろはゆっくりと頬の赤みを薄くして、武内Pの持っている猫耳(クリスマスバージョン)を視認するなり同業者の笑みを浮かべて――

 

「それ、武内君が使うの?」

 

 武内P(猫耳Ver)の想像が容易だったことに伊華雌は驚いた。そういえば最近武内P(ウサミンVer)を見たのだと思い出して納得した。

 

「これは、その、前川さんへのクリスマスプレゼントで……」

 

 なーんだ。そんな声が聞こえてきそうな仕草でちひろは苦笑する。いや待て、よくみるとわざとらしい仕草だぞこれは。バレンタインの日にチョコの話題をされた男子みたいな顔をしているぞ!

 

 果たして、武内Pは気付いているのだろうか?

 そっけない仕草で誤魔化しながらも瞳を光らせるちひろの期待を。喧騒に心音を消されていることに安堵しているであろう彼女の乙女心を。

 

「では、自分はこれで」

 

「あ、うん……」

 

 名残惜しそうな視線を向けてくるちひろに武内Pは容赦なく背を向ける。

 言ってやらなくてはならないと伊華雌は思う。担当アイドルだけじゃなくて、担当事務員にもプレゼントが必要であると!

 

〝あのさあ武ちゃ――〟

 

「ちひろさんにはプレゼントあげないんですか?」

 

 伊華雌の仕事を卯月が奪った。彼女は行き交う人の波に翻弄(ほんろう)されながら、しかし懸命に武内Pを見上げて――

 

「あげたほうがいいと思いますよっ。絶対、喜んでくれますからっ♪」

 

 てっきり卯月は〝にぶい〟のだと思っていた。ウィキペディアに列挙されている過去の天然行為から、卯月の恋愛センサーは武内Pのそれと並ぶ粗悪品だと思っていた。

 しかし実際にはあのわずかなやり取りからちひろの胸に鎮座する恋心を見抜いてしまったようであり、天然という属性に分類されているものの卯月は〝女子高生〟であるのだと改めて思い知らされた。女子高生ほど鋭敏な恋愛レーダーを搭載した生き物は存在しないのである。

 

 伊華雌が改めてJKという人種について考察している間に武内Pはちひろにメリークリスマスする決意を固め、そのプレゼントに関する助言を卯月に頼んだ。

 

「島村卯月、がんばりますっ!」

 

 ――人の波が、一緒だけ動きをとめた。

 

 あれ、今の、卯月ちゃん? 声の主を探そうと振り回される視線は、警報の鳴った夜の基地で振り回されるサーチライトのごとしであり、その視線から逃れるべく人混みに紛れ込んだ武内Pと卯月は〝まるでスパイのようであった〟と表現してやりたいのだが、住人にばれて無様に逃げる下着泥棒と比喩(ひゆ)してあげるが精一杯の下手くそな逃走劇だった。

 

「はあ、はあ……。うっかりしちゃいましたっ♪」

 

 えへっと笑う卯月がいて、武内Pもつられて笑って。お忍びデートがバレそうになって逃げ回るというスリルが二人を盛り上げて――

 

「今度はバレないようにお願いします」

 

 少年の笑みを浮かべる武内P。卯月は笑顔で舌を出す。

 

 街が浮かれているように見えるのは、街を歩く連中が浮かれているせいかもしれない。クリスマスに浮かれた連中が、街をピカピカのキラキラにかえて、それを見た人間の瞳に星を作るのだ。

 

 メリークリスマスが尽きるまで、二人と一本はクリスマスと踊り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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