マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第5話

 

 

 

「君は、プロデューサーとしての職務を放棄した。もう、プロデューサーでは無い」

 

 役員室が、まるで冷凍庫になってしまったかのようだった。それくらい、彼女の声音(こわね)は冷えていた。

 もし自分が人間だったら、一目散に逃げているだろうなと思った。それくらい、武内Pを睨む女性――美城常務の目付きは厳しい。

 

 顔立ちの問題ではないのだろうなと、伊華雌(いけめん)は思う。

 

 彼女の体から込み上げる威圧感の正体は、その若さで常務という肩書きを有するに至った経緯にあるのだと思う。いばらの道を踏破したからこその自信と風格が、放つオーラの正体なのだ。

 

「自分勝手な申し出とは、思っています。しかし、あらためて考えて、気付きました。自分は、プロデューサーを諦めたくないのだと……ッ!」

 

 武内Pも負けてはいない。腕を組んで睨み付けてくるキャリアウーマンの見本みたいな美城常務に、頭を下げつつ、上目遣いで応戦する。

 

 これはもう、一種の喧嘩だと思った。

 己の意思を通すために、拳を交えるがごとき迫力で二人は視線を交わしている。

 

「君は、赤羽根と同期だったな」

 

 それはもはや言葉ではない。それはさながら、ボクサーの放つジャブであり、続く本命打へ繋げるための布石だった。

 

「同期なのに同じことが出来ないとは、どういうことだ?」

 

 ダウンを狙った右ストレート。直撃すれば深刻なダメージはまぬがれない一撃を、しかし武内Pはぎりぎりで回避する――

 

「赤羽根さんと自分では、入社時点で能力に違いがあります。同じように職務を遂行するのは、困難です」

 

「そうだな。しかし――」

 

 美城常務は攻勢を緩めない。手数で押して相手をコーナーに追い詰めるインファイターの剣幕で――

 

「それでは困る。確かに君と赤羽根の能力は同じではない。しかし、同じ職種についている。二人ともプロデューサーを名乗っている。個人差を理由に成果を放棄することは許されない」

 

 完全に、追い詰められた。防戦一方でリングのすみに追い込まれた。背中にふれるポールの感触に追い詰められたネズミの気持ちを理解する。

 そして、残酷な猫の微笑と共に、必殺の一撃――

 

「成果を出せないプロデューサーは必要ない。君は、成果を出せるのか?」

 

 その場しのぎの言い逃れは許さないと、美城常務の強い視線が警告する。メデューサのそれを思わせる怒濤(どとう)の視線を受けて、しかし武内Pは――

 

 力強く、頷いた。

 

 意外な反応だったのか、美城常務は言葉の()()を失った。

 その一瞬を、武内Pは逃さない。

 乱打の隙をついて形勢逆転をはかるボクサーのように――

 

「以前とは情況が異なります。同じ結果にはなりません。成果を、期待してください!」

 

 武内Pの手が、無意識だろうか、ポケットに入っている伊華雌をさわっていた。気弱な少女がお守りに触れて勇気を絞り出すように、武内Pは伊華雌に触れて、美城常務に立ち向かっていた。

 

 以前とは情況が違う。

 

 その言葉の意味を、理解するなり伊華雌の中に熱いものが込み上げてきた。

 つまり、伊華雌をパートナーにすることによって成果を出せると、期待してくれているのだ。自分が思っている以上に、武内Pは自分に期待してくれているのだ。口先だけのマイク野郎であるというのに、頼りにしてくれているのだ。

 

 期待に、応えたいな……。

 

 最後にそんな感情を抱いたのはいつだったのか、人間だった頃の記憶を(さかのぼ)っても思い出せない。

 

「……そうだな。以前とは情況が違う。失敗を経験して、失意に沈み、そこから這い上がろうとしている」

 

 かすかな笑み。武内Pの反撃を、認めて喜ぶ気配があって――

 

「もう一度だけ、チャンスをやろう」

 

 武内Pに、一束(ひとたば)の書類が差し出される。それは企画書で、その表紙には――

 

 シンデレラプロジェクト。

 

「346プロには、多数のアイドルが所属している。その全てが、光輝く星となれるわけではない。輝きを失い、地に落ちる星も存在する。アイドルの世界から逸脱しようとする少女に、最後のロープを投げるのがシンデレラプロジェクトだ」

 

 差し出された書類を、武内Pは受け取らない。震える手のひらが、心中(しんちゅう)の動揺を語っている。

 

 もしかしたら、武内Pはその存在を知っているのかもしれない。

 そして、拒絶しているのかもしれない。

 どの会社にも存在する〝行きたくない部署〟として、シンデレラプロジェクトは悪名を(とどろ)かせているのかもしれない。

 

 確かに――

 

 美城常務の言葉から察するだけでも、ろくな部署ではないと分かる。

 つまりは、引退寸前に落ち込んでいるアイドルの世話をしろ、ということであり、そこで〝成果〟を出すのは途方もなく難しいことだと容易に想像できる。好感度がマイナスに振りきれている状態からギャルゲーを始めるようなものである。

 でも――

 

〝やってやろうぜ、武ちゃん……ッ!〟

 

 伊華雌は、武内Pの背中を押した。

 美城常務の要求した部署は、確かに難易度ベリーハードかもしれない。だから武内Pは()()づいているのかもしれない。

 

 しかし――

 

 伊華雌にその手の脅しは通用しない。(ちょう)ぴにゃこら太(きゅう)の不細工としてこの世に生まれ、それからずっとナイトメアモードの人生を歩んで死んだ伊華雌にとって〝劣悪な部署〟なんて怖くもなんともなかった。

 

〝俺と武ちゃんなら大丈夫だ! 絶対に、なんとかなるからッ!〟

 

 これ以上ない〝劣悪〟の体現者として、伊華雌は根拠のない言葉に説得力を乗せることができた。

 武内Pの手から、震えが消えた。

 最悪の部署へ繋がる、書類を握った。

 

「成果を、期待する」

 

 美城常務が、笑みを浮かべる。

 それは、シンデレラをいじめていた継母(ままはは)がどんな顔をしていたのか? と聞かれて想像するような恐ろしい笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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