マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第27話

 

 

 

 ベテランの刑事は語る。どんなに技術が発達しても刑事の〝勘〟ってやつをあなどってはいけないと。

 それはしかし、プロデューサーの世界でも同じであると伊華雌(いけめん)は思う。

 みくと李衣菜をシンデレラプロジェクトのソファーに座らせた時、伊華雌は思った。

 

 ――もしかして、この二人のプロデュースは過去最高に難しいのでは……。

 

 それはすなわち、まゆと仁奈のプロデュースを経て(つちか)ったプロデューサーとしての〝勘〟であり、それをあなどってはいけなかった。

 

 結論から言うと、みくと李衣菜のプロデュースは攻略サイトをみてもコントローラーをぶん投げたくなるようなクソゲーに匹敵する難易度だった。

 

 そもそも、今回のプロデュースは、武内Pが自分のプロデュースをしないで間島Pのプロデュースを引き継いでしまったせいで迷走してしまったのだが、じゃあ――

 

 何故武内Pは、間島Pのプロデュースをそのまま引き継いでしまったのか?

 

 最初伊華雌は、尊敬する先輩のプロデュースだから、間島Pのプロデュースを信じてしまったのだと思った。その結果、自分のプロデュースを見失って、ソロステージに失敗したみくと李衣菜を前に途方に暮れてしまったのだと思った。

 

 ――違っていた。

 

 そもそも、いくら尊敬するプロデューサーのプロデュースであっても、何も考えずに引き継いでしまうほど武内Pは空っぽではない。彼は、アイドルを笑顔にするという、確固たる自分の信条を胸に秘めたプロデューサーである。先輩から引き継いだアイドルだろうが自分でスカウトしたアイドルだろうが、担当になった時点で己の信条に従ったプロデュースを優先する。

 じゃあ何故、最初からそれをしなかったのか?

 

 ――やらなかったのではない。出来なかったのだ。

 

 みくと李衣菜は、シンデレラプロジェクトを嫌っていた。担当は間島Pのままがいいと、先輩とのユニット活動を継続したいと、武内Pの前で堂々と口にしていた。

 

 そんな状態で果して〝自分のプロデュース〟が出来るだろうか? 大嫌いなシンデレラプロジェクトで、好感度ゼロのプロデューサーが提示するプロデュースが、信頼する間島Pのそれと違っていたらアイドルは何と言うだろう?

 

 きっと、言われていた。

 間島Pのプロデュースをして欲しいと。

 

 つまり、不可能だったのだ。みくと李衣菜がシンデレラプロジェクトに配属されたばかりの時点では、好感度が低すぎて武内Pによる〝アイドルを笑顔にするプロデュース〟は、仮にそれが正解であっても実行することが出来なかった。

 

 ――だから安部菜々になる必要があった。木村夏樹になる必要があった。

 

 アイドルとプロデューサーがきちんと向き合っていなければ、どんな素晴らしいプロデュースでも猫に小判、ロッカーに公務員試験であって、つまりは少女をアイドルにすることなんて出来ないのだ。

 

「武内君、お疲れッ!」

 

 間島Pが豪快に笑う。そこは346プロ社内カフェ――メルヘンチェンジなのだが、間島Pは酔っていた。アルコール厳禁であるはずのメルヘンチェンジで、しかし集合しているプロデューサーとアイドル達はアルコールに顔を赤くしていた。

 

「みんな、今年はよくやってくれた。今日は無礼講だ。はめをはずして楽しんでくれ」

 

 美城常務の挨拶を合図に、それぞれのテーブルからグラスのぶつかる音がした。

 

 ――346プロ忘年会。

 

 毎年、クリスマスを過ぎた頃に行われる社内行事である。プロデューサーだけが招待されているはずなのだが、酒の匂いを嗅ぎ付けたお姉様アイドル達がちゃっかり着席しているのは毎年のことである。酒の席に高垣楓がやって来て嫌な顔をするプロデューサーなど存在しない。彼女に酌をしてもらうだけで酒が100倍美味くなると口を揃えて称賛するばかりである。

 そんな忘年会に武内Pも参加していた。テーブルの向かいには〝尊敬する先輩〟が座っていた。

 

「おかげで〝ぷちドル〟も無事にユニットデビューできたよ!」

 

 間島Pは上機嫌でガハハと笑う。アスタリスクがデビューしたのと同じ日に、ぷちドルは大阪でデビューしていた。無事に歓声を勝ち取ることに成功していた。しかしそれなりの苦労があったようで、一生分働いた……、とは双葉杏の弁である。

 

「これも武内君がみくと李衣菜の面倒をみてくれたお陰だ。あらためて礼を言わせてほしい!」

 

 頭を下げる間島Pに、武内Pは恐縮して――

 

「顔をあげてください。自分は、それほど上手くプロデュースできていません。間島さんの提示したソロデビューには失敗してしまいましたし……」

 

 間島Pは急に顔から酔いを消して、説教を始める先輩特有の顔になる。条件反射だろうか、武内Pは椅子の背もたれから背中を離して姿勢をただし、伊華雌は雷に怯えて丸まる子供のイメージを作った。

 しかし――

 

「武内君、ごめんっ!」

 

 参拝をする時のように、パンと手の平を合わせて――

 

「あの二人のソロデビュー、実はオレも半信半疑だったんだ。実力は十分なんだけど、あいつらメンタルが弱いっていうか、虚勢張ってる子猫ちゃんっていうか……」

 

 間島Pも同じ人間なんだと思った。346のトッププロデューサーで、自信にあふれた態度と肉体で超人のようにみえるけど、時に悩むこともある生身の人間なんだと思って親近感を(いだ)くと同時に――

 やっぱり、怒りがあった。

 ソロデビューが半信半疑なら、どうして最初から――

 

「あいつら、絶対に嫌だって言ったんだ」

 

 間島Pは〝先輩〟を捨てた。純粋に同じ〝プロデューサー〟として武内Pと同じ目線で――

 

「オレだって、みくと李衣菜でユニット組むのが最高だって分かってた。分かってたけど、あいつらウンって言わないんだよ! 二人で組めば絶対に上手くいくのにロックじゃないだのノーセンキューだの拒絶してきてどれだけ押してもダメだったんだ!」

 

 ふと、北風と太陽の話を思い出した。強引に言うことを聞かせようとした北風。自分からコートを脱ぐように相手の気持ちになった太陽。

 どちらが正しいと言い切れるものではないが、今回に限っていえば――

 

「あー、悔しいっ!」

 

 間島Pは、しかし全然悔しくなさそうな、豪快な笑みを浮かべて――

 

「オレに出来なかったことをやりやがって、悔しいぞ武内君ッ!」

 

 ステージの上で白い歯をみせるボディービルダーみたいな笑みで、まあ飲め! とか言いながらジョッキをカチンと当ててくる。

 

「おっ、菜々パイセンになりたいプロデューサー発見! 乾杯しようぜ☆」

 

 ご機嫌な佐藤心がジョッキ両手にやってきた。固有スキル〝スウィーティーな乾杯〟を発動させる。乾杯するまで行動不能になってしまう。

 

「かんぱーい☆」

 

 アイドルに乾杯を要求されたら黙って一気に飲み干してみせるがプロデューサー。――とでも言わんばかりの飲みっぷりに、ぱちぱちと控えめな拍手がおこる。

 

「いい、飲みっぷりだ」

 

 美城常務だった。間島Pは笑みを崩さないが、武内Pは立ち上がり、佐藤心は背筋を伸ばし――

 

「お疲れ様ですっ」

 

 すると美城常務は微笑した。レアリティの高い表情だった。石像がいきなり動きだして笑ったのを目撃してしまった人の衝撃に伊華雌は美城常務から目が離せない。

 

「シンデレラプロジェクトは着実に成果をあげているようだな。この調子で、来年も頼む」

 

 まさか、美城常務まで笑顔にしてしまうとは……。金運の上がるネックレスを買ったら彼女まで出来ましたみたいな、予想外の成果に伊華雌は喜びよりも戸惑いが大きい。

 

「佐藤心も活躍は耳に届いている。来年はもっと忙しくなるぞ」

 

 運動部の目立たない部員がコーチに褒められたみたいな。まさかの称賛にシュガーハートはキャラを忘れて――

 

「あっ、ありがとうございますっ!」

 

 しかしきっと、許せなかったのだろう。うっかりビビってしまった不良気取りが、威厳を取り戻すべく無謀な喧嘩をしてしまうように――

 

「美城常務! 乾杯しようぜっ☆」

 

 美城常務相手に〝スウィーティーな乾杯〟を発動とか……ッ! ど、どうなっても知らんぞ……ッ!

 伊華雌は無謀な突撃をする味方の背中に「行くな!」と叫ぶ兵士の気持ちで成り行きを見守る。

 

「いいだろう。今日は無礼講だ」

 

 まさかの優しい笑顔だった。よく見ると美城常務の頬が赤い。

 

「やーん、美城常務とお近づきとか、予想外のスウィーティーが起こる予感☆」

 

 すっかり調子付いた佐藤心が美城常務と乾杯をする。ここら辺で止めておかないとスウィーティーじゃなくなってしまう気がして伊華雌は三船美優を探した。暴走した佐藤心をとめられるのは彼女しかいない。

 三船美優は、別のテーブルでプロデューサーに囲まれていた。その場の空気に流されて飲み比べ対決をしている。そんな感じの雰囲気だった。そして飲み比べの相手は酒が飲める年齢にはとても見えないプロデューサーだった。

 

「おい! 美優ちゃんいじめるとはいい度胸だ! シュガーハートが代理戦争引き受けちゃうぞ☆」

 

 真っ赤な顔で椅子にもたれる三船美優の仇とばかりに佐藤心が参戦する。しかし米内(よない)Pはストリートファイトのチャンピオンを思わせる不敵な笑み。どうやら、あの人は見かけによらず〝ザル〟らしい。

 

「ところで、赤羽根さんの姿が見えないようですが……」

 

 武内Pの言葉に伊華雌は視線を振って……、確かにいない。イケメンなメガネ顔がどこにもない。

 

「武内君は、知らないのか……」

 

 間島Pはわずかにためらってから――

 

「赤羽根君は、でかい仕事をやってるんだ。彼は――」

 

 伊華雌は耳を疑った。ドルヲタならば誰しも同じ反応をすると思った。

 

「紅白に出場、ですか……ッ? しかし、あの番組は――」

 

 年末に放送される紅白歌合戦は言わずとしれた人気番組で、言わずとしれた人気者しか出場出来ない。その年に耳馴染みになった新進気鋭のアーティストと、老いてなお現役のベテラン歌手が入り乱れる歌番組なのだが、アイドルに関しては事情が違う。

 

 アイドルに関しては、その年に活躍した〝961プロのアイドル〟が出演することになっている。

 

 もちろん、表立って宣言されているわけではない。番組は厳正な審議の上で選出しているという建前をかかげているが――

 

 ――バレバレである。

 

 961プロがアイドルの世界でトップに君臨してから、ずっと961のアイドルが出場しているのだ。明らかにもっと活躍したアイドルがいる年にあっても961プロのアイドルが出場するのだ。もはや言い訳の余地はない。

 それを面白く思っていないドルオタは多く、紅白の時間を待ち受けてネットのアイドルの掲示板に〝ずっと961のターン!〟という書き込みを当て付けとばかりに連投するのはもはや毎年の恒例行事となっている。

 

 そんな、難攻不落の要塞と化した紅白歌合戦のアイドル枠を勝ち取ったとなればこれは革命である。いくら伊華雌がイケメン嫌いであっても、そのプロデュース方針が気に食わなくとも、ドルオタとして称賛しなくてはならない。

 

 ――961の野郎に一泡ふかせてくれてありがとう!

 

 共通の敵は、確執を乗り越えた団結を生むのだ。

 

 しかし――

 

 赤羽根Pは961プロを殴り倒して紅白出場に繋がる道を切り開いたわけではなかった。

 それどころか――

 

「961のアイドルとコラボレーションという形で346のアイドルを出演させる。具体的にはLiPPSがプロジェクト・フェアリーと共演する」

 

 間島Pの説明を飲み込んで理解して、しかし伊華雌は感情の置き所が分からない。

 346のアイドルが紅白出場できるのは嬉しいのだけど、961プロと仲良く、というのが引っ掛かる。これから殴り込みをかけるぞ野郎共! と気合いを入れていたら親分の間で話がついて〝今日からあいつらは兄弟だ〟と言われた極道の下っ端のように、腑に落ちないものを腹のそこに抱えて曖昧な笑みを浮かべる感覚を繰り返している自分がいた。

 

「……一体、どうやって話をまとめたのでしょうか? 961プロは、他の事務所とは仕事をやらないことで有名です」

 

 じっと空のジョッキを見つめる武内Pは、さっきまで間島Pが武内Pへ向けていたのと同じ顔をしている。同じ〝プロデューサー〟として、どうしてそんな成果をあげられたのか、疑問と悔しさを同じ比重でもてあそんでいる。

 

「正攻法で話をまとめたらしい。961プロに通って、門前払いされてもめげずに食い下がって、黒井社長と話をして、袖の下も接待も無しに仕事を取ってきた。赤羽根君のコミュニケーションスキルはたいしたもんだ、――と言いたいところだが」

 

 間島Pの目付きが鋭くなる。秘密のやり取りをするスパイみたいに声をひそめて――

 

「袖の下も接待も無しに、――ってのが逆に怖いんだよな。いっそのこと裏で100万積みましたとか、そっちのほうがまだ安心出来るんだよな。ただより怖いものはないって言うだろ? それはつまり――」

 

 〝支払い〟がまだ終わってないんじゃないかって……。

 

 二人のプロデューサーが口を閉じて考える。

 何気なく向けた視線の先で米内P対お姉さまアイドルの飲み比べが続行している。三船美優に続いて佐藤心も潰した米内Pに片桐早苗が挑戦する。しかし敗色濃厚で、メイド服でビールを運んでいる安部菜々17歳に助けを求める。ちょって菜々ちゃん加勢して! このままじゃお姉さんアイドルの面子が立たないの! しかし菜々はパタパタと手を振って繰り返す。菜々は17歳ですから。菜々は17歳ですから! それを聞いた佐藤心が机に突っ伏したまま呟いた。菜々パイセン、ぶれねえな……。

 

「まっ、赤羽根君のことだから大丈夫とは思うけどな!」

 

 間島Pはガハハと笑って不穏な空気をふきとばした。立ち上がり、飲み比べの輪に加わって米内Pを応援する。アイドルチームは最後の切り札――高垣楓を投入していた。決戦兵器の迫力をもって微笑む彼女に米内Pの笑みがひきつる。

 

〝赤羽根のことだ、きっと憎たらしいくらいに上手くやるだろうから心配はいらねえって! あいつの心配する暇があったら、担当アイドルの心配をしようぜ!〟

 

 武内Pは、笑ってくれた。そこに伊華雌がいて、乾杯をするかのようにジョッキを掲げて――

 

「来年もよろしくお願いします、マイクさん」

 

 伊華雌の胸に、込み上げるものがあった。期待と信頼を込めて来年もよろしくとか言われたのは、生まれて初めての経験だった。

 

〝こちらこそよろしくな、武ちゃん! 来年こそは卯月ちゃんの担当に返り咲こうぜ!〟

 

 すると武内Pは、まるで島村卯月みたいに――

 

「がんばります!」

 

 それはしかし、間違っていない。目標を達するためには、目の前のことをコツコツとがんばるしかないのだ。登山家が小さな一歩を積み重ねてそびえたつ巨峰を征服するように、目の前のことに全力で立ち向かえる者こそが笑顔になれるのだ。

 

 だから武内Pが今やるべきことは――

 

「武内君! 加勢してくれ! このままじゃ全滅だ!」

 

 いつの間にか形勢が逆転していた。勇猛果敢な米内Pも三人を飲み負かしたあとに楓の相手はきつかった。

 

 ――そして米内Pは最強の戦士であると同時に最後の戦士だった。

 

 他のプロデューサー達は特撮の世界で「いーっ!」とか言いながら何となく蹴散らされる雑魚にすぎず、敵の幹部たる威厳をもって現れた高垣楓の前に無力で、筋肉魔神の間島Pが見かけほど酒豪でなかった時点で万策尽きた。

 

 戦争末期に学徒兵が動員されるように、武内Pが戦場へ向かう。

 

 高垣楓は、左右で微妙に色の違う瞳を輝かせてほのかに笑う。とるにたらない相手とはいえ、屍の山を築く過程でそれなりに飲んでいるはずである。にもかかわらず微かに頬を朱に染めるのみで、一体どれほどの酒豪であるのか底が知れない。

 

「いいわよ楓ちゃん! その調子よ!」

 

 床にへたり込んでいる片桐早苗が声援をとばす。

 無秩序な飲み比べにあって唯一にして絶対のルールは――

 

 座ったら負け。

 

 そして、二本足で立ち上がり人間を気取っているのはどうやら高垣楓と武内Pだけである。

 

「いけっ! 武内君! 俺たちの無念を晴らしてくれ!」

 

 先輩の声援を背にうけて、大の字になってくたばる小さな同僚の仇を討つべく、武内Pは高垣楓と向かい合う。

 

「おてやわらかに……」

 

 楓が、日本酒の入ったグラスをかかげる。

 

「よろしく、お願いします!」

 

 武内Pが〝本気〟の目になる。

 

 両陣営からやんやの喝采が飛んで、もう後にはひけない。古代ローマのコロッセオで闘技場に放り込まれた拳闘奴隷のように、生き残るためにはもはや勝利するしかないのだと容赦ない歓声に覚悟させられる。

 

〝武ちゃん、やってやれ! 水だと思って飲みまくれ!〟

 

 プロデューサーとアイドル。

 互いの面子とプライドをかけた、負けられない戦いが始まった……ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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