マイクな俺と武内P (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 第28話

 

 

 

 年末の休暇を武内Pは重度の二日酔いを回復させるために使った。

 

 あれは反則だと伊華雌(いけめん)は思う。

 

 武内Pは、高垣楓に勝ったのだ。

 さすがの楓も連戦による疲労は隠せず、それでも倒れそうで倒れない彼女との戦いは壮絶を極め、最後には床に吸い寄せられるようにへたりこんだ楓が「まいりました」と苦笑して長い戦いが終わった。

 その時点で武内Pは英雄だった。

 プロデューサー連合軍は優勝してビールをかける野球選手のように狂喜乱舞していたのだが――

 

「面白そうなことをしているな。私も参加させてもらおう」

 

 まさかの美城常務だった。どうやら〝女VS男〟の飲み比べであると勘違いしたらしく、名誉の戦死を遂げた同胞を救う女神になるべくしゃしゃり出てきた。

 

 まさか常務に〝ただしアイドルに限る!〟とか〝ババア無理すんな!〟とか言えるプロデューサーがいるわけもなく、つまり――

 

 勝つしかなかった。

 

 まさかの敗者復活戦にアイドル達は我をわすれて声援をとばし、一度つかんだ勝利を逃してなるものかとプロデューサー達も声を張り上げた。

 

 ――そして、負けた。

 

 そもそも、手負いとはいえ高垣楓は強かったのだ。お酒が趣味であると公言している彼女はスカウター爆殺級の酒豪だったのだ。

 

 楓を倒した時点で武内Pのライフはほとんどゼロだった。

 それでも、善戦した。

 自分はとっくにへたってる癖に口だけは元気な同僚の無責任な「頑張れ!」に応えようと頑張った。

 

 ――その時の様子は、きっと後世に語り継がれる。

 

 武内Pは、限界突破の酒を飲み干すと、立ったまま気を失った。

 それはまるで、無数の矢をうけて、それでも倒れずに立ったまま絶命した武蔵坊弁慶を思わせる勇ましい死に様だった。

 同僚のプロデューサー達は男泣きに泣いて、アイドル達は優しい拍手を送っていた。

 

「たいしたやつだな……。しかし、勝負は勝負だ」

 

 美城常務は無情にも勝ち越しの一杯を飲み干して勝負を決めた。同僚のプロデューサーがどれだけ呼び掛けても武内Pが目をさますことはなく、飲み比べは女性チームの勝利となった。

 

 ――でも、やっぱりあれはズルいと思う。

 

 ラスボスを倒したと思ったら裏ボスが出てきてセーブポイント無しで連戦で負けたらバッドエンド確定みたいな、思い付く限りの汚い言葉で罵りながらコントローラーをぶん投げてやりたいクソゲー的な展開であったと、伊華雌は今に至っても納得できない。

 

 そのせいで武内Pは貴重な休日を無駄にしてしまったのだ。ようやく悪夢のような二日酔いから開放されたのは12月31日だったのだ。

 

 ――今年が終わる。

 

 それは暦の上での出来事で、壁にかかるカレンダーが新しいものに変わる程度の変化しかないのだが、リア充どもはそれだけじゃ寂しいと言わんばかりに徒党を組んで年越しの儀式を模索する。情報紙を読み漁ってリア充な俺たちが年を越すにふさわしい神社を探し、七五三の子供みたいに着飾って、年が変わると同時にハッピーニューイヤーを叫んで明けおめメールを一斉送信して携帯の基地局を破壊する。

 

 そんなリア充どもの行事に、やっぱり伊華雌は興味があった。

 

 人間だった頃はもちろん引きこもっていた。年末における伊華雌の懸念事項は、紅白を見るかガキ使(つか)を見るか格闘技を見るかの三択で、紅白はどうせ961プロのターンなのだから除外してガキ使と格闘技の間をいったりきたりするのが定番のパターンだった。

 

 しかし今年はわけが違う。

 346プロの独身寮で、伊華雌と武内Pは紅白を見る。予めミサイルの着弾を知っている軍事関係者のように、固唾をのんでその瞬間に備える。

 

『それでは次は、可愛いアイドルに登場していただきましょう!』

『961プロから、星井美希ちゃんと我那覇響ちゃんと四条貴音ちゃん。そして――』

『今年はスペシャルサプライズ! 346プロのアイドルが駆けつけてくれました!』

 

 ――歴史が、動いた。

 

 おそらくこの瞬間、日本中のドルオタが口をあんぐり開けているだろう。〝ずっと961プロのターン〟と書き込んで961プロの暴挙を非難しようとパソコンの前で待機していた連中が、急なスクープに目の色をかえる新聞記者の剣幕でキーボードを叩きまくる。衝撃を共有したドルオタによって掲示板のスレが怒濤(どとう)の勢いで伸びまくる。

 

 実際にその光景を目にすると、やっぱりすごいなと思ってしまう。メインはプロジェクト・フェアリーの三人であるが、しかしバックダンサーほど後ろではないポジションでLiPPSが踊っている。充分に存在を主張できている。こんなプロデュースをやってのけてしまうなんて……。

 

「さすが、ですね……」

 

 誰もが目を見張るスーパーゴールを決めたチームメイトに強い憧れを(いだ)いて、それがあふれてこぼれてしまったような言葉に伊華雌は同意せざるをえない。

 

 ――実際に、すごいと思う。

 

 どんな手を使えば961プロとのコラボなんて奇跡のプロデュースを実現出来るのか想像も出来ない。間島Pが言うには〝汚い手〟も使ってないとのことであるからますますプロデューサーとしてどれだけの潜在能力を秘めているのか底が知れない。

 伊華雌はリア充が嫌いでイケメンが嫌いで、だからいかにもリア充でイケメンな赤羽根Pが嫌いなのだが、認めざるをえないと思った。

 

 赤羽根Pは、すごい。

 すごいものは、すごい。

 

 ただ――

 

 だからと言って、真似をする必要はない。こんな風に誰しも認める成果を見せ付けられると、自分も派手な成果をあげられるプロデュースをしてみたいと影響されてしまうが、それが危険な罠であると伊華雌は知っている。間島Pのプロデュースをやろうとして失敗したように、赤羽根Pのプロデュースだって真似したところで同じ成果はあげられない。

 だから、トランペット奏者に憧れる少年みたいな顔になっている武内Pに言ってやる――

 

〝俺達は、俺達のやり方でいこうぜ。大丈夫、そのうちでっかい成果をあげられるって!〟

 

 そして、夢を語った。

 シンデレラプロジェクトは破竹の快進撃を重ねて社内で評判になる。その活躍に美城常務も一目おいて、地下室から一転、見晴らしの良い最上階に事務室を構えることになる。少女がシンデレラに憧れるように、アイドル達はシンデレラプロジェクトに憧れて異動願いが殺到する。その勢力は第一芸能課をも凌駕(りょうが)して346プロのトップに躍り出る。ぐぬぬと悔しがる赤羽根Pの視線を背に受けながら武内Pは346のトッププロデューサーとして島村卯月の担当を名乗る。

 

 鬼が笑った、ような気がした。

 笑わせておけばいいと、伊華雌は思った。

 

 小学生の妄想に劣る夢物語であるのは百も承知である。シンデレラプロジェクトが第一芸能課を抜いてトップになるなんて、鳥人間コンテストの出場者が大気圏を突破して月に刺さるぐらいありえない。そんな途方もない飛躍などありえないと分かっている。

 

 だからこそ、楽しい。

 

 現実味の薄い空想だからこそ遠慮なく妄想の翼を広げることが出来て、だから武内Pも笑ってくれる。

 

「シンデレラの舞踏会、なんてどうでしょう? シンデレラプロジェクトのアイドルだけで、アリーナ単独ライブをするんです」

 

 まったくの夢物語である。現状、三人しか所属していないのにアリーナライブを夢見るなんて、鬼でなくとも笑いたくなる。

 

 そういえば、うちのアイドル達はどうしているんだろう? 李衣菜は実家だから家にいるのだろうか? まゆとみくは帰省しているのだろうか? そして家族に、アイドル活動について話しているのだろうか?

 もし、そんな話をしているのであれば――

 

 その時の三人が、笑顔であることを伊華雌は願う。

 

 両親に笑顔で報告できるくらいにアイドル活動を楽しんでくれているならば、シンデレラプロジェクトはちゃんとアイドルを笑顔にできているということである。それはとても嬉し――

 

 インターフォンが鳴った。

 夜の10時だった。

 

 来客の予定もなければ宅配便を頼んでもいない。

 武内Pはテレビの音を消して息を潜める。玄関のドアに繋がる廊下をにらむ。

 

 再び、インターフォンが鳴った。

 

 対応するまで立ち去らないと、宣言されたような気がした。居留守が通用する相手ではないような気がした。

 

〝……武ちゃん。俺を使え!〟

 

 伊華雌はエクスカリバーの気持ちになって武内Pの武器となった。

 武内Pは臆病な警備員が警棒を先導させながら職務を遂行するようなへっぴり腰で歩きだした。

 

 インターフォンが鳴った。

 

 このプレッシャーはなんだろう? 既視感のあるプレッシャーである。ふと、シンデレラプロジェクトの地下室にいるかのような錯覚を覚えて――

 

 このプレッシャーは、まさか……ッ!

 

 伊華雌の予想は的中する。

 武内Pが恐る恐るインターフォンの応答ボタンを押すと、もう何年も待ち焦がれていたかのような声色で……

 

「プロデューサーさん……。まゆですよぉ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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