マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第26話

 

 

 

 手のかかる子ほど可愛い、という言葉がある。

 

 伊華雌(いけめん)はもちろん子供なんていないから〝そんなもんかねー?〟と思っていたが、やはり格言にはそれなりの根拠と実感があるのだと、今回のプロデュースで納得していた。

 

 だって可愛いもん! みくにゃんと李衣菜ちゃん!

 

 もちろん、他のアイドルが可愛くないわけではない。まゆも仁奈も武内Pも可愛いと思う伊華雌であるが、みくと李衣菜に関しては気持ちの入りかたが大きい。

 ソロで失敗したからかもしれない。それでも立ち直ってくれたからかもしれない。好感度の初期値があまりに低かったから、武内Pを見ると無条件に笑みを見せてくれる今が嬉しいのかもしれない。

 

 そんな二人を、送り出す時がきた。

 手塩にかけた子供を社会に送り出すように、アイドルとして舞台に送り出す時がきた。

 

「足の具合は、どうですか?」

 

 出演者控え室にやってきたみくに武内Pが訊ねた。サンタクロースを模した衣装。名古屋まで取りに行った、みくをステージにあげてくれる衣装。

 

「大丈夫にゃ。さすがに普段通りってわけにはいかないけど、問題ないにゃ。トレーナーさん達が足に負担のかからない振り付けを考えてくれたしっ♪」

 

 みくの足はプレゼントの入ったブーツを模した衣装に突っ込まれている。近くで見てもギプスの存在は分からない。

 

「ま、大丈夫だと思いますよ。みくちゃん、けっこう頑丈だから。猫っていうより、野良猫って感じですから」

 

 相方をからかって笑う李衣菜はソロデビューの時に作った衣装を着ている。ただ、彼女のアイデンティティーたるヘッドフォンが――

 

 クリスマス柄だった。

 

「……まあ、相性いいかなって。みくちゃんがクリスマス衣装だから、わたしもクリスマス感あったほうが、ね?」

 

「Pチャン! みくもだよ! ほらっ!」

 

 お姉さんの相手ばかりする親にしびれをきらした妹のようにみくが割り込んできた。彼女の頭には、武内Pがプレゼントしたクリスマスカラーの猫耳が装着されていた。

 

「よく、似合っています」

 

 控えめな称賛に、二人は満面の笑みでこたえてくれる。

 

『クリスマスなのにぼっちなお前らが大好きだぜぇぇええ――ッ! ヒィィィィヤッハァアアアア――――ッ!!』

 

 会場の様子を中継するモニターの中で星輝子が絶好調だった。まゆの時とは対照的に、声よ枯れろと言わんばかりの歓声が轟いている。

 

 ここに、立つのである。このグラグラと煮えたぎる鍋のように観客の熱狂が沸騰しているステージに立って、燃え盛る焚き火にダイナマイトをぶちこむ気持ちでさらに盛り上げるのが二人の仕事である。

 

 ――大丈夫だ。二人なら大丈夫だ!

 

 伊華雌は弱気の花が邪悪なつぼみをつけようとするたびに今までのプロデュースを思い出して強気を取り戻し悪夢のようなゲストライブの記憶を振り払った。

 あの時とはわけが違う。

 今は、武内Pのプロデュースなのだ。

 武内Pの武内Pによる武内Pにしかできない、アイドルを笑顔にするためのプロデュースなのだ。

 だからきっと――

 

「スタンバイお願いしまーす」

 

 次のかたどうぞー、と看護婦が待合室に呼び掛けるような声に、みくと李衣菜は表情を強ばらせる。それはむしろ、順番に処刑されている罪人が名前を呼ばれた時の反応に似ている。

 覚悟をきめる時がきた。武内Pは戦場に兵士を送り出す教官の表情で――

 

「では、行きましょう」

 

 二人に先んじて最後の廊下を歩く。アイドル達の緊張を吸ってきた薄暗い空間である。アイドルを緊張させる怨霊が手招きをしているような気がして、伊華雌は道明寺歌鈴を思い浮かべながら、かしこみーかしこみー、と繰り返した。

 

「李衣菜ちゃん、緊張してるにゃ。手が震えてるにゃ」

「みくちゃんだって、表情かたいよ!」

 

 伊華雌のかしこみ程度では緊張という名の悪霊は払えないようで、みくと李衣菜は足元から底無し沼に沈んでいくように青ざめていく。どうすればいいのか、伊華雌にはわからない。担当アイドルを最後の最後で緊張から解きほぐす方法を、しかし武内Pは知っていた。

 

「ステージに出る時の、掛け声を決めましょう」

 

 みくと李衣菜は言い争いをやめてキョトンとする。

 

「自分が以前担当していたニュージェネレーションズでは、ステージに上がる際に好きな食べ物を口に出して緊張を吹き飛ばしていました。効果は、あると思います」

 

 半信半疑、といった顔だった。絶対に緊張しないお札とか売り付けられたら同じ顔をしそうだなと思った。

 でも――

 

「みくは、ハンバーグ!」

「じゃあわたしは、カレイの煮付けっ!」

「うえー、お魚は嫌いにゃあ……」

「そっちこそ、ハンバーグって、子供っぽくない?」

 

 で、これからどうすんの? 言わんばかりの視線に武内Pはジャンケンを提案する。

 そしてふと、気がついた。好きな食べ物に関するやり取りをしているうちに、みくと李衣菜は緊張を忘れている。二人がユニット活動に慣れているように、武内Pもユニットをプロデュースすることに慣れているのだ。

 

「みくの勝ちー! 掛け声はハンバーグね!」

「えー……、ロックじゃないなぁ……」

 

 ふふんと得意気なみくと不満げに口を尖らせる李衣菜。

 二人の間に、歓声が割って入る。

 

「ベニテングダケぇぇええ――――ッ!」

 

 星輝子の小さな拳が天を貫く。同様に赤いペンライトが無数に伸びるベニテングダケのように突き出されて、それを凪ぎ払うかのような激しい演奏が彼女のステージを完成させる。

 

 ――果たして、クリスマスに勝利できたのかどうかはわからない。

 

 ただ、ステージが大成功をおさめているのは明らかだった。ヒャッハー状態の輝子がファンサービスとばかりに獰猛(どうもう)な笑みを客席へ投げる。そのたびに爆発的な歓声が巻き起こる。

 

「……手、つないであげようか?」

 

 暗闇の中、みくの声。輝子を讃える歓声の中に、そっと紛れ込ませるように。

 

「……急にどうしたの。キャラじゃなくない?」

 

 李衣菜の言葉と伊華雌の感想が一致した。みくと李衣菜が仲良く手を繋いでいる姿とか想像できない。プロレスラーみたいに向かい合って力比べをしているシーンならすぐに想像できるのだけど。

 

「アーニャちゃんが言ってたの! ラブライカでデビューする時、美波ちゃんと手を繋いだって。そしたら、不安な気持ちを半分こできたって! だから――」

 

 繋いであげても、いいにゃ。

 

 みくはどこまでも素直じゃなくて、そんなところがみくらしいと伊華雌は思った。猫はいつだって素直じゃないのだ。

 

「つまり、手を繋いでほしいんでしょ? それならそう言えばいいのに」

 

 歯を見せて笑う李衣菜はやはりイケメンであった。もうそっち路線で売り出したほうがいいんじゃないかと思えるぐらい男前な仕草で手を差し伸べる。

 

「みっ、みくは、李衣菜ちゃんが緊張してるだろうから、気を遣って……」

「はいはい。そういうことにしといてあげるから」

 

 みくと李衣菜が手を繋いだ。ステージに司会進行の愛梨と瑞樹が現れて、赤いペンライトを振り回す観客をなだめて――

 

「Pチャン、行ってくるにゃ!」

「行ってきます、プロデューサー!」

 

 武内Pは、真剣な表情でうなずく。伊華雌は、両手をすり合わせて祈る感覚。

 

「次のアイドルはー」

「この人です!」

 

 はん――

 ば――

 ぐッ!

 

 みくと李衣菜が、ステージに続く階段をかけあがる。入れ違いで戻ってきた星輝子が首をかしげて――

 

「は、ハンバーグ……?」

 

 ステージに飛び出したみくと李衣菜に、観客は口をあけて、しかし歓声を送らない。曖昧な歓声が観客の戸惑いを伝える。

 

「みんな、びっくりした?」

 

 李衣菜の言葉に、観客はうなずく。なぜこの二人が、という疑問の首根っこをつかまえて――

 

「実は、みんなには内緒にしてたけどぉ――」

 

 みくの言葉が観客の期待を引っ張って――

 

「わたしたち、ユニットを組むことにしました!」

 

 二人の声が重なって、ステージ後方の大型スクリーンに洒落た字体の*が。

 

「アスタリスクって読むにゃ!」

「雪の結晶みたいでクールだよね!」

 

 事態を飲み込んだ観客の胸に興奮の種火が燃え始める。新ユニットが、サプライズ発表で、――ってことは新曲かっ!?

 

「今日この場所にいるみんなはすっごくラッキーだよ!」

「だってみく達アスタリスクのデビュー曲を、誰よりもはやく聞けちゃうんだから!」

 

 おぉーっ! 一部から迷いのない歓声があがり、それが会場全体へと広がっていく。

 

「でも、みく達、ユニットで初めてのお仕事だから、まだ緊張しているにゃ」

「そこでみんなにお願いなんだけど、駆け出しユニットでガタガタに緊張してるわたしたちを、みんなの掛け声で勇気づけてくれないかなっ?」

 

 会場のあちこちから「いいよー!」という声があがる。みくと李衣菜の目配せをうけて、バックバンドが始動する。新曲のイントロを繰り返し演奏する。それに合わせて――

 

「にゃ! にゃっ! にゃ! にゃっ!」

 

 みくと李衣菜が掛け声をあげて、手仕草で観客をあおる。自分が何をするべきなのか? 理解した観客は、指揮官から命令をうけた兵隊のように――

 

「にゃッ! にゃッ! にゃッ! にゃッ!」

 

 アスタリスクの声と観客のそれが混ざりあって、それはまるで風船に空気を入れるように膨らんで、パンパンになったそれが炸裂するように――

 

「うーっ、にゃぁぁああ――――ッ!」

 

 アスタリスクの二人が跳ねた。観客はペンライトを振った。圧倒的な一体感と共に曲が始まった!

 

 伊華雌は、圧倒されていた。みくと李衣菜を、あなどっていた。ソロで失敗した時と、同じ二人とは思えなかった。

 

 ――二人は、ユニット活動であればアリーナの舞台でも通用する。

 

 武内Pの言っていたことはその場しのぎの甘言(かんげん)ではなかった。本当に、この二人は、たとえ相手が何万人であろうとも言葉巧みに自分達のペースに引きずりこんでその口から歓声を引き出してしまうに違いないと思った。

 

 しかし――

 

 まだ油断は出来ない。絶好のスタートを切ることができたが、最後まで走りきってはじめて評価されるのは陸上もアイドルも一緒である。絶好のスタートを切ったマラソン選手が注目されるように、みくと李衣菜も〝すごいユニットが出てきた!〟と期待されている。

 

 ここで失敗したら最悪だ。

 

 ゴール直前で転倒したマラソン選手が罵倒されるように、期待させておきながら……、とため息をつかれて名前すら覚えてもらえないかもしれない。

 

 だから――

 

 絶対に失敗できない。

 このステージにアスタリスクの、みくと李衣菜のアイドル生命がかかっている……ッ!

 

「今っ、走りーだすゆーめと――」

 

 曲は半ばをすぎて盛り上がりは最高潮で。しかしこの先の間奏はダンスが激しくなる。失敗するならそこだと伊華雌はにらんでいる。

 

「ギターソロ、カモンっ!」

 

 李衣菜がバックバンドをあおり、ギターソロにあわせて二人のダンスが激しくなる。負担のかかる軸足を変えたのだろう。左足を軸にして回るみくのバランスが崩れる。回転力を失ったこまのようにふらついて――

 

 転んだッ!

 

 伊華雌は、両手で両目を押さえる感覚で絶望するが、しかし歓声はなりやまない。それどころか、大技をきめたスケート選手を絶賛するような歓声が爆発する。

 

 みくは、転んでいなかった。

 

 バランスを崩した彼女を、まるで社交ダンスの男役のように李衣菜が支えていた。

 よく見ると、みくがバランスを崩しそうな場面では必ず李衣菜がそばにいた。みくがふらついた時には即座に手を差しのべて、それが社交ダンス的な演出に見えるという最高のフォローが可能な振り付けだった。

 

 ――アイドルのことは私達に任せてください。

 

 ふと、マスタートレーナーの真剣な横顔を思い出した。任せて正解だった。失敗してもそれが失敗にならない振り付けとか、それをこの短時間で二人に叩き込むとか、トレーナー一家に感謝がとまらない。

 だって、そのおかげで、二人は――

 

「にゃ! にゃっ! にゃ! にゃっ!」

 

 最後の掛け声である。それはさながらウイニングラン。最高のスタートを切ったマラソン選手が、そのままトップを独走し、観客の待つアリーナに戻ってきて、その歓声を一身に浴びて、両手をあげて――

 

「センキューにゃ!」

「センキュー!」

 

 走りきった。

 二人に向けられる歓声は、まゆや輝子のそれと比べても劣らない。

 

 ――やった。やった……ッ!

 

 伊華雌は、ゴールを決めたチームメイトに抱きつく感覚を武内Pへ向ける。

 

 武内Pは、ガッツポーズをとっていた。小声で「よしッ!」と言っていた。感情を面に出さない彼にしては異例の仕草である。

 

 でも、仕方ない。

 だって、こんなに――

 

〝やったな、武ちゃんッ!〟

 

「はい! 大成功ですッ!」

 

 みくと李衣菜は、クリスマスライブを成功させた。

 華々しくユニットデビューすることができた。

 

 ――それはもちろん嬉しいんだけど、でも、それ以上に伊華雌は嬉しい。

 

 ステージの上で歓声を浴びるみくと李衣菜。

 二人の顔に、これ以上ないってくらい最高の笑顔が輝いていたから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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