マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第24話

 

 

 

 久しぶりに見る仁奈の母親は、どこか雰囲気が違っていた。服装は相変わらずのスーツだし、髪型も仁奈のそれをそのままショートにしたような感じで見た目に変化はないのだけど……。

 

「今日はお休みをもらえたんです。せっかくのクリスマスだから、仁奈と過ごすようにって♪」

 

 ――あぁ、そうか……。

 

 唐突に、分かった。見たことのない表情だから、まるで別人のように思ってしまった。心の底から嬉しそうに笑っている。そんな表情を見るのは初めてだった。

 

「先ほど、控え室で仁奈さんに会いました。今日はお母さんに見てもらえると、喜んでいました」

「そうなんですっ。仁奈、すっごく喜んでくれて――」

 

 まるで保護者と先生の会話だが、色気の無い話題に反して仁奈の母親は武内Pへ熱っぽい視線を送っている。昼ドラだったら教師と不倫しちゃって視聴者である主婦をわーきゃー言わせるんだろうなと思ったところで、そもそも仁奈ママはシングルだから不倫にならないと――

 

 そこまで考えて伊華雌(いけめん)は失態を自覚した。軍事基地のレーダー担当がうっかり敵影を見落として警報が遅れた時はこんな気持ちで焦るのだろうと思った。

 

 ――仁奈ママはシングルだから、つまり遠慮はいらないのだ。

 

 そして彼女は遠慮しない。

 スーツの懐に手を入れて取り出す。

 

 ――緑と赤に彩られたプレゼント。

 

「……あの、今日はクリスマスなので、良かったら、これ」

 

 差し出されたプレゼントを前に、武内Pは首をさわる。

 

「すみません、何も用意していないので、お返し出来ないのですが……」

 

「構いませんっ」

 

 仁奈の母親は、武内Pの胸に押し付けるようにしてプレゼントを渡した。

 

「武内さんには、いっぱいもらっちゃってますから。だからこれは、お返しなんですっ」

 

 身に覚えのない表彰式に呼び出された生徒のように戸惑う武内Pに、仁奈の母親はもはやアイドルみたいな笑みを浮かべて――

 

「武内さんのおかげで仁奈とわたしはたくさん笑顔になれました。だからそのお返しなんです。もちろん、それだけじゃ足りないくらい感謝してます。もっと、お返しできたらいいんですけど……」

 

 上目使いのタイミングが絶妙だった。経験の差、なのだろうか? 〝少女〟の肩書きをもつアイドル達では再現できない色っぽさが感じられて、この人俺のこと好きなんじゃね? と勘違いさせる仕草に伊華雌は惚れそうになった。

 そして武内Pは――

 

「あの、市原さん……ッ!」

 

 強張った表情で一歩踏み出す武内Pに〝おや……?〟と思う。まさか武内Pは〝大人の女性〟が好みであって、だから少女達の立てるフラグに厳しかったのか? もしやこのまま仁奈ママルートでゴールインなのかッ!?

 

 一人盛り上がる伊華雌を、しかし武内Pはバッサリと裏切る。彼は、仁奈の母親から視線をそらし、自分の腕時計を確認して――

 

「そろそろ開演時間ですので、会場に入ったほうがよろしいかと……」

 

 言ってることは間違ってないんだけどすげえなこの人! もはや〝色仕掛け〟と言っても過言ではない上目使いを見事にスルーしちゃうとか! もはやフラグを破壊するために開発されたターミネーターレベルだよ!

 

 伊華雌は砕け散った仁奈ママのフラグに黙祷(もくとう)を捧げる。あなたのフラグが悪いわけではありません。相手が悪かったのです。現に私はビンビン(意味深)でしたから……。

 

「はい、では、失礼します……」

 

 家に帰ったら誰もいなくて落ち込む仁奈みたいな顔でため息をおとす仁奈の母親に、武内Pは忘れ物を渡そうとするかのように「あのっ」と声をかけて――

 

「プレゼント、ありがとうございます。その、とても、嬉しいです」

 

 不器用でぎこちない笑顔だった。それなのに仁奈の母親は――

 

 満天の星を瞳の中に輝かせて、満開の桜めいた笑みをぶわっと咲かせて――

 

「ネクタイ、なんです。わたし、アパレル関係の仕事をしているので、海外の珍しいものが手に入るんです。これ、見た瞬間に、武内さんにきっと似合うと――」

 

 そんなに嬉しかったのかよ! 笑顔で突っ込みを入れたくなってしまうほどに仁奈の母親は喋りまくる。どうやらこの人はテンションと口数が比例するタイプのようで、母親でありながら子供っぽい一面を見せる彼女にもはや伊華雌は〝俺、惚れました!〟と宣言したい気持ちになるが、武内Pは会場から聞こえてくる歓声に笑みを消して――

 

「行きましょう。案内します」

 

「えっ、あのっ……ッ!」

 

 間に合わせようとしただけである。いつトップバッターのリトル・マーチングバンド・ガールズがステージに飛び出してもおかしくない状況に焦っていただけなのだろうけど――

 

 手を握られてエスコートされる仁奈の母親は〝はわわっ〟とか言いながら顔を真っ赤にしている。母親なのに少女みたいな仕草をみせる仁奈ママに伊華雌は〝結婚してください!〟とか言いながら新しい性癖を覚醒させる。

 

「足元、気を付けてください」

 

 会場に続くドアを開けた。司会進行の十時愛梨と川島瑞樹がマイクパフォーマンスで観客を盛り上げている。

 

「外は寒いけど、会場の中は何だか、ふう……」

 

 十時愛梨が、はちきれんばかりの胸を揺らして――

 

「熱くなっちゃいましたぁ♪」

 

 歓声が爆発した。その熱気は凄まじく、雪のことなんて一発で忘れた。

 

「ライブが楽しみで熱くなっているのね? わかるわー」

 

 川島瑞樹がウインクをした、またも歓声が爆発する。いつ自然発火をはじめても不思議ではない石炭のように観客の心は熱くなっている。

 

「それではー、トップバッター、いってみましょうっ♪」

「元気な子供達に負けないように、元気な歓声で盛り上げてねー!」

 

 愛梨と瑞樹が、声を合わせて――

 

「リトル・マーチングバンド・ガールズです!」

 

 パーティータイムゴールドの衣装をまとった子供達がステージに並ぶ。バックバンドの演奏に合わせ、みんな一斉に――

 

「イエスパーティータイムッ!」

 

 最初からクライマックス。

 そんな表現をすべき怒濤(どとう)の歓声だった。

 

 控え目に言って最高な歓声と共にクリスマスライブが始まった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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