マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第23話

 

 

 

「道路――、考えると――」

「そうですね、早めに――」

 

 話し声に伊華雌(いけめん)は意識を取り戻した。そこがレッスンルームで、今日はクリスマスライブなのだと思い出す。焦って、時計を見た――

 

 14時。

 

 武内Pはすでに出発の準備を始めている。

 

「よし、行ってこい!」

 

 ベテラントレーナーの見送りは、修行を終えた弟子を追い出す師匠のように勇ましい。どうやら特別レッスンは、腕を組んでうなずける程度には成功したようで――

 

「行ってくるにゃ!」

「行ってきます!」

 

 その成果だろうか、みくと李衣菜の声に強い覇気がある。万全とは言いがたいコンディションであるのに笑みを浮かべている。その横顔は、山籠(やまごも)りをおえた空手家のように頼もしい。

 

「では、行きましょう」

 

 武内Pはトレーナー達に頭を下げて、レッスンルームのドアを開けた。

 

「廊下、寒いにゃあ!」

 

 悲鳴をあげたみくはサボっているバイトを叱る店長の目付きで天井の空調をにらんだ。うなり声を上げて全力稼動している。しかしその成果は実感できない。誰もコートを脱ごうとしない。その理由は、窓の外に――

 

「うわぁ、すごい雪……」

「まっしろにゃあ……」

 

 街全体がスノードームになっていた。幻想的な雪景色にみくと李衣菜は目を輝かせて息をのむ。伊華雌は別の理由で息をのむ感覚を思い出した。

 

 これ、大丈夫なのか? ライブ開始までまだ時間はあるけど、ちゃんと劇場までたどり着けるのか? 東京は雪に弱いんだぞ……ッ!

 

「行きましょう。この分だと、移動に時間がかかってしまうかもしれません」

 

 武内Pはみくと李衣菜を窓から引きはがして地下の駐車場へ急いだ。

 

「ちょっとプロデューサー! みくちゃん足怪我してるんだから、もっとゆっくり!」

 

 李衣菜に言われて、歩を緩めた。もしかしたら武内Pは自分以上に焦っているのかもしれない。窓から見えた雪景色は、彼の予想を越えていたのかもしれない。

 

〝武ちゃん、大丈夫だ! まだ時間はあるし、車はスタッドレスだし、落ち着いていこうぜ!〟

 

 武内Pはうなずいて、みくの歩調に合わせて歩き始めた。

 

 コンクリート打ちっぱなしの駐車場に出た。風と一緒に入り込んできた粉雪が舞って、みくと李衣菜が寒い寒いと騒ぎ始めた。伊華雌はマイクだから熱い寒いの感覚は無いが、白い息を吹き上げながら震えあがる二人を見ればどれだけ寒いか見当がついた。

 

「すぐに暖房をきかせますので」

 

 車の中はさらに寒そうだった。もし自分が人間だったら、冷凍庫にぶちこまれる冷凍肉の気持ちになるですよー、とか言ってやけくそになっていたかもしれない。

 

「出発します。シートベルトを」

 

 車がゆっくりと発進する。スロープを上がり、外に出た瞬間――

 

 視界一面が、白!

 

 見慣れているはずの景色はどこにもなかった。駐車場の出入り口がワープゲートになっていて、346プロを出発したと思いきや地球を出発、雪国の異世界に転移してしまったのだと言われたらうっかり信じてしまいそうな光景だった。

 

 しかし――

 

 変わり果ててはいるものの、雪に征服されて樹氷になっている街路樹の配置は記憶にあるとおりだし、後ろを振り返れば雪化粧をほどこされた346プロの本社ビルがこちらを見下ろしている。

 

「こんなに雪がすごいの、初めてにゃあ……。東京っていつもこうなの?」

「ここまで降るのは滅多にないよ。降っても積もらないのが普通だし……」

 

 みくと李衣菜の話にラジオが割って入る。

 

『――引き続き気象情報をお知らせいたします。現在、関東地方は強い寒気の影響により広い範囲で雪が降っています。すでに平地でも積雪が確認されており、交通機関に大きな乱れが――』

 

 キャスターの言葉にかつてない説得力があった。東京は街も人も雪に弱い。車はどれも足こぎ式かと疑うほどに低速で、歩行者は初めてスケートに挑戦する人の動きで慎重に歩く。

 

 ――さすがに、心配になってきた。

 

 346プロから劇場まで、普段なら車で30分もかからない。まるで流れる気配を見せない路上ですでに一時間が経過していた。

 

〝みくにゃんには悪いけど、電車で行ったほうがいいかな?〟

 

 伊華雌の提案は武内Pの視線によって一蹴される。この雪の中、歩道に行列が出来ている。その先頭は地下鉄の入り口に吸い込まれている。

 少し考えれば分かることだった。バスやタクシーを利用している人が鉄道に最後の望みを託したらどうなるか?

 なんてことでしょう! 鉄道の駅がコミケの大手サークルに大変身!

 

 ――とか言ってる場合じゃねえ!

 

 伊華雌は気を取り直して考える。ただでさえ流れの悪い道路は、前の方で事故があったようでほとんど動かない。時間は16時になろうとしている。開演は18時だが、諸々の準備を考えると時間の猶予はほとんど無い。

 

〝……武ちゃん、車じゃ無理だと思う〟

 

 きっと、武内Pも迷っていたのだと思う。伊華雌の言葉に決心したのだと思う。

 三人を乗せた車は車列を外れて路肩のコインパーキングに停車した。エンジンの音が消えて、その静寂が三人に〝覚悟〟を要求した。

 

「わたしはいいですけど、みくちゃんの足じゃ……」

 

 李衣菜は歩道に積もる雪をにらんだ。そんな彼女をあざ笑うように降る雪の勢いが強まる。

 

「多田さんは、衣装をお願いします」

 

 武内Pは助手席に置いていた衣装ケースを持って車からおりた。続いて車からおりてきた李衣菜に衣装を渡した。

 

「大丈夫! 劇場まであと少しだし、歩けるにゃ!」

 

 武内Pは、みくに背中を向けながらしゃがみ込んで――

 

「自分が、前川さんの足になります。背中につかまってください」

 

 みくと李衣菜は、頭にうっすら雪が積もるまで武内Pを見つめていた。

 伊華雌は驚かなかった。だって、初めてじゃないから。この人には人妻をお姫様抱っこで運んだ前科があるのだ。それに比べたら女子高生を背負って運ぶくらいなんてことはない。

 

「何か、恥ずかしいにゃ……」

 

 武内Pの背中に乗ったみくが赤面する。

 

「ロックだね!」

 

 ――カシャ!

 

 スマホに搭載されたカメラがみくの恥ずかしい姿を激写した。

 

「ちょっ! 李衣菜ちゃっ! 何撮ってるにゃッ!」

 

 口は出せるが手は出せない。李衣菜は檻の中で暴れる動物に余裕の笑みを向けるように――

 

「いやー、レアな光景だからなつきちと菜々ちゃんにも見てもらおうかなーって。みくちゃん輸送中。送信っと♪」

 

「にゃぁぁああ――ッ!」

 

 みくの悲鳴が降りしきる雪を切り裂いた。ほんのわずかだが雪の勢いが弱まった。このタイミングを逃してはなるものかと武内Pの足が新雪に最初の足跡をつける。

 立ちふさがる雪を蹴散らしながら歩くのは思いのほか重労働のようで、武内Pのこめかみに大粒の汗が流れた。極寒の大気にあって全身を発熱させて、全身から湯気が立ちのぼり始めた頃に見えてきた。

 

 舞い散る雪の向こう側に、346プロライブ劇場が――。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「武内君!」

 

 劇場の裏口にちひろがいた。スマホを握りしめていた。

 

「全然来ないから、事故にでもあったんじゃないかって心配したんだから!」

 

 武内Pが怒るちひろに頭を下げる。背中にみくを付けたまま。

 

「Pチャン! もう大丈夫にゃ! 下ろしてほしいにゃ!」

 

 赤いカーペットを踏みしめたみくは、冷えて白くなっていた頬を赤くしながら――

 

「恥ずかしかったにゃ……。すれ違う人がみんな見てたにゃ……」

 

「いやー、ロックな光景だったよ」

 

 じろり。そんな擬音がぴったりの視線が李衣菜を貫く。

 

「李衣菜ちゃん、スマホ出すにゃ」

「えぇ……、何で」

 

「いいから出すにゃ!」

 

 問答無用の剣幕でスマホをぶんどった。例の画像を探し出して消去した。

 

「はい。盗撮はノーセンキューにゃ」

 

 悪を成敗した仕事人みたいにドヤるみくも、不満げに口を尖らせる李衣菜も、まさかそんなことになるとは思っていなかった。夏樹と菜々に送信された画像が、まわりまわって佐久間まゆの元に届いて大惨事を引き起こすなんて……。

 

「二人は準備をしてください。メイクさん、待ってますから」

 

 ちひろに急かされたみくと李衣菜が足早に控え室へ向かう。遠ざかる背中を見送る伊華雌は、無事にタスキを渡すことができた駅伝選手の安堵に特大のため息を落とした。

 

「あの、佐久間さんは?」

 

 武内Pが訊いて、ちひろが答える――

 

「予定通り午前中に劇場入りして、バックバンドとリハーサルを。午前中は、まだそんなに積もってなかったからね」

 

 アイドルを送り出した二人は、まるで子供を社会に送り出した夫婦のようだった。廊下の天井に設置されたスピーカーが〝Snow Wings〟を流している。そのクリスマス過ぎる雰囲気に思い付く。

 

〝武ちゃん、ちひろさんに、例のものを……〟

 

 まるで麻薬の取引みたいに言い方になってしまったが、武内Pはうなずいてくれた。

 

「あの、これ……、よかったら」

 

 カバンからクリスマスの包装紙に包まれた小さな箱をとりだして――

 

「め、メリー、クリスマス?」

 

 いやだから何で疑問形になるのかな! いや別にいいんだけどさ!

 

 渡す武内Pが不馴れなら、受けとるちひろも相当なもので――

 

「……えっ、わたしにッ?」

 

 声を裏返らせて、ビックリ箱でもくらったみたいに目を丸くした。

 

「はい。よろしければ、ぜひ……」

 

 武内Pが恐る恐る差し出すプレゼントを、ちひろも震える手で受けとる。爆弾のやり取りでもしているかのようなぎこちなさは、まるで処女と童貞の――、と考えかけたところで伊華雌は自分をギロチンにかける感覚をもって処刑した。聖夜から性夜を連想してはいけないと、あれほど――ッ!

 

「……クリスマス柄のシュシュ」

 

 ちひろは武内Pのプレゼントをじっと見つめた。付けていた赤いシュシュを外して、もらったばかりのそれを付けて――

 

「じゃん!」

 

 コスプレをした時はこんな感じでポーズをとっているのかもしれない。そしてカメラ小僧を魅了しているのかもしれない。

 しかし武内Pは――

 

 銅像のように沈黙していた。

 

 戸惑っているだけなのだ。真面目なちひろが「じゃん!」とかするから、どうしていいのかわからなくて硬直しているだけなのだ。しかしそれは〝ドン引き〟か〝絶句〟にしか見えなくて、もらったプレゼント付けて見せたら絶句されるとかちっひがあまりに可愛そうで――

 

〝似合ってますって褒めてさしあげろぉぉおお――ッ!〟

 

 伊華雌の絶叫に武内Pのフリーズが解除された。彼は伊華雌の台詞をそのまま復唱した。

 

「そう? ……よかった」

 

 それでもちひろは喜んでくれたようで、赤いカーペットをすすむ足がスキップを踏んでいた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 時計の針が17時30分をさして、観客の入場が許された。記録的な大雪にも関わらず客席に穴を開ける者はいなかった。もっとも、伊華雌はもちろん346プロの関係者も悪天候による客足の減少は心配していなかった。

 

 プラチナチケット、なのである。欲しいと言っておいそれと手に入るものではない。雨が降ろうが雪が降ろうが槍が降ろうが、それこそ這ってでも行くのがドルオタという人種であって、増えることはあっても減ることはないのである。

 

 特に、劇場のクリスマスライブは人気が高く、その倍率はアリーナ公演のそれを上回る。それもそのはずで、出演アイドルが豪華なのである。新人に毛のはえたアイドルじゃない。誰もが知っている人気アイドルが出演する。

 その証拠に、トップバッターは――

 

「いよいよでごぜーますね!」

 

 出演者控え室が、まるで小学校の教室みたいになっていた。子供達が、それぞれの場所で、それぞれの相手と、それぞれのお喋りをして、ドアの外までにぎやかな声が聞こえてきた。

 

「いよいよ、ですね……」

「あら、ありすさん緊張してますの?」

「今日の衣装は半ズボンか。スカートよりはましだけど、尻尾がな……」

「あんたいつになったら慣れるのよ。やっぱ普段からスカートはいて慣らさないとダメね」

「尻尾もふもふ、可愛いね!」

「でも、ちょっと露出が多いような……」

「たくさん食べたらおなかぽんぽんで、何だか眠く……」

「ひょうくんクリスマスペロペロ~」

「ひゃあ!」

 

 出演者控え室の入り口で武内Pは圧倒されていた。伊華雌も同様だった。相変わらず子供達のエネルギーは圧倒的で、小学校教師がどれほど過酷な重労働であるか思い知らされる。

 

「あっ、武内プロデューサー!」

 

 駆け寄ってきた仁奈の笑顔に、伊華雌は久々に親戚の子供に再開したような気持ちになる。あの頃は毎日のようにシンデレラプロジェクトの地下室に来て、まゆお姉さんとままごとをして……。疑似体験とはいえ家族だったから、仁奈が親戚の子供に見えたのかなと思った瞬間、仁奈の瞳が爆発しそうなくらい輝いて――

 

「今日は、ママが見にきてくれやがるんですよ!」

 

 やっぱりママには叶わない。そんな言葉がよぎるほどにいい笑顔だった。

 

「よーしみんな! 最後の確認するぞっ」

 

 米内(よない)Pが手を叩き、鵜飼(うか)いが鵜を集めるように子供達を集めた。

 

「武内プロデューサーも、仁奈たちのこと見ててくだせーっ!」

 

 笑顔の仁奈に小さく手を振り、出演者控え室を出る。

 パーティータイムゴールドの衣装に身を包んだリトル・マーチングバンド・ガールズによる〝Yes! Party Time!!〟から始まるライブか……。俺が観客だったらUOヘシ折るな……ッ!

 伊華雌はまもなく始まるライブに胸を踊らせていた。

 

 ――だから、気付くのが遅れた。

 

 仁奈を見たばかりなのに、関係者通路から一般通路に出たところでまた仁奈に会った。

 もちろん、本人ではない。似ているだけである。

 遺伝によって似るべくして似ている彼女は――

 

〝まっ、ママぁぁああ――ッ!〟

 

 スーツ姿の仁奈ママが、出待ちをするファンのように関係者出入り口の前に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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